柚子子
2024-09-22 21:07:26
118496文字
Public ベリーベリー
 
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微原作沿 爆豪長編(2)

サイトに掲載している長編の第二章です。

 土曜日。昼前に駅で待ち合わせした私と爆豪くんは、揃って電車に揺られていた。向かう先は木椰区のショッピングモール、このあたりでは一番の商業施設だ。
 もう少し小規模なモールならば、うちの近所にも一応あることにはある。たいていの買い物はそこで用が足りるので、普段であればわざわざ遠出する必要はない。
 けれど今日の買い物の目的は、爆豪くんの林間合宿に向けた物資調達。実際にものを選び、購入するのは爆豪くんなので、爆豪くんが木椰まで出ると言ったら私は黙ってついていく。それが今日の私の任務だった。
 雄英では来週の月曜から一週間、一年生を対象にした林間合宿があるらしい。名称からしてなんだか楽しい雰囲気の行事だけれど、そこは雄英高校ヒーロー科。きっとただ楽しいだけのお泊り合宿というわけではないのだろう。爆豪くんに見せてもらった用意する物品一覧には、それなりにきちんとした装備を用意するよう付記されていた。そのあたりからも、合宿の内情というか、事情のようなものがうかがえる。
「林間合宿って一週間も続くんだっけ。大変だね」
「大したことねえわ」
 電車から降り、モールに向かう道すがらそんな話をする。普通科の私には想像もできないけれど、ヒーロー科の合宿なのだからきっと、何かしら壮絶な特訓をするのだろう。雄英高校の学内でもできないような特訓。いったいどんなものだろうか。ヒーローには興味がなくても、合宿の内容には少しだけ興味がある。
「買い物って、具体的には何買うの?」
「服」
 意外にも、ふつうの答えが返ってきた。
「合宿中って、指定のジャージで過ごすものなんじゃないの?」
「一週間あったら寝巻き代わりのシャツもそこそこいんだろ」
「ああ、そうか。途中で洗濯できないの痛いね」
 言われていればそのとおりだ。夏場なので、着替えの用意も多めに持っていく必要がある。
「最低限は洗濯機借りられるらしいけどな、基本は水洗いっつってたか。クソすぎる」
「うわー……この暑いのにねえ」
 すでに燦燦と降り注ぐ日の光に、私は目を細めた。林間合宿というからには山の中にでも行くのかもしれないけれど、そうはいっても真夏なのだから、暑いものは暑い。
「俺ァ暑いぶんには文句ねえけどな」
 手のひらをぐっぱと握って開き、爆豪くんが言う。なるほどねぇ、と私は相槌を打つ。
 相変わらず罵詈雑言を浴びせられる日々ではあるけれど、さすがに恋人になって二か月も経てば、円滑な意思疎通が可能なことも増えてきた。ほぼ確実に語尾についていた暴言がなくなっただけでも、爆豪くんの暴言癖はかなり改善されたといえる。
 爆豪くんは爆豪くんなりに歩み寄りの姿勢を見せてくれている。たとえそれが「暴言が減る」という、マイナスからややゼロに近いマイナスに近づいただけのレベルでも、前進は前進だ。
 視線を感じて顔を爆豪くんに向けると、いったいいつからか、爆豪くんが私の顔を凝視していた。
「エッ、なに? 何かあった?」
「は?」
「いや、今爆豪くんこっち見てたから」
「は!? ふざけんなてめえの方なんざ見てねえわ!」
「あ、そうですか……
 瞬間湯沸かし器みたいな爆豪くんは、何が気に入らないのか肩を怒らせ、どかどかと大股で歩いて行ってしまった。仕方なく、私もその後を追う。暑いので走って追いかけるまではしないけれど、爆豪くんのことだから少し行ったところで待っていてくれるだろう。「遅ェ!」などと言いつつも、待ってはくれるのだ、爆豪くんは。
 それにしても、先ほどの視線はなんだったのだろうか。てっきり、普段と雰囲気が少し違うことに気が付いてくれたのかも、と期待したのだけれど、どうやら私の勘違いだったらしい。我知らず、嘆息する。
 先日買ったリップは、出掛ける前に忘れずちゃんとつけてきた。化粧直しをすることもあるかと、ポーチの中にも忍ばせてある。リップだけでは浮いてしまうかとも思い、せっかくなのでふだんほとんどしないメイクも軽くしてきた。
 平日は朝からメイクしている時間なんてないし、私の中学時代を知っている爆豪くんを相手に、今更着飾ったところでとも思う。友達と遊びに行くときならともかく、休日に爆豪くんと会うことがあっても、これまではわざわざメイクしたりしなかった。
