予定通り食事をして、それから少しだけどうでもいい話をしてから店を出た。爆豪くんは私を駅に送り届けてから雄英に帰るという。方角的に遠回りにならないので、心苦しいこともない。
「そういや差し入れ、おまえが選んだ菓子入れてあったろ」
駅に向かう道すがら、爆豪くんがふいに聞いてきた。
「あれ、分かった?」
「うちじゃ出ねえ菓子入っとったからな。ババアのセンスじゃねえ」
「爆豪くんのおうちってあんまり甘いもの出ないんだね」
「俺とババアが辛党」
「じゃあ甘いの迷惑だった? 光己さんがしょっぱめ選んでたから、私は甘いのにしたんだけど」
「別に。食わねえってほどのこだわりもねえ」
「好みじゃなかったら切島くんたちと分けてね」
「誰が分けるか。俺のモンは俺が食うわ」
駅までの大通りにも、人影はまばらだ。九月に入ってもまだまだ蒸し暑く、うなじにうっすらと汗がにじむ。
こうして並んで歩くとき、爆豪くんは少しだけゆっくり歩いてくれる。最初は私の歩幅に合わせているのかとも思ったけれど、そうではないのだと最近気が付いた。帰りの時間が近づいているときだけ、歩調が少しゆっくりになるのだ。爆豪くん本人には言わないけれど、爆豪くんのそういうところが好きだなと思う。
「来週も会えるかな? 爆豪くんは来週も補講だよね?」
「同じ時間ならいけんだろ」
そうはいっても、あまり頻繁に外出していては全寮制の意味がない。そのあたりは爆豪くんが考えてくれるだろうし、無理な時は無理といってくれるとも思うけれど、私のほうでも少しは考えた方がいいのかもしれない。
「爆豪くんが講習で疲れてたら無理せずで」
「誰にモノ言っとんだてめえ、この後三徹でも余裕だわ」
「それは寝た方がいいし、いけてもやめた方がいいね」
「てめえが俺の限界を決めてんじゃねえ!」
「そういう怒りなんだ」
と、いつものように爆豪くんに怒鳴られていると、
「爆豪?」
不意に背後から明るい女子の声が響いた。声につられて振り返れば、ピンク色でポップな見た目のギャルっぽい子と、ボブヘアーの可愛らしい子が、目をキラキラさせて立っている。
「やっぱり、通りに響き渡るこの怒声は爆豪だと思った! ていうか、えっ、もしかして隣の子、爆豪のカノジョだ!?」
「チッ」
とっさに隣の爆豪くんを見上げると、彼は面倒くせえのに見つかったと言わんばかりに、盛大な舌打ちを打った。それ以上の説明はない。
私は爆豪くんと女の子たちを交互に見た。私には見覚えがないし、同じ中学ではない。爆豪くんの、雄英での同級生だろうか。よく見ると、ひとりは雄英の制服を着ている。
「もしかしなくても爆豪デートじゃん!」
「でけえ声出してんじゃねえ」
「ちなみにアタシはコンビニに買い物でー、ちょうどインターン帰りだった麗日も買うものあるっていうから、一緒に出てきた!」
「クソほどどうでもいい」
ギャルの子の言葉に、すげない返事をする爆豪くん。相手が可愛い女の子でも、対応にブレはないらしい。ギャルの子のほうもまた、爆豪くんのそっけない対応に気分を害した様子はない。あっけらかんと笑っている。
なんか、すごいな……。
対クラスメイトの爆豪くんを、久しぶりに見た気がする。そうそうこれこれ、という気もするし、こんな感じだったっけ? とも思う。なんだか不思議な感覚だ。
私はなんとなく身の置き場がない思いで、爆豪くんたちの応酬を見守っていた。爆豪くんから、彼女たちを紹介してくれそうな気配はまるでない。さてどうしたものか。まあ、このまま空気に徹していればいいか。
と、視線を動かしたはずみで、制服ボブカットのほうの子と視線があってしまった。その子は私と目が合うなり、
「爆豪くんの彼女って、本当に実在しとったんやねぇ……」
なぜか妙にしみじみとした調子で、うなずきながらそう言った。
「てっきり、デクくんが爆豪くんに脅されて、うそ言わされてるのかと思ってたよ」
「てめえ丸顔、俺をなんだと思っとんだ!?」
ギャルの子のほうにかかりきりになっていた爆豪くんが、ボブの子と私の会話に気付いて割り込んでくる。
「それはまあ、爆豪くんだから」
「爆豪だもんねぇ」
「てめえらまとめて爆破したる……!」
ぶるぶると怒りに打ち震える爆豪くん。そんな爆豪くんを前にしても、女子ふたりは平然と笑っている。私はといえば、
「すごい、爆豪くんがヒーロー科でどういう振る舞いをしていて、どういう評価を受けてるのか、この十秒足らずで完全に理解できてしまった……」
「すんな!」
爆豪くんには悪いけれど、完全に理解した。というか爆豪くんって、結構いじられるほうの人なんだ……。爆豪くんをいじれるくらいの猛者でなければ、倍率三百倍の雄英高校ヒーロー科には入学できないのかもしれない。すごい世界だな、雄英高校ヒーロー科。
それにしても、改めて俯瞰で見てみると、女子たちに絡まれている爆豪くんというのは、なかなか結構、新鮮だ。中学時代、爆豪くんのまわりにいたのは男子ばかりだったし、こうして気安く友人関係になっていた女子も、私の知る限りいなかったはず。
そもそも男女を問わず、爆豪くんをからかったりする人間というのが、中学にはひとりもいなかった。切島くんや上鳴くんと会った時にも思ったことだけれど、さすがに雄英ともなると爆豪くんとも対等に友人関係を結ぶことができる人がざらにいるらしい。
