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ちこと
2024-10-29 20:36:55
56961文字
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poke小説・SS
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【2012年発行個人誌】drip,drop,daydream
2012年に発行した個人誌の再掲です。サトシとラティアスで人魚姫パロのようなお話。
完成版のデータが見当たらなかったのですが、ほぼ同じ内容のはずです。
もう何年も前の作品で、つたないところも多くはずかしいのですが、せっかくなので……。
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「なあ、ラティアス。おまえはいつも、どこからやってくるんだ?」
サトシの手が、ラティアスのやわらかな羽毛をそっと撫でる。そうすると、ラティアスは目をほそめて、口角をあげて、ふにゅっとその頬をサトシにすりよせる。そばで見ているピカチュウにとっては、いつもの光景だ。
サトシとラティアスの逢瀬は、いまも毎日の習慣となっていた。
朝起きて腹ごしらえをすませると、サトシはピカチュウを連れて、すぐに海岸へと飛び出す。すこしずつだが快方に向かっている脚をひょっこりとひきずって、けんけんをしながら太陽の下へと向かう。
そうすると、煌々と輝く太陽のむこうから、白い羽毛をきらめかせて、ラティアスが一直線に舞い降りてくるのだ。
サトシの脚が完全に治ってはいないから、あまり派手な遊びはできない。それでも、ラティアスはいつもサトシの元に来てくれたし、サトシもラティアスと会うのが楽しみだった。
人間とポケモン、お互いに、ちゃんとした会話ができるわけではない。けれど、最近のサトシはラティアスに向けて、いつもお喋りをしていた。
砂浜が見える木陰に三人で腰掛けて、海を眺めながら。ラティアスと、それからピカチュウも、楽しげに話をきいてくれる。自分がどこで生まれて、誰といっしょに、どんな旅をしてきたのか。話のたねは尽きることがない。
最近の自分はやけにお喋りだなと、サトシ自身思っていた。話すことは好きだけれど、こんなに一気に話をすることはあまりない。いままでの旅の話ならなおさらだ。
それでもサトシの口からは、するすると、たくさんの思い出の話が出てきた。ひとつひとつ、余すところなくきいてほしい。知ってほしい。いままでのおれの旅を。
(なんで、そんな風に思うんだろう)
心のどこかでふしぎに思いながら、それでも、ラティアスの笑顔を見るたびに、サトシの想いは尽きることがなかった。
そんないつものお喋りの中。サトシはふと、ラティアス自身のことをよく知らないのだと気づいた。気づいたから、質問をしてみることにした。
「おまえはいつも、どこからやってくるんだ?」
サトシが砂浜にやってくると、待ちかねたように舞い降りてきてくれる。だけどそれがどこからなのか、サトシにはよくわからなかった。飛んでくる先を見極める前に、ラティアスはサトシのもとに到着するのだ。
だから、質問をしてみた。
「
……
きゅうん」
だけどどうやら、答えたくないようだ。
「ひみつ、ってことか?」
「きゅ
……
」
ラティアスが申し訳なさそうに瞳を曇らせる。サトシを悲しませたくはないけれど、答えるわけにもいかない、そんな風に迷っているかのようだった。
「言いたくないなら、むりにきかないよ」
そういって笑ってみせても、ラティアスの心は晴れないようだった。何気なく発した質問だっただけに、むしろこっちが悪いことをした気持ちになる。いたたまれない。
なにか、なにかないかなあ。
かたわらのピカチュウには、相棒が必死に別の話題を見つけようとしていることが手に取るようにわかった。
「
……
そうだ!」
「きゅ?」
「なあラティアス、相談に乗ってくれるか?」
思いついたと言わんばかりに、サトシの顔がぱっと明るくなる。これが漫画なら、そのへんに電球のマークが出ていてもおかしくないなあと、ピカチュウはひとりこっそりと笑った。さて、いったいなにを相談するのだろう。
