柚子子
2024-09-22 21:07:26
118496文字
Public ベリーベリー
 
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微原作沿 爆豪長編(2)

サイトに掲載している長編の第二章です。

名前ちゃんと爆豪くん、どこまでいったの? もうキスとかした?」
「まだだよ」
 テーブルの上のポテトをつまみながら、私は即座に返事をする。学校帰りのファストフード店、話題はもっぱら恋愛の話、というより私と爆豪くんの話だ。
 箱入りどころか桐箱に大事にしまいこまれたお嬢様が集う夢咲女子において、私と爆豪くんの恋愛事情はかなり興味を引くらしい。ヤンキーなんて生き物をコミックでしか知らない彼女たちにとって、爆豪くんとの恋愛というのはコミックにも勝る娯楽……なのかもしれない。
 恋愛トークの前には、お嬢様もギャルもない。根掘り葉掘り事情聴取されるのは当然のことだった。

 爆豪くんと付き合って、早いものでもうすぐ二ヶ月。無事に期末試験もやり過ごし、日に日に夏めいてくる今日この頃だ。
 このまま何事もなく夏休みに突入……とならずにこうして日夜事情聴取されまくっているのは、期末試験と前後して、私に彼氏ができたこと、そしてその相手がほかならぬ爆豪くんだとバレたためだった。
 付き合う前の話ではあるけれど、爆豪くんおよび雄英高校は今年度に入ってからだけでも、すでに何度も注目を浴びている。
 雄英が敵から襲撃を受けたさい、私は爆豪くんを心配しつつも、ことさら誰かとその話をしたりはしなかった。また、体育祭で爆豪くんが優勝したらしいと知ったときも、自分ひとりで「ふーん」と思っただけで終わらせてしまった。
 なぜか。それは単純に、そうした話をほとんど誰からもふられなかったからだ。
 高校の友人たちは私に「雄英のヤンキー」の知り合いがいることは知っていても、爆豪くんのことまで知っているわけではない。そして私の知り合いの「雄英のヤンキー」が、まさか体育祭で一位をとった「雄英のヤバいやつ」と同じだとは誰も気付いていなかった。
 だからまあ、話さなくてもいいかと思っていたのだ。唯一、中学時代からの友人とだけは少し話をしたけれど、同じクラスでもないからそれほど長々話したわけではない。
 が、最近になって、そうも言っていられなくなった。爆豪くんと一緒に下校するため駅で待ち合わせしているところや、一緒に試験勉強していたところを、何人かに目撃されていたらしいのだ。その結果、私に彼氏がいることが発覚し、芋づる式に「雄英のヤンキー」が「雄英のヤバいやつ」、すなわち爆豪くんだということまで、あっという間に知られてしまった。
 クラスでも数少ない彼氏持ちの私、そしてその彼氏は空前絶後の注目度を誇る爆豪くん。中学時代には凶悪な敵からの猛攻にもタフに耐え、入学直後には襲撃から逃げ延び、ダメ押しのように体育祭で爪痕を残しまくった爆豪くん。
 すでにうちの高校で、私と爆豪くんの交際を知らない生徒の方が少ない。そんなところまで到達してしまった。有名人の彼氏を持つと要らぬ注目を浴びてしまうんだなぁ。そんなまったくありがたくもない感慨を、ひしひしと感じる日々。
 そんなわけで、爆豪くんと直接面識のない友人たちまで、こぞって爆豪くんの話を私に問い質してくる。
名前ちゃんの彼氏、手が早そうなのにね」
「うーん、まあ、そう見えなくもないのかも……?」
 例のごとく不良っぽいというイメージで語られ、私は曖昧な返事で言葉を濁した。
 手が早そう、か。たしかに私も、知り合ったばかりの頃にはそんなふうに思っていた。なにせ爆豪くんは見たままの人なので、ヤンキー、イコール女性関係も発展しているという先入観があったのは認めざるをえない。
 同じ中学出身ながら、私は爆豪くんに今まで彼女がいたことがあるのか知らない。中学三年の一年間の彼の様子を見るに、あまり女っけはなかったというか、顔の良さと何でもできる器用さのわりに、浮いた話はなさそうだった。
 まあ、男女分け隔てなくあの態度の悪さを披露している爆豪くんなので、女子が寄り付かないのもさもありなんという気もする。私だって寄り付きたくて寄り付いたわけではない。
 そう考えると、爆豪くんの恋愛レベルというのは、もしかすると私と大差ないのかもしれない。現にこの二か月、私と爆豪くんの間に恋人らしいやり取りは一切発生していない。
 そもそも爆豪くんって、私と手をつなぎたいとか、思うのだろうか。私と手をつなぎたがっている爆豪くんって、まったく、本当にまったく、ありえないくらい想像できない。個性柄、手がふさがるのも嫌がりそうだし……
