pinopipi
2025-11-09 16:05:18
57241文字
Public
 

交鎖する恋花にレクイエムを①

ヌヴィフリ花吐き病の話①/長編/捏造過多注意/何でも許せる人向け/地獄→ハピエン/2026.05.加筆修正


翌日、フリーナは久しぶりにパレ・メルモニアを訪れた。家を出る前に抑制剤を内服したため、発作に対する不安は一時的に解消されている。昨日既に抑制剤の効果は実証済みだ。ヌヴィレットが突然自宅に訪ねて来て焦ったけれど、薬のおかげで一度も発作を起こさなかった。よってフリーナは、この薬の効能をかなり信頼できるものだと結論付けた。さすがシグウィンだね。彼女は本当に素晴らしい医療従事者だ!
だから大丈夫、今日も普段通り落ち着いて話ができるはずだ、とフリーナは心の中で自分にそう言い聞かせ、小さく頷いた。

パレ・メルモニアに足を踏み入れて早々、すれ違う職員たちから驚きの眼差しを向けられたが、それはおそらく、フリーナがヌヴィレットに失恋をしたという噂が出回り、ゴシップ誌にも取り上げられていたからだろう。確かに、失恋をしたのは事実だ。だが今日は彼の友人として……いや、協力者としてこの場所を訪れている。何も後ろめたいことはないし、恥じる要素だって微塵もない。フリーナは敢えて堂々とした態度で、すれ違う全員に対してにこやかに挨拶をした。

そうしているうちにあっという間にヌヴィレットの執務室へと辿り着き、入室前に静かに扉の前で立ち止まる。念のため昨日交わしたヌヴィレットとの会話内容を思い出し、彼の想い人について今得ている情報を頭の中でもう一度整理した。

昨日ヌヴィレットの好きな人について、いくつか質問をしたが、あまり詳しく聞くことができなかった。ヌヴィレットにしては珍しく抽象的な表現ばかり使うものだから、相手が一体どこの誰であるのか、現時点でフリーナには全く見当が付かない。もしかすると、かつてヌヴィレットに熱烈な愛の告白を繰り返していたフリーナに対して彼は気を遣っているのかもしれないが、早急に彼の好きな人を特定して両想いになることを手助けしたいフリーナにとっては不都合だった。
相手はフォンテーヌに住んでいるとのことだから、おそらくフリーナも知っている人物なのだろう。ヌヴィレットがフォンテーヌに招かれてからずっと、フリーナはヌヴィレットの傍にいたのだ。彼の交友関係はもちろん、彼と職務上関わりのある民ーーー政府機関の職員や貴族の者は階級問わず皆知っている。彼とその相手の出会いがかなり昔ということは、つまりフリーナが水神を演じていた時代の話である可能性が高い。

フリーナは緊張を逃すように小さく息を吐く。質問の仕方を誤れば、たちまち大雨が降り、雷が落ちる。天候が荒れるだけならまだ良いが、昨日のようにヌヴィレットが激しい発作を起こしてしまう可能性もある。だから今日は昨日の反省を生かし、もっと慎重に言葉を選ばなくてはならない。
ーーー相手の寿命と移住の話は禁句。他は……まだまだ情報が少ないから一体どこに地雷があるのか分からない状況だ。だから焦って直接的な内容を聞き出そうとするのではなく、当たり障りのない内容から少しずつ、少しずつ情報を集めていこう。

フリーナは胸に手を当て、深呼吸をしてから執務室の扉を叩いた。そして、毎日ヌヴィレットに愛の告白をしていた当時とは違い、中から「どうぞ」という声が聞こえてから控えめに扉を開けた。

「失礼するよ、ヌヴィレット。ーーーーあれ?旅人とパイモン?」
「ごきげんよう、フリーナ殿。」
「こんにちは、フリーナ。久しぶり。」
「フリーナ!元気だったか?って、おまえしばらく見ないうちにすっごく綺麗になったなぁ!」
「ははっ、ありがとう。2人は全然変わらないね。会えて嬉しいよ。」

フリーナは全く予想していなかった先客の姿に驚く。滅多に会えない友人との久しぶりの再会に少女のような笑みを浮かべ、旅人とパイモンの元へと駆け寄った。
再会を喜ぶ3人が談笑する様子を、ヌヴィレットは穏やかな表情で見守っている。

