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鳴上
2024-01-22 17:38:37
73645文字
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ナツシン
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ナツシンまとめ2022〜23
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バースデーケーキの代わりかよ
どこかで空気が震えた気がして、シンはふと目を開けた。まだ覚醒し切らない頭で、眠る前に枕元に置いた携帯からその振動がきているのを察し、それからゆっくりと仰向けに寝返りをうった。手を伸ばせば届く位置にあるそれを、だけどわざわざ止めるのも面倒臭い。視界は真っ暗だった。朝のアラームではないし、起床する時間はまだまだ先のはずだ。そんなことを考えているうちに携帯は落ち着きを取り戻す。規則正しい生活を送っているシンは、うとうとともう一度意識を手放そうとした。だけどそれはすぐに、再び震える携帯に遮られた。微かな苛立ちを覚えながらも、今度こそそれに手を伸ばす。夜中に震える携帯には、かつてJCCで連絡先を交換したセバの二文字が踊っていた。文句の一つでも言ってやろうと、シンは通話ボタンをタップする。
「
…
んだよこんな時間によ〜」
「お前もう寝てんの?ガキじゃん」
夜中に電話をかけてきたとは思えないその発言に、シンはやっぱり電話に出なければよかった、なんて後悔を覚えた。だけどそれはそれで負けた気がするので、ままならない感情に奥歯を噛む。頭はまだ完全に冴えておらず、気を抜けば微睡みに連れて行かれそうだった。
「うるせ
……
」
「はは、ガチ眠そう」
バカにしたように笑うその声に、シンは指を動かす。
「
……
ようじないなら切る」
「あるある」
今からラーメン食いに行かね?
その言葉に、シンは電話を切ろうとしていた指をピタリと止めた。夜中にラーメン。熱々こってりのスープに浸かった麺。ひたひたになった野菜、味の染み込んだ卵。その時の幸福を思い出して、シンの口の中がじゅわりと潤う。魅力的すぎるその提案に、シンの心はもう強く掴まれてしまった。そんなシンが口に出す答えは、ひとつに決まっていた。
▽△▽△▼▲▽△
もう日は回っているというのに、駅周りは人で溢れていた。まだ週の半ばだと言うのに、酔っ払いが多いのは社会へのストレスゆえか学生の時間感覚の違いか。シンも明日はいつも通り仕事だ。それなのにこんな時間にこんな場所を歩いている時点で、その他大勢と同じだった。フラフラと目的地へと向かうと、街灯の下でボーッと立っている黒髪の男を見つけた。そんなシンの視線に気がついたのか、夏生はイヤホンを外してシンへと歩み寄った。
「よ〜セバ、お前いつこっち来たんだ?」
「あー、昨日とか」
「なんだよー連絡しろよ!」
「や、暇なお前とは違って俺にも用事あるんで」
「喧嘩なら買うぞ?」
目的地へと向かいながらの、いつもの軽い掛け合い。変わりのないその姿と声になぜだかホッとする。JCCを去ってから、半年に一度くらいのペースで夏生と会っている。それは武器の材料を手に入れるためとか、新しいアイデアのための視察とか、たまたま暇だったからとか。とにかく近くまで来たからメシ行こうぜ。そんな理由を言いながら、夏生はシンの携帯へ電話をかけてくる。メッセージが届いたことはほとんどない。元々シンもメッセージを頻繁に確認するタイプではなく、電話の方が手っ取り早くていいと思っているから特に不便はないが、自身の画面にセバの二文字が出るだけで心が浮つくことにはとっくに気がついていた。その理由まで考えることはしていないが。
「つーかこんな時間じゃなくても、明日とかにすればいいのに」
「ラーメン食いたいのに時間なんて関係ね〜だろ」
「それもそーか」
シンもラーメンの魅力に負けてこの場にいるので、それ以上は何も言えなかった。五分ほど歩いて、よく二人で行くラーメン屋へと到着した。赤い暖簾は何年も変えられていないのか色が薄れていて、文字も消えかかっている。古ぼけた扉をガラリと開けると、らっしゃいと元気な声が飛び交った。飲み終わりのサラリーマンたちが多いのか、思ったよりも埋まっている席の中から空いていたテーブル席へと座る。メニュー広げて何を頼むか考える。まあ今はコッテリの気分なのでとんこつだし、なんならチャーハンも食いたい。いやでもこの時間だし、ラーメンだけにするか。でも、チャーハン食べたいし。眉間に皺を寄せていると、夏生が声をかけてきた。
「決まった?」
「まって、チャーハン食べるか悩んでるとこだから」
「すいませーん注文いいですかー」
「待てって言ってるだろ」