「おれ、お礼をしたい人がいるんだ。そのひとに、何かプレゼントをあげたいんだけど、それを探すのを手伝ってほしいんだ」
それはすてきなアイデアだねと、ピカチュウはとなりで明るく鳴いた。
「きゅっ、きゅう?」
「そっちになにかあるのか?」
ラティアスは砂浜の上で旋回している。サトシがそちらに向かおうとすると、ラティアスはサトシのもとにすいと戻った。両の手をサトシの脇に回し、そのままよいしょと持ち上げる。
「お、わあっ」
びっくりするサトシをよそに、ラティアスはそのまま、さっき旋回していたあたりの砂浜に、サトシを運んでくれた。ここになにかあるのだろうか。
「ラティアス?」
「! ぴかぴっ」
先に見つけたのはピカチュウの方だった。ラティアスが旋回する真下の砂浜に、きらきらきらめく色とりどりのものがある。
それは石だった。とてもたくさんの。
「すげえ!」
海で遊んだことは何度かあるけれど、砂浜にこんなにも綺麗な石が落ちていたことなんて、あっただろうか。
米粒ほどにちいさなものから、ビー玉くらいのおおきさまで。白、水色、青、深緑、桃色、赤色。ほとんど真円に近いものから、でこぼことちょっといびつなかたちのものまで。ほんとうにさまざまな石が、白い砂浜にまじって輝いている。
「これならきっと喜ぶな!」
サトシはめいっぱいの笑顔を浮かべてピカチュウを見る。ピカチュウも、おなじくめいっぱいの笑顔になって同意した。サトシがこれをあげたいひとが誰なのか、ピカチュウはもちろんわかっている。
「ぴっかちゅう!」
手足に白い砂をたっぷりつけたあと、サトシとピカチュウは、ラティアスが今度は林の方を示していることに気がついた。
「そっちにもなにかあるのか?」
「きゅうん!」
そう鳴いてにっこりとうなずくので、サトシは立ち上がろうとする。ラティアスはそれを制すと、さっきと同じように、サトシをよいしょと持ち上げた。そうして、そのまま林の入口まで運ぶ。さっきりよも距離が長いからか、途中でラティアスの手がぷるぷると震えてきたので、どうやらちょっと重たいらしい。それでも目的地に到着すると、そっと地面におろしてくれた。ピカチュウがとてとてと後を追ってきた。
「あ、ありがとな」
サトシが顔をあげてお礼を言うと、並び立ついくつもの木のそばに寄って、ラティアスは緑のものを鼻でさしていた。木の蔦だ。
「?」
サトシにはぴんとこない。ピカチュウは、木から垂れ下がる蔦をじっと見つめ、ラティアスが言わんとしていることを考えた。
蔦は丈夫そうだけれど、よく見ると、縦に裂くことができるようだ。そこまで気づいて、ピカチュウは「ぴっか!」と元気に鳴いた。
「ピカチュウ、わかったのか?」
「ぴーかちゅ」
まかせておけ、と言わんばかりに、ピカチュウは前へと進み出る。ラティアスから蔦のひとつを受け取ると、ほどよいところで噛みちぎった。そうして切り口を両手で持つと、手ごろな長さになった蔦は、ぴーっと縦に裂けていく。半分の長さになった蔦のはしとはしを持って、ピカチュウはそれをひとつに結んだ。蔦の輪っかの完成だ。
そしてそれをラティアスに再び渡す。ラティアスはうれしそうに笑うと、その輪っかをサトシの首にかけてあげた。輪っかは、シャツの襟口よりもすこし広いくらいだ。
なにかを彷彿とさせる。それに気づいたサトシは、手に握っていた石を、そろそろとその輪っかに近づけた。ふたつが合わさると、それはまるで。
「ああ! そういうことかぁ!」
ぴんとくるまで随分と時間がかかったが、サトシにしては上出来なほうだろう。
意思の疎通が図れたところで、三人は顔をあわせて笑った。にこっ! と、まるでそんな音がきこえてきそうな笑顔だった。
「これでよし、と! ふたりともありがとうな!」
完成品を高々と掲げて、サトシはラティアスとピカチュウにあらためてお礼を言う。ふたりの助言がなければ思いつきもしなかった、とびっきりの贈りものができた。
太陽の位置もかわって、気がつけばもうお昼くらいだろうか。そろそろ、あの女の子がやってくる時間だ。そのことに気づいたサトシは、あわてて立ち上がろうとして
――
派手につまずいた。
「うわっ!?」
そこが砂浜ならよかった。転んでも、別にたいした怪我にはならないだろう。
