pinopipi
2026-05-18 23:07:05
99483文字
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交錯する恋花にレクイエムを②

ヌヴィフリ花吐き病の話②/長編/捏造しかない/何でも許せる人向け/メタ発言注意/ほぼ地獄のターン/一部キャラ崩壊注意


「ん……
フリーナが目を覚ますと、帰宅した時間から1時間程が経過していた。
リビングの床に転がっていたせいか、身体の節々が痛い。
さっき、僕は何をしてたんだっけ?よく思い出せない。
家に辿り着いた途端に力尽きるなんて、そんなに疲れていたのかな?と、自分に苦笑する。
周りに視線をやれば、玄関には置きっぱなしのお土産、リビングのテーブルには仕分け途中の郵便物、そして今朝の朝刊を手に強く握り締めていた。
フリーナは起き上がり、まずはテーブルの上で新聞紙の皺を伸ばす。折り皺とは別の部分が所々よれていてーーーー特に最高審判官様の写真の部分が一番酷い有様になっていた。

ーーーーいくら印刷物とはいえ、偉い人のご尊顔にこんな……まずい、これが見つかれば不敬罪になってしまう……!!

フリーナは焦った。証拠を隠滅するにも、高貴な人の顔写真が掲載されたそれを捨ててしまうのはとても憚られた。それなら跡形もなく燃やしてしまおうかーーーとも考えたが、ぼや騒ぎになっては近所迷惑になってしまうし、何よりもっとバチが当たりそうだと思った。
ならば、ひとまず誰にも見つからないところに隠してしまおうと、フリーナは隠し場所を考える。本棚は後々自分自身も隠したことを忘れて、いつか誰かに見つかってしまう可能性があるし、クローゼットの中も同じ理由で適切ではない。できれば鍵付きの安全な場所がいい。
フリーナはそこで一箇所、最適な場所を思い付いた。
寝室にある仕事用のデスクの引き出し。ひとつだけ、鍵付きのものがあった。
そうと決まればフリーナは隠すように新聞を抱え込み、寝室へと急ぐ。
鍵はえっと……そうだ、枕カバーの中だ!
フリーナは鍵を取り出し、引き出しを開けた。
するとその中にはーーーーー

「?ノートと、空っぽの小瓶?」

フリーナは、それらに全く覚えがなかった。
一応中身を確認してみようと思い、ノートを開くとーーーそこには信じられない事が書き綴られていた。


【ヌヴィレットも花吐き病になってしまった。】
【僕のせいだ。僕が吐いた花に触れてしまったから
【まさかヌヴィレットも恋をしていたなんて知らなかった。それなのに僕は3年間もしつこく彼に告白をしてしまった。物凄く迷惑だったに違いない。】
【僕の恋は叶わなくたっていい。だけど、ヌヴィレットだけは絶対に完治させたい。】
【この気持ちがバレないように僕は架空の想い人を作り、演技をする。相手の設定は
【まずはヌヴィレットの好きな人を特定しないと。そのためには
【シグウィンから処方してもらった抑制剤はヌヴィレットと会う前に内服する。10錠しかないから大切に使おう。使えるのは1日1錠まで、効果は6時間しか持たない。飲み過ぎると後で大きな反動が来る。忘れないようにしないと。】
【ヌヴィレットはなかなか好きな人のことを教えてくれない。彼にしては珍しく抽象的な表現ばかりで、全く相手の予想がつかない。それに、質問の仕方を間違えれば彼は激しい発作を起こしてしまう。少しずつ慎重に情報を集めよう。】
【ヌヴィレットの好きな人が誰だか分かった。知らない女性だったけれど、ヌヴィレットがあんなに楽しそうに話している姿、初めて見た。とても良い人そうだった。それに彼女のあの目きっと彼女もヌヴィレットのことが好きだ。本当に良かった。ヌヴィレットが勇気を出して告白すれば、きっと叶うと思う。】
【薬を一気にたくさん飲んでしまったから、その反動で激しい発作が続いた。たくさんの花と血を吐いた。おそらく僕はもうそんなに長くない。もうシグウィンにも相談できない。だから、彼と会えるくらいまで自力で回復して、ヌヴィレットの背中を押してからお別れしよう。最後の抑制剤はそこで使う。大丈夫、きっと上手くいくはずさ。】


何度も何度も書き直した痕跡や、ページを破り捨てた形跡のあるそのノートに書かれていたのは、日記というにはあまりにも壮絶な内容だった。忘備録、或いは物語の筋書きのような形式で、がむしゃらに書き殴られている。しかし、この一連の物語がどのような結末を迎えたのかまでは書かれていなかった。

ーーーー”花吐き病”。その病名はフリーナも耳にしたことがある。これを題材にした娯楽小説を、何冊か読んだことがあった。だが、現実ではその疾患に罹患した人を見たことも聞いたこともないので、物語の中だけの架空の病気かと思っていた。
……それなのに。

