柚子子
2024-09-22 21:07:26
118496文字
Public ベリーベリー
 
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微原作沿 爆豪長編(2)

サイトに掲載している長編の第二章です。

 爆豪くんは、私を黙って私を睨みつけている。こうして圧をかけていれば、私が根負けして勝手にしゃべりだすと思っているのだろう。
 その判断は、悔しいくらいに正しい。爆豪くんの人と状況を見て判断を下す迅速さは、ちょっと舌を巻くレベルなのだ。
 ドリンクバーのジュースで喉を潤す。こんなものは時間稼ぎにもなりはしない。爆豪くんの視線は逸れない。夕方のファミレスはそれなりに混んでいるのに、今日はやけに静かに感じた。
 仕方ない。……私は腹を括った。
「先に言っておくけど、私は話したくないって言ったからね。うまくまとまってないし、聞いてていらいらすると思う」
「御託はいらねンだよ」
「じゃあ、まあ、話すけど……
 溜息をひとつはさみ、それから私はしぶしぶ話し始めた。
「まずね、爆豪くんって粗暴だし口悪いしヤンキーだし、まあまあ軽はずみに人のこと叩くし怖いし無視するし、結構無理めな無茶ぶりもするし、返事の代わりに舌打ちするし、暴言のレパートリーが多いようで少ないし、でも謎の語彙で急にいやなあだ名つけてたりするし」
「おい、喧嘩売っとんのか……
「でも、ごくまれに優しいし、ときどきはかっこいいし、すぐキレるのも一周回って面白いし強いし、……なんていうかな、まあ、すごいひとなんだとは思うんだよね。で、私はそういう爆豪くんのことが、結構いいなぁと、思っているわけでね」
 爆豪くんの肩がわずかに揺れた。ちらとだけ見て、私は続けた。
「というかね、だから付き合ってる、という話でもあるんだけど」
 伏せた視線を動かして、爆豪くんを確認する。
 大丈夫、爆豪くんは聞いてくれている。自分で話せと言ったのだから、途中で面倒になったとしても、投げ出したりはしないだろう。爆豪くんのそういうところを、私は信用している。
 爆豪くんはソファーの背もたれに身をあずけ、黙って私の話を聞いている。もしかすると話が終わるまで、口を挟まないつもりなのかもしれない。
「ええと、それで、なんていうかな、……私は爆豪くんのそういういいところ? みたいなのを、知っているつもりでいて……、爆豪くんのことを知らない周りのひとに、フォローとかすることが多いんだけど。知ってるよね?」
「知ってる」
「だよね。でも、雄英の人たちはさ、そういう爆豪くんのすごいところをちゃんと分かってるんだよね、と思ったら、なんかこう……よく分かんないんだけど、そっかー、そうなんだなー、みたいな気持ちになってしまって」
 話していて情けなくなってくる。いったい私は何を言っているのだろう。というか、私が言いたいことはこんなことだったのだろうか。話した端から分からなくなる。
 けれど自分の心のなかをさらってみた結果、出てくる言葉はこれなのだ。自分でもわからない自分のこころの、ひとまず浅くて言語化しやすい部分から言葉にかえていくと、こうとしか言いようがない。
「雄英のひとたちは、爆豪くんの性格が最悪なこと分かってて、それでも強くて、真面目で、自分にも他人にも厳しくてすごい人だってこと、ちゃんと分かってるんだねってことを、しみじみ考えはじめたら、なんか……、なんかね。ちょっと説明するの、難しいんだけど」
 へどもどしながら話しているうち、ふいに芦戸さんたちの姿が脳裏によみがえった。
 私と違ってすごい個性を持った、爆豪くんと同じ場所にいる人たち。一緒にチームを組んだり、対等に戦える人たち。敵からの襲撃の最前線に身を置きながら、前を向ける人たち。
 たとえば爆豪くんが敵にさらわれても、それをテレビで知るだけじゃない。彼ら彼女らは、自分たちの力で戦うことができる人たちだ。私と同じ年なのに、努力をして将来に向けて頑張っている人たち。