だけどいまいるのは林の入口で、しかも木のすぐそばだった。サトシが倒れ行く先には林の木々があった。そのところどころに、鋭利な枝が突き出ている。サトシの背を冷や汗が流れた。
「ぴかぴっ!」
ピカチュウの声が耳をたたく。思わず目をぎゅっとつぶった。
「
……
あれ?」
覚悟したような衝撃も痛みも、いつまでたっても襲ってこない。
おそるおそる目をひらくと、サトシの視界に白と赤の羽毛が映った。これは。
「ラティアス!」
サトシと木々の枝葉のあいだに、いつのまにかラティアスが入り込んでいた。転びそうだったサトシを守ってくれたのだ。おかげでサトシのからだは、前のめりでラティアスに寄りかかったかたちになっている。ふわりと、どこかやさしい、それでいてなぜかなつかしいような、そんなにおいがした。
「ありがとう
……
!」
「きゅっ」
おやすいごようだ、と言わんばかりに、ラティアスはかるく声をあげる。
だけどその直後に顔をゆがめるのを、サトシとピカチュウは見逃さなかった。
「どうした!?」
「ぴかあ!」
ラティアスの片羽に、ひっかいたような傷ができていた。原因は明らかだ。すぐそばに、するどくとがった枝がある。サトシを庇ったときにかすめてしまったのだ。
動かすとつらいらしい。海風が傷を撫でるだけでも、ラティアスは痛そうに顔をしかめた。
サトシの胸の奥底が、ざわっと鳴る。
「待ってろ!」
言うが早いかきびすを返し、片足で駆け出そうとして
――
やはりというか、今度こそ派手に転んだ。林には背を向けていたから、倒れた先には砂浜があるだけだった。
「ぴかぴぃ」
「いってて
……
」
いまいち格好がつかない相棒に、ピカチュウはなにをやってるのと声をかける。いま一度立ち上がろうとするサトシを制した。彼がやりたいことはわかっている。
「ぴかっちゅう!」
「ああ、頼むピカチュウ!」
その声を背に受けて、ピカチュウはぱっと駆け出した。行く先は、いつも自分たちが過ごしている小屋だ。器用にドアを開けると、室内から目当てのものを引きずり出す。すこしくらい砂にまみれても平気だろう。はしっこをくわえると、すぐさまサトシの元に引き返した。
「サンキュー、ピカチュウ!」
サトシは倒れたところから上半身だけ起こして、体勢を整えていた。ピカチュウが持ってきてくれたもの、それはサトシのリュックだ。ぱっぱっと軽く砂をはらい、チャックに手をかける。
このリュックの中には、応急処置ができる救急セットもいちおう入っていた。サトシの脚に巻かれている包帯もその中のひとつだ。ただし、問題があった。サトシはその救急セットを、自分で使ったためしがない。
「待ってろよ、ラティアス
……
!」
それでも、サトシはいま初めて、救急セットに自分から手をかけていた。小箱の中には包帯やばんそうこうと、薬がいくつか。その中から、表面に赤字で「P」とプリントされたパッケージの薬を選んだ。薬には詳しくないが、これはたしかポケモン用のきずぐすりだ。
きずぐすりを右手でしっかりと持つと、そばに寄るようラティアスにお願いする。すこしばかり恰好が悪いが、やはり片足が動かせないのは不自由だった。それでも、そばに寄せてもらったラティアスの傷口に、薬をしっかりと吹きつける。
「きゅ
……
!」
傷にしみるのだろう、ラティアスが思わず身じろぎをした。その瞳には、うっすらと涙すら浮かんでいる。
「ごめんな、ラティアス。もうすこしだけ我慢してくれ」
きずぐすりを地面に置いた。ここまではいい。問題はここからなのだ。
サトシは小箱から包帯を取り出した。若干ではあるが、すでに手が震えている。
「ぴかぴぃ
……
」
「わ、わかってるって!」
ピカチュウが半ば呆れながらも見守る中で、サトシはおそるおそる、ラティアスの患部に包帯を巻いていった。やはりというか、ぴっちりときれいな完成形にはほど遠く、線はガタガタで、白い布は無意味に分厚くなっていく。
それでもサトシは、包帯と格闘しながらなんとかひと仕事をやり終えた。はしっこを固定して、ラティアスの顔色をうかがう。
「これでよし
……
と。ラティアス、痛むか?」
サトシがラティアスに向けて顔をあげると、ラティアスはすぐそばに顔を近づけてきていた。
「わ
……
! ラティアス?」
