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鳴上
2024-01-22 17:38:37
73645文字
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ナツシン
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ナツシンまとめ2022〜23
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眩しい夜
「夏祭り行こーぜ!」
そうやってシンが夏生に連絡してきたのは、一週間前のことだった。どうやら坂本商店の近くにある神社でお祭りがあるらしく、どうせなら一緒に行かないかという、なんでもない、小さな誘いだった。
研究室でいつも通り武器製作に励んでいた夏生は、気が向いたらな、なんて返事をして電話を終わらせたが、その後すぐに外泊届を出しに行った。武器製作もちょうどキリのいいところで落ち着いたこともあって、三日後には本土へと飛んでいた。約束の日まではあと四日あるので、実家に顔を出して適当に過ごす。久しぶりに帰ってきた夏生に、張り切って料理を作る両親に苦笑いしつつ真冬と適当にゲームしたり、寝たり、図面を引いたり。そうやって四日間を過ごしている間にも、頭にあったのはずっと金色の後ろ姿だった。
そしてやっと、約束の土曜日が来た。夏生はその日朝早くから目が覚めてしまい、手持ち無沙汰にコーヒーを飲んでみたりする。なんとなく落ち着かなくて、親の趣味で置かれた観葉植物を眺めたりなんかして、それからやっとシンの元へ行くために家を出た。なんでそんなソワソワしてんの、キモ
……
とこれまた実家に帰省していた弟に言われたのは余談だ。浮ついている自覚はあった。別に夏生とシンは付き合っているとか、そういう甘酸っぱい関係なわけではない。そうではないが、なんとなく、夏生はシンが自分をどう思っているか知っていたし、シンはシンで、夏生がシンをどう思っているか知っていると思う。ただ、口には出さないだけで。
電車を乗り継いで、シンの住む憩来坂に向かう。案外近くにある実家に感謝しながら、夏生は坂本商店の扉の前に立った。少しだけ古ぼけた、でもどこか温かみのあるそこは、元一流の殺し屋が営む、そしてシンが普段働いている場所だった。何度か来たことはあるが、その度に坂本太郎から圧を感じるのは気のせいか。少しだけ憂鬱になりながら、夏生はその扉を開けた。
「お〜!来たか、セバ!」
その音に反応したのか、パイプ椅子に腰掛けて店番をしていたシンが、弾けるように笑ってこちらを向いた。久しぶりに会うシンに、夏生の心臓は大きく動き始めた。こういう時に顔に出ないタイプなのは運がいいと思う。
「気が向いたからな〜」
「んなこと言いつつ来るつもりだったくせによ〜」
マフユから四日前に実家帰ってきたって聞いてんぞ〜、なんて悪気なく笑うから、夏生はバツが悪そうに目を逸らした。
「てか、どーよこの格好!似合うだろ?」
そう言ってシンは立ち上がり、甚平に包まれたその姿を夏生に見せつける。紺色のそれを身につけたシンは、髪の色もあって夜空みたいだな、と夏生の頭をクサイ言葉が掠める。シンは思考を読んでいないようで、夏生は小さく息を吐いた。
「馬子にも衣装ってこのことか〜」
「喧嘩なら買うけど?