 爆豪くんと同じ景色を見ることができる、爆豪くんと一緒にいられる人たち。
 爆豪くんを理解してくれる人が、この世界にひとりでも多くいるということ。それは爆豪くんにとって、いつかかけがえない財産になるだろう。これから爆豪くんがヒーローになって、危険に立ち向かうとき、爆豪くんのことを理解し、認め、信頼してくれる人が近くにいるということは、きっと爆豪くん本人が思っている以上に大きな意味を持つ。
 それなのに、なぜだろう。爆豪くんを好きな人間のひとりとして、こんなに嬉しいことはないはずなのに、私はそのことを素直に喜べない。喜びたいのに、そうできない自分がいる。
 爆豪くんのすごさは私だけが知っているものではなくて、しかるべき場所で正しく磨かれていけば、誰の目にも明らかなものだった。分かっている。ずっと分かっていた、なのに。
「爆豪くんの、すごくてかっこいいところ、……分かってるのは私だけじゃないんだなって、なんか今更、突きつけられたというか……直視させられた、というか……
 みっともなくて、惨めだ。おまけに、爆豪くんのことを笑えない狭量さ。できることなら、未来永劫見て見ぬふりをしていたかった。
 今すぐここから立ち去りたい。家に帰って、何もかもシャットアウトして眠りたい。猛烈に湧き上がる欲求に駆られる。けれど、それと同時にそうではないとも思う。
 そうではないのだ。今話したことももちろん本心ではあるけれど、私が言いたいのは、ちくちくした気持ちを発生させている大元の感情は、そうではなくて。
 必死で思考を巡らせながら、私は伏せていた視線を上げて爆豪くんの顔を見る。そして、目を見開いた。
 爆豪くんは、本当にまったく、表情筋のひとつも動かすことなく、無表情で私のことを眺めていた。
 せめて笑ったらどうなんだ。私の滑稽さを。
 そんな完全に「無」の顔をされてしまうと、ひとりで恥をかきつづけている私のほうは、いたたまれなさで死にたくなってくるのだけれど……
「あの……そろそろ何か言ってくれないと」
「てめえ、妬いてんのかよ」
「は!?」
 唐突にとんでもないことを言い出した爆豪くんに、私はいつになく大きな声を出してしまった。
「妬、え、なに」
「しかも、個人じゃなく『雄英生』に」
「な、なんでそうなるの……
「そうとしか思えねえだろうがよ」
 テーブルの下で爆豪くんが足を組んだ。ソファーに背をあずけたまま、その場でふんぞり返っている爆豪くんは、じろじろと私を見回した。
 こういう扱いを爆豪くんから受けるのも、なんだか久しぶりだ。値踏みされているというか、まるでなにかを試しているような、そういう視線で眺めまわされるのは。中学のころはたびたびあったような気がする。
 肩をすぼめて、私は上目遣いに爆豪くんを見返す。
 やがて、爆豪くんが「はーぁ」と大きくひとつ溜息を吐き出し、言った。
「嫉妬なんざ、やることがみみっちいんだよ」
「は、みみっちいとか爆豪くんにだけは言われたくないんだけど……
 唐突にくりだされる暴言をどうにか爆豪くんに打ち返すも、爆豪くんからのリアクションはない。挙句の果てには、爆豪くんは相変わらず私をじろじろ眺めて、
「嫉妬ねえ……おまえ、俺のことそんなに好きなのかよ」
 なぜか疑うように、訝しむように確かめてくる始末。
「だから、なんでそういう解釈になるの?」
「否定すんな根暗」
「いや、否定っていうか、今の話聞いてて、着地するところがそこなの?」
 別にそういうことにしておいてもらってもいいのだけれど、私としては「嫉妬」なんて二文字で片付かないから悩んでいるわけで。にもかかわらず、爆豪くんにはどうにもうまく伝わっていない感じがした。そのあたりの微妙なずれのようなものが、どうにもさっきからもどかしい。
