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pinopipi
2026-05-18 23:07:05
99483文字
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交錯する恋花にレクイエムを②
ヌヴィフリ花吐き病の話②/長編/捏造しかない/何でも許せる人向け/メタ発言注意/ほぼ地獄のターン/一部キャラ崩壊注意
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1週間後、パレ・メルモニア。その正面入口の前には、いつになく多くの人が押し寄せていた。パレ・メルモニアの職員、マレショーセ・ファントムのメリュジーヌ達、決闘代理人、刺薔薇の会、そしてメロピデ要塞の管理者と看護師長がヌヴィレットを囲む。その面々は兼ねてよりヌヴィレットと親交のあった者達だ。唯一取材を許されたスチームバード新聞社の記者は、その輪から少し離れた場所で写真機を構えていた。
朝からどんよりと曇っていた空は晴れ間が差し、日光が降り注ぐ。旅立ちの日が雨に見舞われなくて良かったと、職員の1人が呟いた。その声にヌヴィレットは小さく笑みを浮かべ、集まった人々を見渡した。
「皆、世話になったな。」
その声色はいつもの”公正無私な最高審判官”よりも随分と柔らかいものだった。ヌヴィレットが持つ本来の優しい性質はここに集う者達の多くが知るところではあるが、今日が今までで一番優しい雰囲気を纏っていると感じる者は少なくなかった。
ヌヴィレットは既に最高審判官の法衣を脱ぎ去り、今は簡素な薄手の白シャツと黒のスラックスのみを纏っている。この簡素な装い故なのか、普段の威圧感や近寄り難さは幾分も和らぎ、ヌヴィットを”厳しい上司”だと恐れていた新人や中堅の職員達は、今のヌヴィレットに対してどこか親しみやすさを覚えた。そして、そのことにようやく気付けたのが別れの日だということに一抹の寂しさを感じ、皆、瞳を潤ませた。
一方、定年間近のベテランの職員達は、自分達が生まれるより遥かに昔から当たり前にそこに在った貴い存在が本当に最高審判官を辞してしまったのだと改めて思い知ることとなり、まさか自分達がヌヴィレットを見送る側になるとは思わず、俯いて鼻をすする音や、今更ながら引き留めようとする声が多く聞こえた。
マレショーセ・ファントムのメリュジーヌ達は寂しげな表情を浮かべながらも、皆、最後にヌヴィレットに頭を撫でて貰いたくて、その様子を伺っている。
ヌヴィレットは様々な反応を示し別れを惜しんでくれているひとりひとりの顔を眺め、眩しそうに笑みを深めた。
「私はいつも君達に助けられていた。予言の危機を乗り越え、フォンテーヌが今尚発展し続けているのは、間違いなく皆の尽力によるものだ。本日をもって私は退くことになるが、何も心配は要らない。これからは君達の時代だ。各々、惜しみなく能力を発揮し、活躍することを期待している。」
心からの感謝を伝え、激励すると、職員やマレショーセ・ファントムの面々は皆涙を浮かべた。
ヌヴィレットの意向で餞別の品を受け取ることは遠慮したため、花束の代わりに大きな拍手がヌヴィレットへ送られる。
「ヌヴィレット様、長い間本当にお疲れ様でした!」
「私達こそ、ヌヴィレット様にたくさんお世話になりました!」
「今まであまり休暇を取られなかった分、ゆっくりなさってくださいね!」
「ヌヴィレット様のような審判官になれるよう、頑張ります!」
「またいつでもパレ・メルモニアに帰って来てくださいね!」
部下達の温かい言葉と眼差しに、ヌヴィレットは優しい笑みを返す。
