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鳴上
2024-01-22 17:38:37
73645文字
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ナツシン
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ナツシンまとめ2022〜23
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探し続けて遠回り
「おーい、セバ!」
遠くから名前を呼ぶその声に、もうずっと悩まされ続けている。
誰にも言ってないけれど、夏生にはどうしても苦手だと思ってしまう人物がいる。それは今まさに、駅のベンチに座って大きく手を振っているくそエスパーのことで、夏生は嫌そうな顔をしながらそのくそエスパーに近づいた。
「なんでいんの」
「なんでって
……
お前がこっち来るって連絡してきたから、わざわざ来てやったんだろー?」
大きめの白いダウンジャケットから顔だけを出して、冬の空気みたいに笑うその姿に、夏生は思わず眉間に皺を寄せた。吐いた息は白く濁って空へと昇る。寒さを凌ぐためにポケットに入れた手が、僅かに震えた。
「来いなんて言ってないけど」
「素直じゃね〜やつ!俺今日オフだし、お前に付き合ってやんよ」
「いらね〜」
シンと夏生は最初、敵として出会った。その次はJCCの学生同士として、そしてさらにその次は弟を助けるための協力者として。全てが終わって、シンはJCCへと戻ってきた。学生生活を謳歌する、ただそれだけのために戻ってきたのだ。
正直言って、鬱陶しかった。だって別に、夏生は弟がいて、武器が作れて。それだけで満足だった。それなのに当然のように居座って、「セバ」と呼びかけてくるのをやめてほしいと何度も思った。その度にため息を吐いたし、その度に眉間に皺を寄せた。
でもそれも一年の間だけで、その期間が終わると最初からいなかったみたいに、シンの痕跡は消えた。研究室の扉からひょっこりと出してくる顔を見ることも、一緒に食堂でご飯を食べることも、学校探検に付き合うことも、遠い遠い昔みたいに、隣にいなくなった。
そうなってから、気がついた。夏生はずっと、シンを不快に思っていたのだ。だってほら、シンがいたら自分が自分じゃないみたいになって、気持ち悪くて仕方なかったのに、いなくなった途端それがなくなった。そして夏生は結論付けた。
そう、夏生は、朝倉シンのことが嫌いだったのだ。
少しだけ低いその目線も、太陽に反射する金髪も、弾けるように笑うその顔も──夏生を呼ぶその声も。その全てが嫌いだったのだ。
それなのにいなくなったらいなくなったで、今度はシンの声が、香りが、少しだけ触れた肩の体温が、夏生を悩ませて仕方なかった。別に日常生活に支障はない。今まで通り講義を受けて、武器を作って、センパイ達とあーだこーだと話をして。だけどふとした瞬間に思い出してしまうのだ。そしてまた不快な気持ちになる。何度も何度もそれを繰り返した。早くこの感情を消したくて、でも消えなくて、だから夏生はシンに連絡したのだ。顔を見て、やっぱりこいつが嫌いだと再認識したかった。
そうしたらシンは、なんてことないみたいな顔で夏生を迎えた。なんてことないみたいな声で夏生を呼んだ。セバ。たった二文字のそれにどうしたって夏生は、心臓を掴まれたように痛みつけられるのだ。
「んでどーすんの?どっか行きたいところあんなら案内するけど」
「
……
この辺りで武器作りに使えそうなもの売ってたりする?」
「おー、任せとけ!」
それから夏生とシンは、憩来坂を歩き回った。商店街は大きさの割に活気に満ち溢れているし、コロッケも焼き鳥も美味しかった。連れて行かれた場所は武器作りに使えなさそうな電気屋だったけど、意外と色々なものが売ってあってそれなりに楽しめた。
憩来坂に着いたのが昼を幾許か過ぎた頃だったので、あっという間に夜に近づいてしまった。お腹空いたと言う夏生の言葉に、オススメの店あるぜ、とシンが連れてきたのは、どこにでもある中華料理屋だった。夕方なのに開いているその店は、夏生とシン以外の客は誰もいない。
二人は店に入ると、入り口近く、一番端の席に腰掛けた。ラーメンと餃子、それからチャーハンを頼んで、それらが出来上がる音を無言で聞く。すぐに出てきた注文の品を食べながら、時にシェアしながら、とにかく無心で口に含む。
幾らか経って、シンが徐に口を開いた。
「セバって俺の名前呼ばね〜よな」
