柚子子
2024-09-22 21:07:26
118496文字
Public ベリーベリー
 
756870

微原作沿 爆豪長編(2)

サイトに掲載している長編の第二章です。

 翌日、昼食を終えた私は身支度をととのえ、自転車で近所のショッピングセンターに向かった。
 八月末の日差しは翳るきざしもなく、じりじりと私の肌を焼く。
 特に何かほしいものがあったわけではなかった。今日の目的は、ひとまず売り場の視察をすること。ショッピングセンターに来るときにはたいてい、二階以上の売り場しか見ないので、一階の食料品フロアは実はあまり見たことがない。
 以前、爆豪くんの家を訪ねたときに手土産を買った店の前をとおり、ぶらぶらと周囲の店を観察する。夏休みの終盤にもかかわらず、それほど買い物客は多くない。やはりまだ神野の一件の影響が尾を引いているのかもしれない。
 はやく元の生活に戻ればいいけれど……
 とはいえ願っているだけでは解決しない。ヒーローに興味のない私でもそんなふうに思うくらい、世間の空気はオールマイト一強時代から変わりつつある。
 私も、できることをしなければ。
 そういうことを考えるからこそ、今日ここに来たのだ。
 うっすらとした目的を念頭に置きつつ、フロアをぐるぐる歩き回る。と、歩き始めてすぐ、前方に見覚えのある女性の姿を見つけた。
「あ」
 思ったままの声が、口からこぼれた。その声が届いたらしい。向こうも商品棚に向けていた顔を上げ、私に視線をとめる。
 数メートル挟んで、数秒間、じっと見つめあう。そののち彼女は、
「え? あ、ああ!」
 満開の笑顔とともに、カートを押しながらこちらへ歩いてきた。
 近くに寄られて見てみると、そのすらりとしたスタイルの良さに息をのむ。めちゃくちゃ普段着にもかかわらず、なんだかオーラがあるように感じられるのは、彼女が爆豪くんのお母さんだという先入観があるからだろうか。
 爆豪光己さん、爆豪くんのお母さんは、私のすぐ目の前で立ち止まると、爆豪くんとそっくりのきれいな顔で、私ににっこりと笑いかけた。
名前ちゃんじゃないの。おつかい? 暑いのにえらいねぇ」
「あ、ええと、……はいっ!」
 彼氏のお母さんの前でもごもご口ごもるわけにもいかず、やたらと歯切れのいい返事をしてしまった。たぶん爆豪くんにも聞かせたことがないくらい、元気な返事になってしまい、私はひとり赤面する。
 通路のど真ん中で立ち話をするのもなんなので、私たちはどちらからともなく、通路の端のほうに移動した。
 爆豪くんのお母さんとお話するのは、今回がほとんどはじめてのようなものだ。このあいだは挨拶程度で、ほとんどまともに会話をしなかった。
 それはもちろん、爆豪くんがものすごい勢いで私と母親の接触を拒否したからなのだけれど、あの日は私のほうでも心の準備ができていなかったから、結果的には爆豪くんの「しゃべんな見んな散れ!!」という怒号に救われたことになる。
 その後イメージトレーニングを何度か重ねたことにより、今日は前回と比べても各段に心構えができていた。もちろん緊張はするけれど、どうにもならないほどではない。
「このあいだは何のおかまいもできなくてごめんね」
「あ、いえ、こちらこそ留守中にお邪魔してしまって、すみませんでした」
「ジュースくらい出したらよかったのに、勝己のやつ気が利かないんだから」
「いえ、本当、ぜんぜんです」
 というよりは、私が手土産に持って行ったゼリーが甘かったので、それに合わせてお茶を出してくれていたような気がする。爆豪くんは粗暴ではあるけれど、気が利かないタイプではない。
「勝己のやつ、どう? ちゃんと名前ちゃんに連絡してる?」
 うおっ、と思わず声が出そうになった。
 彼氏のお母さんに交際関係の内情を聞かれたときって、どう回答するのが正解なんだろう……
 それとなくごまかすべきか? いや、「そこそこです」などと中途半端な回答をするのもおかしいか。というか光己さんだって息子が親元を離れて心配なのかもしれないし、ここはひとつ、できるだけ現実に即した返答を……
「はい、毎日何かしらはちゃんと連絡してくれます」
「えっ、うそ! あー、そうなんだ!」
 答えたとたん、光己さんの顔がゆるんでにやけた。
「あの子、あたしたちにはてっきとーな連絡しか、というか返事しかしてこないのにね、ふーん。そうなんだ。あれで結構、可愛いとこあんだねぇ。あ、ねえこの話で勝己本人いじったら、名前ちゃんにも連絡してこなくなっちゃうかな」
「そうですね……たぶん……
 手に取るように未来が見える。
「だよね、じゃあ勝己には黙っとこ」
 光己さんが悪い顔をして笑った。そういう顔をすると、やはり爆豪くんにそっくりだ。爆豪くんがお母さんにそっくり、が正しい言い方か。
