柚子子
2024-09-22 21:07:26
118496文字
Public ベリーベリー
 
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微原作沿 爆豪長編(2)

サイトに掲載している長編の第二章です。

 思いがけないエンカウントに絶句する私を、爆豪くんはむっつりした顔で上から下まで眺め倒した。じろじろと遠慮なく観察され、私はやや怯む。
「根暗、てめえ人んちの前でうろうろしやがって、根暗な上に不審者か? いい加減捕まれ、禁固刑を課されろ」
「開幕めちゃくちゃ暴言弾幕……
 爆豪くんは絶好調だった。軟禁状態でたまったフラストレーションが、暴言になってものすごい勢いで出力されでもしているのだろうか。つい最近、暴言を理由に彼女にブチ切れられた人間とは思えない凄まじさだ。反省が一切見られない……
「爆豪くんは、なぜここに……
「あァ? 俺が俺んちの前にいんのに理由がなくちゃいけねえか?」
「そうじゃなくて……。しばらく家から出ちゃいけないんじゃないの?」
「知るか、んなこと」
 平然と言ってのける爆豪くんに、ほっとするやら呆れるやら、どんな顔をしたらいいのか分からなくなった。敵に襲撃を受け拉致されるという、結構な事件に巻き込まれているのだから、爆豪くんに課された自宅軟禁はきっと、それなりの重さを持った指示のはず。しかし爆豪くんは、そんなもの気にも留めていないようだった。
 私と同じく「ちょっとそこまで」のラフな格好でそこに立っている爆豪くんは、これまた私と同じくコンビニ帰りのようだった。つい最近、敵連合に拉致されていた人間とは思えない危機意識の薄さ。見ているこちらが不安になる。
 しかも、爆豪くんは私が彼の家の前でうだうだうろうろしていたところを、ばっちり目撃していたらしい。見ていたのなら、もっと早く声を掛けてほしかった。それができないならせめて、見なかったことにしてほしかった。
 見られていたという気まずさから、なんとなく視線を下に落とす。その途端、爆豪くんが舌打ちする音が耳に届いた。悪いことをしているわけではないのに、私のほうがなぜか怒られた子供のようになっている。
「で、てめえは何しに来たんだよ。こんなとこ別に用もねえだろ」
 俯いたままでもなお、爆豪くんが私に視線を定めたのがわかった。彼の言うとおり、このあたりは住宅街なので、普段であれば足を運ぶこともない。
「えっと、だから、つまりさ」
……んだよ」
「ば、爆豪くん、生きてるかな、って……
「んだてめゴルァ嫌味か!?!?」
 言った瞬間、ものすごい剣幕で怒鳴られた。めちゃくちゃな勢いで詰め寄られ、思わず数歩あとずさる。そんないきなり怒らんでも、こっちは聞かれたことに答えただけなのに。
「いや、そんな怒ることある? 普通に心配してただけなんだけど……。ね、ほら、シュークリームも持ってきてるし」
「いらんわ!」
「いらないの……?」
 挙句の果てには、手土産で持参したシュークリームまでいらないと言われる始末。私はいよいよ途方に暮れた。
 爆豪くんがアイスを食べ終え、歩き始める。私の横を通り過ぎ、ガチャガチャと乱暴な手つきで玄関の扉を開けた。その姿を、私は言葉もなく眺める。
 やっぱ、来ないほうがよかったのかな。心のなかが、ふいに翳る。
 どう見ても歓迎はされていない。というより、いっそ怒らせてすらいる。
 そりゃあそうか。爆豪くんのことだから、会いたければ自分から会いに来る。自宅軟禁で外出できないのであれば、私を呼びつけるくらいのことはしたはずだ。