 今日だって、そこまで濃いメイクをしているわけではない。爆豪くんが気付くかといわれると、微妙なところだと思う。あの爆豪くんなら気付きそう、とも思うし、あの爆豪くんが気付くわけない、とも思う。
「まあ、興味ないよね」
 呟いた声は、自分でも驚くほど落胆している声音だった。爆豪くんにこの手のことで気付いてもらえるなんて期待していなかったはずだし、まして褒められるなんて考えもしなかった。それでもやはり、気付かれてすらいないというのは、がっかりしてしまうものらしい。
 爆豪くんって本当に、私の顔とか容姿について、ぜんぜん興味がないんだろうな……。容姿で好かれたとは思っていないから、分かっていたことではあるけれど。
「本当に、爆豪くんは何で私と付き合ってるんだろう」
「あ? なんか言ったか根暗」
 少し先で立ち止まって待っていた爆豪くんが、私の独り言を聞きとがめる。
「別に言ってないよ。あと根暗でもない」
「そういうのいらねんだよ」
「そういうのいらねんのはこっちのセリフだよ」
 そんな話をしながら、モールの入店ゲートをくぐった。
 休日のモールは人でごった返している。若者から家族連れまで、客層は幅広い。なにせここに来ればたいていのものは購入できるし、まる一日時間をつぶせるだけの広さがある。いつ来ても混んではいるけれど、休日は平日の比にならない混雑ぶりだった。
 フロアマップが目に入り、私はそちらへ寄っていく。爆豪くんも一緒についてきて、私の隣でマップを覗き込む。
「爆豪くん、どこから回る?」
「服屋」
「服買うんだもんね、それは分かる」
 そうではなくて、どこの店から見たいのかという話だ。服屋なんて腐るほどある。
 けれど私が聞き直そうとするより先に、爆豪くんは回れ右、さっさと歩き始めてしまう。私は慌てて後を追う。
 その迷いのない足取りから察するに、どうやら爆豪くんのなかでは、今日の買い物ルートがある程度決まっているらしい。けれど、それを私に共有してくれる気はないようだ。
 デートとして、それってどうなんだ……。もう少しこう、同行者とのコミュニケーションがあってもいいのでは。
 とはいえ付き合ってからのこの二か月のあいだに、いや、むしろ中学時代のもっと横暴だった時代の爆豪くんに付き合わされているあいだに、私のほうもすっかり爆豪くんに慣らされ、適応させられてしまっていた。もはや文句を言うこともなく、粛々とついていく。
 一番面倒なのは、ここで爆豪くんを怒らせることだ。冗談で怒らせるやつではなく、本気で怒る爆豪くんが厄介だということは、もうとうの昔に学習済みである。
 それを回避するためなら、多少の横暴にも付き合おう。そういう心構えは持っている。というか持たされている。だってそのほうが、のちのちいろいろ面倒くさくない。
 宣言どおり服屋で何着か見繕ったあと、爆豪くんは次にアウトドア用品店に入った。日焼け止めやらコールドスプレーやら、とにかく必要そうなものを、雑多に買い物かごに放り込んでいく。
 聞くところによると、合宿先は合宿をする当事者である生徒たちにも教えられていないそうだ。そうなると必然的に、必要そうなものはとりあえず購入しておいた方がいいということになる。備えあれば憂いなし。ある程度は仲間内でシェアも可能だろうけれど、さすがに日焼け止めや虫よけスプレーといった消耗品を一週間シェアするのは無理がある。
「靴とかは買わなくていいの? あと防寒着とか。もし山の中だったら夜寒そうじゃない?」
 夏とはいえ夜の山は冷える。爆豪くんの個性を考えれば、肌寒いよりは暑いくらいの方がいい。
「そういうんは家にあるのでいい」
「そもそも、そういう準備がちゃんと家にあるんだ。家族でキャンプとかいくの?」
「昔はな」
「今もそういうアウトドア系のお出かけする?」
「それなり」
「へー、ちょっと意外だ。でも似合いそう」
「山に似合うも似合わねえもねえだろ」
「そうかなぁ」
 知られざる爆豪くんの一面を垣間見たような気分だ。私は素直に感心した。
 爆豪くんはどちらかといえば都会っ子っぽい。勝手にそう思っていたけれど、実のところそういうわけでもないらしい。彼のいうアウトドアがどの程度なのかは分からないけれど、登山とかするんだろうか。
