鳴上
2024-01-22 17:38:37
73645文字
Public ナツシン
 

ナツシンまとめ2022〜23



恋人が無防備過ぎて困っている


 恋人が無防備過ぎて困っている。そう言えば、ブキ科の先輩たちは声を出して笑うだろうし、そんな贅沢な悩みがあって大層な御身分だと羨ましがるだろう。だけれども夏生にとって、非常に大きな問題であるのが事実であった。

 なんとなく、ずっと目で追ってしまう奴がいた。エスパーという他の人にはない能力を持つそいつは、バカでガキで、それでいてひとつの目標に向かって突っ走ってしまう奴だった。
 再会して、近くでその様を見るようになって、ずっと心が落ち着かなかった。だって、ひたむきなその素直さに、太陽のように笑うその笑顔に、夏生はどうしようもなく──恋をしてしまっていたのだ。
 バレるわけにはいかないと思った。だってこの気持ちは到底許されるものではない。自分自身は何を言われても気にならないが、相手を巻き込むのは良くないのではないか、と珍しく武器製作のこと以外で頭を悩ませていた。シンはシンで何も考えてなさそうな顔をしてチョロチョロと周りをうろつくし、夏生はどうしたらいいのか分からなくなっていた。
 だからまさかそのくそエスパーから告白されると思っていなかったし、紆余曲折あって付き合うことになるとも思っていなかった。顔を真っ赤にしたシンの言葉を、今でも鮮明に思い出すことができる。
 付き合ってからのシンは、それはもう、すごかった。元々近かった距離が格段に狭くなり、あけすけにいえばボディタッチも増えた。事あるごとに夏生の腕や手を引っ張るし、肩に頭を乗せてくるし、なんなら膝枕だって要求してくる。自身のチャームポイントだと自負している黒子を遠慮なくつつくし、向かい合わせに座っていると足を絡めてくる。
 極め付けは服装だ。元々シンは襟が広く、ダボついた服装を好んでいたのは知っている。付き合う前はチラリどころか全力で存在を主張してくる鎖骨や頸に、何度もドキドキさせられた。付き合ってからもそれは変わらないが、夏生は心配になったのだ。さすがに無防備過ぎないか、と。そうして思い当たった。もしかして自分はずっと、誘われていたのでは──?
 そこからの行動は、普段の夏生を知る人が見たら驚くほどに速かったと思う。いろいろなものを買い集め、今日の夜部屋に遊びに来ないかと誘ったら二つ返事で快諾を得ることができたので、夏生は準備に取り掛かった。
 ルームフレグランスを新調したし、シーツだって洗濯した。枕カバーも変えて、除菌スプレーを振り撒いておいた。ナニとは言わないが色々取り出しやすいようにチェストをベットの横に配置して、その中に新品のそれらを入れた。あいつの好きそうなアクションと、ちょっとそういうシーンが多い洋画も準備してある。
 テーブルの上に置いたコーラは早く出し過ぎたのか、汗をかいていた。もう既に3回はシャワーを浴びたし、そろそろ落ち着かないとあいつが部屋に来る時間になってしまう。
 夏生はベットに胡座をかいて、深く息を吸う。さすがに動揺し過ぎだ。エスパーのあいつに気取られないようにしないと。付き合って2週間とちょっと。関係を進めるにはいい頃なのではないだろうか。いや、まだ早いか?でも誘われてるんだぞ、いけるだろ。精神統一してたはずの脳内は既に煩悩で埋め尽くされていた。
 そしてついに、ビーッと古いチャイムの音が部屋に響いた。もう心臓は鳴りっぱなしで、何度もシャワーを浴びたにもかかわらず背中は汗でしっとりと濡れている。だけど顔にはひとつも出さずに、夏生は玄関のドアを開いた。そしてすぐに後悔した。
「よっ!遅くなった」
 扉の前に立つシンは、白いタンクトップにジャージを羽織っただけの、今までよりもさらにラフな格好だった。今までの服装も無防備だったとは言え、見えていたのは首回りや臍、背中くらいだった。それだけでも充分な破壊力なのに。シンの二の腕や腋、あまつさえ胸板など、今まで視界に入ったこともなくて。あまりにも男心を擽るその姿に、心臓が悲鳴をあげる。
……っ、別に、遅くね〜よ」