……
て、そうじゃなくて!これ、お前の分!」
そうやって押し付けてきたのはストライプ柄のグレーの甚平。夏生は今日、白色のTシャツにジーンズという、どこにいても浮かない平凡な格好をしている。それなのに夏祭りのためと言わんばかりの格好を押し付けられて、思わず顔を歪ませた。
「もしかして、着ろって?」
「そう!せっかくだし着ようぜ〜、あ、そこの奥のスペース使っていいから!」
ニカッと笑うシンに、今度は大きなため息を吐いて、夏生は言われるがまま甚平に着替える。わざわざ祭りのために浮かれた格好をするのは、正直嫌だ。だけどそんな、期待のこもった目で見られたら、夏生は断れない。ストライプ柄の甚平に腕を通す。遥か遠い昔に着た記憶しかないが、思ったよりも簡単に着ることができた。幼い頃は真冬と共に、親に着せられていたっけ。あの時も嫌だったけど、親からの圧に耐えられなくて結局着たんだ。人間とは不思議なもので、嫌だと思っていてもやってみれば案外平気だったりする。本当に二人で祭りに行くんだな、とぼんやりと思いながら、夏生にはもう嫌な感情なんてひとつもなかった。
「お、似合ってんじゃん〜!やっぱ葵さんの見立ては正解だな〜。俺のも葵さんが選んだんだぜ」
「そういえば今日、坂本とか奥さんは?」
「もう祭りに行ってる。俺はお前待ってたから、店の鍵借りてんだよ」
チャリ、と音を立てて、シンがキーホルダーやらがゴチャゴチャとついた鍵を見せてくる。自分が言えない言葉をさらりと言えてしまうこいつが少しだけ憎い。
「準備できたなら行こ〜ぜ!いざ、お祭り!」
◇◇◇◇◆◆◇
坂本商店から歩いて約十分。小さな神社には、思った以上の人がごった返していた。階段の下からその様子を呆然と見つめる。
「思ったより人多くね?」
「そーだな、俺も初めてだからこんなに多いとは思ってなかった」
人の流れに沿って階段を登る。赤い提灯が飾られている境内は、まさに非日常、普段とは違う景色だった。
「おー、祭りだ。
……
あ!」
何かを見つけたらしいシンが、その方向へと走り出す。本当にこいつ、歳上か?なんて疑問が夏生の頭を巡るが、考えても仕方がない。祭りに浮かれているのは、夏生だけではないようだ。とある一つの屋台の前で立ち止まったシンは、夏生へと笑顔を向けた。
「ヨーヨー釣り!やろうぜ!」
そう言って指さす先には、子供用のプールに色とりどりの風船が浮かべられていた。
「こんなもんただのゴム風船に水入れただけじゃね〜」
「でも自分じゃ作んないだろ〜!ほら、行くぞ」
早速お金を払って、ヨーヨーを針に引っ掛けていく。こんなに釣れるぜ!とはしゃぐシンに、夏生もやってみれば案外楽しくて、二人でどれだけ取れるか勝負を持ちかけられてすぐさまそれに乗った。結果はシンの惜敗で、悔しそうに喚くシンを見るのは面白かった。
勝ち取ったヨーヨーを手首に引っ掛けて、祭りをブラブラと回る。いらないと思っていたソレはやっぱり少し邪魔で、でもシンが楽しそうにしているから夏生も特に何も言わなかった。
射的があったのでどちらが商品を取れるか勝負したり、キャラクター物のお面を無理やり被らされたり。ムカつくのでシンにも、小学生女児がつけるようなお面を被せてやった。そうやって屋台を一周ぐるりと回って、そろそろ何か食べよう、とシンが提案してきた。
「セバなんか食いたいのある?」
「ん〜焼きそばとリンゴ飴とわたあめ?」
「え、それ俺が食べたいって思ってやつなんだけど!
……
もしかしてお前エスパー?」
「っはは、エスパーはお前だろ、ばーか」
シンがバカみたいなことを言うので、夏生は思わず声をあげて笑ってしまった。だって、顔を見たら分かるのだ。シンが何に興味を持っていて、何を食べたいと思っているのか、分かってしまうのだ。
「じゃー俺焼きそば買ってくるから、セバはリンゴ飴とわたあめよろしく!あ、集合はあそこのベンチな〜」
少し外れたところにあるベンチを指差し元気よくそう言うと、シンは振り返りもせず焼きそばの方へと走っていった。
「いや、ふつ〜逆じゃね
……
?」
何が嬉しくて女子供しかいないキラキラしたフルーツ飴とわたあめに並ばなければならないのだ。夏生よりもシンの方があの空間に馴染めるのではないか。ブツクサと頭の中で文句を言いつつも、夏生は仕方がない、とフルーツ飴の屋台へと足を向けた。
三人ほどしか並んでいなかったのですぐに購入でき、その隣の隣にあるわたあめも運良く並ばず買えた。嫌がらせかのように、ピンク色でキラキラのついたわたあめを買ってやったのは許してほしい。
指定されたベンチに座り、身体の力を抜く。日常にはない喧騒に、夏生は自分がどこか遠い異世界にでもいるような気分になる。紺色の甚平に身を包んで笑うシンの姿を、思い浮かべる。甘いものなんて食べていないのに、どうしてだか胸が甘くて苦しかった。
