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柚子子
2024-09-22 21:07:26
118496文字
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ベリーベリー
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微原作沿 爆豪長編(2)
サイトに掲載している長編の第二章です。
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爆豪くんと付き合い始めて一か月くらい。世間一般でいうところの「男女交際」というものがどういうものか、実のところ私にはよく分からない。
そのうえでいうのなら、とりあえず私と爆豪くんのこの一か月にかぎっては、健全というほかないお付き合いをしている。
初夏の太陽も沈む時刻、駅のホームのベンチに座って単語帳をめくっていると、視界のなかの足元に、ごついスニーカーのつま先が入ってくるのが見えた。
単語帳から顔を上げる。雄英の夏の制服を着崩した爆豪くんが、ぶすっとした顔で私を見下ろしていた。
「あ、爆豪くん」
単語帳をかばんにしまう。爆豪くんがどかりと、私の隣に腰をおろす。
「おつかれ」
「疲れてねえ」
「『おつかれさま』という挨拶をご存じない?」
「存じとるわクソが」
爆豪くんが鼻を鳴らす。ベンチからその長い足をぽんと放り出した座り方は、どこからどう見ても感じが悪くて逆にすごい。
「存じてて混ぜ返すのやめなよ。いちいちこのやりとりやるの、面倒くさくないの?」
「じゃあてめえが挨拶変えろ」
「いいけど、ごきげんようとか?」
「良かねンだよ俺のご機嫌は」
「わかったわかった、ごきげんよくないお疲れでもない、よし行こう」
「勝手に会話打ち切ってんじゃねえ!」
爆豪くんが吠えたところで、ホームに電車がやってくる。ベンチから立ち上がると、爆豪くんが舌打ちをした。
もともと朝の登校は一緒に、という日が多かったけれど、付き合いだしてからはなんとなく、帰りの時間も合わせるようになった。
雄英と夢咲女子では下校時刻が違う。なので先に終わる私の方が、学校の図書館で時間をつぶして爆豪くんの下校時刻にあわせる。
爆豪くんの方からそうしろと言われたわけではない。私が勝手に、そうしている。雄英は宿題も多いし、土日の予定があかないこともある。登下校はいわば、確定で会える数少ない時間だ。
朝の四十分の通学だけでも、本当ならじゅうぶんだと思う。どうせ爆豪くんと顔を合わせていたところで、その間ずっと会話をしているわけでもない。公共の場だから、一定の距離を保って節度ある会話を楽しむだけだ。
それでも帰りの時間をあわせてしまうのは、付き合い始めということで、私も多少浮かれている証拠なのかもしれない。なんだか気恥ずかしい。
がたがた揺れる地下鉄のなか、私は手すりをつかみ、爆豪くんは異様に強靭な体幹だけでバランスをとり立っている。爆豪くんにつかまった方が楽な気もしないではないけれど、「ちょっと付き合ったからっていきなり触んじゃねえ」とか言われたらふつうにいやなので、金属製の手すりだけが私の頼りだ。
「そういえば雄英も期末試験ある? 中間はたしかうちと似たような時期にあったよね?」
私が尋ねると、爆豪くんは「七月頭」と短く答えた。「そうなんだ」と私も短く答える。
ヒーロー科では、普通科と同じような定番の学校行事に加え、職業訓練的な行事や場面が多いと聞く。そのため試験の時期も、普通科の私とずれることがあるかもしれないと思っていた。さすがに一年の一学期では、普通科もヒーロー科も、まだそれほど大きくずれたりしないらしい。
「試験期間が近かろうが、内容はまったく別モンだろうけどな」