「キミたちがここに来るなんて珍しいね。何かの依頼かい?」
「うん。今日はヌヴィレット宛の手紙を届けに来たんだ。」
「そうなんだ、冒険者協会の依頼って色んな種類があるんだね。」
「強敵との戦闘からちょっとした雑用まで、色々あるぞ!まっ、オイラたちの手に掛かればどんな依頼もちょちょいのちょいだ!」
「ふふっ、さすがだね。そういえば、今はスネージナヤにいるんだっけ?キミたちがまた異国で大業を成し遂げたことはフォンテーヌでも話題になっているよ!」
「へへっ!オイラたちの活躍はフォンテーヌまで届いているんだな!」
「今はスネージナヤの情勢がだいぶ落ち着いたから、最近はスメールを拠点に活動してるよ。」
「そうなんだ、じゃあ僕たちが今日ここで会えたのはとてもラッキーなことだったんだね!」

フリーナは嬉しそうに話を続ける。共通の友人のことや美味しいスイーツのことなど、旅人に話したいことがたくさんあった。

「そういえばナヴィアがね、旅人にすごーく会いたがっていたよ。キミが戻って来たと知ったら飛んで来るんじゃないかな。それから、この前クロリンデから教えてもらった新ルール版のテトシアがね、とっても面白かったんだ!今度時間がある時にキミたちも一緒にやろう!あっ、そうそう、3ヶ月前に発売したエスコフィエの新作ケーキは絶品だから絶対食べたほうがいいよ。僕のカーネル・デセールはまた腕を上げたんだ!」
「エスコフィエの新作ケーキ!オイラ、絶対絶対食べたいぞ!!なぁ旅人、この後……

パイモンは緩んだ口元から涎を垂らしながら、期待に満ちた瞳をキラキラと輝かせ、旅人を見つめた。しかし、旅人は静かに首を横に振る。

「今すぐみんなに会いに行きたいところだけど、こなさなきゃいけない大事な依頼が山積みなんだ。これからまたすぐにスメールに戻らなくちゃいけないの。パイモン、そろそろ行こう。」
「うぅオイラのケーキ……
「ケーキはまた今度ね。」

「じゃあ、みんなによろしく。またね。」と旅人とパイモンはフリーナとヌヴィレットへ手を振り、執務室を後にした。

こうして急に静かになった執務室で、フリーナはここに来た目的を思い出し、執務机に向かって座っているヌヴィレットと向き合った。友人との会話で解れたはずの緊張が、再びフリーナを襲う。
そこで、先に口を開いたのはヌヴィレットの方だった。

フリーナ殿、良かったらそこに座ってくれ。今、紅茶とケーキを用意しよう。」

ヌヴィレットは立ち上がり、優しい声色でフリーナに声を掛け、来客用のソファーまでエスコートした。紅茶を淹れるため、執務室内に備え付けられているポットを使って湯を沸かす。今回使うのは稲妻の水だ。深みがあるため、フリーナが好む茶葉によく合う。湯を沸かしている間に受付のセドナへ声を掛け、今朝購入しておいたケーキを執務室まで持って来てもらった。それからヌヴィレット自ら紅茶を淹れ、ティーカップと共にそれをフリーナの目の前のテーブルへと置いた。
フリーナは「ありがとう」と小さくお礼を言ってからカップを手に取り、紅茶を一口飲む。それはかつて水神を演じていた頃に、よく執務室へと持ち込んでいたお気に入りの茶葉と同じ銘柄だった。暇さえあれば突然ヌヴィレットの元に押し掛け、休憩と称して半ば強引に彼を巻き込んでお茶会を開いていた日々を思い出す。懐かしくも、どこか優しい味。そしてこの見慣れたケーキはホテル・ドゥボールの限定のものだった。一口分をフォークで丁寧にすくう。それをそっと口へ運ぶと、やはりフリーナが食べ慣れた大好きな味が口の中いっぱいに広がった。とても幸せな気持ちになり、思わず笑みが溢れる。
フリーナがふと視線を上げると、目の前にはヌヴィレットがいた。フリーナが紅茶とケーキを幸せそうに味わっている様子を眺めながら、彼もまた幸せそうに微笑んでいたのだ。
その瞬間、フリーナの心臓が痛みを感じるほどに暴れ出す。頬に熱が集まり、頭が茹るようにクラクラした。フリーナは慌てて俯き、垂れる前髪で顔を隠す。彼のこんな優しい表情、メリュジーヌ相手なら何度も見かけたことがあるが、フリーナに対しては一度も向けられたことがなかったからだ。