「セ〜バッ!」
「⁉︎」
ぼんやりとしていた夏生の頬に、冷たい何かが押し付けられて、夏生は声にならない声をあげた。驚きのまま顔を上げると、汗をかいたラムネを持ったシンが、弾けるように笑って立っていた。祭りの明かりに照らされたシン。あたりは薄暗いはずなのにやけに明るくて、目がチカチカと点滅する。
「びっくりした?」
「
……
別にしてね〜」
「その反応はしてたじゃん。ま、いいか。はいコレ」
「なんでラムネ?」
「うまそうだったから!」
焼きそばもちゃんと買ったんだぜ〜、なんて言いながら袋から取り出したそれからは、ソースのいい香りがしていて、夏生の腹はきゅるる、と正直な音を立てた。
「はは、腹減ってんのな!お前から食っていーぞ」
「
……
イタダキマス」
割り箸を割って、濃いソースのからんだ麺を啜る。お祭り特有の粉っぽさが美味しくて、二口、三口と焼きそばを食べ進めた。だけどその様子をニマニマと笑いながら見てくるシンが鬱陶しくて、夏生はじとりとシンを睨んだ。
「なんだよ」
「いや?うまそーに食うなって」
「うまいよ。
……
食う?」
夏生は一口分の焼きそばを箸で掴むと、シンの口元へと近づけた。
「へっ、あ、うん。
……
食う」
自分が所謂、あーんをされていると気がついたシンは、少しだけ頬を赤く染めた。横髪が邪魔に感じたのか、シンがその金色を耳にかける。普段は隠れているそこもほんのりと赤くなっていて、夏生は自分の心臓が跳ねたのが分かった。それが腹立たしくて、シンが口をつける瞬間箸を横に動かし、シンの口横にべとりとつけてやった。
「〜〜おい!何すんだよ!」
「悪い、目測誤った」
「わざとだろ!絶対わざとだろ!」
「うるせ〜〜、ほら早く食べろよ」
分かりやすく怒るシンに笑みを溢し、夏生は今度こそシンの口に焼きそばを入れてやった。騒いでいたシンが静かにもぐもぐと口を動かす。
「うまい?」
「
……
うまい」
そうやって焼きそばを分け合って、その後シンはリンゴ飴を取り出した。パリパリと音を立ててシンが食べるリンゴ飴が美味しそうに見えて、夏生は一口、と強請る。しょうがないな、なんて笑って、シンが夏生の方へリンゴ飴を近づける。甘い飴が口の中に広がって、それはすぐにりんごの甘酸っぱさにかき消される。その味に何とも言えない気持ちになって、夏生は暗い空を仰いだ。
それから二人は、何を言うでもなく、このお祭りの景色を眺めた。どこにである、小さな地元のお祭り。花火は上がらないし、神社の中だけだから特に広くはない。きっと二、三十分もあれば回り終えてしまうだろう。ちらり、目線だけを隣に向ける。楽しそうにはしゃぐ子供を、眩しいものでも見るかのように見つめているシンのまつ毛が、揺れて煌めく。お面をつけているのにフワフワと揺れる髪の毛に、境内の提灯が反射していて、いつもの金色とは少し違っていて、何故だか変な感じだった。
シンの買ってきたラムネがかいた汗が、つるりと滑り落ちる。だんだんと人の気配が減っていき、お祭りが終わりかけているの感じられた。だけどシンも夏生もその場から動かずに、人々の行方をただゆっくりと見つめていた。
「そろそろ帰るかー」
「
……
そーだな、坂本さんたちもきっともう帰ってるだろうし」
気がつけばもう人はほとんどいなくなっていて、先ほどまでそこにあった熱が、日常へと帰っていく。夏生の言葉に、シンがゆっくりと立ち上がった。緩慢な動きなのに、手首にかかったヨーヨーが好き勝手な方向へと弾んだ。
神社の境内を出て、石の階段を降りる。ほとんど人はいなくなったと思っていたけど、神社を出ればそれなりに居て、この非日常を終わらせたくないんだな、と夏生はどこか遠い頭で思った。
カランカランと、下駄がアスファルトを叩く。
「あ〜、もう終わっちまったな、お祭り」
「そうだな〜」
「なんか、寂しいよな、終わるの」
シンが下を見ながら小さく口にする言葉に、夏生は何も考えずに口に出した。
「
……
また来ればいいだろ、来年」
「!
……
そうだな!」
もう夜で、あたりには街灯くらいしかない、薄暗い道。月に照らされて笑うシンは、やっぱりどこか輝いているように見えて、夏生は目を細める。
ああ、自分もエスパーだったら良かった。そうしたら、シンの頭の中を読んで、それから。そう考えて、夏生は小さく頭を振った。確信を得ているようで、何も分からないこの状態も、別に悪いとは思っていないのだ。だって、夏生はなんだって良い。来年もその次もこうやって、二人で過ごすことができるのならば、なんだって。
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