「爆豪くん、あんまりそういうこと興味ないような気がするなぁ」
 ポテトをまた一本つまみつつ、私は爆豪くんの姿を脳裏に思い浮かべて言う。
「淡白っていうと少し違うけど……。そもそも、どうして私と付き合ってるのかも、未だによく分からないしね。付き合って二か月くらいになるけど、爆豪くんって私にあんまり魅力を感じてなさそう」
「付き合ってるのに魅力感じてないって、そんなことある? 魅力を感じるから付き合っているのでは」
「うーん、爆豪くんを常識ベースで語るのって、結構難しいところがあって……。でも少なくとも、普段から根暗とかグズとか散々言われてるわけだし、爆豪くんのタイプってわけではないと思うよ、私」
「大丈夫だよ、名前ちゃんは可愛いよ! 爆豪くんのそれも、きっと照れ隠しだって!」
「いや、あれは本気の暴言だと思う」
 本心から断言する私に、友人は口をつぐんだ。
 爆豪くんを知らない人間には分からないかもしれないけれど、爆豪くんは照れ隠しに意地悪言っちゃう、なんて可愛いタマじゃない。私に向けられる罵詈雑言は基本的に、すべて爆豪くんの本心からの罵詈雑言だ。実感がこもっている。
 本当にごく稀に、「あ、今のは恥ずかしがってるだけだな」ということも、あるにはある。暴言にキレがないので、そういうときは比較的容易に気付く。けれど、私が爆豪くんのタイプではなく、おそらく爆豪くんは私になんら魅力を感じていないだろうというのはたしかだ。なぜ付き合ってるのかと言われれば、爆豪くんの一時の気の迷いに違いない。雄英に入学しておかしくなっちゃったのかな……
「本当、爆豪くんって私の何がよくて付き合ってるんだろう……?」
 気付けばそんな疑問を口走っていた。
名前ちゃんは、爆豪くんのこと好きなんだよね?」
「それはもちろん……
「じゃあ相手の気持ちが分からないと不安になっちゃうね……
 友人のひとりが、神妙な声で同調してくれる。不安……に、なっているのだろうか。なにせ爆豪くんの気持ちがわからないことなど、今に始まったことではない。というより分からないのがデフォルトなので、自分がそのことに不安を感じているのかどうかすら、私にはよく分かっていなかった。
「不安、なのかなぁ」
 実感がないだけで、私は不安を感じているのだろうか。
 そんなことを考えていると、友人のひとりが鞄の中からごそごそとポーチを引っ張り出してくる。そこから更に何かを取り出すと、彼女は「はい、これ」と私に手渡した。
「彼氏とのお付き合いでお悩み中の名前ちゃん、こういうものをご存じかな?」
「何? これ」
「少し前に流行った、婚活リップ」
 私の手の上で輝くのは、シンプルながらもおしゃれなデザインの、リップスティックだった。
「婚活……
 高校生には不釣り合いなワードに、思わずしげしげと観察してしまう。大層な文言とはうらはらに、これといって変わったところはない、ふつうのコスメに見えた。
 よく見てみると、持ち主の名前の刻印が入っている。似たようなものを私も持っているけれど、ふつうのものとこれとでは、どこか違うところがあるのだろうか。
「婚活にご利益があるの?」
 私が首を傾げると、友人はチッチッチと指を振る。
「婚活ってことで流行ってるけど、広くとらえれば恋コスメってことになるよね。友達がこれつけてて彼氏といい感じになったって言ってたし、結構ご利益はありそうな感じじゃない?」
「うーん……私あんまりそういうジンクスって信じてないんだけども」
 矯めつ眇めつしたのち、私はリップを持ち主に返した。見せて見せてとほかの友人が言い、今度はその子の手に渡っていく。
 私は知らなかったけれど、どうやらそれなりに流行っているもののようだった。私以外はみんな持っているか、購入を検討中らしい。さすがは女子高というべきなのか。あまり化粧品のたぐいに興味がなかった私は、友人たちの熱心さに内心ややおののいた。
「ね、そういうわけだから、名前ちゃんも悩んでいるならぜひ」
 まるでブランド側の回し者のようなことを言う友人。
「うーん、そうは言っても、そんないいもの買ってもなぁっていう。使うの私だし」
「そう言わず、ものは試しってことでさ」
「ていうか恋コスメとか関係なく、ふつうに可愛いよね、この色」
「うん、それつけて彼氏のこと誘惑しちゃいなよ」
「誘惑って……
 お嬢様学校に通う女子から出る言葉ではない。
 なかばごり押しのような言葉の数々に対し、私は笑いでごまかした。