ーーーーどうしてそんな顔で僕を見るの。 

ふと、彼が1ヶ月前に言っていた言葉を思い出す。ヌヴィレットはフリーナの告白を断り続けた理由のひとつとして、家族愛に近い感情を抱いているからだと話していた。それならばきっと、彼はフリーナのことをメリュジーヌ同様、娘のように思っているか……或いは妹のように思っているに違いないと、フリーナは思った。だって彼はフリーナよりも500歳以上も歳上なのだ。
そう、頭では分かっている。今、ヌヴィレットには恋をしている相手がいて、フリーナのことは今も昔も恋愛対象外。
……でも。
フリーナは恐る恐る前髪の隙間からもう一度ヌヴィレットの顔をこっそり見た。彼の瞳は朝焼けの空のような綺麗な色。しかし、優しさに満ちたその色に混ざって、どうしてか僅かに熱が籠っているような気がしてならなかった。少し前に彼から拒絶されてしまうほどの大失恋をしたくせに、何と諦めが悪く都合の良い妄想をするのかと、フリーナは自分自身に呆れた。きっとこれは気のせいだ。……だけど、やっぱり。

ーーーー好き。僕はやっぱり、キミのことが大好きだよ、ヌヴィレット。

心の中で、こっそりと965回目の告白をする。今ではもう、ヌヴィレットには絶対にバレてはいけない想いだけれど、心の中でだけなら愛を告げることを許して欲しいと、フリーナは思った。
フリーナの色違いの青の瞳に、じわりと涙が滲む。

フリーナ?どこか、具合が悪いのだろうか。」

紅茶が冷め始め、ケーキを食べる手もぴたりと止まって俯くフリーナを心配したヌヴィレットが、優しく声を掛けた。
フリーナは慌てて顔を上げる。それから、少し大袈裟なくらい笑って見せた。

「っごめん、大丈夫だよ!久しぶりにキミの執務室でこんなに美味しい紅茶とケーキを食べたら、なんだか懐かしくって。幸せだなぁって思ったら、ちょっと泣けてきちゃっただけさ!」
そうか。ならば私の分も食べるといい。遠慮することはない。君に食べられた方が、このケーキも幸せだろう。」
「ふふっ、キミはこのケーキの気持ちが分かるのかい?コホン、それなら喜んでいただくとしよう!ありがとう、ヌヴィレット。」
「いや、久しぶりに君の喜ぶ顔を見ることができて、私も嬉しく思う。」

それからフリーナはヌヴィレットの分のケーキも綺麗に平らげ、時間の許す限りヌヴィレットとたくさん他愛のない話をした。話をするのはフリーナばかりだったが、ヌヴィレットはフリーナの話に耳を傾けながら珍しく楽しそうな笑みを絶やさなかった。そんなひと時はフリーナにとってとても心地よく、何よりも愛おしいものだった。ヌヴィレットもきっと、同じように感じてくれているのだと思うと、今すぐ歌って踊り出したくなるほどに嬉しくなった。
その日、ヌヴィレットは一度も発作を起こすことなく、外の天気は雲ひとつない快晴。今日はなんて素晴らしい日なんだ!とフリーナは束の間の幸せを噛み締めた。そして、たまにはこんな日があっても良いよね、と自分を納得させ、ヌヴィレットの好きな人について聞き出すのはまた明日以降にすることにした。

別れ際、「また明日も僕と会ってくれる?」とフリーナが問いかけると、ヌヴィレットは「ああ、もちろんだ。明日は君の家にお邪魔しても?」と微笑みを浮かべた。フリーナは嬉しくなって、「うん!キミの好きな水を用意して待ってるね!じゃあ、また明日!」と、大きく手を振って執務室を後にした。




フリーナが去った後、ヌヴィレットはひとり緩みきった口角を隠すことも正すこともせず、じんわりと温かくなった胸にそっと手を当てた。今日だけで、何度この心臓が高鳴っただろうか。これはどうやっても叶わぬ恋なので………もしかすると、一生分の幸福を今日、一気に享受してしまったのかもしれない。
そしてヌヴィレットは静かに目を閉じ、心の中でフリーナへの想いを紡いだ。

ーーーーフリーナ、君が笑うだけで私の心はこんなにも幸福に満ち溢れる。君と出会っていなければ、私はこの温かな感情を生涯知ることはなかっただろう。愛している。例え私の命が尽きようと、君だけは絶対に失いたくない。