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鳴上
2024-01-22 17:38:37
73645文字
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ナツシン
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ナツシンまとめ2022〜23
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知らぬは本人たちばかり
営業部の朝倉さんと、システム開発部の勢羽さんは付き合っている。それはこの会社で働く人間にとって公然の事実であり、入社した時には正直とても驚いた。いくら社会がいろいろな恋愛を受容するようになったとはいえ、偏見なんていくらでもある。それでも私たちの職場は、オープンなふたりを応援する人で溢れている。それはひとえに、朝倉さんの性格とふたりの雰囲気もあるのかもしれない。
朝倉さんは新卒入社の私の三年先輩で、今年二十七歳になる営業部のエースだ。明るくて爽やかなその笑顔と、可愛らしいそのルックス、そしてなんと言っても親しみやすいその性格に、朝倉さんのことを嫌いな人なんていないのじゃないかと思うくらいに、皆メロメロだった。営業の成績もトップクラスで、お客さんの心を読めるのではないかと噂されるほど、その人にドンピシャな営業をする。だからいろいろな人に気に入られているし、お偉いさんとの接待にもよく呼ばれているようだ。私は今年入ったばっかりで朝倉さんの下に着いてたくさん学ばせてもらっているところだ。あまりうまく喋ることができずに営業の成績が上がらない私にも優しく教えてくれて、本当にできた先輩だ。
それに対して勢羽さんは、あまり口数は多くない。同じ部署の先輩とはけっこう話しているみたいだけど、初対面の人や他の部署の人と絡んでいるところをほとんど見たことがなかった。だけど仕事は丁寧で早くて、勢羽さんに案件を投げると絶対に顧客が大満足してリピーターになるらしい。顔が整っていて寡黙なイケメンとして社内で一定の人気がある勢羽さんだけど、その評価は朝倉さんの前だと真逆になる。朝倉さんといる時の勢羽さんは、なんというか、好きな人に素直になれない子供のような、それでいて誰にも渡さないという強い独占欲も感じる、そんな態度なのだ。
朝倉さんと話している時の勢羽さんはすごく楽しそうで、朝倉さんもいつもよりキラキラしていて、お互いがお互いを大切に思っているんだなって分かる。だからみんな応援しちゃうんだと思う。
私は今日も朝倉さんについて外回りをしていた。その際何件かの取引先に私が主体となって説明したのだけど、これがまあうまくいかなかった。致命的ではないけれど小さなミスを連発して、朝倉さんにかなりフォローに回ってもらった。そしてつい先ほど、定時ギリギリにやっと会社に帰って来れたのだ。これから報告書を書いて提出して、できていなかった仕事をしようと思ったら、確実に遅くなる。早く帰りたかったな、なんて思いながら仕事を進めようとすると、朝倉さんにポンと肩を叩かれた。
「もう今日は帰っちゃえば?疲れたでしょ」
「そうですけど
…
これ、終わらせないと」
「いーからいーから!今日もたくさん頑張ったんだし、先輩がチャチャっと終わらせといてやるよ!」
「あ、朝倉さ〜ん!」
ドン、と胸を張って拳で叩く朝倉さんに、私の胸がジーンと熱くなる。やっぱり朝倉さんは明るくて頼れる先輩だ
……
!まだまだ仕事ができない私だけど、早く朝倉さんに追いつきたい。そんな気持ちが出てきて、私は勢いよく立ち上がった。
「やっぱり私も残ってやります!だからいろいろ教えてください!」
「おっ、なんかすごいやる気だな!それならジュース奢ってやるよ!」
「やった、ゴチです」
私のやる気ににぱーっと笑顔になった朝倉さんが私の背中をバシバシと叩く。ちょっと力が強くて痛いけど、朝倉さんらしいエールの贈り方に私もつられて笑顔になってしまう。二人でニコニコと笑っていると、少し遠くから落ち着いた声が届いた。
「おいそれ、セクハラだぞ」
声のした方を向くと、営業部のカウンターに腕をついてこちらを見ている勢羽さんがいて驚いた。勢羽さんは自分の部署から出ることがあまりないし、ましてや営業部に来ることなんて私が勤め始めてから初めて見る光景だ。それは朝倉さんも同じだったのか、目をまん丸にしながら勢羽さんに歩み寄った。
「セバ!珍しいなこっちに来るの。どうしたんだ?」
「来たらわり〜のかよ」
「んなこと言ってないだろー?」
「今日早く帰れそうだから、帰りメシ食ってこーぜ」
「いいな!何にする?」
「ん〜」
「あ、言わなくても分かるぜ、今日は丼ものだろ!」
「おー、やっぱ役に立つな〜」
ポンポン、とボールのように飛び交う会話に、思わずくすりと笑ってしまった。だって寡黙だって言われてる勢羽さんが朝倉さんの前でだけ見せる表情を、こんなに間近で見たことがなかった。勢羽さんはカウンターに頬杖をついたまま私に目線を移すことはない。ただまっすぐと朝倉さんだけを見ていた。