 その日の帰り、ふと思い立ち、私は乗換駅で電車を降りた。そのまま駅直結の百貨店に足を踏み入れる。
 今日は爆豪くんは一緒ではない。向かう先は爆豪くんが一緒では入りにくいゾーン、化粧品売り場だ。
 恋コスメ、ねえ……。売り場をきょろきょろと観察しながら、目当てのショップを探してまわった。制服姿で歩き回るのは場違いな気がして、自然と歩みがはやくなる。
 友人に言われたからといって、ジンクスをことさら信じたわけではなかった。そもそも、そんなあやふやなものを信じて化粧品を購入できるほど、高校生の私の懐事情はあたたかくない。爆豪くんだって、ジンクスなんかでどうこうできるほどやわではないだろう。
 占いの結果とかおまじないとか、そういう神秘的なものをすべて跳ね除けそうな強さを、爆豪くんからは感じる。生命力が強いとでもいうのだろうか。呪いのたぐいも爆豪くんにはきっと敵わない。
 こんなキラキラしたリップのジンクスなんかじゃ、爆豪くんには太刀打ちできっこないはず。それでもやけにジンクスのことが気になってしまうのは、その直前にしていた会話が今もなお、私のなかでわずかに尾を引いているからだった。
 不安、なのだろうか。
 爆豪くんがどういうつもりで私と付き合っているのか、いまだによく分からないことが。
 今まで自分ではそんなこと考えもしなかったのに、友人からそうやって言われてしまうと、なぜだかそんな気になってくるからおそろしい。
 しばらく歩くと、目当てのブランドのショップを発見した。
 いいなと思っていた色の品番を探し、おそるおそる、テスターからすくう。くちびるに色をのせると、ほんのり色づいた赤色に、なぜだか爆豪くんの顔が頭をよぎった。
 いや、違うし。爆豪くんがどうとか関係なく、普通に色が可愛いと思っただけだし。
 むしょうに恥ずかしくなって、脳内で誰にともなく言い訳をしてしまう。いや別に、恋リップとか爆豪くんとか関係なく、一本くらいちょっといいリップがあってもいいかなとも思っただけで。そういうのは全部きっかけにすぎないだけで。私だってもう、高校生なんだし。
 誰にともなく言い訳をしていると、販売員さんが近づいてくる。結局、目当てのリップだけを購入し、そわそわと落ち着かない気分のまま帰路についた。
 次に爆豪くんと会うのは今週末。べつに爆豪くんのためではないけれど、なんていう買う直前までの言い訳もすっかり忘れ、私は週末への期待に胸を膨らませていた。