「きゅうっ、きゅうう」
目をこれでもかというくらいに細めて、その頬をサトシの頬にすりすりと寄せる。何度も、何度も。お礼の意味が込められているのだと、サトシは六度目のすりすりでやっと悟った。
「ははっ、いいってお礼なんて。助けてもらったのはおれのほうなんだから」
それでもラティアスは、すりよせをやめようとしない。「まいったなあ」とぼやきつつも、サトシはその実、まったくまいってなどいない。ラティアスの頭をやさしくつかむと、サトシのほうからもすりすりを開始した。
サトシとラティアスが、飽きることなくぎゅっぎゅとたわむれる。そんなふたりに便乗して、ピカチュウもそのそばにぎゅっぎゅと抱きつく。
三人の笑い声が、高くなっていく青空にこだました。
その日の、夜。サトシは、手にこっそりと隠したものをちらりと見て、満足げに笑う。そのとなりでピカチュウも、うんうんとうなずく。
そこにドアをノックして、少女は小屋へと入っていく。そっくりな顔をして笑っているサトシとピカチュウは、はたから見ると、いたずらをしかけてわくわくしている子どものようだった。少女は首をかしげながら、いつもの薬草と木の実を抱えて、サトシの元へと近づく。
「昼間はごめんな。外で遊んでたら、時間のこと忘れちゃって
……
きょうも来てくれてたんだろ?」
少女の顔を見ると、サトシは眉をハの字にして詫びた。いつもならお昼ごろには一度小屋に帰っていたが、きょうは結局、夕暮れまで外でラティアスと遊んでいた。少女はきょうもお昼に来てくれていたのだろうから、悪いことをしたと思ったのだ。
けれど少女は、「気にしないで」とでも言うように、やさしく笑ってふるふると首を横に振る。そしてサトシのベッドのかたわらにしゃがむと、昼にできなかった包帯の交換を、いつものようにてきぱきと行なった。
「いつもありがとうな」
何度目になるかわからないお礼の言葉を、きょうもサトシは少女にかける。毎日毎日ほんとうに大変だろうに、いまも彼女は嫌な顔ひとつしない。そんな少女の横顔を見て、サトシはふいに口を開いた。
「でもさ、おれもちょっとずつだけど、外に出て動けるようになったんだよ。だから、自分で木の実も探せると思うし、包帯だって、自分で替えられると思うんだ。だからもう、きみが無理しなくても、だいじょうぶだよ」
ラティアスと外で遊ぶようになってから、ずっと考えていたことだった。自分は外で遊べるくらいにまで回復したのに、少女には自分の世話を任せきりだ。それはあまりに申し訳ないし、少女だってもっと、自分のやりたいことをする時間が欲しいのではないだろうか。
だがしかし、少女は動かしていた手を止めると、しんとうつむいてしまった。
「え
……
?」
予想していなかった反応に、サトシはおずおずと、少女の表情をうかがおうとする。その肩口は、小刻みに震えていた。
「ど、どうしたんだ
……
?」
震えるちいさな肩に、そっと手を伸ばす。サトシの手が肩に触れると、少女は弾かれたように顔をあげた。その瞳は、涙で潤んでいた。
「えっ
……
お、おい!」
「ぴかぁ!?」
あまりに突然の涙に、サトシとピカチュウはうろたえる。泣かせるつもりなんてまったくなかった。むしろ、迷惑をかけて悪いから、という気持ちでの提案だったのだ。なにか、そんなにひどいことを言ってしまったのだろうか。サトシには皆目見当がつかない。
「いや、だから、いつもきみに任せちゃって、悪いなあって思ったんだよ。きみにだって、もっとほかにやりたいこととかあるだろ? こんな大変なことやらなくたって
……
」
サトシが全部言い終える前に、少女はサトシの両手をがしっとつかんだ。涙を浮かべたままの瞳で、サトシの目をしっかりと見る。ぎゅっと、怒ったように眉をつりあげた。
「お、おれがやっちゃ、だめなの
……
か?」
ぐっと目をつぶって涙を散らしながら、少女はこくこくと何度もうなずく。サトシはまだよくわかっていなかったが、かたわらのピカチュウには、なんとなく理解できた気がした。この子はきっと、自分から望んで、サトシの世話をしてくれているのだ。サトシのために、自分でやりたいのだ。
「わ、わかった、わかったよ! ごめん、ごめんよ
……
!」
