pinopipi
2025-11-09 16:05:18
57241文字
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交鎖する恋花にレクイエムを①

ヌヴィフリ花吐き病の話①/長編/捏造過多注意/何でも許せる人向け/地獄→ハピエン/2026.05.加筆修正

原海アベラントさえいない真っ暗な深海でひとり、膝を抱える男がいた。
小さな岩の洞窟の中、完全に外界と遮断した空間を自らの権能を用いて生成し、まるで殻に籠るように孤独な余生を過ごす。
その傍には溢れんばかりの花。花、花、花。
むせ返るような甘美な香りに包まれながら、男は虚な瞳でそれらを眺めていた。

その身に纏うは威厳ある豪奢な法衣ではなく、シンプルな薄手の白シャツ1枚と黒のスラックス。二度と陸へは戻らないので、靴は何処かへ脱ぎ捨てた。
水温の低い中、このような薄着をしているというのに、男は寒さを微塵も感じなかった。
男は人ではない。人の形を模しているが、その正体は水龍であるため、人よりも低温に耐えられる。
それともうひとつ。男が今患っている不治の病ーーー叶わぬ恋を拗らせて発症した花吐き病の進行により衰弱し、五感全てが鈍っている状態であるというのも、その理由のひとつであった。
一体どれ程の月日が経過したのか、時の流れすらも曖昧で。
それ故か、男の心は凪いでいた。

そんな中、時折強烈な眠気が男を襲う。
しかし、何度力なく目を閉じようとも眠りには就けなかった。瞼の裏に焼き付いた眩い一等星が、未だにチカチカと鮮烈に瞬き、男の安息をーーー死を阻もうとする。

『待って、ヌヴィレット!僕っ本当は今でもキミのことが好きなんだ!』

げほ、と大きく咳き込み、男はその口から花を吐き出した。
清らかな水を連想するような淡い青の、美しい花。
愛しい、彼女の色だ。
男は、ふ、と口元を歪め、自嘲する。
あの日から幾千回と脳内で再生される、愛しい彼女の優しい嘘。
それに縋るようにしぶとく生き存えている惨めな己を、男は嫌悪した。

ーーーあの後、彼女はどうなったのだろうか。想い人と無事に結ばれ、病は完治しただろうか。

おそらくこの空間が花で満ちる頃、この命は終わりを迎えるだろう。そんな予感がした。寧ろ、そうであって欲しいと、男は願った。

このように、彼女を想いながら吐き出した花に埋もれ、彼女の幸福を願いながら静かに逝けること。それは、何もかも全てを地上に置いて来たこの男にとって、もはや幸福でしかなかった。

尽きる前に少し、彼女との思い出を振り返ってみるのも良いかもしれない。
今となってはあの頃の己が羨ましくてたまらない。だがどれだけ羨んだとて、彼女の愛を取り戻すことなど、もう二度とできやしないのだ。

ーーー彼女と正面から向き合うこともせず逃げ出した愚かな己の罪を、決して忘れてはならない。

男は吐いた花の一輪を、力の入らない手で握りしめる。
そして、岩の隙間から遥か遠くにある水面をぼんやりと見上げた。