柚子子
2024-09-22 21:07:26
118496文字
Public ベリーベリー
 
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微原作沿 爆豪長編(2)

サイトに掲載している長編の第二章です。

 その後の数日をかけて、世間はめまぐるしく変化していった。敵の襲撃に始まった一連の騒動は、オールマイトの引退と、そのヒーロー生命をかけた決死の戦いによって、ひとまずの幕を閉じた。
 その余波を受け、ナンバーツーヒーローのエンデヴァーに注目が集まる。あるいは、神野で重傷を負ったヒーローたちの今後を憂う番組が放送される。このようにして、とにかく世間はざわついていた。
 しかしそれらはどこか、膜一枚隔てた世界のことのようにしか感じられず、私は世間ほど狂騒に溺れることはできなかった。
 もともと私はヒーローにそれほど関心がない。私にとっての現在の一大事は、オールマイトのことよりも爆豪くんのことだった。
 敵連合の手中から無事に救出された爆豪くんは現在、自宅から出ることを許されない半軟禁状態の生活を送っているらしい。らしい、と伝聞形式になってしまうのは、これも緑谷くん経由の情報だから。
 爆豪くんは無事に帰ってきたにもかかわらず、相変わらず私への連絡を一切寄越してこない。せめて安否の連絡くらいは入れてくれると思ったのに、そのメッセージの一通すら、いまだに送られてこない。
 いや、それはさすがに、おかしくないか。
 もしかして爆豪くんはいまだ、連絡ひとつできないほど、大忙しで過酷な環境にいるのか? こちらは一応、爆豪くんの身辺が落ち着くまで連絡を控えようと思っていたのだけれど、事もあろうに爆豪くん、一向に身辺が落ち着いた気配を見せてくれない……
 それでも緑谷くんから聞くかぎり、今の爆豪くんは連絡ひとつ送れない状況ではないらしいのだ。となると爆豪くんが「連絡したくないから、連絡しない」と考えている可能性が、にわかに濃厚になってくる。
 そうなるとこちらとしても「そっちがその気なら」という気分になってくるわけで。一時は爆豪くんの拉致事件への不安と心配でおかしくなりそうだった私も、だんだんと爆豪くんに対して意固地な姿勢になりはじめていた。
 そもそもこの拉致事件の前から、私と爆豪くんは喧嘩中、そしてその喧嘩はいまだ続行している。爆豪くんのほうに原因がある喧嘩なのは一目瞭然だ。それなのに、この期に及んでまだ私が、爆豪くんのために折れてあげなければならないのだろうか。
 喧嘩のぶんと、暴言を吐かれたぶんと、安否確認すらよこさない不義理のぶんと、あと何かあっただろうか。思い出せはしないけれど、何かしらはあった気がする。
 そういうものを全部数えたとき、私はいったい何回分、爆豪くんのために折れてあげたらいいのだろう。こんなことを繰り返していたら、心も体も全身全霊バッキバキになってしまうのではないか。
 爆豪くんはそのあたりのことを、一体どのように考えているのだろう。

「えっ、苗字さん、まだかっちゃんに会いに行ってないの!?」
 ある日の夕方、近所のコンビニに向かう道すがら、偶然にも緑谷くんに遭遇した。
 以前にもまして傷跡が増え、両腕に包帯をぐるぐる巻きにした緑谷くんは、見た目の満身創痍ぶりとはうらはらに、思ったよりも元気そうだった。
 自分だって大変だろうに、緑谷くんはこうして私と爆豪くんの関係のことまで気にかけてくれている。はたから見ると「それより静養していてほしい」という感じなのだけれど、こればかりは私がどうこういうことでもないのだろう。
 爆豪くんが戻ってきてから、すでに一週間近く経過している。最後にデートして喧嘩した日から数えれば、半月近くは経っているだろうか。こんなに長く爆豪くんと顔を合わせないなんて、付き合ってからはじめてのことだった。
「いや、一応何度かは会いに行こうと思ったんだけどね……。言ったっけ? 爆豪くんが林間合宿に行く前に、私たちちょっと、喧嘩をしていて」
「そういえば、電話でそんなこと言ってたね……
 かっちゃんと喧嘩が成立するんだね、と緑谷くん。そういわれてみると私たちの場合、喧嘩というより、各々の怒りのぶつけ合い、という感じかもしれない。それはともかく。