それから、各部署の責任者とそれぞれ言葉を交わし、メリュジーヌひとりひとりの頭を優しく撫でた後、職員達は皆、後ろ髪を引かれながらも業務に戻っていった。記者についても、事前の約束通りこの時点で撮影を終了させ、パレ・メルモニアから離れたことをヌヴィレットは確認した。
ゆるりと視線を横に移す。その先には、かつて予言問題を共に解決へと導いた功労者達の姿。現在は良きビジネスパートナー兼友人として親交のある面々である。
「皆多忙の中、わざわざ私の為に集まっていただき感謝する。君達との交流は実に有意義で、多くの事を学ばせてもらった。良き友人を持てたこと、とても嬉しく
…
誇らしく思う。」
ヌヴィレットは、クロリンデ、ナヴィア、リオセスリ、シグウィンとひとりひとり目を合わせ、頭を下げた。
「おいおい、急に畏るなよ。世話になったのは俺達の方だぜ。あんたとの茶会は気楽で楽しかった。たまに帰って来て、相手してくれよな。面白い土産話も、楽しみにしてるぜ。」
リオセスリは笑いながらヌヴィレットと握手を交わした。ヌヴィレットは頷いて笑い返す。その横で、シグウィンが心配そうな瞳でヌヴィレットを見上げる。
「ヌヴィレットさんは強いから簡単に病気や怪我なんてしないと思うけれど
…
困ったことがあったらいつでもウチに連絡してちょうだいね。栄養満点のミルクセーキとよく効くお薬を持って、どこへだってすぐに駆け付けるのよ。」
シグウィンはヌヴィレットの手を小さな両手で優しく包み、祈るように声を掛ける。ヌヴィレットはどこか不安そうに瞳を揺らすシグウィンを安心させるように、膝をついて小さな頭を撫で「ありがとう」と返した。
「正直、あんたが辞めちゃうなんてまだ実感が湧かないんだけど
…
思ったよりも明るい顔してて安心したわ。」
ナヴィアは腕を組み、笑いながら声を掛ける。
「あの子ーーーフリーナがいなくて元気ないみたいだったから心配してたけど
…
ちゃんと最後に会えた?」
「ああ。彼女には既に、別れの挨拶は済ませてある。」
「
…
そっか。それならいいんだけど
…
。」
ナヴィアは笑顔を浮かべつつもどこか寂しげに目を伏せる。迷いながら何かを言おうとして小さく開きかけた唇は結局、何も発しないまま閉ざされてしまったが、その代わりとも言わんばかりに隣にいたクロリンデが一歩前へ出た。
「
…
ヌヴィレット様、お見送りの前に出過ぎたことを伺いますが、」
真っ直ぐヌヴィレットを見据えるアメジストの瞳には迷いの色はない。だが、ほんの僅かに憂いが滲み、口元は歪んでいた。
「フリーナ様と、もうお会いにならないおつもりではない
…
ですよね。」
「
…………
」
ヌヴィレットは数秒沈黙し、クロリンデから一瞬だけ視線を外した。そして、再び目を合わせた時には一滴だけ寂しさを滲ませたような曖昧な笑みを浮かべた。
「彼女とのことで君に
…
いや、君達に心配を掛けてしまい本当に申し訳ない。だが、君達が憂うようなことは何もない。縁があれば
…
これからも会う機会はあるだろう。」
その言葉に、クロリンデとナヴィアは小さく息を飲んだ。
ーーーー“ヌヴィレット様は決して嘘を吐かない”。これはフォンテーヌ国民ならば誰しもが当たり前のように認識している、ヌヴィレットのイメージである。だが2人は、このヌヴィレットの言葉を信じたくとも、信じることができなかった。”縁があれば”だなんて、いつも明確な言葉を選ぶヌヴィレットにしては不自然で曖昧な表現だったのだから。
感じた違和感をクロリンデが疑問としてヌヴィレットへ投げかけようとしたーーーーが、先に言葉を紡いだのはヌヴィレットの方だった。
「
…
君達にひとつ
…
頼みがある。これは他でもない、君達にしか頼めないことだ。」