「たしかに。ヒーロー科だとカリキュラムも普通科とぜんぜん違うだろうし」
「有象無象と同じことやってんなら雄英行った意味ねえだろ」
「それもそうか。実技もある?」
「余裕」
「あるかないかを聞いてるんだけど
……
まあ、いいか
……
」
実際、爆豪くんは実技試験も余裕なのだろうし。中学時代、周りの生徒たちが個性を使い慣れていないなか、すでに自分の強すぎる力をほぼ完璧に使いこなしていた爆豪くんだ。学内だけとはいえ、今のように自由に個性を行使できる環境においては、まさに水を得た魚という感じなのかもしれない。
そういえば、体育祭の映像を見よう見ようと思って、まだ見ていないのだった。結果だけはネットで見たし、爆豪くんが優勝したというのも知っている。けれどさすがに付き合っている彼氏の大活躍を、地上波放送しているにもかかわらず、見ていないというのはまずいかもしれない。これもまた、爆豪くんに何か言われたわけではないけれど。
これまでの人生で、私は『ヒーロー』というものに対し、一切興味を持たないまま生きてきた。とはいえ爆豪くんと付き合い始めた以上は、これまでのような無関心でいてはいけないのかもしれない。なんとなくのトレンドとか、そういうの、知っておいた方がいいんだろうか。本当にぜんぜん、まったく興味がないのだけれど
……
。
ぼんやりしていると、ローファーの側面を軽く蹴飛ばされた。
「ぼけっとしてんじゃねえ」
「あ、はい」
ていうか今この人、蹴ったな
……
。じゃれあい程度の暴力ではあるけれど、ふつうに蹴った。声を掛けてくれればそれで済む話なのに
……
。
「どうせ試験のことでも考えてんだろ、ガリ勉」
もちろん蹴ったことを詫びもせず、爆豪くんが馬鹿にしたふうに言う。むっとして、私は顔をしかめた。
「爆豪くんはそうやってガリ勉ガリ勉って悪口みたいにいうけどさ、一生懸命勉強している人間というのは、本来褒められてしかるべきだからね」
「別に蔑称で使ってねえだろ」
「本当?」
疑わしすぎる
……
。
「ちなみに、根暗は?」
「蔑称」
「だと思った。ていうか堂々と蔑称って認めるし
……
」
このひとって本当に私のこと好きなんだろうか。時々どころか、結構頻繁に分からなくなる。そういえば爆豪くんからは、まだ「好き」の一言も言われていない。そのうちどこかで、きちんと確認すべきかもしれない。
そんなことを考えつつ、話をもとの軌道に戻した。
「試験ねぇ
……
。爆豪くん待ってるあいだに勉強やってるんだけど、今回物理がまずいかもしれないんだよねぇ
……
」
「一年の物理なんざ計算しかねえだろ」
「そう言われてもつまずいてるものはつまずいてるんだから仕方ないじゃん
……
、ていうか爆豪くんって物理とかやるの? ヒーロー科も物理やってる?」
「やんねえ。けど前におまえのプリントかなんか見ただろ」
物理の小テストの勉強のために以前、登校中に自作のレジュメを開いていたことがある。爆豪くんが見たというのは、多分それのことだ。爆豪くんは本当に横から眺めていただけで、とくに何かコメントはなかったはずだけれど。
「ええ
……
あのパラ見で分かるの?」
「つーかよォ、物理『基礎』なんだから、見りゃ分かるようにできてんに決まってんだろ」
「うわぁ
……
。忘れたころに見せてくる、その秀才っぽさ」
「忘れてんじゃねえよ。常時感じてろ」
「思考のノイズすぎる」
そんなもん常時感じてたら苦痛でしかない。できるだけ忘れていたい情報だ。
とはいえさすがは雄英の入試で一位通過した爆豪くんだ。個性の強力さばかり取り沙汰されがちだけれど、彼は学業成績もすこぶる振るうのだった。
それこそガリ勉しないと試験の点数を維持するのにも一苦労の私からしてみれば、まったくもって羨ましいかぎり
……
。
と、そこでふと閃いた。
「あ、そうだ。せっかくだし、試験前に一緒に試験勉強しようよ」