握られた手を握り返しながら、サトシはうろたえる。手のひらにじんわりと汗をかいてしまった。静かにしゃくりあげる少女に視線を合わせて、なるべくゆっくりと、言葉をつなぐ。
「ごめん、おれが悪かったよ。だから、機嫌直してくれ」
たぶん、なにがどう悪かったのか、根っこのところはよくわかっていないのだろうな、とピカチュウは思った。この子はこういうことに関してはほとほと鈍感だ。ただまあ、理由をわかっていなくとも、自分の言動がこの少女を泣かせてしまったのはどうやら確かなわけで。そうとわかったら、いかに鈍感なサトシでも、謝らざるをえないだろう。根っこの理由がわからなくても、「ごめん」という言葉は心からのものだ。サトシはどうやらちょっと必死だった。
「ごめんよ
……
」
そう言って、サトシは、少女の頭に手を伸ばし、そっと撫でた。こうすれば、この子は泣きやんでくれる気がした。ほとんど無意識のことだった。
(あれ
……
)
サトシは、ほんのすこしだけ戸惑った。少女の頭を撫でたとき、なんだか、ふしぎな感覚がした。無意識に手を伸ばして、頭に触れて、そうしたら、頭の中に、一瞬だけなにかが、ぶわりと浮かんだ。
だけどその感覚は、すぐにどこかへと行ってしまう。サトシは気をとりなおして、少女の表情をうかがった。
「
……
」
少女は、いまだ涙の残る目を、ぱちくりと瞬かせる。栗色の中に光がきらきらと揺れた。サトシはそれをきれいだと思った。
サトシが頭を撫でたことに驚いたのか、それともうれしかったのか。少女の涙はぴたりと止まった。頬に残った涙を静かにぬぐう少女を見て、サトシは彼女にやるべきことがあったのを思い出した。
「そうだ! おれ、きみにあげたいものがあるんだ」
きょとんと首をかしげる少女の前に、サトシは紐のようなものを掲げた。輪っかになっている紐の先に、赤い玉がぶらさがり、きらりと揺れた。
光る石のペンダントだった。
少女は、目をまるくしてそれを見た。とてもとても驚いたように、からだはぴたりと固まって、動かない。ゆっくりと瞬きを二、三回。
それから、じわじわと、少女の顔に喜びが広がった。真顔で固まっていた表情が、徐々にほぐれていく。なぜか目元が泣きだしそうに見えて、今度はサトシが驚く。だけど今度は涙はこぼれない。そのまま目を細めて、口角をあげて、とびっきりの笑顔が咲いた。
「いつもほんとうにありがとうな。これ、お礼にと思って」
そう言ってペンダントを差し出すと、少女は気をつけをしてかしこまった。サトシは一瞬手をとめるが、すぐにペンダントを両手で持ち直す。輪っかをひろげると、そのままそっと、少女の首にかけてあげた。真っ赤に透きとおり、きらめく石が、少女の胸におさまる。そこに両手をあてがい、目を閉じて、少女は石をそっと、ぎゅっと抱きしめた。蔦をよりあわせて、ちいさな赤い石をさげたそのペンダントは、少女にとてもよく似合った。
「喜んでくれて、よかった。おれ、きみにどうしてもお礼がしたかったんだ」
その言葉に、少女は目をあける。胸元のペンダントを見て、それからサトシと目をあわせる。そうして、もう一度、とてもとてもうれしそうに笑った。
「
……
これからも、手伝ってくれるか?」
少女は大きくうなずいて、サトシの手をとった。
少女の手を借りながら、一歩、一歩、足を進める。体重が右足にかかるたびに、サトシの肩が一瞬こわばる。それでも、サトシは歩くことを止めない。ゆっくりと、すこしずつ、前に進んでいく。
ある程度前に進むにつれ、サトシの足元がおぼつかなくなっていく。それに気づいて、少女は方向転換をした。サトシの両手をそっと引きながら、その歩みにあわせて、ゆっくりと後ろに下がっていく。そうやって、サトシをベッドの元に導いた。やがてベッドにたどり着くと、サトシはそっと腰を下ろし、息をはいた。こわばっていた肩が緩んでいく。
「ぴかぴ、ぴっか!」
「ああ、そうだな。昨日よりたくさん歩けたぜ!」
サトシとピカチュウが笑いあうのを確認して、少女はサトシから手を離した。きょうのリハビリはここまでだ。きびすを返し出て行こうとする少女に、サトシは元気に声をかける。
「ありがとう。また明日な!」
少女は足を止め、振り向く。左手をひらひらと振り、笑顔で「ばいばい」をすると、今度こそドアのほうを向く。そのとき、少女のシャツの袖口が、ちょっとだけ広がった。ちらりと一瞬、なにかが見えた。