「拗ねんなって〜」
「拗ねてねー」
 何とか捻り出した言葉も、シンに軽く返された。シンは夏生の様子など気にしていないようで、するりと横を通って部屋に入り、綺麗にしてるじゃん、なんて呑気に笑う。机の近くに腰を下ろしたシンは置いてあったクッションを前屈みに抱え込んだ。落ち着いた色合いの夏生の部屋に馴染んでいない赤色のそれは、シンがいつか来た時用に、と買ったものだった。
 クッションのおかげで見えなくなるかと思いきや、ジャージがずり落ちてその白い右肩が顔を出した。タンクトップの隙間から見える横胸はもはや視界の暴力だ。思わぬ追撃に足下がふらついた。
 逸る心を抑えてシンの隣に座り、とりあえずコーラを差し出してみる。すんなりと受け取ったシンはキャップを開けてコーラを飲むために顎を上げた。一口飲むたびに上下する喉に、夏生はごくりと生唾を飲んだ。こいつの首元なんていつも見ているはずなのに、その白くて健康的な首がいやに艶めかしい。ペットボトルから口を離したシンがぺろりと唇を舐める。濡れた赤い舌がチラリと見えて、夏生はもうダメだった。
「なに、飲みてーのって、うわ!」
 夏生の視線を勘違いしたシンがペットボトルを差し出してきたので、奪い取って机に置いた。両肩に手を添える。右手は布越しなのにほんのり温かいし、左手はもう禁忌の領域だ。肌に吸い付く触り心地に脳が揺れる。
「目、瞑って」
 絞り出すような声で伝えると、シンは何も疑わず目を閉じた。顔を傾けて近づける。夏生の唇に、温かくて柔らかいものがそっと触れた。なんだ、これ。ふわふわで、どこかしっとりとしているその感触に、何も考えられなくなりそうだった。ずっとこうしていたい。だけど今日の目的はさらにその向こうなのだ。夏生は気力を振り絞って唇を離した。
ちゅ、と軽いリップ音が鳴る。それにさえもクラクラするのに、
「へへ、初めてのキス、だな」
 お前の唇、柔らかいのな。そう言いながら、恥ずかしそうに頬を赤く染めたシンが笑うから、夏生の理性はもうほぼ擦り切れてしまった。
 やはりシンは自分を誘っていたのだ。手を出していいぞ、と身体全部を使って表現してくれていたのだ。ぐわっと夏生の体温がさらに上がる。心臓が掴まれたように痛い。これは、いける。いくしかない。もうベッドでスマートにとか関係ない。このまま押し倒そうと、シンの肩に触れた手に力を入れようとした時、またシンが言葉を紡いだ。
「俺たちは俺たちのペースで進んでいこうな!無理にしようとか思わなくていいから」
 あやすように頭を撫でながら告げられたその言葉に、夏生の思考は停止してしまった。
 え、今もしかして線引かれた?ここまでお膳立てしといて、まさか押し倒そうとしたことが不味かったのか。思っていなかった展開に焦りが生じた。だけど慌てる夏生を見るシンの目線は、まるで聖母のように穏やかだ。悪い予感が胸を過ぎる。それに気づかないフリをして、夏生は眉間に寄った皺を治そうと力を入れた。確認事項はひとつ。
……お前、俺の頭の中読んだことある?」
「あるに決まってんだろ、何言ってんだ?」
 じゃあなんで察しが悪いんだ。夏生の脳内は既にシンのことで占められているのに。ソウイウコトしか考えてないと言っても過言ではないこの状況で、それでもシンは読んでいるとは思えないほど鈍感だった。
「あ、でも訓練してる時とかそういう話で、ふたりの時読んでねーよ!?さすがにこういう時に勝手に覗くのはヒジョーシキだし」
 そこは安心しろ、と笑うシンに夏生は声を上げたくなった。
 読めよ!!
 こんなにも強くそう思ったことは今まで一度もない。これからも多分ないだろう。こういう時に、頭がいいことを後悔してしまいそうだ。深夜、恋人の部屋でキスをしたというのに、シンはソウイウコトをこれっぽっちも考えてなんていなかった。夏生の胸がさっきまでとは違う意味で鼓動を刻む。
 じゃあ今までの距離の近さも積極性も、今日の格好も、食べてくれと言わんばかりの表情も、
「全部無意識なのかよ!!」
 勢羽夏生、18歳、童貞。今日も今日とて、恋人からの無自覚な誘惑に翻弄され続けている。


2023/2/21