 いや、たしかに嫉妬というのも、まったくないわけではないのだ。爆豪くんから「妬いてる」と換言してもらえたことで、私のなかのうまく言語化できていなかったものの、少なくともいくらかは実態がはっきりした気がする。
 嫉妬。そうだろう、そういうのもあったのだとは思う。
 けれど、それだけではないのだ。ちくちくもやもやしたもの、焦燥感にも似たなにかは、嫉妬と呼ばれた感情と綯い交ぜになっていただけで、それとは別に存在している。
 それが爆豪くんにはうまく伝わらない。
 どうしたらうまく伝わるのだろう。
 ただ、嫉妬なのではなくて。
 妬いている、というだけではなくて。
 カタン、と固い音がして我に返る。爆豪くんがコップをテーブルに置いた音。
 爆豪くんの視線が、まっすぐ私に焦点を合わせている。たぶん、ぼんやりしていた私を現実に引き戻すため、わざと音を立てたのだろう。
「根暗のくせに、俺のまえでほかごと考えてんじゃねえ」
 爆豪くんが、じつに彼らしい傍若無人な発言をくりだした。
「大体な、てめえごときが頭悩ませることはねえんだよ。てめえほどクソ生意気で俺を振り回してる根暗、他にゃいねえわ」
「何それ……、言ってること滅茶苦茶だよ」
 褒められているのか貶されているのかも分からない。こっちはさっきから、真剣に言語化を試みているのに。爆豪くんにちゃんと伝わるように、考えつづけているのに。
「さっさと帰んぞ」
 テーブルの端に置かれた伝票に爆豪くんが手を伸ばす。
「こんなことしてる暇ァねんだよ」
 あ、と。
 その瞬間、唐突に腑に落ちるものがあった。
 私のなかで何かがぱちりと、嵌まった感覚がする。
 爆豪くんが鼻を鳴らす。
「俺ァ忙しいんだ」
……知ってる。仮免落ちたもんね」
「そうじゃねんだよ!」
 大声で私の軽口を打ち返してきた爆豪くんが、じっと私に視線を注いでいる。やがて、一度はソファーから腰を上げかけた爆豪くんが、何を思ったのか、もう一度席に座りなおした。
 爆豪くんはこっちを睨みつけたかと思えば、思案するように視線をさまよせる。それから唐突に、頭をがりがりと掻きむしった。
「なにを、んな不安がってんのか知んねえけどな」
 爆豪くんが、ぼやくように言う。
……別に、不安がっては」
「じゃなきゃ嫉妬なんかしねえだろ、おまえ」
 問い詰めるように投げかけられ、私は言葉につまった。
 たしかに、それはそうだ。ここのところは恋愛と爆豪くんのことで頭がいっぱいになっていたけれど、本来の私はもう少し、多少は落ち着いた人間であるという自負がある。
 少なくとも普段の私なら、爆豪くんのクラスメイトの女子と知り合ったくらいで、見境なく嫉妬だのなんだの、悋気を起こしはしない。そんなふうにはなりたくないという、自制心だって持っている。
 だけど、そうではなくて。
 はからずもさっきの爆豪くんの言葉で、私は気付いてしまった。
 私が言葉につまったのを見て、爆豪くんは小さく息を吐く。溜息というよりは、話をするための予備動作という感じの、嫌な感じのしない嘆息だった。
「クラスのやつらを、そういう目で見てねえってのは分かってんだな」
「それは分かる。そこまでおかしくなってないよ」
「おかしくなってる自覚あんのかよ」
「ある」
 私がうなだれて見せると、爆豪くんは「ケッ」と悪態をつく。まったく、とんだアホだと思われていることだろう。
 両手で顔を覆い隠し、私は「あー」と細く低くうめいた。
 自分がおかしい自覚がある。自分が自分でなくなっているような、自分でも手に負えなくなっている感覚がある。それはもう、分かっていて、けれどその原因がつかみきれなかったから、自分でも困り果てていた。どうしていいか分からなくなっていた。
 けれど、もう分かった。
 分かったから、大丈夫になった。
 両手にうずめていた顔を上げ、爆豪くんを見る。情けなさやみじめさはまだ尾を引いていたけれど、それでも手に余るもやつきが消えたことで、多少は心が落ち着きを取り戻していた。
