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鳴上
2024-01-22 17:38:37
73645文字
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ナツシン
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ナツシンまとめ2022〜23
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見るというより食べるもの
秋が来た。そう感じるタイミングは人それぞれで、例えば金木犀の香りがしたからとか、葉が赤や黄色に色づき始めたからとか、少しずつ肌寒くなってきたからとか。そんな理由が多いのだろう。だけどシンが一番秋を感じるのは、全く別のタイミングであった。
ひんやりとした風に体をぶるりと震わせてながら、スマホで時間を確認した。あと二時間ほどで日付が変わる時間だが改札前にはそれなりに人がいて、シンは目的の人物が出てくるのは今か今かと待ち続けていた。あまり大きい駅ではないし、辺りを見渡せるところに立っていれば分かるはずだが、なかなかその人物が出てくる気配がないので心配になってきた。数十分前に電車に乗ったと連絡が来たから、そろそろだと思うのだが。
ソワソワとしていると、改札から続々と人が出てきた。きっとこの電車だ。その考えは当たっていたようで、毎日見ているもさもさの黒髪が目に入って、シンは顔を綻ばせた。
「セバ!こっちこっち!」
声をかけると夏生はなぜシンがいるのか、と目を瞬かせた。それから変わらず疲労を隠せていない顔でシンの方へと寄ってきた。
「お疲れ!今日も遅かったな〜」
「おー
……
いや、なんでいんの?最近夜は寒いんだからそんな薄着で出て来んなよ」
夏生はそう言いながら、シンが着ているジャージの前をそっと閉じた。夏から変わらないシンの普段着は、今の季節の夜だと少し寒い。夏生の気遣いが嬉しくて、シンはへへ、と笑った。
「迎えにきたんだから喜べよ〜」
「はいはい、オレ、メチャクチャウレシー」
「おい、棒読み」
そうやって夏生がちゃかすのに苛立つが、心の中では喜んでいることが分かっているので水に流してやる。全く、素直じゃない。そう思いながらシンは夏生の手を取り、家がある方とは逆の出口へと歩き出した。
「まあいいや、じゃあ行こうぜ!」
どこへ?と言う夏生の疑問には答えず、ずんずんと歩みを進める。と言っても目的地は駅の隣にあるので、ものの数分で到着した。
そこは赤と黄色のネオンがデカデカと光っていて、二つある山にはもう随分と少なくなった虫が集っていた。自動ドアを抜けると嗅ぎ慣れた油の香りが漂ってきて胃の中がすぐにジャンクなフードの味になる。そう、シンが夏生を連れてきたかったのは、言わずと知れた某有名ハンバーガーチェーン店だ。
「実はな、セバ。今日からアレが始まったらしい」
レジの列に並びながら緊迫した面持ちでそう伝えると、夏生が唾を飲み込んだのがわかった。
「もしかして、アレか」
「そう、アレ。最近お前忙しくて情報拾えてなかっただろ。喜べ、今日が初日だ」
「まじか。俺お前に足向けて眠れね〜や」
真顔でそう言い合っているうちにシンたちの番が来たので、手早くスマホでクーポンを提示し、例のアレを購入した。財布を出そうともしない夏生の横腹をつつきながら、空いている席に座る。何処となくソワソワしている夏生に、しかしイジったら機嫌が悪くなるのが分かっているためニヤニヤと見つめるに留める。
「なにニヤついてんだよ、キモ」
「へ〜へ〜キモくて悪かったな」
悪態をつかれても何のダメージもない。しばらくしてからついに店員がトレーを持ってシンと夏生の席へとそれを持ってきた。ごゆっくりどうぞ〜と声をかけられて、それにペコリと会釈をして。それから二人は無言で包装紙を開いた。普段とは違う、だけど美味しそうな匂いに我慢できず、ガブリ、と大きな口で齧り付いた。ん〜、やっぱり月見、うめ〜〜!
一年振りの味を楽しんでいると、向かいから同じような、うめ〜〜の声が聞こえてきて、シンはチラリと目だけをそちらに向けた。
無言でバーガーを頬張る夏生は、頭の中はやっぱり月見、うめ〜〜で占められているようには思えない。だけどシンは知っている。夏生はこの季節を、毎年心待ちにしているということを。
一緒に住み始めてから初めて秋を過ごすことになったある日、夏生に行くぞと言われて、何処に行くのかも分からないまま連れられて行ったのが、赤と黄色が目立つバーガーショップだった。ジャンクフードがそこそこ好きなシンと夏生はよく二人で食べているのだが、それは大抵何処かに行った帰りに寄るとかその程度のものだった。だからわざわざ行くぞと言って行く理由が分からずシンは疑問を浮かべていたが、至福の顔で季節限定のバーガーを食べる夏生を見てそれは解決した。だって夏生の頭の中はうめ〜〜で埋め尽くされている。
夏生は意外と、季節というものを大切にする。それは部屋に置くフレグランスだったり、食卓に出てくる料理だったり。旬のものとか、その時にしかないものを、その時にきちんと使う。だからきっとそのバーガーもその一環で、今の季節だけだから食べているのもあるのだろう。それにしては幸せそうに食べているが。
それからというものの、夏生は毎年その季節になると、行くぞとシンを連れてハンバーガーを食べるようになった。シンも毎年そのハンバーガーを食べて、幸せそうな夏生を見る。
そうしたら不思議なことに、夏生がハンバーガーを頬張るところを見ると、ああ、秋が来たなと感じるようになってしまったのだ。例えば金木犀の香りがしたからとか、葉が赤や黄色に色づき始めたからとか、少しずつ肌寒くなってきたからとか、そんな小粋な理由ではなくて。シンにとって秋の始まりは、夏生と食べる月になってしまった。
だから今年も同じように食べるのだろうと思っていた。しかし夏生は、大口の受注が入ってしまったため、忙しくなってしまった。それこそ夜遅く帰ってから、朝早く出勤する。夏生の好きな武器製作を職にしているため不満はないみたいだが、シンは思わずそわそわしてしまったのだ。今年はもしかしたら、夏生の行くぞがないかもしれない、と。だからシンは、初日の今日、わざわざ夏生の帰りを出待ちした。夏生の行くぞ、の代わりをするために。
それは大成功だったようで、始まったことにすっかり気づいていなかった夏生を連れてくることができた。そして美味しそうに食べる夏生の姿を見て、シンは、ああ、秋が来たな、と感じるのだ。
「視線うるせ〜んだけど」
「いや〜秋だなって思って」
「まだ昼はあんなに暑いのに秋かよ」
ハンバーガーを食べ終わった夏生が、こちらをじとりと睨んでくる。そうだよ。もうそう感じてしまうほど、秋を一緒に過ごしているから。なんて言ってはやらないけど。
ポテトとドリンクまでしっかり食べて、二人でご馳走様をして、シンと夏生は席を立った。店を出ると冷たい風が二人の間を吹き抜けた。昼はまだまだ暑いのに、夜はもう肌寒い。そういうところにももちろん秋を感じるけど、やっぱりあの顔の方が心に残る。
「来年も食べような」
「お〜、でも今年あと三回は食べたい」
「はは、食い過ぎ」
「でもお前も食べるだろ?」
「ま〜な!」
夜空に浮かぶ月はまんまるではなく欠けている。まばらな人混みをゆっくり歩く。明日は二人とも休みだ。シンにとって月とは、見るものというより食べるものだけど、一緒にちゃんと月見をするのもいいかもしれない。
シンは夏生と、駅の反対側にある二人の家へと帰る。来年も、再来年も同じように過ごして、きっと秋を感じるんだろうな、と思いながら。
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