随分と自分勝手な行動に、なんだこいつと思わないでもないが、夏生はそういう奴だと知っているので仕方がないとため息を吐いた。夏生の声に反応した学生であろう若者が、慣れた様子で注文を聞きにくる。とんこつラーメンひとつあと餃子セットで。あ、とんこつラーメンもうひとつ!あとチャーハンも!思い思いに注文して、あとは出来上がるのを待つだけだ。悩んでいると言いつつちゃっかりとチャーハンも注文したシンは、待ちきれないというばかりに足をパタパタと動かす。その間に、お互いの近況や、最近あった面白い出来事、そうそうこれ言おうと思ってたんだけどよ〜、なんて。他愛もない、だけど思わず笑ってしまうような、そんなしょうもない話をする。夏生の表情もどことなく柔らかくて、この時間を楽しんでいるのが自分だけじゃないというのが、シンの気分を高揚させた。
そうしているうちに店員がラーメンを運んできて、机に置いた。艶やかなスープに、多めの野菜と、脂が溶け出しているチャーシュー。思い描いた通りのラーメンの登場に鼻を擽るにんにくの香りが漂って、胃袋が早く早くとせかしている気がした。
「うまそ〜!いただきます!」
「いただきます」
先ほどまでの弾んだ会話が嘘のように、二人無言で麺を啜る。じんわりと汗が出てきて、シンのシャツを濡らした。隣にあるチャーハンは、家では作れないくらいにパラパラで、シンは夢中で頬張った。やっぱり、この時間のラーメンって最高!そう思いながら食べ進めていくと、夏生が餃子の乗った皿をそっとシンに差し出した。
「これやるよ」
「餃子!いいのか⁉︎」
「お〜、食え食え」
「なんだよお前今日気前いいなー!さんきゅ!」
遠慮なく夏生の皿から餃子をとり、口に運ぶ。たっぷりの挽肉とニラに、生姜がしっかりと効いていてシンは顔を綻ばせた。
「餃子もうまいな〜」
「そりゃ俺の餃子だからなー」
「誰がお前のだよ。ってか俺のチャーハンも食うだろ?」
そう言いながらシンはレンゲで一口分チャーハンをすくい、夏生の方へと突き出した。その動きに、咀嚼していた口を止めて夏生が目を見開いた。ごくん。夏生が口の中のものを飲み込んだのが分かった。
「食べね〜の?」
「
……
お前、ほんとそーいうとこだと思うぜ〜」
「何がだよ、ほら」
じとっと見てくる夏生に、レンゲを振って催促する。渋々といった様子で夏生が小さく口を開いたので、シンは構わずレンゲを口の中に入れた。もぐもぐと行儀良く咀嚼する夏生に、シンは思わず笑顔になる。夏生の耳が赤く染まっているのには、気がつかなかった。
「うまいだろ?」
「
……
うまいけど、俺見てないで早く食べろよ」
シンに餃子をあげた時にはすでに食べ終わっていたらしい夏生が席を立ち、レジで会計を始めた。それを見たシンは慌てて麺を啜り、残りのチャーハンを平らげて、夏生の後を追った。さっさと支払いを済ませてしまった夏生に、財布を出しながら尋ねる。
「わり、何円だった?」
「あ〜
……
タダ?」
「は?んなわけねーだろー」
建て付けの悪い扉を夏生が開けて、ラーメン屋の外へと出る。なんだか誤魔化されているような気がして、シンは夏生の前へと回り込んだ。
「今日は俺の奢りでいーぜ」
「ほんとどうしたんだよ今日。熱でもあんのか?」
「
……
はあ〜、お前ってほんとにエスパーか?」
「どう意味だよ、コラって、うわ、」
わざとらしくため息をついた夏生に、突然頭をガシガシと掻き乱されて、シンは思わず身体を硬くした。
「今日が何日か、日付くらい確認しろよばーか」
んべ、と舌を出した夏生は、そのまま振り返りもせずに歩き出した。日中は汗ばむほどに暑いのに、夜も更けると少し肌寒い。だけどおそらく、シンは今ここにいる人間の中で一番体温が高い自信があった。だって今日は六月七日。自分でも気がつかなかったその日に、夏生はわざわざ会いに来た。
もしかして今日のラーメンは、お祝いのつもりだったのだろうか。そう思い当たって、シンはずるずると地面にへたり込んだ。ああ、くそ、やられた。普段はくそ生意気で、人のことをバカにして遊ぶし、時間なんて関係なく呼び出してきたりもする。自分の方が頭がいいから、とシンの言うことを聞きやしないし、なんで俺こいつと連んでるんだ?って疑問に思うこともある。
夏生の後ろ姿がどんどん離れていく。なんとなくウマが合うだけで、わざわざ遠いところからシンに会いに来る夏生を、全て理解できているわけではない。エスパーを使えば分かるのかもしれないが、それはあいつに負けを認めることになる気がしてできなかった。
飄々としていて、生意気なセバ。だけどこうした、ふとした行動にシンは心を鷲掴みにされる。かわいくない歳下に、絆されてしまっているのが事実だった。次にいつ連絡が来るのかは分からない。JCCに通う夏生を、なんて言って呼び出せばいいのかも分からない。もしかしたらお互い連絡しなくなって、簡単に切れてしまうほどの薄い縁なのかもしれない。
だからシンは、つい携帯が震えるのを待ってしまうのだ。誘ってくるから仕方なく、を言い訳にして、またあいつに会うために。
だけどとりあえず、今のこのどうしようもない衝動をぶつけるために、シンはもう随分と遠くなった背中を追いかけた。
「待てよ!セバ!」
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