pinopipi
2026-05-18 23:07:05
99483文字
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交錯する恋花にレクイエムを②

ヌヴィフリ花吐き病の話②/長編/捏造しかない/何でも許せる人向け/メタ発言注意/ほぼ地獄のターン/一部キャラ崩壊注意


璃月港、往生堂。
フリーナは胡桃と共に璃月の甘味と茶を楽しみながら、麗らかな午後のひとときを過ごしていた。

「いやぁ〜、フリーナが璃月に来てくれてほんっと〜に嬉しいよ!営業まで手伝ってくれて、すご〜く助かっちゃってるし!」
「いやいや!宿の予約に失敗して困っていたところを拾ってもらったんだから当然さ!」

フリーナは今、胡桃の厚意で往生堂に宿泊させてもらっている。
それは遡ること2日前。フリーナはフォンテーヌを旅立ち、移動に丸一日を掛けてやっと璃月港へと辿り着いた。まずは荷物を置きに行こうと、事前に予約を取っていた宿へそのまま真っ直ぐに向かった。だが、なんと手違いで予約ができておらず、部屋は満室でしばらく空きが出ないとのことで、その宿への宿泊は叶わなかった。フリーナはすぐさま他を探したが、不運なことにどの宿も満室。初めてのひとり旅にして、路頭に迷ってしまったのである。
それからフリーナは、他にどこか泊まれそうな場所はないかと璃月港内をぐるぐると探し回っていたところ、たまたま営業に出ていた胡桃と再会した。ところが喜びも束の間、フリーナは胡桃が身に付けていた梅の花を見て気分が悪くなる。更に胡桃が駆け寄って来たことで梅の花がふわりと香り、フリーナは耐えきれず口元を手で覆ってしゃがみ込んだ。胡桃はフリーナを心配し、悩んだ末 不卜盧へと連れて行こうとしたが、フリーナは「大丈夫」と言い首を横に振った。それならば少し休むべきだと胡桃に連れられて来たのが此処ーーー往生堂だった。そしてようやく吐き気がおさまった頃、フリーナは事の経緯と事情を話した。胡桃は「じゃあここに泊まりなよ!部屋ならたくさん空いてるよ!」と快くフリーナを受け入れ、今に至る、という訳だ。
フリーナが吐き気を催した原因が花だと知るや否や、胡桃はすぐさま自信が大切にしている帽子を脱ぎ、往生堂内に飾っていた梅の花も全て片付け、換気した。更に璃月の伝統的な香(鍾離曰く、心が安らぐ効果のある香の中から花の香りが含まれない、かつ最高級のものを厳選した)を焚き、室内に残る梅の花の香りを完全に消し去った。
まさに至れり尽くせりな状況。フリーナは胡桃に頭が上がらない。それで少しでも恩返しをと思い、今日から往生堂の仕事を手伝っているのだ。

「営業の仕事をするのは初めてだから、上手くできている自信はないんだけど、ど、どうだったかな?遠慮なくダメ出ししてくれ!明日からの参考にさせてもらいたいからね。」
「えぇっ、初めてなの!?って、そりゃそうか〜。でも、フリーナってば才能の塊だよ!?ダメ出しなんてそんなの無い無い!だってフリーナが一緒にいてくれるだけで契約数がいつもの倍なんだよ?!さすがフォンテーヌの大スター効果は絶大だね!………どう?良かったら往生堂と終身雇用契約を結ばない??」

急に真顔になってスカウトをする胡桃にフリーナは驚き、ぱちぱちと瞬きをした。
しかし、後ろで優雅に茶を啜っていた鍾離が「堂主、それだけは止めておいた方が良い。」と厳しい表情で制止する。茶杯を持つ手が一瞬大きく揺れたのは………きっと気の所為だろう。
胡桃は「もぉ〜冗談だってばぁ〜」と口を尖らせている。
フリーナはそんな2人のやり取りに笑いながら、璃月特産の茶ーーー沈玉茶をひと口飲んだ。最近は紅茶を飲むと何故か涙が止まらなかったが、璃月のお茶ではそんなことにはならない。甘味だって大丈夫。安心して味わうことができる。フリーナが思わず「美味しいなぁ」と感嘆を漏らすと、胡桃は「でしょでしょ!ほら、これも美味しいから食べてみなよ〜!」と、フリーナへ甘味の乗った器ごとドン!と全て差し出した。鍾離は後ろでどこか自慢げに「璃月の味が気に入ったようで何よりだ」と笑みを浮かべている。