僕と”ヌヴィレット”様が花吐き病ってどういうこと?」

改めてノートを見る。一体、誰がこれを書いたのだろうか。
やや歪に形が崩れている癖の強い文字。散見する特徴的なインク擦れーーーそれは左利き特有のもので、よく見覚えがあった。これは、どこからどう見てもフリーナの筆跡だ。公文書や手紙など、他者の目に触れるものに関しては美しく整った文字を書くフリーナだが、自分だけしか読まないメモなどは同一人物が書いた文字とは思えないほどに個性的なものなのである。
内容的には全く記憶にない。ゆえに半信半疑ではあるが……自分の書いた文字を本人が見間違うことなどあるだろうか。フリーナは混乱した。
これは舞台の脚本の叩き台として書いたもの?けれど、それにしては違和感を感じる部分が多過ぎる。そもそも、実在の人物ーーーそれもこの国の国家元首の名前をそのまま使って創作をするなど、不敬にも程がある。しかも呼び捨てで。それに"ヌヴィレット"様がフリーナの好きな人で、お互いが同じ奇病を患っている設定ときた。もう無茶苦茶だ。拗れに拗れた複雑な話であるから、舞台の公演時間内に収めるにはかなり駆け足で話を進めていく必要があるが……しかし、恋と病をテーマとして扱うならば、より丁寧な心理描写が必要となるため、このストーリーをそのまま舞台で扱うのは少々難しいのではないだろうかーーーと、フリーナは舞台監督目線で評価する。
だが、これを仮に小説とするならばまぁアリなのかもしれない。確かに稲妻の娯楽小説には、これと近しい系統のものが存在する。具体的な例を挙げると、実在する有名な人物ーーー例えば神や国の重鎮が現実ではあり得ない設定で登場するIFの物語や、読み手が特定の人物と擬似的な恋愛の雰囲気を楽しめる所謂"夢小説"というもの。それらは一部の層からかなりの支持を得ているようだが、フリーナは未だに読んだことのないジャンルだ。だから、フリーナ自身がこれを書いたというのはあまり現実味がない。フリーナは何度か、完全オリジナルの脚本を手掛けたことはあるものの……小説を書いたこともなければ、そういった依頼を受けたこともないのだ。しかし、書き綴られた文字は何度読んでも隅から隅まで全てが自分の筆跡なのである。

ま、まさか、自分用に創作したのかーーー?!と、フリーナの頭にひとつの憶測が過った。確かに、”ヌヴィレット”様の顔はフリーナの理想そのもので……その、正直かなり好きではあるが。でも、……でも。フリーナは、恋に恋して夢小説を書いている自分の姿を想像し、とてつもない羞恥に襲われた。なので、うっかり妄想しかけた”ヌヴィレット”様と自分のあれこれを全て振り払うように、頭をぶんぶんと横に振ってすぐさまその可能性を否定した。

けれど。冒頭の書き殴るような筆跡と何度も書き直した痕跡からは、このストーリーには並々ならぬ思いが込められているように感じる。所々涙のような跡が残り、インクが滲んでいてーーーこれをただの創作と片付けても良いものであるのか、少々疑問に思った。
特に最後のページの弱々しくブレた筆跡。それはあまり手に力が入っていないように思える。それに、そのような字で書き綴られた悲惨な内容ーーー自らの死に関連するシナリオには、当時の自分が本当にかなり弱っている状態であったという説得力があった。加えてこの涙の跡。悲しいシーンのシナリオを考えている時でも滅多に泣くことのないフリーナが、これを泣きながら書いていたということだ。

フリーナは深く息をつき、気付けば握り締めてしまっていたノートを一旦デスクの上へと置く。
……落ち着け、僕。少し、冷静になろう。

フリーナはふと、少し前からずっと感じていた違和感の数々を思い出す。ある日突然、花全般に対して身体が拒否反応を示すようになってしまったこと。それが何故なのか未だに分かっていないが、もしかしたらノートに書かれていた”花吐き病”というキーワードが鍵になるような気がした。
そして、明確な根拠はないものの……おそらく、それは"ヌヴィレット"様にも関係があるのかもしれない。
フリーナはやはり、何か大切なことを忘れている。ドクン、ドクンと心臓が大きく拍動を繰り返し、玉のような汗がこめかみを伝った。
思い出せ……思い出すんだ。ほんの一欠片でも良い。何かーーーー

そういえば。さっき、僕は確か……”ヌヴィレット”様の写真を見た後に"記憶にない何か"を見たはずだ。
フリーナは震える手でもう一度今朝の朝刊を手に取り、酷くよれた写真の部分ーーー涙に濡れて乾いた跡を指先でそっとなぞった。