「あ? んなもんひとりでやれや」
私の提案は、そっけなく一蹴される。
「一緒にっつったって、どうせ試験範囲も違ェだろうが」
「英語とかは一緒じゃない? 高校一年の一学期なんだし、そんなに全然違うことばっかりやってるわけじゃないと思うんだけど」
「知るか。座学なんざひとりでやる方が効率いいだろ」
それはたしかにそうだった。私も爆豪くんも、監視されなければ勉強できないタイプではないし、分からないところをお互いに確認しあおうというほど範囲が重なってもいない。私から爆豪くんに質問することはあるかもしれないけれど、逆はまずありえないだろう。
そんなことは、私だって百も承知のうえ。要するに勉強会というのは、体裁をととのえただけでデートのお誘いのようなものだった。
とはいえ、爆豪くんが拒むのならば仕方がない。べつに私だって、そこまで言われて一緒に試験勉強したいわけではない。
「じゃあ、試験後まで一緒に出掛けたりとかできないね」
「なんっでそうなんだよ!」
「それはそうでしょ。だって私、試験勉強しないといけないし」
こうして一緒に登下校することはできても、それ以外で爆豪くんのために時間をつくることは難しい。
そもそも普段から、私と爆豪くんではなかなか休日の予定が合わない。試験前などなおさらに決まっている。
「クソガリ勉のくせに、試験前に必死にならんとカスな勉強しかしてねえのか」
「中学までと違って、まわりのレベルも授業のレベルも高いしねぇ。結構頑張んないと上位は厳しいかも」
爆豪くんが腹立たしげに大きな舌打ちをした。電車のなかでそういうことをすると、周囲の乗客に注目されるからやめた方がいい、というまっとうな指摘をするのは、もうずいぶん前にやめてしまった。雄英高校にクレームが入っていないといいのだけれど。
電車が止まる。地元の駅に到着し、私と爆豪くんはそろって電車をおりた。
改札を出ると、私たちは並んで我が家の方へと歩いていく。下校時刻をそろえるようになってからというもの、夜道を歩くときには必ずこうして、爆豪くんが駅から家まで送ってくれている。
爆豪くんの時間に私が合わせているから、という引け目があるのかもしれない。それでも、こうして分かりやすい形で優しさを見せてくれることは稀だし、いちいち指摘して「金輪際送っていかねえ!」などと言われてもいやなので、黙って送られるがままになっている。
湿度の高い空気に、歩いているとうなじがうっすら汗ばむ。夜のにおいが濃厚で、もうじき夏がやってくるのだと実感する。
「週末、どっちか一日」
ふいに、隣を歩く爆豪くんが言った。
「どっちかならいい」
「なにが?」
「試験勉強に決まってんだろうが」
「あ、そうなんだ。一緒にやってくれるんだ」
意外な返答に、私は少しだけ驚いた。
地下鉄のなかの会話から、爆豪くんは一緒に試験勉強をするつもりなど、まったくないのだとばかり思っていた。私もそれはそれでかまわないと思っていた。まさか、こうして時間差で日程の提案をされるとは。
「両日は無理だぜ。クラスのやつにも勉強教える約束してる」
「あ、待って分かる。切島くんと上鳴くんだ」
「切島だけだわアホ」
切島くんは、赤い髪の元気な男子のほう、だったはず。以前下校中に一度だけ会ったので、ぼんやりとながら、一応覚えていた。
爆豪くんと仲がよさそうだとは思っていたけれど、ふたりで勉強会をするほどだったのか。
「爆豪くんを誘うってことは、切島くんも試験まずいんだ」
「アホが試験前にじたばたしてしょうもねえ」
「でも勉強は教えてあげるんだね」
「しゃあなしだわ」
爆豪くんはそう言って鼻を鳴らす。言葉とはうらはらに満更でもなさそうな顔をしていた。
爆豪くんは、結構分かりやすい性格をしている。
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