 その連絡がなかった時点で、爆豪くんは私に会いたくなんかなかったのだろう。結局また、いつもと同じ。私だけ爆豪くんを気にしていて、爆豪くんは私のことなど気にも留めていない。
 やっぱり出直そう。話し合うにしても何にしても、さすがに今のこのメンタルで爆豪くんと向き合うのはつらいものがある。
 と、玄関扉を開いた爆豪くんが、扉に手をかけたまま、私のほうを向いて言う。
「てめえも、んなクソ暑いとこいつまでも突っ立ってんじゃねえ」
「あ、はい。そうですか。じゃあ私は帰らせていただいて、」
「あ゙!? てめえ勝手に帰んなクソボケが! さっさ上がれや、エアコンの空気逃げるだろうが!」
「エッ、いやお邪魔するのはちょっと……あらゆる準備が」
 私の言葉に、爆豪くんが眉間に皺を寄せた。つかの間の沈黙ののち、
……ババアもクソ親父も今はいねえよ」
 爆豪くんはそれだけ言うと、玄関の扉を全開にして家の中に入っていった。わざわざ全開にしてくれたおかげで、扉は爆豪くんが手を離したあとも、私を迎え入れるかのように開いたままだ。
 これは、爆豪くんなりのご招待、なのだろうか。
 困惑しながらも、これまで爆豪くんと付き合ってきたことで育った勘のようなものが、今どうすべきかを伝えてくる。
 このお招きを断るべきではない。たぶんここは、重要な局面だ。
……じゃあ、その。お邪魔します」
 開いた扉を前にして、私に選択肢など存在しなかった。
 遠慮がちに足を進め、爆豪くんの家の三和土に靴を脱ぎそろえる。きょろきょろしながら家に上がると、先に家の中に入っていた爆豪くんが、キッチンから麦茶の入ったコップを持ってでてきた。意外にも、両手にひとつずつコップを持っている。私にもお茶を出してやろうという、おもてなしの心が爆豪くんにもあったのか……
「上」
 短く言い捨て、爆豪くんは階段をのぼりはじめた。その後に続いて、私も二階に上がる。
 いくつかある部屋のうち、通されたのは当然ながら爆豪くんの部屋だった。思っていたより、ずっと片付いている。完全にアポ無しの来客にも対応できるくらい、普段からきちんと部屋を片付けているのだろう。爆豪くんって、本当に性格以外はよくできた人間なのだ。改めて再認識する。
 絨毯の上に並んで座った。麦茶と一緒に爆豪くんが持ってきたお皿が、ローテーブルの上に置かれる。持参したシュークリームをそこに載せ、私もひとついただくことにした。
 やっぱりスーパーのシュークリームと違って、高いシュークリームはシューもクリームも甘さが上品だな。我ながらいいお土産のチョイスだ。
 お茶と甘いもので、つかのま和む。と、爆豪くんがこちらを見ていることに気がついた。
 ここに来た用件を言うよう促されている。
 まあ、それはそうだろう。和んでいる場合ではない。
 ローテーブルにコップを置き、私は息を吐き出した。私を睨んだきり、爆豪くんは何も言わない。
「えーと、何から話したものか……。なんか、あれだね。爆豪くん、ここのところいろいろ大変だったみたいで、その……ちょっと心配した」
「別に。大したことねえわ」
……でも本当に無事でよかった。爆豪くんが拉致されてるあいだ、テレビとかずっとあの事件で持ちきりだったからさ、爆豪くん死んで……は、いないと思ったけど、ボコボコにされて原型とどめてないくらいけちょんけちょんにされてるんじゃないかなーとか、思ってて」
「てめえナメとんのか!?」
「だっていくら強いっていっても、爆豪くん高校生だし、本当ボッコボコのズタボロにされてたらどうしよって」
「んなことなるわけねえだろうが!」
「それでも。爆豪くんが強いことは知ってるけど、それでもだよ」
 ふいに爆豪くんが怒鳴るのをやめた。何か考え込むように、私をじっと見てから視線をそらす。しばしのあいだ、沈黙が流れた。気まずさよりはむしろ、重苦しさのほうが勝っている。