なんて幸せで穏やかな日なんだろう。フリーナは璃月に来て良かったと、心からそう思った。
ここ最近、フォンテーヌの友人たちは皆仕事が忙しくてなかなか会えず、ひとりで過ごす日々が続いていた。だから心許せる友人と過ごすこの時間は今のフリーナにとって、いつも以上に幸せで特別なものであると感じた。
それに、フォンテーヌで感じていた様々な違和感が、璃月に来てからは殆ど感じない。
フリーナは甘味ーーー良茶満月をひと口齧る。うん、外側のサクッとした食感と中の甘じょっぱい餡の組み合わせが癖になりそうだ。同じ茶葉の粉末が入っているから当然この沈玉茶ともよく合うし、何個でも食べられちゃうくらい美味しい。
フリーナは頬に手を添え、表情を綻ばせながら璃月の味を堪能していた。

一方、胡桃はテーブルに片肘をつき、ニコニコしながらフリーナの様子を眺めていた。
これは親しくなってから知った話だが、水神だったフリーナはかつて『決して色褪せない青春の思い出』という表現で永遠に変わらぬ美しさを称えられていたという。しかし、水神を退位し彼女の時間が動き始めた現在では、『湖上に瞬くル・エトワール』『夢境に咲くミオソティス・ミオマルク』など星や花に例えられ、その有終の美を様々な言葉で表現されている。と、この2つの異名に関しては、つい先日テイワット全土で同時刊行された有名な芸能雑誌の特集で読んだ。フリーナはフォンテーヌを代表する役者として大々的に紹介されていて、一般人にとってはまさに高嶺の花的な存在だ。その名声はここ璃月にも当然届いており、フリーナは超超超有名人なのだ。
だが。そんなフリーナも、友人の前では甘味を美味しそうに頬張る普通の女の子である。
胡桃はフリーナの方へ、ずいずいっと顔を近付け、にんまりと笑みを浮かべる。そして、”今一番気になっている話題”を投げ掛けてみることにした。

「ねぇねぇ、フリーナ?"愛しの彼"とは順調なの?」

後ろにいる鍾離に聞こえないよう、胡桃は声を潜めてフリーナへと尋ねた。
しかしフリーナは、咀嚼していた良茶満月をごくんと嚥下してからーーーまるで無垢な子供のような表情で首を傾げた。

「愛しの、彼?」
「そうそう、前に話してたじゃん!かっこよくて優しくて大好きな彼に振り向いてもらえるように毎日頑張ってるんだーってね!」
?ごめん。そんな話、僕した覚えが
「もぉ〜っ、忘れたフリをしたって無駄だよ!久しぶりに会えたんだから、い〜っぱい恋バナ聞かせてもらうんだからね!」
「こっ、恋バナ!?」
「ほらほら、恥ずかしがらずにぶっちゃけちゃいなよぉ!フリーナがずーーーっと片想いしてる彼、名前はえっとぉ………何だっけ……………あっ、そうそう!”ヌなんとか”さん!ね、最近どうなの??」
「え?ヌ……なんとか、さん……???」

しかし、胡桃がいくらフリーナに恋バナを迫っても、フリーナは困惑の表情を浮かべるのみだった。
それから段々と2人の声は大きくなり、ついには鍾離にも会話の内容が丸聞こえの状態となる。
あまりにも会話が成立しない2人を見かねて、鍾離もその人物について考え始めた。ヌから始まる名前は少ない。フォンテーヌ在住かつ、フリーナと長い時間を共有した関係が深い人物。…………やはり、"彼"しか思い浮かばない。
鍾離はそう確信し、2人に助け船を出した。

「フリーナ殿。"ヌヴィレット"殿は息災か?」
「あっそうそう!"ヌヴィレット"さんだ!さ〜っすが鍾離さん、記憶力良い〜!」
「え、えぇと………

鍾離のファインプレーを褒め囃す胡桃の向かいで、ひとり困惑の色を濃くしたフリーナは酷く申し訳なさそうに目を伏せた。

「ごめん、その人のこと、僕知らなくて……
「えっ?」
「初めて聞く名前だし、もちろん会ったことも話したこともないんだ。えっと人違い、じゃないかな?」
ふぅ〜ん?」

胡桃は静かに笑みを消し、後ろへと振り返る。おそらく同じ疑問を抱いているであろう鍾離へと何か物言いたげな視線を向けた。
鍾離は両腕を組み、胡桃の視線を受け流す。そして意識を集中させながら、黄金の瞳でフリーナを慎重に観察し始めた。

「あ〜ごめんごめん!やっぱり人違いだったかも!」

胡桃は即座に話題を切り替え、フリーナと再び談笑し始める。それから暫く、やがて2人の笑い声で茶室内が賑やかになった頃、鍾離は静かに席を立った。



*・*・*・*・*・*



鍾離は扉の外でひとり、思考を巡らせ状況を整理する。
いくらフリーナが500年もの長きに渡り神を演じ切った逸材であるとはいえ、友へ赤裸々な恋愛事情を語ることへの羞恥心から彼女が全てを忘れた演技をしているというにはあまりにも不自然過ぎる会話だった。言い換えれば"異常"ともいえるこの不可思議な事態に、鍾離はどうしても疑念が拭えなかった。