なぜだかこちらが照れてしまいそうになっていると、勢羽さんが朝倉さんの目元に垂れた髪の毛に気がついたのか、それをさらりと耳にかけた。隠れていた耳をそっと撫でて、そのまま頬を親指でなぞった。ただの同僚には許されないその近さに、ハッと息を飲む。朝倉さんはくすぐったそうに身を委ねていて、二人だけの空間ができている。わ、わわわ!見てるこちらが恥ずかしい!というかこれ見せつけられてるの?それとも無意識?分かんない、分かんないよこのふたり。
「ま、とりあえずお前の仕事終わったらこっち来いよ」
「おっけ〜、すぐ終わらす!」
二人が付き合ってることは知ってるけれど、目の前でそれを浴びてしまって、なんだか胸がいっぱいになる。勢羽さんが立ち去ってから、私はずっと思っていた疑問を口に出した。
「朝倉さんと勢羽さんっていつから付き合ってるんですか?」
「え⁉︎いやいや、つ、付き合ってないから!」
「でも
……
」
「たまにそれ聞かれるけど、全然!全然俺と勢羽、そういうんじゃないから!」
え、もしかして隠してたりするの?あんなにオープンなのに?なんて疑問が私の頭を駆け巡る。
だけど朝倉さん。いくらそうやって否定しても、そんなに顔を真っ赤にしてたら、あまり意味ないと思うんですが
……
。
営業部の朝倉さんと、システム開発部の勢羽さんは付き合っている。バレていないと思っているのは、きっと本人たちだけなのだ。
「な〜、今日お前と俺って付き合ってるのかって聞かれたんだけど」
シンは脱いだスーツをハンガーにかけながら、今日の出来事を夏生に語っていく。一緒に住み始めてからの、シンにとって欠かせないルーティンだった。そう、後輩には否定したけれど、シンと夏生はいわゆる、お付き合いをしている関係だ。社内恋愛、しかも男同士ということもあって、周りにその関係を明かしてはいない。だから、今日もしっかり否定しておいた。
早々に家着に着替え終わった夏生はソファに座り、ビールを勢いよく開けた。あ、ズリい!なんて言いながらシンもそれに続く。コン、と軽く乾杯して、その喉越しを味わう。仕事でクタクタに疲れて、喉もカラカラに渇いた状態で飲むビールには、他の何にも代え難い快感がある。働き始めてからそれを初めて知った。今日は丼ものを食べて帰ろうなんて言っていたが、なんとなく早く家に帰りたい気分になった。チャチャと仕事を終わらせたシンは、渋る夏生を無理やり引っ張ってコンビニに寄り、アルコールとおつまみ、弁当を買ってさっさと家に帰ってきた。
「あ゛〜っ、やっぱり仕事終わりのビールは最高だぜ!」
「んで、誰から?」
「ん?」
「さっきの話」
「ああ。ほら、今日一緒に話した子。新卒なんだけど、けっこーガッツあんだぜ」
「ふ〜ん」
「この間もさ、ひとりでいろいろ資料作ってもらったんだけど、これがまたいい出来でさ〜」
「へ〜」
「しかも俺のこと慕ってんのか、なんかかわいいんだよな〜ちっちゃいワンコみたいで」
「ほ〜」
「おい聞いてんのか?」
「聞いてる聞いてる」
自分から続きを促したくせに、聞いてるのか聞いていないのか分からない返事しかよこさない夏生に、シンはピーンと閃いた。かわいいとこあるよな、こいつって。
「!嫉妬すんなって」
「してね〜し。はあ、ほんとお前タチ悪い」
シンは飲んでいたビールを机に置いて、夏生の首元に擦り寄った。少しだけ汗の匂いがするそこに、鼻先をぐりぐりと押し付けてやる。我らが開発部のエース様は案外嫉妬深いということを、付き合ってから知った。社内でも多くの人と交流があるシンの話題にはたくさんの人が出てくる。その中でも嫉妬する時と嫉妬しない時があるのだが、その差はまだよく分かっていない。そして今日は嫉妬する日だったらしい。一見顔は変わらないのに、雰囲気でなんとなく分かるそれに、しゃ〜ね〜なとシンはご機嫌を伺うのだ。その反応を見るのが楽しくないと言ったら嘘になるが。
首元で遊んでいるのも我関せず、ビールを飲み続ける夏生に少しムッとしたシンは、その首筋にひとつ、キスを落とした。それから何度か位置を変えて、ちゅ、と柔く吸い付く。舌を出して舐めると夏生が小さく震えたのが分かった。
「っ、おい」
「機嫌直せよ、セバ」
耳元でそう呟いて、優しく耳たぶを甘噛みする。と、スイッチが入ったのか、夏生はシンの肩を押してそのまま床へと押し倒した。上から降ってくる唇を特に抵抗もせずに受け入れる。数回ほど唇を唇でやわやわと挟まれたと思ったら、すぐさま舌が差し込まれた。ほんのりビールの味がするそれは、シンの口の中を我が物顔で蹂躙する。上顎を舐めてピクリと反応したシンに気をよくしたのか、舌を絡め取られて、強く吸われた。同時に耳をするりと触られてシンは大袈裟に反応してしまった。すりすりと耳を撫でられながら交わすキスに、シンの息も絶え絶えになってきた。夏生の左手が太ももを撫で始めたから、シンは急いでストップをかけた。
「ん、はあ、
…
待ってセバ、やるならベッド行こ」
「
……
」
「ここじゃ体痛くなるし、な?」
夏生はため息をついて、腕を引っ張りシンの体を抱き起こした。シンは夏生の顎に軽く吸いついて、それから夏生の腕を引っ張って立ち上がらせた。
「ほら、早くいこうぜ、でっかいワンコくん」
そうやってシンが揶揄うと、夏生はムッと唇を尖らせた。それさえもかわいいと思ってしまうのだから、きっとタチが悪いのはシンの方だ。二人連れ添って寝室へと向かう。ぽつんと残されたビールの汗が、静かに滑って机に落ちた。
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