 案外ストイックな性格をしているし、体力的にも申し分はないはずだ。真面目さも持ち合わせているから、むやみと危険なルール違反もしない。そう考えるとたしかに、爆豪くんはアウトドア系の趣味に向いているのかもしれない。いや、アウトドア系の趣味が爆豪くんの得意分野と合致しているというべきか。
「ちなみに私はスポーツ全般苦手です。アウトドアとか全然しない」
「んなもん見りゃ分かるわ、ひ弱。お察し情報の無意味な開示やめろ。てめえの鈍くささに気付かねえわけねえだろ」
「え、そんな見るからに鈍くさい?」
「何もねえところですぐコケんだろ」
「コケてないよ。コケかけたところを大体いつも何とか持ち直すよ」
「持ち直せてねえよ、ほとんどコケとるわ」
「手つかなきゃセーフじゃない?」
「知るか、んなクソみてえなルール」
 運動能力の高い爆豪くんには私の悩みなど分かるまい……。分かってほしいとも思わないけれど。
 話しながらも、爆豪くんはどんどん買い物を進めていく。脳内に購入品リストでも作ってあるのか、迷いのない買いっぷりは見ていて気持ちがいい。
 それにしても、爆豪くんの買い物の効率的なことよ。私ならばあっちにふらふら、こっちにふらふら、目についたものや思いついたものから買ってしまうだろうに、爆豪くんにはそういう流されやすさは皆無だ。
「すごいね、最短ルートで買い物済ませてるんじゃない?」
「は? 当たり前だろ。こんな人混みで無駄足踏んでたまるか」
「はー、爆豪くんはちゃんとしてるなあ。私だったら動線悪すぎて足痛くなっちゃうよ。爆豪くんとの買い物だとそういうこともないね」
……
「ん? どしたの」
「なんでもねえわこっち見んな」
 不自然に沈黙した爆豪くんの顔を見上げれば、なぜかふてくされた顔をしていた。

 爆豪くんの買い物が一段落したところで、フードコートで昼食をとることにした。
 死ぬほど七味を入れた真っ赤なラーメンをすすっている爆豪くんと、その毒々しいまでの赤さに引きつつ、ふつうに海鮮丼を食べる私。シェアしようという発想は、おたがいまったく持っていない。
「この後どうする?」
「てめえは買いたいもんとかねえのかよ」
「うーん、見たいお店はあるけど、買いたいものは特に……
 というより正直なところ、お財布事情がかなり厳しいのだった。背伸びして百貨店でコスメなんて買ったものだから、今月はお財布にあまり余裕がない。もちろんなにも買えないほどではないけれど、無駄遣いできるような余裕もない。
 なにより、これから夏休みだ。遊びに行く機会も増えるだろうことを考えると、ここからの収入分を勘定に入れてもなお、できるだけ締めるべきところは締めておかなければならない。恋コスメのジンクスがずいぶん高くついてしまった。
 しかし、そんなことを目の前の爆豪くんに言えるわけもない。
「今月は厳しくてねぇ」
 当り障りない部分だけ説明して、それとなくごまかした。嘘はついていない。爆豪くんはとくに不審がることもなく、炭酸をごくごく飲む。
「あ、でも、私もあとで服屋さんちょっと見てもいい?」
「どうでもいい」
「そこはせめて『なんでもいい』にしてほしいかな」
「心底どうでもいい」
「最悪だよ」
 なんで言い直して余計に悪くなるんだ。
「というかね、デートなんだからもう少し興味を持っていただいて」
「てめえの服なんざ、まじで心底どうでもいい」
「わぁ、詳しく説明してくれてどうもありがとう」
 ものの言い方を爆豪くんに指導しようという私の方が間違っていた。せめて精いっぱい好意的に解釈するのなら「何を着ていてもそれなりです」というところか。いや、さすがにそれは超訳すぎるか。本当に私の服に興味がないだけの可能性のほうが高そうだ。
 とはいえ、私の買い物に付き合うこと自体はやぶさかではないようで、
「どこの店見るかだいたいのあたりつけとけよ。無駄にぐるぐる歩きたくねえ」
 むっつりとして、そう指図してくる。
「そうだねぇ、爆豪くんも足疲れちゃうし」
「俺の足はこの程度で疲れねんだよ」
「エッ、じゃあつまりは、ひ弱な私への配慮……
「誰もんなこと言ってねえ!」
「でも爆豪くんの言葉を言葉どおりに受け取ると、そういうことになるんだけど」
「受けとんな、今すぐ捨てろ!」
「それはそれでおかしいでしょ」
 素直じゃないがゆえに、余計に恥ずかしい感じになっているのではないか。ぷんぷん怒る爆豪くんの顔が赤いのは、けして七味のせいだけではないはずだ。