pinopipi
2025-11-09 16:05:18
57241文字
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交鎖する恋花にレクイエムを①

ヌヴィフリ花吐き病の話①/長編/捏造過多注意/何でも許せる人向け/地獄→ハピエン/2026.05.加筆修正


麗らかな日差しが窓辺から差し込む穏やかな午後。パレ・メルモニアの執務室でヌヴィレットは静かに書類業務をこなしていた。タイプライターで急ぎの書類を次々と作成していく。今日は特にトラブルもなく順調に業務が進んでいる。何よりだ、とヌヴィレットはひとり笑みを浮かべた。

しかし、そんな平和なひとときに安堵していたのも束の間。
ヌヴィレットの集中を途切れさせたのは、扉の外から聞こえる異様な歓声。この厳かな行政の中枢機関に、まるで大盛況の舞台のように熱狂の渦が巻き起こるなど、理由は凡そひとつしかない。
ーーー"やつ"が来たのだと、ヌヴィレットは眉を顰めた。
努めて冷静にタイプライターへ視線を戻す。決してペースを乱されてはいけない。
だがその瞬間、執務室の扉が突然バーン!と音を立て、勢いよく開いた。

「ヌヴィレット!今日こそ僕の愛に応えてもらうぞ!」

扉の向こうに立ち、よく通るその声を響かせたのは、元水神、フォンテーヌが誇る大スター、フリーナ・ドゥ・フォンテーヌその人だった。
フリーナは歌劇さながら踊るような軽やかなステップで優雅に入室する。
そして渋々顔を上げたヌヴィレットの目の前に跪き、それはそれは大きな薔薇の花束を差し出した。

「世界で一番、キミを愛しているよ。ヌヴィレット、僕のル・エトワール。結婚を前提に、僕とお付き合いをしてくれないかな?」
…………
「ああ、ちょっと!無視しないでくれよぉ!」

無言でタイプライターへと視線を戻したヌヴィレット。
フリーナは慌てて立ち上がる。
執務机とヌヴィレットの間に身体を割り込ませて抗議した。

「酷いじゃないか!僕、本気なのに!返事くらいしてくれたって良いだろう?!」
それは大変失礼した。丁重にお断り申し上げる。」
「な、な、な!!なんだってぇーーー?!?!」

ガーン!とショックを受けたフリーナはその場で膝から崩れ落ちた。薔薇の花束は両手から滑り落ち、ばさり、と床に転がる。ぷるぷると肩を震わせながら、フリーナは涙目でヌヴィレットを見上げた。

「今日もダメなの?キミは一体、僕のどこが気に入らないんだい?顔?性格?身長?む、胸が小さいからとか?いやいやいや、ヌヴィレットはそんな外見的なこと、気にしないよね!?えっと、えぇっと……身分とか職業………ああっ!分かったぞ!芸能関係の仕事は収入が安定しないから将来に不安があるんだな?!それで結婚を前提にしたお付き合いはできないってことなのかい?!」

そう一気に捲し立てるフリーナ。しかしヌヴィレットは深くため息をついて、少々呆れながらフリーナを見た。

「違う。そのような理由ではない。」
「じゃあ何でだよぉ!」

ヒステリックに問い詰めるフリーナに、ヌヴィレットはもう一度ため息をついた。

「何度も伝えているが、私には恋愛感情というものが理解できない。ゆえに私は君へ同じ気持ちを返すことができない。私が君へ向けている感情は家族愛に近いものであると解釈している。すまないが、そろそろ諦めていただけないだろうか。君の時間は今や有限のものとなった。恋愛が理解できない私などではなく、君には正しく君を愛することができる相手と結ばれ、幸せに生きてもらいたいと願っている。」