「
……
そうだっけ?」
突然の問いかけに思わず声が詰まる。何気ない風にそう答える夏生を気にすることなく、シンの目線は目の前のラーメンで占められているようだ。
別に呼ぼうと思えば呼べる。なぜかムキになる。息を吸い込み声を出そうとして──でも結局それが音になることはなかった。ラーメンを一口、啜る。一緒に入り込んできたもやしがシャキ、と音を立てた。
「
……
呼んでんじゃん、くそエスパーって」
「それは名前じゃなくてあだ名な?」
「
……
くそ」
「それはただの悪口!」
文句を言い続けるくそエスパーを無視して、夏生は再びラーメンを啜る。おすすめだと言うだけあって、確かに美味い。昔ながらの中華料理屋にハズレがあまりないと、昔から相場は決まっている。咀嚼しながらふと思考を巡らせる。
唇から音を出すだけのその行為に、なぜ躊躇ってしまうのだろうか。そうだ、JCCにいた時も、なぜだか身体が拒否していたように思う。口に出そうとしたことはないけれど、心の中でさえ呼ぶのを躊躇っていた気がする。
シンが餃子を美味しそうに頬張る。ニンニクの効いた餃子は味が濃くて、これまた濃い酢醤油によく合った。セバも食べろよ、なんて箸で餃子をラーメンに入れてきたので、夏生は皿に残っていた餃子を一気に食べてやった。目を吊り上げて怒るシンを鼻で笑って、そのまま餃子を食べ進めた。やっぱりニンニクが効いていて、今まで食べたどの餃子よりも美味しかった。
声に出してしまえばきっと元には戻れないということを、どこかで理解していたのだろうか。分かりたくないのに、優秀な脳みそはどんどんとパズルのピースを当てはめていく。それを頭から追い出すようにスープを飲み干し、ラーメンを平らげた。同じくらいにシンも食べ終わったので会計をして外に出る。もう日はかなり傾いていて、深い茜色で辺りは染まっていた。
「変な時間に食べるラーメンも中々だな」
「今日晩飯なしでいいわ」
「とか言って変な時間にお腹空くんだぜ〜、んでまたカップラーメンとか食べるんだろ」
「さすがに連続ラーメンはいらね〜」
「んだよセバ、老化?」
「お前より若いけどなー、悪いけど」
「思ってねー謝罪サンキュー」
「それこそ思ってねー」
あてもなく歩く。終わりの時間は近づいている。電柱はどんどんと影を伸ばし、太陽はどんどんとその姿を隠していく。街中だった風景が、一本入るとただの住宅街になって、緩やかな上り坂になった。
そうすると脳みそを占めるのはやっぱり目の前を歩くくそエスパーのことで、夏生は辟易としてしまう。愚かな自分を、何も考えていないくそエスパーを、追い出したいと思っている。それは今も昔も変わらない。
坂を登り終えて、今度は緩やかな下り坂が現れる。ちょうどその手前で、夏生は立ち止まった。
シン。朝倉シン。口の中で呟いたその名前に、甘い響きが籠っていることなど、夏生は絶対に認めたくなかった。認めたくなかったのに。
シンがふと夏生の方へ振り返る。夕焼けを背負ったまま、見飽きた笑顔を浮かべていた。伸びた影が夏生を隠す。それなのに視界に入るのは赤や橙や黄で、とにかく目について煩かった。
「な、セバ!競争しようぜ、坂の下まで!」
「ちょ、おい!」
夏生にそう声をかけ、答えも聞かないまま走り出す。夕焼け色に染まった髪の毛をさらりと動かしながら、シンが遠ざかる。咄嗟に前に出した右手は、空を切った。一歩、足を動かせばすぐに追いつけるのに。なぜだか夏生の足はピクリともしなくて、白いダウンジャケットを着たその後ろ姿を見つめることしかできなかった。
勢羽夏生は、朝倉シンのことが嫌いだった。肝心なところではエスパーの力を使わないところも、人をきちんと見ているところも、自分のことを省みずに行動してしまうところも。
その全てが嫌いだった。嫌いで嫌いで、でもどうしようもなくて。その声に呼ばれるたびに、今まで経験したことのないほどの衝動が夏生を襲う。それこそ心臓を抉り出したくなるくらいには、鬱陶しくて仕方なかった。
もう、シンの背中は手の届かないほどに遠い。後ろから夏生が追っていないことに気がつかないような鈍感なくそエスパーは、やっぱり変わらず夏生が知っているくそエスパーだ。
この世を全て包み込んでいるような夕焼けが、ゆっくりと街の向こうへと沈んでいった。少しだけ残された余韻は、もうあと数分もすればいなくなってしまう。
なあ、シン。朝倉、シン。お前は知らないだろうけど。
その背中にかける言葉を、俺はずっと、探し続けているんだ。
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