pinopipi
2025-11-09 16:05:18
57241文字
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交鎖する恋花にレクイエムを①

ヌヴィフリ花吐き病の話①/長編/捏造過多注意/何でも許せる人向け/地獄→ハピエン/2026.05.加筆修正


翌日の夕方。ヌヴィレットは定時で仕事を切り上げ、約束通りフリーナの自宅を訪ねた。手土産として購入したマカロンが入った箱を片手に、呼び鈴を鳴らす。
すると扉の向こうからフリーナの「はーい、今開けるから待ってね!」という明るい声が聞こえ、その数秒後、すぐに扉が開いた。

「いらっしゃい。待ってたよ、ヌヴィレット!さぁ、入って!」
「ごきげんよう、フリーナ。お邪魔する。」

にこやかに出迎えたフリーナはヌヴィレットをリビングへと案内し、ソファーに座らせた。
ヌヴィレットが手土産のマカロンを差し出すと、「これ、期間限定のしかも数量限定のやつじゃないか!すごい、よく手に入ったね。ありがとう!」と喜んで受け取った。
ヌヴィレットはそんなフリーナを見て目を細める。今日も体調が良さそうだと、安堵した。

「ねぇ、そういえばもう夕飯は済ませたのかい?」
「いや、まだだ。審判が予定より大幅に長引いてしまい、昼食が遅かったのでね。」
「そっかそれは大変だったね。お疲れ様。せっかくだし、夕飯も食べて行くかい?キミは汁気の多いものを好んでいたからそうだな、スープパスタで良ければすぐに作れるよ!」

フリーナからの思いがけぬ提案にヌヴィレットは目を丸くした。

「君が、自ら料理を?」
「うん、そうだよ!って、あれ?どうしてそんなに驚いているの?」
「っ、すまない、少々意外だと感じてしまった。そうか、市井に降りて3年も経てば料理の技術を身に付けていて当然か。」
「そうだよ。確かに初めの頃は茹でたパスタに出来合いのソースを合わせることしか出来なかったけれど……今は美味しいソースを自分で作れるようになったんだ!」

フリーナはそう言って誇らしげに腰に手を当て胸を張る。ヌヴィレットはフリーナの成長に喜びと、ほんの少しの寂しさを感じながらも、穏やかな表情でフリーナを見つめた。

「そうか。では、是非とも君の料理を味わってみたい。」
「うん!じゃあ今から作るからキミは自由に寛いでて。ふふっ、期待して待っているといい!」

フリーナはパタパタと小走りでキッチンへと移動し、ノンビリラッコの刺繍が施された可愛らしいエプロンを身に付けた。保存庫から食材を取り出して水元素で綺麗に洗い、それらを一口大に切る規則正しい音が部屋に響く。そのリズムに合わせるようにフリーナが鼻歌を歌い出し、そんな温かく心地良い空気にヌヴィレットは幸福を感じた。そしてフリーナの歌に静かに耳を傾けながら、彼女の後ろ姿を愛おしげに眺めていた。

ーーー彼女を伴侶とする者は、毎日このような幸福な光景を眺めることができるのだろうな。なんと羨ましいことか。

ヌヴィレットはそんなことを考えながら静かに目を閉じる。昨日に続き、またしても幸福な気持ちを更新してしまった。花吐き病に苦しむ彼女を前にして、果たしてこれが良いことなのか、それとも悪いことなのかは分からない。だが、今だけはこの幸福を噛み締めていたかった。
そう考えに耽りながら、ヌヴィレットはゆっくりと意識を手放した。




*・*・*・*・*・*



……………ト、ヌヴィレット

……誰かが己の名を呼んでいる。とても耳に馴染む、透き通るような美しいソプラノ。温かい手で優しく肩を揺さぶられている。ああ、まだこうしていたいというのにーーーー。

ゆるりと瞼を持ち上げると、目の前にはフリーナがいた。部屋中に食欲をそそる良い香りが広がっている。
……そうだ、私は今、フリーナの家にいるのだった。

「ヌヴィレット、ごはんできたよ。相当疲れていたんだね。キミが居眠りするなんて珍しいじゃないか。大丈夫かい?」
「ああすまない。大丈夫だ。起こしてくれて感謝する。」
まさか発作で夜眠れていないとかじゃないよね?」
「今のところ夜に発作は起きていないので問題ない。」
「そうかい?それなら良いんだけど