ヌヴィレットが真面目に、そして困ったようにそう告げると、フリーナは一瞬だけ傷付いた表情をして、すぐに立ち上がった。

嫌だよ、ヌヴィレット。」
「何、」
「僕はキミが好きなんだ。キミ以外の愛なんていらない。僕のことが嫌いならともかく……キミが恋愛を理解できないというのなら、理解できるまで何度でも愛を伝え続けよう!」
「フリーナ!」
「じゃあ、また来るね!次はもっと、キミをドキドキさせるような告白をするからね!何年何十年かかってでも絶対僕に惚れさせてやるんだ!首を洗って待ってろ僕の水龍!」

バタン!と勢いよく閉まる扉。嵐のように去って行ったフリーナの背中を、その姿が見えなくなってもヌヴィレットは眉を顰めて見つめ続けた。

非常に厄介なことになった。普段は他者の気持ちを尊重し思い遣る優しい彼女が、あのような無茶苦茶なことを……
あれは相当、意固地になっている。
ヌヴィレットは深いため息をつく。フリーナの入室から退室まで、この僅か数分で一体何度目になるだろうか。
ふと、フリーナが置いて行った薔薇の花束に目をやった。この巨大な花束、一体何本束ねてあるのだろうか。123……………はぁ、99本も。
それは『永遠の愛』という意味を持つのだと、昔とある歌劇を観賞した際にフリーナから直々に教えてもらった覚えがある。
やはり、フリーナは本気なのだということが伺える。
どうしてそこまで……と、ヌヴィレットは疑問に思う。
フリーナに好かれるのは良い。嫌ではない。確かに初めはあまりの衝撃に現実の事とは思えず、劇の練習なのだと勘違いをするほど戸惑いはしたが、それでも悪い気はしなかった。だが、毎回言葉を尽くして断っているにも関わらず、ここまで頑なに諦めてくれないとなると、次第に苦しさを感じるようになった。人ならざる者ーーー水龍である己ではフリーナを幸せにすることはできない。彼女の真っ直ぐで純粋な愛に対して、同じ気持ちを返せないことが酷く申し訳なかった。
そもそもフリーナは、こんな己のどこが良いのだろうか。本当に分からない。

……限界だ。」

フリーナが市井に降りてから3年。告白をされ続け今回で964回目。回数を追う毎になりふり構わず大胆になっていく愛の告白に正直、ヌヴィレットの心は疲弊していた。
おそらくフリーナは先程の宣言通り、明日も愛を告げるため再びここへとやって来るのだろう。ヌヴィレットが恋愛を理解できるようになるまで永遠に。
だがヌヴィレットは、もうこの罪悪感に耐えられそうになかった。
この3年でフリーナは身長が伸び、顔付きも大人びてますます美しく成長した。正に花盛り真っ只中のフリーナは、今まで以上にキラキラと眩しかった。だからこれ以上、フリーナの大切な時間を恋が解らぬ男への不毛な想いで無駄にさせるわけにはいかないと、ヌヴィレットは焦りを感じていた。

……すまない、フリーナ。君には人として、誰よりも幸せに生きてもらいたいのだ。」

この権能を使えばフリーナの記憶を部分的に消し去り、その恋心を失わせることは容易い。だが、フリーナの真心をその意思に反して刈り取るような残酷な措置を、ヌヴィレットはどうしても取れずにいた。
だから、フリーナ自身に諦めてもらう必要がある。

掌に水元素を集約させ、それを霧散させる。ヌヴィレットの身に無数の青い光が降り注ぎ、そして消えた。

ーーー傷付けてしまうだろうが、しばらく強制的に距離を置けばいつか私への恋心など忘れてくれるだろう。
酷い男だと、責められても構わない。
フリーナの人気は今も凄まじいものだ。君の恋人の座を狙う男は、星の数ほどいる。
その中にはきっと、君に相応しい者がいるはずだ。
だから、どうか。君に恋をしてやれない私ではなく、君と心から恋し、愛し合うことができる者と共に幸せになって欲しい。


こうしてヌヴィレットは権能を用いて自らに特殊な術をかけた。
ーーーーーフリーナがヌヴィレットの姿を、声を認識できなくなる術を。