最高審判官、”ヌヴィレット”様、」

小さな声で、高貴な人の名を読み上げてみた。
……けれど、何かが違うような気がする。正しい呼び方であるはずのそれに、何故かとてつもない違和感を感じ、胸の奥がざわついた。

…………”ヌヴィレット”。」

不敬を承知で、今度は更に小さな声でその人の名を敬称を付けずに呼んでみた。
………かなり緊張した。けれど、自らが紡いだその音は不思議と耳に馴染み、何故だかとても呼び慣れたもののように思えた。

その瞬間。大きく脈打っていた心臓が、一瞬だけ止まった。
同時に、激しい頭痛が再びフリーナを襲う。
フリーナの表情は耐え難い苦痛に歪み、色違いの青には涙が滲んだ。
だが、先程とまた同じことを繰り返すわけにはいかない。
耐えろ、耐えるんだ。絶対に、意識を手放すな。
手掛かりはいや、答えは、きっとこの先にあるはず。
僕はもうーーー”忘れる”わけにはいかないんだ

ぐらりと足元がふらつき、フリーナは大きく体勢を崩したが、咄嗟にデスクへ手を付き、なんとか持ち堪えた。
歪み、徐々に暗くなっていく視界。だが、落ちてくる瞼に必死に抵抗しながら、フリーナは”ヌヴィレット”の写真から決して目を逸さなかった。
両目いっぱいに溜まった涙が、不意に溢れ落ちる。それがまた”ヌヴィレット”の写真を濡らしーーーーー突然、フリーナの神の目が、淡く青い光を放った。

「えっ、な……?」

その光はフリーナの全身を柔らかく包み込んだ。すると痛みは嘘のように消え去り、視界が明るくなっていく。

ーーーーああ、そうだ。僕と、”ヌヴィレット”は。

フリーナの頭の中で無理矢理記憶を封じ込んでいた"何か"が、静かに霧散していくような感覚。
それは心が晴れやかになるような清々しい心地であるのに、どうしようもなく愛おしくて悲しい気持ちが押し寄せて胸がいっぱいになった。

雨の記憶。”ヌヴィレット"の笑み。あれは夢でも幻覚でもない。僕はこの目で確かに見たことがある。あの雨は彼が悲しんで降らせたものだ。彼はあの時、泣いていた。そして、あの朝焼け色の瞳の奥に映っていたのはーーーーーー彼に記憶を消されてしまう前の、僕だ。

「っう、げほっげほっ!」

突然胃から異物が逆流するような感覚がフリーナを襲った。激しく咳き込み、口元からひらひらとロイヤルブルーの花がこぼれ落ちていく。
この花を、よく知っている。かれこれもう、100年の付き合いになるのだ。
ーーーーーヒヤシンス。花言葉は、【変わらぬ愛】。

フリーナは自分が突然花を吐いたことに驚きもせず、床に落ちてしまったそれを両手でそっと掬い上げる。花弁が潰れてしまわぬよう、優しく抱きしめた。

ーーーーやっと、全部思い出した。

ヌヴィレットと過ごした500年分の記憶が、激流のように溢れてくる。
初めて彼と出会った日。
恋心を胸の奥に秘めながら神を演じ続けた日々。
予言を乗り越えた後、彼に告白を繰り返し、振られ続けた3年間。
花を吐く現場を見られ、同時に彼も花吐き病になって絶望した日。
すれ違いながらも彼と共有した束の間の幸せ。
ーーーーそして。

好きだ。』

『私が恋をしている相手……それはフリーナ、君なのだ。』

『これからも君が笑顔を絶やさず幸福に生きられるのなら、私の恋は叶わなくて良いと…………それが私の本心だ。』

『どうか異国の地で幸せに。さようなら、フリーナ殿。もう二度と、会うことはないだろう。』


【最高審判官ヌヴィレット様ーーーーー



ーーーーー辞任】


「っ、ヌヴィレットッ!!!」

フリーナは今朝の朝刊をデスクの上へ乱雑に放り投げ、代わりにノートを握り締めて慌てて自宅を飛び出した。

向かう先はパレ・メルモニア。
視界を阻む涙を袖で何度も何度も拭いながら、フリーナは必死に走った。
ヌヴィレットが辞任したのは昨日。どうか間に合ってくれと、ただひたすらに願った。

会いたい。
お願いだからどこにも行かないで。
僕たちは両想いなんだよ。
今度こそ、ちゃんとキミに想いを伝えたい。
もう二度と、嘘は吐かないって約束するから。
だからーーーーーー

誰もが憧れる美しき大スターのなりふり構わぬ必死の形相に、すれ違う民は皆、驚愕の眼差しを向けた。
しかしフリーナはそれに気付く余裕すらなく、ただただ愛するひとの姿を思い浮かべながら、全力で目的地まで走り続けた。