pinopipi
2025-11-09 16:05:18
57241文字
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交鎖する恋花にレクイエムを①

ヌヴィフリ花吐き病の話①/長編/捏造過多注意/何でも許せる人向け/地獄→ハピエン/2026.05.加筆修正


それからフリーナは何度もヌヴィレットの元を訪ねたが、一度も会うことはできなかった。
会えないどころか、その声すらも聞くことは叶わなかった。
そして、偶然か必然か最近はヌヴィレットが担当するような大きな審判もなく、こっそりとその姿を拝むことすらできなかった。
彼に会えなくなって、もう1ヶ月になる。
それが一体何を意味するのか、フリーナには分かっていた。

「ははっ、僕、ついに嫌われてしまったんだね……

巷では既にフリーナがヌヴィレットに失恋をしたのだと噂が広まっている。そういえば、昨日発売した雑誌の一面記事にもなっていたっけ。しかも、今指導をしている劇団の俳優が新しい恋の相手なのだと、全く身に覚えのない内容まで書かれて。……ああ、なんて惨めなんだろうか。
考えれば考えるほどに辛い現実。フリーナは段々と引きこもりがちになっていった。

ーーーーそんなある日。フリーナの自宅のポストへ、金箔の薔薇で飾られた華やかな手紙ーーーお茶会の招待状が届いた。



*・*・*・*・*・*


翌日、カフェ・リュテス。朝からずっと曇っているせいか、いつもより客足が少ない。雨でも降るのではないかと、通行人の殆どが傘を持ち歩いていた。

約束の時間の5分前。本日のお茶会会場に優雅な足取りで到着したフリーナは、招待状の送り主ーーー親友であるナヴィアの姿を探した。すぐに一番端の席で目当ての後ろ姿を見つけ、フリーナは明るい声で名前を呼ぶ。振り返ったナヴィアは小さく手を振り、フリーナへ着席を促した。

定期的に開催されているこのお茶会は、男子禁制の女子会、所謂親友同士の集まりだ。いつもはクロリンデも含めて3人で集まることが常であったが、どうやら今日の参加者は2人だけらしい。みんなそれぞれ多忙の身なので、今までにもたまにそういうことはあった。フリーナはあまり深く気にせず、メニュー表を手に取る。そして、いつものように季節のスイーツセットと、最近お気に入りのバブルオレンジティーを注文し、恒例のお茶会が始まった。

しかし。お茶会開始から20分。
2人が囲むテーブルの中央に鎮座する白いケーキスタンドに乗せられた色とりどりの華やかなスイーツは、未だひとつも手を付けられることなく2人を見守っていた。香り豊かな紅茶は既に冷め始め、ティーカップいっぱいに満たされたままテーブル上で沈黙を貫いている。
今日は全くと言っていいほど会話が弾まない。最初は当たり障りない世間話をしていたものの、フリーナの”いつも通りの明るい声色”を聞くたび、ナヴィアは次第に表情を歪めていった。
そんなナヴィアの様子にとっくに気付いていたフリーナは、敢えて触れずにいた自身の失恋話をやっぱり報告すべきかと迷い始めた。……けれど、会話の仲介役的存在であるクロリンデが不在の中、この空気を更に重苦しくするであろうその話題をなんと切り出したら良いか分からない。フリーナはなかなか勇気が出せず、口を閉ざした。

すると、その時。ナヴィアが小さな声でフリーナの名を呼んだ。その改まった声に、フリーナはパッと顔を上げる。「なんだい?」と返すと、ナヴィアは一瞬だけ躊躇いを見せてから意を決したように口を開いた。

ねぇ、その……あんた、大丈夫なの……?」

ナヴィアの問いは控えめで、かなり遠慮がちなものだった。棘薔薇の会の会長である彼女は、いつも快活で大胆な振る舞いをしているが、その一方で他者の感情に敏感で繊細な一面も持ち合わせている。それを見せるのは親しい者に対してだけであるが、最近ではそのような機会が殆どなかったため、今日は本当に珍しい。その心は、最近ずっと元気のないフリーナの心情ーーー親友の恋の先行きを案じているからだ。ただの憶測が独り歩きしたデタラメな噂、事実とは到底思えない悪質なゴシップ記事ーーーそれら全てがフリーナの心を脅かしているのではないかと、ナヴィアは心配しているのだ。

