柚子子
2024-09-22 21:07:26
118496文字
Public ベリーベリー
 
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微原作沿 爆豪長編(2)

サイトに掲載している長編の第二章です。

 なんだ、爆豪くん。なにを考えているのかと思ったら。
「爆豪くん寂しいの?」
「んなわけねえだろ!」
 言っていることが無茶苦茶すぎる爆豪くんは、私の言葉にむっつりした顔でそっぽを向く。その横顔が怒っているというよりも、なんだか拗ねているようにしか見えない。
 にやにやと口角が上がってしまいそうになるのを、なんとか堪える。座ったまま、身体の向きを爆豪くんの方に向けた。頑として視線を合わせようとしない爆豪くんに向かって、なるべくいつも通りの声音で声をかける。
「爆豪くんが寮に入っちゃったら、私は当然、ふつうに寂しいと思うんだけど、そっか、爆豪くんは寂しくないんだ。そっか」
「ばっ」
「今馬鹿って言おうとした? 馬鹿のバが隠しきれてなかったね?」
 勢いよくこちらを向くなり、爆豪くんはほぼ習性のような暴言を吐きかけた。けれど今日の爆豪くんは、その暴言をみなまで言わずに飲み込む。
 おや、と思ったのもつかのま、爆豪くんは眉間に皺を刻んだまま、
「根暗、てめえ今日は馬鹿に弁えてんじゃねえか」
「わき……、爆豪くんの語彙って本当変な方に潤沢だよね」
「全方位に語彙力あるわクソが」
「全方位。いや、まあいいや。私はわりといつでも、爆豪くんの言葉を借りるなら、弁えてるよ」
「クソ生意気な言動しかねえだろうが。どこをどう弁えとんだ」
「それは売り言葉に買い言葉というか……、爆豪くんが私をぞんざいに扱うから。今みたいに分かりやすくいてくれれば、私だって分かりやすくなる」
「俺がどうしようが俺の勝手だろ。つーか他人の言動に流されてんじゃねえ。自我を持て、自我を」
「自我、わりとあるんだけど。その自我について今まさにクソ生意気って言ったの爆豪くんだよ」
「揚げ足とんな!!!!」
「とりたくなるような足を爆豪くんが揚げるから……
 いつものような会話が、私と爆豪くんのあいだを行き来する。いつものような、じゃれあいのような。
 それでもやはり、爆豪くんの言葉には覇気のようなものが感じられない気がした。覇気、あるいは闘争心。
 いつもの爆豪くんなら、私から「会えなくなって寂しい」なんて言質をとろうものなら、悪役感ましましの笑顔でもって、ねちねちといたぶってきてもおかしくないのに。いや、そんなことをするのか分からないけれど、たとえしてきてもおかしくはない。少なくとも、こんなに大人しくじゃれあいに終始しているだけ、なんてことはない。
 入寮のことで気落ちしているのかと思ったけれど、もしかしてそうではないのだろうか。
「ねえ、爆豪くん、」
 もしかして、何かあった? と、そう聞こうとして爆豪くんの顔を見つめ直した刹那、爆豪くんの真剣な瞳と、私の視線がまじわった。
 息をのむ。爆豪くんの表情は、付き合うきっかけになったあの日、私が爆豪くんのこころを決めつけた、あの晩の表情にひどく似ていた。
 爆豪くんが、座ったままでゆらりと上体を傾ける。ゆっくりとした動作で、私と彼の、爆豪くんの、距離がちぢまる。
 え、これ、キスするのでは……
 爆豪くんとの距離が、さらにちぢまっていく。こういうときは、目をつむるべき? それとも、すべてを見届けるべき?
 爆豪くんは目をつむることなく、私に視線をそそいでいる。まるで瞳のなかを、そこにある何かを、余さずのぞきこんでいるようだった。
 私もまた、爆豪くんの瞳をのぞきこむ。真っ赤な瞳が、しずかに熱をともしている。
 まぶたを閉じるタイミングを失って、私はじっと爆豪くんを見つめ返した。いよいよ顔が近づいて、今にもくちびるがふれそうな距離になる。
 けれど、
……違ェ」
 くちびるが重なるというその時になって、爆豪くんが低く短くつぶやいた。そのまま爆豪くんは身体をひき、私と爆豪くんのあいだの距離はふたたび元の距離まで開いた。
 私はといえば、呆然として爆豪くんを見つめていた。爆豪くんは、ふいと視線をそらす。
 その横顔を見て、私はようやく我に返った。
「え? ちょっと、え……え?」
 混乱した心情が、そのまま口から垂れ流される。
 今、どう考えてもキスする雰囲気だったのでは? 完全にそういう感じだったのでは?
 下心があってのこのこ部屋にあがったわけではなくても、恋人の部屋にあがる以上、そういうことがあるかもしれないという覚悟はしていた。実際、夏休みに入る前くらいの頃には、爆豪くんと恋人らしいことをしたいだのなんだの、いろいろ考えてもいた。林間合宿の件があって、何もかもがうやむやになってしまっていたけれど。
 説明を求め、私は爆豪くんの顔を凝視した。けれど、爆豪くんはむすっとした顔をして、
「今じゃねえ」
 それだけ発して口をつぐんでしまう。
 今じゃない? 今じゃないってどういうこと? 私の感覚では、今以上にキスに最適なタイミングなんて、なかったように思えるのだけれど。付き合って三か月くらいになるのだし、そういう意味でもおかしなことはないはずで……
「いや、待って、本当に、え? 今これ私、どういう顔すればいいの……
「違ェ、おまえがどうこういう話じゃねえ。俺の問題だわ」
「爆豪くんの……?」
 説明されたところで、なおさら意味が分からなくなるだけだった。