確かにヌヴィレットは連日まともな睡眠を取っていなかった。だが、水龍であるヌヴィレットは例え1ヶ月眠らなくても活動には全く支障がないのだ。不意に居眠りをしてしまったのは、この空間があまりにも心地良かったからであり、決してフリーナが心配するような理由ではない。思いの外、深い眠りについてしまった。普段は割と眠りが浅い方だというのに。
フリーナの傍はとても安心できる。長い付き合いだからだろうか。それとも、己が恋を自覚したからだろうか。ゆえに、フリーナの傍の心地良さを正直に伝えるのは他の男に恋するフリーナに対して不適切であるし、少々……照れくさかった。そう、偉大なる龍王も、時に照れることはあるのである。

ヌヴィレットがぼんやりとそんなことを考えている間に、フリーナは一足先に食卓テーブルへと移動し、席に着いていた。ぼーっとしたまま、なかなか動き出さないヌヴィレットを見かねて「冷めないうちに食べよう!」と声を掛け、着席を促す。
そうしてやっとヌヴィレットはフリーナと向かい合う席に座り、目の前に置かれたスープパスタを観察した。それはまるで小洒落た飲食店で提供される料理のように美しく盛り付けられている。色とりどりの具材が贅沢に使われており、汁気も十分。ヌヴィレットは銀のカトラリーを手に取り、綺麗な所作でパスタを口へと運んだ。

「ど、どうかな?」

フリーナは恐る恐る、ヌヴィレットへ尋ねた。先程の自信はどこへ行ったのか、色違いの瞳は少し不安げに揺れている。

…………

しかし、ヌヴィレットはそんなフリーナの顔に視線を移すこともなく、ひたすら目の前のスープパスタを凝視し、無言かつ無表情のままふた口目を口に運んだ。そして、その後も食べ進める手は止まらず………スープの最後の一滴まで綺麗に平らげた。
ヌヴィレットがカトラリーを置き、ようやくフリーナの方を見ると、フリーナは何故かパスタに一口も手を付けることなく俯いていた。

フリーナ?」
……っ、ごめん、その……口に合わなかったかな?無理して食べなくても良かったんだよ?」
「?何故謝る?私は無理などしていないが。何故そのように思ったのだ?」
「だ、だって!キミ、何も言ってくれないし、なんだか怖い顔をしていたから!だ、だから美味しくなかったのかなって……

フリーナは少し泣きそうになりながらそう話した。すると、やっとヌヴィレットは自身の失態に気付き、弁解するべく慌てて口を開いた。

「す、すまない!君の料理があまりにも美味だったので、思わず夢中になってしまった。」
「えぇっ!?む、夢中だったの?!」
「ああ。君は料理の才能もあるのだな。とても私好みの味で、今まで味わったどの料理よりも美味だった。感謝する。」

ヌヴィレットはフリーナの憂いを晴らそうと嘘偽りない率直なレビューで称賛し、柔らかく微笑んだ。

「な、なぁんだよかったぁ……

フリーナはホッと息をつき、安心した表情でヌヴィレットを見る。

「誤解させてしまい、申し訳ない。後日改めて詫びを
「いっ、いいって!キミが僕の料理を気に入ってくれて良かった。また食べに来てくれても良いんだよ。今度は違う料理を振る舞うからさ。」
「!良いのか。では私は、食後のデザートを用意しよう。」
「ふふっ、いいね!そうだ、まだお腹に余裕があるよね?僕がこのパスタを食べ終わったら、キミが持って来てくれたマカロンでお茶にしないかい?」
「ああ、喜んで。」

フリーナは自分の分のスープパスタを食べ始める。ヌヴィレットと談笑しながら綺麗にそれを平らげた後、食器とカトラリーを下げ、マカロンと紅茶、そしてヌヴィレットのために準備しておいたドラゴンスパインの水を用意する。マカロンを箱から出してお気に入りのお皿に美しく並べ、甘味と相性の良い紅茶を揃いのティーカップに淹れた。ヌヴィレットの水を、彼が愛用しているグラスに注ぐ。それらを食卓テーブルへ運ぶのをヌヴィレットも手伝い、再び席に着いて2人だけのお茶会を始めた。フリーナは薄紫色の可愛らしいマカロンをひとつ手に取り、流れるような上品な所作でひと口食べた。

「ん〜〜〜!最高だ!こんなに美味しいマカロン、期間限定でしか食べられないなんてもったいないよ!」
「そうか。君がそこまで称賛するとは珍しいな。口に合ったようで何よりだ。」