なんか……あれだな。
こういう爆豪くんって、見慣れないかもな。
往来で女子たちに怒鳴る爆豪くんを見ながら、なんだか妙に、胸の奥がちくちくした。
それから数日後のこと。委員会の活動があって、その日は普段よりも遅い時間に学校を出た。
爆豪くんと一緒に下校していた一学期は図書室が閉まるぎりぎりまでねばっていたけれど、二学期に入ってからは特に用がなければさっさと帰ることにしている。ここまで遅い時間になるのは一学期ぶりだ。
カリキュラムが厳しい雄英は、夢咲女子よりも授業の終了時刻が遅い。ちょうど今くらいの時刻が雄英の授業が終わるころだ。
けれど、一学期にはたくさん見かけた駅前を歩く雄英生の姿は、今はずいぶん減っている。外出届さえ出せば日用品の買い物や買い食いくらいできるらしいし、まったく缶詰め状態というわけではないそうだけれど、それでもということだ。
そういえば、私も赤ペンが切れてたっけ。足を動かしているうち、ふと思い出した。
ちょうど駅近くの書店が近い。そこの書店は雄英・夢咲女子の学生御用達なので、文具の品揃えも充実している。せっかくなので、帰る前に立ち寄ることにした。
文具売り場を物色し、目的の赤ペンと、それからちょうど無くなりかけていたルーズリーフを手にとった。ほかに特に買うものもなく、そのままレジに向かう。
何を隠そうデート代がそこそこかさんでいるので、最近の私は節制モードだ。
バイトとか、した方がいいのかな。お嬢様ばかりのうちの学校で、はたしてバイトが許されているのかは不明だし、バイトしている知り合いもひとりもいないけれど。
そんなことを考えつつレジに並ぶ。
と、ちょうど私の前に並んでいた制服姿の雄英の女子ふたりが、くるりとこちらに振り向いた。
その顔に、私は思わず「あっ」と声を上げた。このあいだ爆豪くんとデートした帰りに鉢合わせた、爆豪くんの同級生の女の子たちだ。
「あっ爆豪のカノジョの!」
女の子たちも私のことを覚えていたようで、キャアッと声を上げる。たちまち赤ペンとルーズリーフを持ったままの私の手をとられた。
「あ、こんにちは。えーと……」
「そうだった、自己紹介してなかったよね。芦戸三奈! こっちは麗日!」
麗日さんと紹介されたボブカットの子が「こんにちはー」と素敵な笑顔を浮かべる。つられて私も笑顔になってしまった。
「芦戸さんと、麗日さん。えーと、このあいだはちゃんと挨拶もできなくてごめんね、苗字といいます。苗字名前」
「爆豪くんの彼女なのに丁寧だ……!」
レジで精算をしてもらいながら、きゃいきゃいとテンションの高いふたりと、いくらか言葉を交わす。
芦戸さんと麗日さんも、私と同様、授業後に買い物に来たらしい。学内にも購買部はあるものの、やはり品揃えには限界があるので、こうしてたびたび麓まで出てきて買い物をしているとのこと。
「名前ちゃんって夢咲女子なんだよね? 上鳴たちに聞いた! ていうか上鳴たちとは知り合いだったんだ」
「うん、前に少しだけ」
「あのあと爆豪にも彼女の話してよーって頼んだんだけど、全然話してくんなくってさー」
「ていうか夢咲女子って夏服ワンピースなんだね。いいなー、可愛い!」
「雄英の制服も可愛いよね、頭良さそうだし。爆豪くんはめちゃくちゃ着崩しちゃってるけど」
「あれねー、あんなんしてるの爆豪くんだけだよ」
「やっぱりそうなんだ……」
レジでの精算を終え、話をしながら一緒に店を出る。ここからだと、駅と雄英は反対方向だ。それじゃあまた、と手を振りかけたとき、芦戸さんが「ねえねえっ」とにこにこ笑いながら私の手を握った。
「今時間ある? よかったらちょっと話さない?」
「えっ、いや、」
「じつは外出届に書いた帰寮時刻まで、まだ少し余裕あるんだ」
「ねっねっ、名前ちゃんも爆豪の友達と仲良くなっておくと色々便利かもよ? 情報のリークとかするよ!」
「爆豪くんには友達だと思われてはいないだろうけどね」
麗日さんが苦笑しながら付け加えた。手を握られたまま、私はうぐぐと言葉につまる。
たしかに、芦戸さんの言うことにも一理ある。毎日連絡をとっているとはいえ、私は爆豪くん本人からもたらされる情報でしか、爆豪くんの近況を知ることができない。爆豪くんの話を聞いていて、客観性を欠いていると思ったことは、じつは一度や二度ではない。
それに、少し前の林間合宿のこともある。光己さんや緑谷くんの連絡先は知っているものの、いざというときの情報元は少しでも多いほうがいい。クラスメイトでもない、家族でもない私の立場は、有事の際にはかなり爆豪くんから遠いところにある。
なにより、興味があった。私の知らない雄英での爆豪くんがどんなふうなのか。ただのお山の大将ではなくなった爆豪くんは、一体どんなふうなのだろう。
私の返事を心待ちにしている芦戸さんと麗日さんに向けて、私はこくりとひとつ頷く。
「やったー! コイバナだー!」
「あかん、なんかドキドキしてきた……」
「そんなに話せることあるかわかんないけど……」
倍率三百倍を突破した女子高生でも、やはり恋愛の話にはテンションが上がるんだな。
妙に感心した気分になりながら、私たちはすぐ近くのファストフード店に入った。
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