鳴上
2024-01-22 17:38:37
73645文字
Public ナツシン
 

ナツシンまとめ2022〜23



強いて言うなら小悪魔


 この季節があまり得意ではないと気がついたのはいつのことだっただろうか。あまり馴染みのなかったイベントゆえ、学校でお菓子なんて持ってるわけないだろと突き放した女子を泣かせてしまった時だろうか。それとも、浮かれた街中の騒がしさに顔を顰めてしまった時だろうか。
 とにかく夏生は、ハロウィンという、そもそもの由来もよく分からない季節のイベントに苦手意識を持っていた。だからこの季節自体が、あまり好ましいものではなかった。それは成長して、JCCの研究員生として学んでいる今も変わらない。しかしJCCでは、こういう季節もののイベントは、大変賑やかに行われるのだ。
 さまざまな顔のジャック・オ・ランタン、コウモリや蜘蛛の飾り。キャンディやチョコなど、普段とは違う包装のお菓子たち。隙間を埋めるようにそれらでいっぱいになった構内に、夏生は頭の中でため息を吐いた。毎年のことながら、みんな浮かれすぎ。
 研究室も同様の雰囲気で、小さなカボチャがデスクに置かれていたり、いつもはないお菓子が机の上にあったりと、ほんの少しだけハロウィンという非日常の空気が流れていた。夏生はそれを気にすることなく、定位置へと腰を下ろした。カサ、と小さな音が耳に入ったが、それは無視して今日作るものを頭の中で反芻する。この間の続きの作業を進めてもいいし、新しく何か作ってもいいな。構内に大量に飾られていたカボチャはこの後廃棄されるだろうし、それを使ってカボチャ爆弾とか良いかもしれない、映画にもあるし。
「セバ!」
 そんなことを考えていたら、後ろから自分を呼ぶ声が聞こえた。来ると思った。だから敢えてその元気の良い声が耳に入らないふりをして、その反応を待つ。
「おい、セバってば!聞こえてんだろ?」
 フードはしていないから、きっと夏生が気づいていて無視していることがわかっているのだろう。元気な声に苛立ちが混じり始めたので、夏生は仕方なく振り向いてやることにした。
「なんだよ」
「お、やっとこっち向いた。ハッピーハロウィーン!」
 後ろを向くと、弾けるように笑うシンがこれまた元気よく、夏生のあまり好きではない言葉を口にした。文句の一つでも言ってやろうとしたが、シンの姿に思わず口を開けてしまった。
「うる、せ……
「お前が無視するからだろ〜」
「え、お前、なにそれ」
 夏生が指摘すると、シンは誇らしげに胸を張った。
「今日はハロウィンだろ!だから仮装した!」
 いや、それは分かる。分かるけど。上半身には包帯を巻いていて、口元には牙がある。目元のあたりにはツギハギの模様があって、頭には黒いネコの耳。仮装というにはあまりにもいろいろ詰め込まれすぎた姿がそこにあった。
「身体はミイラ男だろ〜、そんでドラキュラの牙にフランケンシュタインの縫い目!あと黒猫に、あ、後ろも見ろよ、悪魔の羽も生えてんだぜ!」
「渋滞してんだよ、削れよどっかを」
「なんかクラスの女子たちがあれもこれもっていろいろやってくれてよ〜!すごいよな」
 調子に乗ることがよくあるシンのことだ。最初は嫌がるポーズをしつつ、ノリノリでこの格好をしているのだろう。そんなことを思いながら、背中に生えてる羽を見せてくるシンにため息を吐いた。
「せめてどれか一つにしろよ。結局なんの仮装?」
「どれがメインなんだろうな……?」
「はは、お前も分かってないんじゃん」
 そもそも夏生は、ハロウィンに仮装をするという習慣もない。シンがしているそれぞれが、主役級の仮装であることは察することができるが、やっぱり何度見てもうるさい格好だ。それに上半身には包帯しか巻いていないから、腰や腹がチラチラと覗いている。普段見ることのない場所の肌色に、夏生はなんとなく目を逸らした。
「それより、セバ、ほら。トリックオアトリート!お菓子くれなくてもいいから悪戯させろよ!」
 ニヤリと笑ったシンはポケットから黒のマジックを取り出した。もしかしなくても、それで顔に落書きするつもりか。嫌そうな顔をする夏生に、ジリジリとシンが近づいてくる。夏生はポケットに手を突っ込むと、手に触れたそれをシンへと放り投げた。
「わわっ、」
「はっ、残念だったな。織り込み済みだぜ〜お前が突撃してくるのは」