 爆豪くんは何をどう考えているんだろう。今じゃないってことは、今じゃなければいいってこと? キスしたい気持ちはあって、でも、今はできないということ? 一体どうして?
 私はじっと爆豪くんを見つめる。弁解の言葉があれば、受けてたとうと思った。
 けれど爆豪くんは、それ以上の説明をするつもりはないようだった。しっかりと口を引き結び、これ以上話すことはない、という姿勢を崩そうともしない。
 怒鳴り散らすこともせず、暴言でうやむやにすることもしない。論点をずらすこともない。爆豪くんはたぶん、私がここで抗議を申し立てたら、それを甘んじて受け入れるだろう。自分の問題だという以上、私にはたぶん、非はないはずだから。
 けれど、たとえ私の抗議を受け入れたとしても、爆豪くんはけして、「今ではない」という決断は曲げないのだろう。そして私に対し、今すでに果たした以上の説明をすることもないのだろう。なんとなくだけれど、そんな気がした。
 それならばもう、私に言えることはない。
……そっか。わかった」
 私の言葉に、爆豪くんが緩慢なしぐさでこちらに視線をよこす。そのしぐさも、やはりいつもの爆豪くんらしさを欠いていた。
 爆豪くんが何か言いかけ、口を開く。けれどそれより先に、私が話題を変えた。
「それにしても、寮かぁ。こういうこと言っていいのか分からないけど、なんかちょっと楽しそうだよね」
……楽しかねーわ、クソかったりぃ」
「寮に入って忙しくなっちゃっても、ときどきは連絡してね。あんまり連絡してくれないと、自然消滅ーみたいになっちゃうから」
「は? てめえが連絡してこいや」
 爆豪くんが、少しだけいつものふてぶてしさを取り戻して言う。
「私が? でも、だってそっちは寮でしょ。周りに人とかいるときに連絡きたら、爆豪くんだって嫌でしょ。だから、爆豪くんがいいときに連絡してきてね」
「気ィ向いたらな。てめえは毎日連絡しろ」
「というかあれだね、寮に入っちゃうってことは、今年の花火大会は一緒にいけそうにないね」
……
「あ、いや、責めてるとかではなくてね。ただ、あー、そうなんだなと思ったというか」
 そこでまた、私たちのあいだに沈黙が落ちた。
 話題を探し、私は視線をうろうろとさせる。気付かぬうちに床についていた手を滑らせ、動かしていた。指先がなにかにふれる。爆豪くんの手に、私の指先がふれていた。
苗字
 爆豪くんが私の名前を呼ぶ。私は黙ったまま爆豪くんを見つめる。
 言葉がなくなり、視線だけが重なる。いつしか呼吸までもが重なって、そして──
「勝己ー? 冷蔵庫のゼリー持ってきてくれたの友達?」
 突如バァン! と勢いよく開いたドアに、思わず視線を吸い寄せられた。そこに立っている人物を見て、私の視線は釘付けになる。
 開いたドアの向こうに立っていたのは、爆豪くんとそっくりな顔をした、きれいな女の人だった。
 女性と私、しばし無言で見つめあう。時間にして五秒くらい。
 先に我に返ったのは、奇跡的にも私のほうだった。
「ハッ!」
 我に返った瞬間、私は居住まいをただした。やばい、まずい、これ、このひと、絶対百パーセント間違いなく、爆豪くんのお母さんだ……
 理解した瞬間に、自分でも信じられないほどの勢いで対人スイッチが入った。完全に不意をつかれた形ではあるけれど、しかし、彼氏のお母さんとのファーストコンタクトだ。とにかく挨拶、挨拶をしなければ……
 と、私が口を開くより一足先に、爆豪くんが怒声を上げた。
「おいクッソババア! てめえノックくらいしろや! つーか勝手に開けんな!」
「いきなり大声出さないで! うるさい! ていうか何、えっ、あんたその子……!?」
 爆豪くんの怒鳴り声にもまったく怯まず、むしろさらに上回る大声で応酬している爆豪くんのお母さんは、勢いよく部屋の中に入ってきた。
「あらー、そう! 勝己あんた!」
 私の隣に腰を下ろし、爆豪くんのお母さんはまじまじと私の顔をのぞき込んだ。
 ち、近い。距離が近い。物理的にも精神的にもやたら近い。というか押しが強い。
「寄んな! 見せもんじゃねんだよ!」
 爆豪くんが怒鳴ったけれど、爆豪くんのお母さんは、息子の頭をべしんと叩いて暴言を封じた。すごい、強い。爆豪くんのことを武力で制するという、常人にはまったく真似できないことを平然とやっている。
 恐れおののきつつ、私はぺこりと頭を下げた。
「あ、あの、留守中に勝手にお邪魔してすみません。かっ、勝己くんとお付き合いしている苗字名前といいま、」
「えーっ! うそ! やっぱそうなんだ!? 勝己あんた彼女いたんだ!? ごめんね、この子そういうこと全然話さないからさ! ああ、でもどうりで最近やたらと携帯ばっか見て、あっゼリーありがとうね、あそこのお店のゼリー美味しいよね」
「は、はい。いや、つまらないものですが」
 あまりのテンションの高さにたじたじになる私に、なおもぐいぐい来る爆豪くんのお母さん。そして爆豪くんのお母さんが私に詰め寄る片手間で、ばしばし叩きしばかれていた爆豪くん。
 ここに至ってついに、爆豪くんがキレた。
「おい!! てめえらいつまでどうでもいいことしゃべっとんだ! つかババアはよ出てけ!」
「またあんたは親のことババアなんて言って! 名前ちゃん、こんなんと付き合ってたら大変でしょ? クソとか言われない?」
「めっちゃ言われます」
「おい!!!!!!」
 今日一番大きな爆豪くんの声が、三人きりの室内にバカに大きく轟いた。