ヌヴィレットはクロリンデとナヴィア、それからその斜め後ろに立つリオセスリとシグウィンへ、順番に視線を送る。そしてその視線は自然とやや上を向き、どこか遠くの空を見つめながら澄んだ朝焼けを細めた。
「
…
もし、この先"彼女"が何かに苦しみ、進むべき道に迷った時は
……
」
ーーーーどうか君達が、彼女を助けてやってくれないか。
それは威厳や矜持などを一切孕むことなく、ただただ純粋で、どこか祈るような響きを含んだ願いであった。大地に染み渡るような柔らかなテノールは、4人だけの耳に届いた後
…
バブルオレンジのような爽やかな香りを仄かに乗せた春のそよ風に儚く溶けていった。次第にぱらぱらと疎らに降り始めた小雨が、偶然か
…
ヌヴィレットの頬を伝って滑り落ちーーーその光景を見た4人は、全員驚きに目を見開いた。ヌヴィレットの本心が、どうにも掴めない。今日はいつも以上に感情が分かりやすく表情に出ているというのに、だ。今のヌヴィレットはメリュジーヌ達でさえも見たことがない程にとびきり優しく、どこか満足気な瞳をしているというのに、それとは反対に、その奥では深く悲しみ、泣いているようにも見えるから。
フリーナがヌヴィレットへ告白をすることをやめてから、2人の間に何があったのか知る者は誰もいない。ヌヴィレットが辞任してフォンテーヌを出る決断をしたことと何か関係があるかも分からない。故に、今この瞬間に『それはあんたの役目だろ』『これで最後みたいに言わないでよ』などと
……
とてもではないが言えるような空気ではなかった。フリーナの告白を毎日のように断り続けていた日々とは明らかに違うヌヴィレットの雰囲気に戸惑う。
ーーーだが同時に4人は、この分からないことだらけの状況の中でも結局は皆同じ解釈へと辿り着き、確信する。ヌヴィレットが自分達に託した願いは、形はどうであれ
…
どこまでも純粋で。紛れもなく”フリーナへの直向きな愛”なのだと。
「
…
あなたは狡い御人ですね。」
クロリンデは珍しく感情を抑えきれず、悔しそうに呟いた。その言葉に同調し、リオセスリも不服そうな表情を隠さぬまま頷く。
そんな2人の反応にヌヴィレットは少々困ったように眉を下げてから、小さく謝罪した。
「そうだな
…
すまない。まさか
…
私がその言葉を言われる側になるとはな
…
。」
「「え
…
?」」とナヴィアとシグウィンが同時に疑問を浮かべながら反応すると、ヌヴィレットは「
…
いや、こちらの話だ。」と目を閉じた。それから、”自己犠牲を選び、ひとり美しく散って逝ったとある神の姿”を脳裏に思い浮かべ、少しばかりきまりが悪そうに苦笑した。
「
…
では、名残惜しいがそろそろ行くとしよう。皆、どうか息災で。」
ヌヴィレットは踵を返し、見送る4人に一度だけ振り返った後、一切歩みを止めることなく身ひとつでフォンテーヌ廷を去った。その背中が見えなくなっても相変わらず空は曇で覆われ、小雨が降り続いていたが、それは先程よりも明らかに温かな雨であった。
*・*・*・*・*・*
フォンテーヌ廷から出た後。ヌヴィレットはすっかり馴染んだ街並みの賑やかな気配を既に遠くに感じながら、水辺で静かに立ち止まった。
辺りに点々と咲くレインボーローズは春風に揺られ、旅立つヌヴィレットへ優しく手を振るかの如くその花弁を揺らしている。
もう、来た道を振り返ることはしない。
ちゃぷん、と躊躇いなく水に足を入れる。
「
……
最後に少しだけ、寄り道をして行こう。」
穏やかな声色でそう呟いた後、ヌヴィレットは水に潜る。
ーーーーこうして、”最高審判官ヌヴィレット”の数百年に渡る舞台の幕は無事に下されーーーそして、新たに”誰も名を知らぬひとりの男”の短い
旅路
エンドロール
が始まった。
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