 意味もなく、自分の指先を見つめる。何も塗っていない、裸のままのつめの先。最後に色をのせていたのは、爆豪くんとのデートの日だった。
 デートして、喧嘩した、あの日。
「私、謝らないからね」
 視線を手元にやったまま私は静かに声を発した。ゆっくりと視線を上げる。いぶかしげな表情でこちらを向いた爆豪くんと視線がぶつかる。
 爆豪くんは、「は?」と返事なのかよく分からない返事をした。
「この間の……一緒に買い物に行った日のこと。爆豪くんに嫌なこと言われた日のこと」
……
「あの日のこと、私は絶対に謝らない。間違ったこと言ってないと思うし、人の外見をあげつらって悪口言う人間は、ゴミクズ最底辺野郎だって思ってる」
「てめえ……
 爆豪くんは今にも両手に着火しそうな勢いで、どすの利いた声を発する。当たり前だ。こっちはわざと爆豪くんが怒りそうな言葉を選んでいる。
 この件にかんして、私は自分に非があるとは一切思っていない。そのうえで、このくらい乱暴な言葉を選ばないと、私が怒っていることが爆豪くんには伝わらないんじゃないかとも思っていた。
 爆豪くんが私を睨みつけている。彼の視線がちくちくと刃物のように、私の肌に刺さっている。
 私の視線はそらさない。そらしたら、きっと負ける。
「間違ったことは言ってないし、謝る気もない。これについて私が妥協することは絶対にないよ。でも、爆豪くんが攫われたって知ったとき、それは本当に怖かった。喧嘩別れみたいになるのは嫌だなって思ったし、爆豪くんに何かあったらって思ったら、……考えるだけで、心臓が止まっちゃうかと思った」
……
「いくら爆豪くんの人間性に問題があっても、もう会えなくなるのは嫌だよ」
……
……
「って、おい! てめえおいゴルァ! 俺ァ人間性に問題なんかねえわ!」
「あるよ。結構おおいにあるよ。省みて」
 シリアスな空気をぶち壊す爆豪くんに、私もついついいつもの調子で返してしまった。それでも、言いたいことは伝わったのだろう。ぶすっとした爆豪くんの顔を見て、私は理解した。
 爆豪くんの人間性について、不満に思う点はもちろん多々ある。多々ありまくる。多々多々ありすぎる。
 それでも、爆豪くんが危険な目に遭ったと聞いて、居ても立ってもいられないほど心配になったし、帰ってきてくれたと聞いて心の底から安心した。
 爆豪くんと会えなくなるなんて、私にはたぶん堪えられない。人間性に問題があっても、許せないところがあったとしても、私は爆豪くんのことが好きだから。
 たとえ持ち寄る愛情の量が見合わない、ほとんど私からの一方的な関係だったとしても。
「私からは謝らない。絶対に謝らないし、許してもいないし、今のところ許す気もないけど。でも、帰ってきてくれてよかった。……おかえり、爆豪くん」
 声に出して言ってから、すとんと何かが腑に落ちた。
 今日ここで爆豪くんに会うまでは、何を言えばいいのか分からないと思っていた。言いたいことはいろいろあっても、言うべき言葉も、掛けるべき言葉も、何を選べばいいのか分からなかった。
 けれどきっと、私はただ、おかえりと言いたかったのだ。謝るとか謝らないとか、許すとか許さないとか、そういうこととは別に、生きて帰ってくれたことに、ちゃんと、おかえりと言いたかった。
 おかえりと言える関係でありたかった。
 爆豪くんはまた、しばらくのあいだ黙り込んでいた。けれどやがて、
……帰ってくるに決まってんだろうが。根暗女」
 ぼそぼそと、どこかばつが悪そうに言葉を返してくれた。
