pinopipi
2026-05-18 23:07:05
99483文字
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交錯する恋花にレクイエムを②

ヌヴィフリ花吐き病の話②/長編/捏造しかない/何でも許せる人向け/メタ発言注意/ほぼ地獄のターン/一部キャラ崩壊注意


できる部下達の気遣いで執務室を優しく追い出されたヌヴィレットは、特にやりたいこともなく、行きたい場所もなかったため、とりあえず散歩に出ることにした。今日のフォンテーヌ廷は暖かな気候に恵まれ、民の生活を脅かすような事件もなく平和である。つい先程まで廷内の空を厚く覆っていた雨雲は東の方へと流れ行き、天から降り注ぐ陽の光が街並みを明るく照らしていた。すれ違う人々は皆傘を閉じて水滴を払い、嬉しそうに空を眺めている。
ヌヴィレットは穏やかな気持ちでゆったりと歩みを進めた。

あてもなく歩き続けること数分。辿り着いた先は、フリーナの自宅前だった。ヌヴィレットは自身の無意識の行動に苦笑する。
フリーナが璃月へと旅立ってから今日で3日。主人がいなくなった家は窓もカーテンも閉め切られ、静まり返っている。

ヌヴィレットは静かに目を閉じ、フリーナの記憶を消した日のことを思い出す。
あの後、ヌヴィレットは気を失ったフリーナを抱え、彼女の自宅へと運んだ。水元素力を操り、雨水に濡れた彼女の身体を乾かしてからそっと寝台へと横たえた。それから名残惜しい気持ちで彼女の寝顔を数秒眺めた後、泣き腫らした目元を手袋越しの指先でひと撫でしてから静かに離れた。フリーナに背を向けてからは、一度も振り返ることはしなかった。玄関を出てすぐ、念には念を、フリーナがヌヴィレットを認識できなくなる術をもう一度掛けた。

いくら事前に同意を得ていたとはいえ、抵抗する彼女を拘束し、記憶を奪ったことに罪悪感がないと言えば嘘になる。あれは実に狡いやり方であった。フリーナの記憶を奪うことは、ヌヴィレット自身の正義に反する行為であったのは言うまでもない。それでもヌヴィレットがその手段に出たのは、フリーナがヌヴィレットの為に酷く悲しみ、自分を責め、涙を流すことに耐えられなかったからだ。ヌヴィレットのことをただただ純粋な気持ちで"大切なひと"と称してくれたフリーナ。対し、ヌヴィレットはそれを勝手に都合良く解釈しようとした挙句、愚かにも醜い欲ーーーフリーナを我が物にしてしまいたいという衝動にたった一瞬でも支配されかけた自身がどうしても許せなかった。フリーナには一切の悲哀や憂いなく新しい恋を叶えて欲しいのに、ヌヴィレットの存在そのものがフリーナの明るい未来に翳りを落としているという現実に耐えられなかった。だからヌヴィレットはフリーナから記憶を奪うという決断をしたのだ。双方にとって、この選択が最善であると信じて。自身の恋より、苦痛より、矜恃より、そしてこの命よりも優先すべきこと。天秤に掛けるまでもなく、フリーナの生存と幸福こそが一番の願いだった。
独り善がりで身勝手な願いであることは、ヌヴィレット自身よく理解している。愛し方が不器用であることも、とっくに自覚済みだ。だが、今のヌヴィレットにとっては、これこそがフリーナへの最上級の愛を示すやり方であった。何故ならヌヴィレットに愛を教えたのは他ならぬフリーナであったのだから。
ーーーーつまり。
かつて神を演じていたフリーナが、500年に渡りたった独り自らを犠牲にして愛するこの国を民を救おうとしていたのと同じように。ヌヴィレットは自分のことよりも、ただただフリーナに救われて欲しいと思っている。
故に、誰にもこの愛し方を否定される筋合いはない。特に、フリーナ本人には。今ではそう開き直ってすらいた。

ヌヴィレットは瞼を上げ、意識を現実へと引き戻した。

あの日以降、何度か廷内でフリーナの姿を見掛けたが、彼女はヌヴィレットのことを忘れ、姿も、声も全く認識していないようだった。少々活気がないようにも見えたが、それはおそらく強い水元素力が外的に記憶中枢へ作用したことによる影響だろう。一時的なものであるため、心配は無用だ。それに、最近は発作を起こしていないようで安堵した。龍の鋭い嗅覚を以てしても、彼女とすれ違った際に花の香りが全くしなかったことが、その確固たる証拠だった。

こうして時折フリーナを離れた場所から静かに見守り続けーーーーヌヴィレットが最後にフリーナの姿を見たのは、彼女が璃月へと旅立つ日だった。
当初彼女が話していた日程よりも1ヶ月と少し延びたその日をヌヴィレットが事前に知ることができたのは、彼女の親友であるクロリンデのおかげだった。当時ヌヴィレットの胸中には様々な感情が複雑に絡み合い、心臓が軋む様な苦痛を感じたが、それを一切悟られないよう普段通り表情を変えることなく、あたかも以前からそれを知っていたかのように話を合わせてその場を切り抜けたのだ。
そして迎えたフリーナ出発の当日、早朝。彼女が小さなトランクケースを抱え、明るい表情で自宅を出た瞬間を、ヌヴィレットは無事に見届けることができた。軽い足取りで、鼻歌を歌いながらフォンテーヌ廷を去って行く姿は、まさに希望に満ち溢れたものであったといえる。ヌヴィレットはその時の光景を思い返し、静かに口角を上げた。
やはりこれで良かったのだと、自身の行いを肯定するには十分な結果であった。

フリーナは幸福な未来への一歩を踏み出した。
これからは異国の地で最愛の相手と共に人生を歩んでいく。
花吐き病はきっと、完治するだろう。
ああ……本当によかった。
これでもう、何も憂うことはない。

しかし、それに反してヌヴィレットの病状は悪化の一途を辿っていた。フリーナと会わなくなってから日に日に発作の回数が増え、重症化している。本来であればヌヴィレットの身体は睡眠を取らなくても活動に支障がないが、現在は激しい発作による消耗で疲労が蓄積しているにも関わらず睡眠が全く取れていないため、集中力がかなり散漫している状況なのだ。
先程セドナとクロリンデにも心配をされてしまった。それに、クロリンデはフリーナとの不仲やヌヴィレットの真意についてどこか疑っているように感じる。
これ以上はもう、上手く誤魔化せる自信がない。

ヌヴィレットは、やはり一刻も早く"準備"を進めなければと焦りを感じ、パレ・メルモニアへと引き返した。