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鳴上
2024-01-22 17:38:37
73645文字
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ナツシン
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ナツシンまとめ2022〜23
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咀嚼
過去に戻れたら、と思うことは誰にでもあることだろう。例えば、自分のせいで今までの努力が水の泡になってしまった時、小さなことで相手を怒らせて取り返しのつかないことになった時。だけども過去に戻るなんて魔法のような出来事で、まあ言ってしまえば起こり得ないことなのだ。だから過去を後悔しても仕方がないし、後ろを向いていても何にもならない。あるのは前に延びた道だけで、後ろは振り向いても崖すら存在しない、ただの虚空だ。そんなこと、21年生きてきて、嫌というほど理解している。理解はしているけど、思わずにはいられない時もあるのだ。
JCCに潜入してわずか1日。たくさんのことが起きた。ラボで戦った透明野郎や試験で一緒になった晶と再会し、佐藤田先生に挑みデータバンクのことを聞き出し、JCCに襲来した敵と戦い、そして、仲間がいなくなり、たくさんの先生が死んだ。
シンは割り当てられた寮の自室のベッドで、横になっていた。右腕で目を覆い、たった1日だったのにかなり濃い時間になってしまった昨日を思い出していた。寮の自室と言っても、シン自身の荷物はそれほどない。スラーの情報を手に入れたらすぐに出ていくつもりだったから、少しの衣服と生活用品、それと備え付けの机やらベッドやら。シンの自室は、そんな簡素なものでできていた。使い込まれた敷布団は薄っぺらく、シンが身動ぎするたびに古めかしい音が鳴る。とにかく休めと坂本に言われて、シンは大人しく身体を休めていた。もちろんあの襲撃から時間が経っていないので、やらなければならないことはたくさんあるのだろう。事実、坂本はJCCの教師とともに生存者や被害状況の確認などに協力していた。シンも坂本とともにあろうとしたのだが、限界まで動かした体に気づいたのか、それともその心のうちを察したのか。何もしなくていいから休めと言いつけられた。何かをしていた方が気が紛れるので自分は大丈夫だと反抗したが、坂本の有無を言わさない迫力に負け、シンはすごすごと初めて入る自室で、体を休めていたのだ。
そして今、シンは過去に戻りたくて仕方なかった。普段そんなことを思うことなんてない。自分の力不足を自覚した時、坂本に迷惑をかけてしまった時でも、嘆きこそすれ、すぐ次に何ができるか考えることが出来た。未来を見据えていたのに。シンは今、過去のことを嘆いていた。もっとできることがあった。もっと上手に立ち回れた。そうしたら。たらればを言い出したらキリがないが、一度考えてしまったら、底なし沼にはまったようにずるずると思考が引っ張られていく。
殺し屋をしていた時、死とはすぐ近くにあって当たり前のものだった。自分が殺るのだから、自分が殺られる覚悟を持って仕事をしていた。シンにとって人生とはそういうものだった。それが変わったのは、坂本と再開してからだ。家庭を持った坂本は、不殺を掲げていた。何気ない日常を守るために、自らに枷を課したのだ。そしてその姿に感化され、シンも坂本家の一員として、殺し屋をやめてただの青年へと成った。
ゴロリと寝返りをうつ。眠ろうとしても眠れなくて、シンは起き上がるとそっと部屋を抜け出した。もう辺りは暗くなり始めていて、出歩いている人もまばらだ。ベッドに寝転んで身体を休めたし、少しくらい外に出てもいいだろう。何かの気分転換になればいい、とあてもなく歩き始めた。けれどもその足取りは明確な意思をもってある場所へとシンを誘った。しばらくぼんやりとしていたシンが気づくと、昨日何度も立ち入り、未来視がないと使えないというシン専用の武器を試した場所。武器製造科の研究室前に立っていた。
なんで俺、こんなところにきてんだろ。無意識ってこえーな、なんて思いながら踵を返そうとしたが、その扉の下から微かに光が漏れていることに気がついた。ゆっくりと扉を開けると、奥の方でガチャガチャと何か作業をしている背中があった。その背中に吸い込まれるように中に入り、気づいているはずなのにこちらを全く向かないそいつに声をかける。
「なに作ってんだ?」
「
…
お前に渡したグローブの改良版」
「へえ〜。どんな感じに変わるの?」
「まだ途中だから分かんね〜よ」
話しかけたのにやっぱりこっちを見なくて、シンは口を尖らせながら、近くにあった椅子に腰を下ろした。背もたれを前にして寄りかかり、足で夏生のそばに寄る。夏生がなにも言わないのをいいことに手元を覗き込み、何をやっているのかよく分からないその作業を見つめた。
「おい」
「っうわ!」
そうしてしばらく経ってから、突然夏生に声をかけられて、そちらを向くとそのままグローブを投げつけられた。どうやら完成したみたいだ。
「とりあえずつけてみろよ、ついでにサイズ調整する」
「お〜」