やっぱり、すごく気にさせちゃってるよね……
予想が的中したフリーナは、ほんの僅かに表情を暗くした。
普段であればなんてことない噂やゴシップでも、フリーナがぱったりとヌヴィレットに会いに行かなくなったことがそれらの裏付けであるかのように映っている可能性は大いにある。実際、失恋の噂は事実であるが、記事の大部分は身に覚えがなく勝手に都合良く切り取られただけなのだ。それらを思い出すだけで、胸がズキリと痛んだ。
けれどフリーナは、そんな心情を悟られないよう慎重に表情を作る。それからまた、”いつも通りの明るい声色”で言葉を返した。

「うん?ああ、もしかして。最近僕がヌヴィレットに会いに行っていないのが原因で、変な噂が立っているから心配してくれているのかい?」

フリーナがナヴィアの質問に対して新たな質問を返すと、ナヴィアは小さく頷いた。

やっぱりフリーナは、いくら相手が親友とはいえ正直、今この話題に触れて欲しくないのが本音だった。まだ自分の気持ちの整理も出来ていないのに、根掘り葉掘り聞かれるのはあまりにも辛いものがある。だからフリーナは、なんてことない顔で”正しい回答”を示した。

「どうやら彼は今、いつも以上に多忙を極めているみたいだからね。フォンテーヌのために日々頑張ってくれているというのに、それを邪魔するなんて絶対にしたくないのさ。だから少しの間だけ、彼に会いに行くのは自粛しているんだ。もちろん、今までみたいに毎日会いたいよ?でも、嫌われたくないからね。それに、この前雑誌で読んだのだけれど、恋愛を成就させるには”押してダメなら引いてみる”ことも大事らしい。ふふん、試してみる価値があると思わないかい?」

フリーナは得意げな表情でそう言った後、「だから心配することなんて何もないよ。」と笑った。
確かに、フリーナの言葉には筋が通っている。今回クロリンデの欠席理由が、”業務量が多過ぎて、どうしても仕事の都合がつかなかったから”なのだから、ナヴィアも最近公務員は休む暇もなく忙しいのだと知っていた。パレ・メルモニア全体が多忙なのは常であるが、最近は政府主体のとある事業の進捗が大詰めで更に多忙を極めているらしい。そのような情報をクロリンデ本人から直接聞いていたナヴィアは、フリーナの言い分にひとまず納得はした。けれども、どこかほんの少しだけ、違和感が拭えないままだった。
だが、仮にフリーナが本気で何かを隠そうとしているのなら、それを見破るのは非常に困難なことだ。不可能と言っても良い。何百年も一番近くにいたヌヴィレットでさえも、その本心を見破ることができなかったのだから。ゆえに、いくら腹を割って話せる親友であろうとも、まず見破ることは不可能だろう。フリーナの演技は、真実と嘘の区別がつかない程に完成されているのだ。フォンテーヌが誇る大スターの実力は、もはや神そのものーーーいや、それ以上であると言っても過言ではない。
それに、フリーナとてあの頃とは違う。良い意味で変わったのだ。もう独りではない。今はナヴィアやクロリンデなどーーーー本心を曝け出すことを許す頼れる友人達がいる。この3年間、フリーナは赤裸々な想いを話し聞かせてくれた。告白のシチュエーションやサプライズの内容に意見を求め、相談をしてくれた。だから今はまだ、フリーナが本心を語れる”その時”ではないのだとナヴィアは解釈し、自分を納得させた。