フリーナ殿は数百年を共にした水龍ーーーーヌヴィレット殿に関する記憶を失っている。
しかし堂主の言葉から察するに、最近までフリーナ殿はヌヴィレット殿に想いを寄せていた。
そして、フリーナ殿の頭部から感じた水元素の残滓。あれは彼女自身のものとは異なる極めて純度の高い強力な水元素だった。初めはあの珍しい意匠の神の目同様、水龍による加護か何かかと思っていたが……………ふむ、どうやら違ったらしい。
それと不可解なのは、彼女の腹部ーーー正確には胃の辺りに僅かながら草元素を感じることだ。これはフリーナ殿が先程沈玉茶等を摂取したからと言う訳ではない。彼女が璃月へと訪れた時には既に草元素が胃へ根付いているかの如く存在していたため、少々気にはなっていた。それに彼女は現在、花が視界に入ることまたはその香りを嗅ぐことによって身体が拒絶反応を起こし、嘔気が誘発される状況。以前、他の七神と共に顔を合わせた際は、そのような症状は見られなかったはずだが
花といえば先日、草神から花吐き病の研究への協力を求められた。古来より潜伏と流行を繰り返す奇病として知られるその疾患の根本的治療に関する研究を、何故今になって急に加速させる必要があったのか………

………成程。」

鍾離は小さく呟き、眉を顰めた。
ーーー俺の勘が正しければ、フリーナ殿は花吐き病を患っている可能性が高い。ゆえに彼女の記憶は、彼女が想いを寄せる相手ーーーヌヴィレット殿によって消されたのだろう。これが双方の合意による契約ならば俺が干渉できることではないが………しかし、あの無理に抑え込もうとするような力の使い方……そして既に一部が綻び、不安定な様子からして、おそらくは…………

………いや、止めておこう。」

ーーー2人の関係について仔細を把握している訳ではないが、少なくともヌヴィレット殿にとってフリーナ殿は"特別"であるということをよく知っている。というのも、彼女が七神の会合へ招待を受けた際、彼はかなり引き留めたというし、実際に訪れた彼女の身には過剰なまでに何重もの加護が与えられていたからだ。その所為で、気安く彼女に触れようとしたバルバトスが強力な水元素の水圧によって遥か彼方へと吹き飛ばされていたのは記憶に新しい。その後バルバトスは風元素を操り、それほど時間が掛からずに帰還したのち、能天気ぶってヘラヘラと笑顔を振り撒いていたものの……事実、かなり効いていたようだった。『女性に同意なく触れるのはマナー違反だったね。ごめん。』と素直に自身の非を認め、反省していたが、フリーナ殿は自身の神の目が暴走したのだと勘違いし、彼女もまた申し訳なさそうに深々と頭を下げ謝罪していた。実際、そこ居合わせた神は皆、あの水元素がかの水龍のものであると察していたが、それを彼女に伝えることは敢えてしなかった。いや、”出来なかった”というのが正しいだろう。どの国の神も、龍の治める国とは可能な限りトラブルを起こしたくはないし、巻き込まれたくもないからだ。結局その件はお互い様という事で特に後腐れもなく収束したが、一歩間違えれば大事になっていた可能性も十二分に考えられる。いくら龍が神を疎ましく思っているからと言えども、今やヌヴィレット殿にはフォンテーヌの国家元首としての立場がある。ゆえに他国の者ーーーましてや他国の神を負傷させる程の強力な攻撃を繰り出すのは明らかに正当防衛の域を逸脱し、最悪の場合国際問題にもなり得るのだ。しかし、そのリスクを負ってでもフリーナ殿を守ろうとしていたということは、彼が彼女に対して何らかの”特別な感情”を抱いているという証左である。通常、知り合いや友人程度の間柄では、あそこまで過保護にはなるまい。

よって、完全なる部外者ーーー特に魔神である俺が此度の件に下手に首を突っ込めば、悪い意味で余計入り組んだ事になるのは想像に容易い。古龍の大権を完全に取り戻したあの龍の逆鱗に触れ、敵に回すことだけは御免被りたい。ましてや龍の至宝に無断で手を触れるなどーーーー向こう1万年いや、このテイワットが存続する限り、永久に恨まれることになるだろう。

鍾離は静観することを決め、静かにその場から離れた。
背筋に感じた悪寒は、気の所為だということにして。