 キャッチした手を開くと、そこには一粒の飴玉があった。JCCで共に過ごして早数ヶ月。夏生はすでに、シンの取る行動がある程度予測できるようになっていた。それは夏生に寄り付いてくるシンのせいでもあるし、なんだかんだ構ってしまう自分のせいでもある。だからハロウィンも、きっとシンは夏生にお菓子をねだりにくると思った。お菓子なんて普段持ち歩かない夏生にお菓子をねだって、イタズラを仕掛けるつもりなのではないか、と。その予感は的中で、こうしてシンは夏生に会いに来た。
「んだよ〜〜持ってんのかよ、お菓子!」
「お前ちょっと前からソワソワしてたからな〜。分かるってさすがに」
「はあ、しゃーない。飴ひとつで我慢してやるか……
 シンは自分の思った通りに事が運ばず、不満げに近くの椅子へと腰を下ろした。心なしか垂れ下がっているように見える猫耳を視界に入れながら、夏生はそんなシンに手のひらを差し出した。シンはそれを不思議そうに見て、それから自分の手を夏生の手に乗せた。
「ほい」
……ちげーよ、そうじゃない」
 お前は本当に猫か。というか犬か。
「ネコでもイヌでもね〜よ。つか何?この手」
「ほら、俺には?」
「?」
 不思議そうに首を傾げるシンに、夏生は笑いを堪えながらその言葉を口にした。
「トリックオアトリート。俺にもお菓子、もちろんあるよな?」
「あ゛」
 顔をサア、と青くしたシンに、夏生は思わず口角を上げた。もし夏生がシンの心を読めるとしたら、今聞こえてくるのは、「やらかした」もしくは「忘れてた」だろうか。
 いつもいつも、夏生はシンに振り回されている。それは突然再会したあの日から、今の今まで、ずっと。夏生を見かけたら必ず話しかけてくるし、放課後は研究室に入り浸る。休みの日は外へと連れ出されるし、武器の調整と称して手合わせもやらされる。それに夜中に突然部屋に訪ねてくることもある。そういう時はたいてい静かで、普段はうるさいほどに元気で生意気なのに、その落差に戸惑ってしまうのだ。
 だからというわけではないが、やり返したかった。シンに再会してから、夏生の平穏な日々は慌ただしい毎日へと変わった。その変化をもたらした男に、どうにか反撃したかったのだ。
「いや、え〜っと、そのお菓子、お菓子」
「人からもらったものはナシな」
 焦りながらポケットの中を探るシンに、いよいよ夏生は声をあげて笑ってしまいそうだった。ああ、なんだかスッキリした。ハロウィンの雰囲気も周りの浮かれ具合も得意じゃない。だけど苦手な言葉を口にできるくらいには、シンを驚かすということは夏生にとって楽しいことだったのだろう。
 満足した夏生は、顔を青くしたり赤くしたりして悩むシンに「もうい〜ぜ」と言おうと口を開いた。が、言葉を発する前にシンが勢いよく立ち上がった。座ったままの夏生は、思わず上を見上げる体勢になる。
「〜〜っ、分かったよ、イタズラだな!」
 頬を赤らめたシンが、手のひらで夏生の目を覆う。喋る間もなく、何か柔らかいものが、頬に触れた。暖かくて少し湿ったそれは、触れたと思ったらすぐに離れた。
……え?」
 目を覆っていた手のひらがそろりと離れて、夏生はやっと間抜けな声を出した。ふるり、睫毛が震える。いつもの数倍近くにある顔から、目が離せない。シンの潤んだ瞳の中には、バカみたいな顔をした自分が映っていた。
「これでいいだろ⁉︎セバお前、いい加減俺のこと意識しろよな!」
 真っ赤な顔でそう吐き捨てて、シンは大きな足音を立てながら研究室を出て行った。ポツリと一人残された夏生は、立ち上がるでもなく、シンを追いかけるでもなく、ゆっくりと自分の頬に触れた。
 もう感触なんて残っていない。熱なんてあるはずないのに、なぜかまだ触れている気がして夏生はそのまま椅子から崩れ落ちた。
「えっナツキ⁉︎」
「大丈夫か⁉︎」
「おいおい、今キスしてたからか⁉︎」
「バカお前、見て見ぬふりしろよ!」
 今の今まで静かだった先輩たちが、夏生の元へと駆け寄る。そうだ、そういえばいたんだ、この人たち。シンが来てから、シンのことしか見えてなかった自分に嫌気がさす。それなのに一部始終を見られていたことよりも、シンのことでまだ頭がいっぱいなのも信じられなかった。
 仰向けで床に寝転んで、顔を手のひらで覆う。シンのものよりも幾分か大きい、自分の手のひらで。
「つーか、お前がイタズラする方じゃねー……
 一瞬の出来事だった。わずか数秒にも満たないそれが、夏生の全てを支配する。
 もし来年、またハロウィンにシンが夏生の元へと突撃してきて。シンではなくて夏生がイタズラするとしたら。
「あ゛〜〜、さいっっあく」
 全てから逃げ出すように、腹の底から唸り声を上げる。
 もう少しだけ、じわりと熱を持った耳に、気がつかないふりをしていたかった。あと、もう少しだけ。


2023/10/30