「その喧嘩してたことを思い出して、うわ爆豪くんやっぱりむかつくなーとか思ってしまって……。それで連絡しなかったら、爆豪くんからも同じように連絡が来なくって、お互いにこう……、連絡来ないのに会いに行くのも、どうなの? みたいなね……。それでこう、今に至ってるというか」
「かっちゃんは知ってたけど、苗字さんも実は頑固なんだ」
「そうかな? 自分ではそこまででもないと思うんだけど……
 かりに頑固だったとしても、爆豪くんほどではないと思う。しかし、緑谷くんの視線はもの言いたげだ。その視線にさらされていると、なんだか言葉につまってしまい、私はしどろもどろになった。
「だけど、まぁほら、一応は爆豪くんと付き合ってる? ということになってるわけだし……、ある程度しっかり自分を持ってないと、爆豪くんに負けちゃいそうだなとは思うよね? 侮られたりするのも嫌だし、なあなあにしたくないというか」
「なるほど、それがかっちゃんと付き合っていく秘訣ってことか……
「いや、今まさに付き合うか別れるかの瀬戸際なんだけど……
 感心してくれる緑谷くんには悪いけれど、私と爆豪くんの関係は今、かなりあやしい感じになっている。付き合って二か月、もうすぐ三か月。爆豪くんが相手であることを考えれば、よくもったほうかもしれないけれど。
 そう考えると、幼少期から今に至るまで、爆豪くんとの付き合いがなんだかんだ続いている緑谷くんは、相当すごいのかもしれない。
 緑谷くんのパーソナリティについて、私が知っていることは少ない。中学時代まで無個性で、高校生になった今は個性が発現。日本でも最高峰のヒーロー科、雄英高校ヒーロー科に通っている。爆豪くんとは幼馴染。
 爆豪くんと幼馴染をやれているなんて、私からしてみれば本当に奇特というか、はっきりいって正気の沙汰とは思えない。これまで緑谷くんが爆豪くんにされてきたことを考えても、いまだにふたりの関係性が続いているのは、心底不思議だ。
 私だったら絶対に縁を切っている。なぜなら普通に嫌だから。
 とはいえ緑谷くんからしてみたら、幼馴染という環境によって自動的に決定づけられる関係よりも、能動的に爆豪くんの彼女なんかやっている私の方が、よほど奇特な人間に思えるのかもしれない。
 同じようなことを緑谷くんも考えていたらしい。目が合うと、ごまかすように笑われた。
「なんか、かっちゃんと苗字さんが付き合ってるって聞いたときには、とんでもない組み合わせだなって思ったんだけど」
「どういう意味……
「あ、いや、悪い意味じゃなくて! その、やっぱりかっちゃんはあんな性格だから、苗字さんが振り回されて大変そうだなと思ったというか」
「うん、まあそれはおおむね間違ってない」
 振り回され続けて早二か月、といった感じ。振り回されていない瞬間があるとすれば、それは爆豪くんの優しさによるというより、私が振り回されまいと足を踏ん張っているときだ。
「でも、こうやって苗字さんの話聞いてたら、なんかちょっと分かった気がする」
「え? そう……?」
「かっちゃんが苗字さんのこと好きなのも、分かる気がする」
「え!?」
 驚いて、思わず大きな声を出してしまった。当の私にはいくら考えてもさっぱり分からないことが、どういうわけか緑谷くんには分かるという。びっくりして言葉を失う私に、緑谷くんはあわあわと手を動かしながら弁明した。そして、
「というか知ったようなこと言って鬱陶しかった!? ごめん!」
 今度はぺこぺこ謝りはじめる。別にそんなことは思っていなかったけれど、緑谷くんのその様子があまりに必死で、私は思わず笑ってしまった。緑谷くんの謙虚さと爆豪くんの不遜さ、足して二で割れば、きっと丁度いい具合になる。
「全然鬱陶しいとかはないよ。ただ、緑谷くんには分かるのか、さすが幼馴染だな、すごいなって思った。私はまだ、どうして爆豪くんが私と付き合ってるのか分かんなくて……それももう、最近では仕方ないかなって思ってるところあるし」
「仕方ない……?」
「うん。なんかもう、それはそういうものだと思うしかないっていうかね」
「諦観……!」
「そうそう、諦観。諦念」
 話していたらだんだんおかしくなって、ついには吹き出してしまった。緑谷くんが少し驚いたような顔でこちらを見ている。一度笑い出すとなかなか止まらず、私はそれからしばらく、ひとりでひいひい笑っていた。