さっそく1個目を完食し、2個目のマカロンに手を伸ばすフリーナを満足そうに眺めながら、ヌヴィレットはドラゴンスパインの水を味わった。

「ねぇ、キミって実は甘いものが好きだったりする?」
「いや、自ら進んで食べることはあまりないな。親しい者に勧められたら少し口にするくらいだ。」
「ふぅん、そっかぁ。昨日ドゥボールの限定ケーキがすぐに出て来たから、もしかしてキミが?って思ったんだけど。それにこの期間限定のマカロンも、有名なお店のものではないから余程のスイーツ好きじゃないと知らないだろうし。」
「あぁそれは……その。昨日のケーキは君が喜ぶかと思い、購入しておいたのだ。このマカロンはメリュジーヌ達から情報を得て、君が好みそうだと思い
っ?!」

衝撃発言。フリーナはヌヴィレットが発した言葉の意味を理解するのに少し時間を要した。

ーーー昨日のケーキは最初から僕のために用意されていた?昨日はアポイントも取っていなかったのに?それにこのマカロンも、わざわざメリュジーヌ達に相談したのか?どっちも朝一で並ばないと買えないほど入手困難なものなのに、あの、ヌヴィレットが僕のためにっ?!

理解した途端、フリーナの顔が瞬く間に真っ赤に染まっていった。意味を成さない小さな呻き声を上げながら、顔を両手で覆い隠した。
ヌヴィレットは突然様子がおかしくなったフリーナを見て、まさか具合が悪くなったのか、と慌てて席を立った。フリーナの横へすぐさま移動し、膝をついて顔を覗き込もうとする。
しかし、フリーナは少し震えた弱々しい声で「お、お願い大丈夫だから、あんまり見ないで」と言い、ヌヴィレットの視線からなんとか逃れようとテーブルに突っ伏した。

それから5分後。ようやく話ができるくらいに落ち着いたフリーナは顔を上げたが、それでもまだヌヴィレットと目を合わせることはできなかった。まだ頬には赤みが残っており、瞳はまるで初露の源のように潤んでいる。
ヌヴィレットはそんなフリーナを目の前にして、思わずゴクリ、と喉を鳴らした。

……まずい。このような表情は、私などが見て良いものではない

どこか艶やかな表情のフリーナに、ヌヴィレットの心臓がドクンと大きく跳ねる。理性が、警鐘を鳴らした。

「っ、フリーナ、すまない。そろそろ戻らねば。」
「っえ?あ、ああ、もうこんな時間かぁ!ごめんね、遅くまで付き合ってもらっちゃって。」
「いや、こちらこそ長居してすまなかった。今日はご馳走になった。では失礼する。」

ヌヴィレットは襟を正して身なりを整え、急ぎ足でフリーナの家を出た。
フリーナは手を振りヌヴィレットの背中を見送った後、家の中に入ってからーーーハッとした。
ヌヴィレットと過ごす時間があまりにも心地良くて、一番大事なことを忘れていた。

「僕ってば何をやっているんだ!?今日も何も聞けなかったじゃないか!早くヌヴィレットの好きな人の情報を聞き出して、彼を完治させたいのに!ああこのままじゃダメだ!明日こそ、ちゃんとしないと!」

頭を抱え、しゃがみ込む。明日に備えて早く気持ちを切り替えなくてはいけない。
しかし、先程の彼の衝撃発言と、料理の感想、そして安心しきったような穏やかな寝顔が、どうしても頭から離れなかった。

……ヌヴィレットは、好きな人の前ではどんな表情をするのかな?」

きっと、先程の彼のどの表情よりも柔らかで、甘やかなものなのだろう。
そう想像した瞬間、つきん、と胸に鋭い痛みを感じた。
だが、同時に思う。ヌヴィレットに対して失恋した身だというのに、最近の彼はまるでフリーナが彼の特別なのではないかと錯覚するほど、優しくしてくれている。
もしかすると、それは病に命を脅かされているフリーナへの同情なのかもしれないが、………それでも。

ーーーすごく、幸せな時間だったな

フリーナはもう一度、心の中でヌヴィレットの言葉をなぞる。自分だけに向けられた彼の柔らかな笑みを思い出しながら、少しだけ泣いた。
涙で濡れた頬が夜風に晒されてもなお、熱を持ち続けるそれは一晩中冷めそうになかった。