 ★

 正直なところ、苗字を呼び出したときには、賭けを挑むくらいの気分でいた。
 あいつはそれほど俺に好意があるわけではなかったし、少し前に一緒に出掛けたときに、俺は苗字にとって越えてはいけない線を越えもした。たび重なるあいつの「折れてあげる」は実際そのとおりで、現状そこに甘えている部分があるのは、業腹ではあるが認めざるをえない。
 付き合い始めてからはそれなりの関係を築いてはいたが、とはいえ強固なものがあるわけでもない。何かあったらまあ、ふつうにあいつは俺と別れる決断をするんだろうなと、漠然とそう思っていた。
 別れるといわれても、仕方がないかと思っていた。
 むろん、根暗の分際でこの俺をふるのかと考えると、心底はらわたが煮えくり返って仕方がない。けれど実際、今後苗字に強いることになる不便さを思えば、言われても仕方がないだけのことはしている、そういう自覚はあった。
 「今年の花火大会は一緒にいけそうにないね」
 根暗の言葉を思い出し、じくりと嫌な気分になる。
 そもそもこんなごちゃついた世間の状況で、花火大会なんぞやんのか分かんねえだろ、という気持ちは当然ある。やったとしても、めちゃくちゃ治安最悪になってるかもしんねえだろ、とも思う。
 それでも、付き合いだして最初の、らしいイベントだった。約束をしたとき分かりやすく喜んでいた苗字を、自分が隣を歩いていいのかと柄にもないことを言っていた苗字を、俺が花火大会に連れて行ってやりたかった。
 それもかなわない。少なくとも今年は無理だ。
 俺が弱かったから。
 苛立ちのまま息を吐けば、熱いものが肺腑からせりあがり、呼気にまじって吐き出された。
 花火大会には連れて行ってやれない。
 キスなんかしている場合じゃない。
 俺が弱いから今のこの事態を招いているのに、アホみたいに恋愛にうつつを抜かしている場合じゃない。
 苗字が帰ってからも「名前ちゃん、名前ちゃん」とうるさいババアの声を振り切って、俺は自室に閉じこもる。ガキの頃に壁に貼ったオールマイトのポスターが、恐れるものなど何もないような最強の笑顔を、ベッドの上の俺に向けている。