言われるがままにグローブを手に取り装着する。昨日よりもさらにゴツくなっているそれは少しだけ大きかったようで、グローブをはめたまま夏生が調整を始めた。向かい合ってグローブを弄る夏生の瞳は当たり前だが下を向いている。あまり見ることのなかったその表情に胸が騒めいた気がした。なぜだか気まずくなってシンもグローブを触る夏生の手を見つめた。それは思ったよりもゴツくて、それでいて小さな傷がたくさんある、職人の手だった。繊細なガラスに触れるように、生まれたばかりの赤子を抱き上げるように、夏生は武器を造る。失敗作も多いらしく、実際に色々試させられて、よく分からないものもたくさんあった。それでも周りの人間が認めるほど武器製作に情熱を注いでいる夏生に、遠い昔に見た後ろ姿を重ねてしまった。そのタイミングで調整を終えたのか、夏生が器具を置いてこちらを見据えた。
「おし、こんなもんだろ。ちょっと撃ってみろよ」
「おっけー」
そう言いながら夏生が指したのは、研究室の端に置いてあったサンドバッグだった。なぜかブキ科にあるサンドバッグはきっとこういう時に使うのだろう。手を開いて閉じて、感触を確かめてから、使い込まれたそれに向かって思い切り振りかぶる。ちょうど芯を捉えて、大きく揺れた。と、同時にバチバチッと鋭い音を立てて、サンドバッグに電流が走った。
「!?」
さすがに驚いてシンはバックステップで距離を取った。え、なんか想像と違うんだけど。それから、ほんの少し痺れる右手を見つめる。別に使えないことはないけど、気になる。それくらいの痺れだ。夏生はそんなシンの姿を見て、やっぱり、と口を開いた。
「それもダメだな。使う奴が痺れて違和感覚えてたら実践じゃ使えねー」
「
…
改良版って言うから、威力が増したとかそんな感じかと思った」
「あー、まあそれも考えたけど
…
」
なぜか口ごもるので何か不都合があるのかと思い心を読もうとしたが、それを察したのか夏生は素早くフードを被った。そのフードを被られたら、もうなにも聞こえない。それが癪なのでフードを取ろうとするが、夏生は顔を顰めてフードを両手で持ちそれを阻止する。
「なんだよ。教えろよ〜」
「なんでもねーよ離せバカ。あと勝手に読もうとすんな」
…
まあいいか。あまりにも嫌がるのでシンがフードから手を離した。夏生はそれを見てから警戒体制を解くと、近くにあった箱の中身を漁り始めた。そして黄色のポップな銃を渡してくる。
「なあ次はこの武器試そ〜ぜ」
「これなに?」
「相手にかけたら酸っぱくて顔がキュッてなる液体が入ってる銃」
「え〜それ使う場面ある?」
「こっちの銃に入ってるのと混ぜたらプラスで激臭がする」
「ますます意味わかんなくね?」
シンは装着していたグローブ取り外し、そろそろ戻る、と夏生に告げる。夏生はあっそと呟いて席に戻ると、机の下から別の器具を取り出してグローブとは違うものを造り始めた。
ブキ科のエースは、今日も今日とて武器を作っている。昨日の戦いの傷も癒えてないのに製作にのめり込んでいるのは、きっと彼の弟のこともあるのだろう。自分にできることをやる。そんな当たり前のことを当たり前にやることの大切さをこいつはとっくに知っていたようだった。
その姿を見て、無意識でもこいつの隣を求めていた自分に、少しだけ納得した。白衣の背中を思い浮かべる。あの人も普段は割と乱暴なくせに、頭を洗うその手はとても優しかった。
もっとできることがあった。もっと上手に立ち回れた。そうしたら。そうしたら、晶はいなくなることはなかったし、佐藤田先生は死ぬことはなかった。そんなわけないのだ。自分がいたところできっと結末は変わらない。その時できる努力を最大限やった。だから今こうなっている。それなら、次はどうすればいいのか。未来へ繋げていくのが、今を生きる自分たちにできることだ。今まで何度もそうやって乗り越えてきた。それを思い出したから、きっともう大丈夫だ。さっきまではまとまらなかった頭の中がどんどんとクリアになっていく。後ろの虚空ではなく目の前にある道をやっと見据えることができた。シンは伏せていた顔をあげて、大きく息を吐いた。そして声を出して笑う。
「なんだよ」
「ん〜、別に!」
陰鬱とした気持ちが、全部ではないけれど消えている、まさかそのきっかけが自分だ、なんて目の前で怪訝そうな表情を浮かべるこいつは思いもしないだろう。夏生が、こいつやべーのか?と考えているので、やばくねーよと口に出さずに答える。さあ、そろそろちゃんと部屋に帰ってひと眠りしよう。合同の葬儀は明後日だと聞いているから、明日は坂本さんの手伝いをしよう。
喉元を過ぎるにはまだもう少し時間がかかるけれど、それもきっと必要なことだから。
「じゃあまた明日な〜セバ」
「明日も来んのかよー暇人」
「お前がやり過ぎないように見張ってやるんだよ!」
そう言ってシンは夏生の頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。突然触られて驚いたのか頭を引こうとする夏生を無視して、さらに鳥の巣頭にしてやる。
「やめろって!」
嫌そうな声を出す夏生に、シンは今度こそ楽しそうに笑った。
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