 思えば爆豪くんが拉致されてから今日まで、こうして声を出して笑うことなどほとんどなかった気がする。緑谷くんと話したことで、私の中で凝り固まっていた何かが、少しだけほぐれたようだった。
 張りつめていた糸が切れてしまう前に、今ここでゆるめてもらえてよかった。それもこれも緑谷くんのおかげだ。今度こそちゃんと緑谷くんにお礼を言ってから別れると、私は少しだけ悩んでから、自宅とは別の方向へと足を向けた。
 コンビニに行くだけのつもりだったけれど、一応かばんには財布が入っている。爆豪くんとデートしたときのままだから、財布の中身もそれなりに入っている。
 近所のショッピングセンターの一階で、よさそうな手土産を見繕い、目的地へと歩き出した。
 向かう先は爆豪くんの家。爆豪くんが軟禁生活を送っているはずの、彼の自宅だ。
 緑谷くんと話したことで、少しだけ気持ちが前向きになった。結局のところ、連絡を取らないのは問題の先送りでしかない。それに、相手は爆豪くんなのだ。何かしてくれることを期待するよりも、自分がしたいことを優先した方がいい。爆豪くんと対峙するとき、私はこれまでだって、ずっとそうしてきたではないか。
 ダメでもともと。とりあえず話してみなければ。
 爆豪くんのお宅に招かれたことはないけれど、住所だけは知っていた。ずいぶん前、まだ爆豪くんと付き合う前に友人とたまたま彼の家の前を通り、そのときに教えてもらったのだ。爆豪という苗字は珍しいので、表札さえよく見ておけば、よそのお宅と間違えることもない。
 少し迷いながらも、無事に爆豪くんの家の前までたどり着いた。前に通りかかったときにも思ったけれど、大きな家だ。
 玄関の門扉の前で時刻を確認する。昼は過ぎたが、まだ日は沈んでいない。迷惑になりにくい時刻ではある。けれど、何の連絡もない押しかけそれ自体、そもそも迷惑ともいえる。事前に在宅確認もしていないので、爆豪くんが在宅しているのかも分からない。
「はぁー……
 両手を腰に当て、空を仰いだ。深呼吸というには情けない、長い長い呼吸。私らしくもなく、少しだけ緊張していた。
 ここまで来てはみたものの、ではこの後どうするかということにかんしては、実のところまったくのノープランだった。いざ爆豪くんの本拠地を前にすると、ここまで無視してきた弱気な気持ちが、急速に存在感を増していく。
 もしかしたら爆豪くんは、私とはすっかり別れたつもりでいるのかもしれない。もしそうだとしたら、今の私は急に押しかけてくる厄介女。かなり怖い。
 そのうえ、近所のコンビニに行くだけのつもりで家を出てきたので、着ている服も適当きわまっている。付き合ってから爆豪くんに見せた私服のなかでは、ダントツでカジュアル、というかやる気がなくてダサい。
 中学時代のあの死ぬほどダサい制服の着こなしを知られているのだから、なにを今更という話ではあるのだけれど、でも、そうではない。そうではないのだ。そういう問題じゃない。
 久々に会うのにこれって、もしかして、あまりにもあんまりすぎて失礼にあたるレベル……
 せっかく手土産まで用意したけれど、事ここに至り、わが胸の闘志は急速に萎え始めていた。
 そうだ、やめよう。今日のところは出直そう。
 なに、手土産っていったって、別に自分で食べてもいいのだし。
 爆豪くんちの門扉の前で、私はくるりと百八十度方向転換した。爆豪くんと顔を合わせるのも半月以上ぶりだ。挑むのならばそれなりに、ちゃんとコンディションを整えなければ。こんなノリだけで突撃しても返り討ちにあうだけだ。
「これは、そう、戦略的撤退」
 情けない気持ちに理由をつけて、私はうむうむ大きく頷く。木の棒だけ装備したところで、爆豪くん相手に勝てるわけないしね。
 と、撤退に入ろうとしたところで、
「何しとんだ、不審者」
「うわぁっ!?!?」
 唐突に背後から声をかけられ、思わず素っ頓狂な声をあげた。自分のうちにばかり意識が向いていたせいで、周辺への警戒がすっかりおろそかになっていたのだ。
 うっかり飛び上がってしまいそうになるのを、何とかこらえて振り返る。棒アイスを頬張った、目つきの悪いガラの悪い男の子がひとり、私の背後に突っ立っている。
 そこにいたのは、今一番会いたくて、今一番会いたくない相手。
 爆豪勝己くん、その人だった。