「あれ?」
サトシが思わず声をあげるころには、少女はもう部屋にはいなかった。ピカチュウは見ていなかったらしく、サトシが出した声に、きょとんと首をかしげている。
ほんの一瞬のことだった。だけどなぜか、サトシの心になにかがひっかかった。
(気のせいかなあ
……
)
少女の左の袖口から、まがった包帯が見えた気がした。
♪
「ぴかぴ?」
サトシの手が止まっていることに気づいて、ピカチュウは首をかしげた。朝ごはんの木の実はまだたくさん残っていて、おなかいっぱいにもなっていないだろうに。木の実を口に運ぶ手を途中でぴたりと止めて、サトシはどこかぼんやりとしていた。
「ぴーかちゅ?」
「
……
なんか、どっかで見たような
……
」
「ぴぃか?」
サトシの表情が、徐々に険しくなっていく。むむむっと眉間にしわを寄せて、うーんうーんと喉を鳴らしはじめた。なにかを思い出そうとしているようにも見えるのだが、そもそも、いったいなんの話をしているのかがわからない。わからないので、思い出す手伝いのしようもない。
「ぴかぴっ」
「え? ああ、ピカチュウ?」
埒があかなそうだったので、ピカチュウは声をかけると、サトシの服をひっぱった。空いたほうのちいさな手で、窓の外を指し示す。いつもだったら、そろそろラティアスが来る時間なのだ。
「あ、そうか! いっけね!」
慌てて、手に持ったままだった木の実を口の中につめこむ。頬をぱんぱんに膨らませたまま、リュックをつかみ、ピカチュウを連れて、サトシはきょうも、太陽のもとへと駆け出した。白い砂浜に、ひとりと一匹分の足跡がつく。砂塵が舞って、陽の光にきらめくのが、視界のはしにちらりと映った。
「おーい、ラティアース!」
両手で口元にメガホンをつくって、青空に向かってめいっぱい名前を呼ぶ。そうすると、いつものようにぴったりのタイミングで、ラティアスがどこからか、まっすぐに、サトシのもとへと舞い降りてきた。
「きゅうっ」
「おはよう、ラティアス」
「ぴっかちゅう!」
「そうだ、怪我の調子はどうだ?」
ラティアスの羽根に巻かれたままの包帯を見て、サトシはそこに手をあてた。ラティアスは、一瞬驚いたようにからだを跳ねさせたが、痛がりはしなかった。あれから一日しか経っていないが、きずぐすりの効果はばっちり発揮されたようだ。
「いちおう、きょうも包帯とか持ってきたんだ。新しいやつに巻きなおすよ」
サトシが言うと、ラティアスはうれしそうにひと鳴きして、静かに降下した。サトシはラティアスの包帯をほどくと、ピカチュウにリュックからきずぐすりを出してもらう。ラティアスの傷跡は、昨日見たときよりも薄れていた。
「よかった
……
」
そっとつぶやいてから、サトシは二度目の手当てを開始した。昨日の今日であるからか、一回目よりも手際がいい。それでもやっぱり、巻きなおした包帯はガタガタだった。はしっこの結び目がおだんごのように大きい。
「これでよし!」
勢いよく言ってから、額に浮かんだ汗をぬぐう。サトシなりにいっぱいいっぱいだったようだ。それでも無事手当ては完了したので、ピカチュウも一安心だとひと鳴きする。
「
……
」
ふとサトシが黙り込んだので、どうしたのだろうとピカチュウは様子をうかがった。ラティアスからほどいたほうの包帯を片づけようとした、その手がふいに止まっている。白い布をじっと見つめて、サトシはぼんやりとしていた。その視界にむりやり割り込む。
「ぴかぴー?」
「うわ!」
目の前に突然登場した黄色い相棒の姿を見て、サトシは驚いてのけぞる。のけぞったあと、自分をふしぎそうに見ている二対の目に気づいた。自分がぼんやりしていたことに気づかなかったのだ。
「ああ、ごめんごめん! よし、きょうも遊ぼうぜ、ラティアス!」
「きゅううん!」
サトシのいつもの、いたって単純な言葉にも、ラティアスは何度でも喜んで、そのたびにくるくると空中を旋回する。
その姿を見て笑いながら、サトシはふいに、ぽつりとひとりごちた。
「
……
なんか、似てるんだよなあ
……
」
ちいさなひとりごとは、相棒の耳にだけ届いていた。
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