それから、その奥に壮大に聳え立つエピクレシス歌劇場を見上げると、やはり思い出すのはフリーナの姿だった。ここは数え切れないほどの審判や歌劇が行われた場で、それらの記憶の中心にはどれも必ず彼女がいるのだ。特に彼女が出演した数々の舞台は、その全ての演目を観劇し、今でも仔細な記憶が残っていた。
本日は審判ではなく、【Fille de l'étoile】という舞台の公演が行われている。無論、中に入ることはしなかったが、その熱狂ぶりは外からでもよく感じられ、思わず笑みが溢れた。その演目は過去に何度も観劇したことがあるものだ。かつて主演を演じていたのはフリーナで、その輝きと熱量は今でも忘れられない。フォンテーヌでは愛と憎悪をテーマにした悲劇や、複数の男女によって泥沼化した恋愛を描いた演目が多い中、これは数少ない喜劇のひとつだった。家が没落してしまった元貴族の令嬢が、様々な苦難に立ち向かい、元婚約者の愛を取り戻そうと奮闘する話。明るく前向きに自ら幸福を掴み取っていくその役は、フリーナによく似合っていた。コメディ調に進むこの物語は、実は各公演ごとに異なるアドリブシーンが存在する。主演が目に止めた観客を指名して物語の中に巻き込み、会場全体に笑いを誘う。フリーナが神を演じていた頃は一度も指名されたことがなかったが、たった一度だけ指名されたことがある。それは予言から1年が過ぎた頃、満を持して役者として返り咲いたフリーナが再び主演を務めた公演でのことだ。是非見に来て欲しいからと話すフリーナから最前列中央席の番号が印字されたチケットを公演日の半年も前に贈られ、その招待に応じた。その日は千秋楽。立ち見席まで満員。そんな大盛況の公演の中盤、彼女が演じる主人公が初めて相手役へ告白をするにあたり、何と伝えようかと言葉に悩む場面がその公演のアドリブシーンだった。友人役が色々とアドバイスをするも、なかなか言葉は決まらない。そこで彼女は、突然何かを閃いたようにパッと表情を明るくし、観客席へと目を向ける。そして迷うことなく観客席ーーー最前列中央へと向かって手を差し伸べ、役の口調のままこう言った。