 なんだかそれで、全部許せるような気がした。ごめん、とはっきり謝られたわけではない。けれどたしかに今、爆豪くんはひとつ、私のために折れてくれたのだ。そう思った。
「うん、おかえり」
「何回も言わんでも聞こえてんだよ」
「うん。そうだね。あと、ブスとかデブとかそういうの、思っても絶対口にしないでほしい。私の前だけでもいいから」
……んなことてめえに思うわけねえだろうが、アホ」
 その刹那、ふいに爆豪くんが腰をあげた。油断しきっていた私のからだが反応するより先に、爆豪くんは私のほうへと腕を伸ばす。
 爆豪くんの腕が私のからだをつかまえて、そのままぐいと抱き寄せた。つんのめるようにして、正座の体勢のまま前のめりになる。倒れこんだ先には、爆豪くんのからだがあった。
 抱きしめられているのだ、爆豪くんに。
 そのことに気付いた瞬間、身体がこわばった。けれど爆豪くんの腕はゆるまない。数秒のあいだ、身体を固くしたまま様子をうかがった。それから少しずつ、ぎこちなく身体をあずけてみる。爆豪くんの腕が私をぎゅうと締め付けた。
……あの、爆豪くん、あの」
 一体どうしてこんなことに。混乱のまま口を開くと、
「俺だって死んでも謝らねえ」
「え? え、いや、はあ……そうですか」
 爆豪くんが返した言葉に、思わず間の抜けた返事をしてしまった。私のことを抱きしめておきながら、言うに事欠いて開き直るのか。そう思わないでもなかったけれど、さすがにこのシチュエーションで、そんな無粋なことをいうのはやめた。
「謝りはしねえ。けど、思ってもねえこと言ったのは認める」
……うん」
「謝んねえけどな」
 ふと視線を逸らせば、窓の外は色濃い藍色に染まりはじめている。爆豪くんの体温は私よりあたたかく、心地いい。そっと息を吸い込めば、甘くない、男の子のにおいがした。
 人間性は最悪だけれど、それでもこのあたたかい温度の男の子は、今私を抱きしめている。こうして抱きしめられていると、憤っていたはずの気持ちすら、あたたかく溶けだしていくような気がした。
「まあ、いいか……私が大人になって、今回のことは水に流してあげるよ」
……チッ」
「いや、舌打ちする場面じゃないよ」
 爆豪くんはぶれない。苦笑交じりに言うと、もう一度舌打ちで返事をされた。
「うるせえわ。つーか言わせてもらや、俺もてめえにはいらつかされてんだよ」
「え、なんで。私なんにもしてないよね」
「しとっただろうが」
 意味が分からず、抱きしめられたまま首を傾げる。
「待って、本当に心当たりがない。いらつかせるって、なんの話」
「化粧」
「え!? 爆豪くんちゃんと気付いてたんだ!?」
 驚いて爆豪くんを見ると、爆豪くんは不機嫌そうな顔をして、大きく一度鼻を鳴らした。
「てめえの口やら顔がいつもより赤けりゃ、ふつうに気付く。凡人のカス観察眼とは違ェんだよ」
「そ、そうなんだ……
「けど、それでほかの男引っかけてたら世話ねえわ。んな怠ィことになるくらいなら、いつもどおりでいい」
「う、」
「そもそもあんなもん、どうせ俺に見せてえだけだろうが。だったら別に必要ねえっつってんだ。どんだけ地味でも俺ァ気付く。そのうえで、いっぺん見たら十分」
 抱きしめたまま傲然と言い放つ爆豪くんに、私は返事をすることすらできなくなった。
 もしかしたらこれは、爆豪くん史上最大に甘い言葉なのでは? ちょっと言語感覚がひどいせいで、いまひとつ甘さは感じられないけれど、「ほかの男に絡まれるくらいなら素顔でいい、俺はおまえの素顔もそれなりに気に入っています」くらいの意味の発言ではありそうだ。
「爆豪くんって、私の顔とか見てたんだ……
「ハッ、地味顔は見飽きて胸やけすることもねえからな」
「えへ、えへへへへ」
「笑ってんじゃねえ、ぶっ飛ばすぞ」