「ごめんね、爆豪くん。なんか本当、ちょっとおかしくなってただけなんだと思う。夏休み明けの試験で、あんまり成績よくなかったからかな、そこからちょっとガタガタになっちゃってる感じかも」
「なら勉強しろ」
「本当にそのとおりです。返す言葉もございません」
 軽口をたたきながらも、爆豪くんが私を観察しているのが分かる。でっちあげた言い訳は、けれどすべてが嘘というわけではなかったから、口にしたところで罪悪感は感じない。
 私は笑顔をつくって、コップに残っていたジュースの残りを飲み干した。
「がんばるね、私も」
……おう」
 どちらからともなく腰を上げ、レジに向かった。爆豪くんは今から学校に戻れば、きっと夕飯の時間には間に合うだろう。
 店を出る。日はもうほとんど沈んでいて、光の色は赤ばかりが、はっきりと世界に残っていた。
 店を出て、駅に向かって歩き始める。爆豪くんは、何も言わずに隣を歩いている。
「おい、おまえ次までにトチ狂ってるとこ直しとけよ」
「うーん、がんばる。善処はする」
「勉強しろガリ勉、アイデンティティ消えてんぞ」
「ね。本当にね。ちゃんとしないと」
 そう答えると、爆豪くんはまた訝しむように私を見た。その視線に、私は笑顔でこたえる。しばらくして、爆豪くんが舌打ちを打った。
「次んとき食いたいもん考えとけ」
「そうだね。楽しく美味しいものを食べよう。楽しみにしておく。爆豪くんも補講頑張って」
「言われるまでもねえ」
 駅についたところで、爆豪くんと別れた。爆豪くんの瞳のように真っ赤な夕日に背を照らされながら、駅の地下へとひとりでもぐっていく。
 先ほどの爆豪くんの言葉が、頭の中でぐるぐると、何度も何度も繰り返しリフレインしている。
 「こんなことしてる暇ァねんだよ」
 「俺ァ忙しいんだ」
 そう言われたとき、自分でも意外なほど、傷つきはしなかった。たぶん、うすうす分かっていた言葉だったからだろう。
 思い返せば、一番はっきりと胸のちくちくを感じたのは、芦戸さんたちから爆豪くんと緑谷くんの喧嘩の話を聞いたときだった。爆豪くんが元気を取り戻すのに、私の助けなど一切必要としていないことがわかったときから、ずっと私は自分のなかの安定を欠いていた。
 けれど、考えてみればそれは当たり前のことなのだ。爆豪くんにとっての優先順位は、最初から変わっていない。自分が一番になること。他の追随を許さないトップであり続けること。そしてそれは爆豪くん自身の力でなす偉業なのであって、私がそれに関与することはない。
 私がただ、思い上がっていただけ。爆豪くんの彼女なのだから、爆豪くんのために何かできることがあるはずだと、勝手に思い込んでいた。
 そんなはずはないのに。
 私にできることがあるとするなら、せいぜい爆豪くんの本懐と離れたところ、ヒーローとは無関係な立ち位置で、爆豪くんと一緒にいることだけ。その場所はけして優先順位の一番にはならない場所だけれど、そこになら私がいることが許される。
 そしてそこにいつづけるためには、私も爆豪くんと同じように努力しつづけなければならない。爆豪くんのために何もできないのであれば、せめて隣にいて見劣りしない人間でいるくらいの努力はしなければいけない。
 こうやって爆豪くんの時間を食いつぶしていたら、私はそのうち爆豪くんに置いて行かれる。今はどういうわけか私のために時間をつくってくれているけれど、トップに駆け上がるのに重荷になると思われたら、きっとすぐさま切り捨てられる。
 そのことが、はっきりと分かってしまった。
 爆豪くんと一緒にいたければ、爆豪くんについていける人間でいなければいけないのだ。自分の感情ひとつ御しきれず、おかしな態度をとって爆豪くんに迷惑をかけている、そんな人間ではいけない。
 改札を通り、駅のホームへと向かう。
 ちくちくももやもやも、絶対に表に出さないように。地下鉄に乗り込むころには、気持ちはもう切り替わっていた。