ナヴィアはティーカップに口を付け、ひと口紅茶を飲む。すっかり冷めてしまったが、逆に少し心が落ち着いた。

そっか。じゃあ、また良い報告を待っているからね。」
「うん、もちろんさ!」

2人はいつものように笑い合う。
ナヴィアは「あんた、また痩せたでしょ。ちゃんと食べてる?ダイエットのし過ぎは身体に悪いわよ!ほら、これ全部食べなさい!」と言いながら、ケーキスタンドからスイーツをお皿いっぱいに盛り付け、フリーナへと押し付けるように差し出した。
フリーナは「うわぁ!せっかくウエストを3cm絞ったのに、こんなに食べたらすぐリバウンドしちゃうじゃないか!」と慌てながらも、その手は嬉しそうにお皿を受け取り、おかわりまでしっかりと平げたのだった。



*・*・*・*・*・*



その後和やかな雰囲気のままお茶会は無事にお開きとなり、自宅へと向かう帰り道。フリーナはナヴィアと別れてから、あまり目立たないよう人目を避けて歩いていた。

ーーーーまた、嘘を吐いてしまった。
解散してからまだ5分も経っていないというのに、フリーナの表情はただただ暗かった。楽しかったお茶会の余韻がもう遥か遠くに感じてしまうほど、今はその罪悪感がひたすらフリーナの心へ影を落としている。
実はもう既にヌヴィレットから嫌われてしまっているだなんて、言えなかった。先程はそれっぽい理由を並べ立ててなんとか切り抜けられたけれど、そう遠くない未来に失恋の事実は明るみになるだろう。この3年間、ナヴィア達はずっとフリーナの恋を一番近くで応援してくれていたというのに、なんだか申し訳ない気持ちになる。
もしフリーナが正直に失恋をした事実を報告したならば。きっと彼女達なら、フリーナが立ち直るまで懸命に慰めてくれるのだろう。スイーツのヤケ食いも、ヤケ酒も、気分転換の国外旅行や、地方伝説挑戦ツアーだって……きっと何だってとことん付き合ってくれるのだと思う。今回ヌヴィレットに会えなくなった事の経緯を話した暁には、完凸フル装備・鬼の形相でヌヴィレット本人の元へ殴り込みに行ってしまうのではーーーと、容易に想像ができるくらい、フリーナは親友達から愛されている自覚があった。
『男なんて星の数ほどいるんだから、もっと良い男探すわよ!うちの会で一番のイケメンでも紹介してあげよっか?』とか、『ヌヴィレット様は頭が固過ぎます。もしフリーナ様にお相手が出来たら、一生後悔なさるのではないのでしょうか。』とか。そんなことを言ってくれそうだ。

けれど。フリーナは一生、ヌヴィレット意外は愛せないという確信がある。
それに恋を叶える相手は、どうしてもヌヴィレットでなくてはならない理由があった。

「僕……これからどうしたら良いんだろう……

色違いの青い瞳にじわりと涙が滲む。

この”秘密”だけは、誰にも言えない。
言ったところで、みんなを心配させてしまうだけだ。
何の解決にもならない。

ヌヴィレットは、僕のことが嫌い。
だからずっと避けられてて
もう一生、ヌヴィレットに会えないのかな

…………

つらい。
いやだ。
くるしい。
にげてしまいたい。

いっそ、このままーーーーーー

フリーナは大粒の涙を溢し、強く目を擦った。

ーーーーその時、

「うぇっ、げほっけほっ

はらり、とフリーナの口からロイヤルブルーの花弁が落ちた。

っまずい、症状、悪化してっ……げほっ!」

咳き込むたびに吐き出される花。早く帰らなければ。しかし自宅まではまだ少し距離がある。フリーナは吐いた花を掻き集めて両手で抱え込み、慌てて近くの路地裏へと駆け込んだ。
無造作に積み上げられた木箱の裏に身を潜める。口を押さえて堰き止めようとしても無駄だった。次から次へと地面へ溢れ落ちるそれは、まるで海原のようにフリーナの足元を覆い尽くしていく。
どれだけ吐いても発作は止まらず、酷く呼吸が苦しい。

「はぁはぁ……うっ、!」

フリーナはその場で倒れ込み、小さくうずくまった。

ーーーー”花吐き病”。
それが、フリーナが抱えている……誰にも言えない”秘密”だった。