 そんなことを考えつつ、ふと光己さんのカートに視線をうつす。カートにおさまった買い物かごのなかには、大袋のお菓子やら缶詰やら、いろいろな品が雑多につめこまれていた。
 共通点はひとつ、それなりに日持ちがするものだということ。ほかには新品のタオルや、ころころする粘着クリーナーなども入っている。
「それ、もしかして爆豪くんへの差し入れですか?」
 かごに視線をやったまま尋ねると、
「え? あ、そうそう。必要なもんあったら教えてって言ったら、まあいろいろとリクエストがあってさ」
 光己さんが言う。なにせ入寮までの日程がそれなりにタイトだったため、大きな家具や必需品は早めに持ち込んで、足りないものは後から追加で送る、ということになっていたらしい。
 しかし、せっかく説明してもらったにもかかわらず、私は目の前に転がり込んできたとんでもない好機のことで、頭がいっぱいになっていた。
「なんでもいいって言うわりに文句が多いからさ、こっちはもう大変」
 そう言って笑う光己さんは、ふいに笑みのまま首を傾げる。私がいたく真剣な顔をしていたからかもしれない。考えを巡らせるあまり、爆豪くんに負けず劣らずの険しい顔をしていた自覚がある。
 逡巡ののち、私は光己さんに、意を決して伝えることにした。
「あの、もしよかったら、なんですけど、私も差し入れ、少しだけなにか送って大丈夫ですか? その、同じ宅配で、という意味なんですけど」
「え? それは全然いいけど……
 唐突な申し出、というかお願いに、光己さんは少しだけ不思議そうな顔をした。それはたしかに、そんな顔にもなるだろう。私は事情を説明した。
「私もなにか、爆豪くんにできることないかなって、考えていて……。それで、何かおいしいものでも、と思ったんですけど、家族以外からの荷物は、けっこうチェックが厳しいみたいで」
 もともとセキュリティレベルの高い雄英だけれど、今やその厳しさは一教育機関のそれとは思えないほど引き上げられていると聞く。関係者以外は容易に敷地に踏み入ることができないだけでなく、外部からの宅配物にかんしても、最低限のプライバシーを尊重したうえで、かなり厳しくチェックされている。
「それに、そもそも私からの荷物だと、冷やかされて嫌かな、とかも思うし……
 宅配物はクラスごとに配られるというから、場合によっては送り主の名前がクラスメイトの目にふれることもあるかもしれない。そういうことを考えると、私が個人的に爆豪くんに何か差し入れるよりも、光己さんからの荷物のなかに紛れ込ませてもらう方が、何かと都合がよかった。
「もちろんお金は自分で出すつもりで、でも、ご家族からの気持ちに割り込むみたいで、そこのところは本当に申し訳ないんですけど……
 会うのは二度目、ちゃんと言葉を交わすのはこれがはじめて。そんな間柄で頼み事なんかして、図々しいと思われたかもしれない。息子の彼女がコレって、結構嫌かもな……
 けれどそんな私の不安は、光己さんの気っ風のいい声によってあっけなく吹き飛ばされた。
「なに、そんなこと気にしてるの? ていうかそんなの、むしろこっちからお願いしたいくらいだよ」
 そうして光己さんは、私の顔をにこにこと覗き込んだ。
「てことは名前ちゃん、もしかして勝己への差し入れ買いに来てた?」
「実は……はい。どうやって送ろうかなとかは置いておいて、ひとまずものだけ選ぼうかなって」
「ありがとね、あんな小うるさいののこと気にしてくれて」
「小うるさい……
 爆豪くんのあの怒号を、小うるさいと表現している……? さすがに母親は器が違う、とおののきつつ、そんな大きな器の光己さんのご厚意に甘えることにした。
 カートを押す光己さんとともに、食料品売り場へと向かう。生鮮食品のコーナーはさらっと流し、日持ちのする保存食や嗜好品のコーナーを、ふたりでじっくり吟味した。
「寝る前に小腹がすくから、なんかインスタントのラーメンとかそういうの、いろいろ入れとけって言ってたっけ」
「育ち盛り感すごい。夜中にラーメンとか絶対食べないですよ」
名前ちゃんは男兄弟いないの?」
「ひとりっこです」
「あー、じゃあわかんないかも。すごいよ、勝己の食べる量。ぜんぜん故障とかじゃなく、勝己の食べる量に追いつかなくて炊飯器買い換えたからね、二回」
「それは……かなり食べてますね……
「だからあんなにでっかくなっちまったんだね」
 あはは、と笑う光己さんを、私はそれとなく見上げた。爆豪くんはたしかに高校一年にしてかなり身長が高いけれど、それは白米の力もさることながら、このお母さんからの遺伝も大きくかかわっているように見受けられる。
「あ、段ボールにつめるときの緩衝材がわりにお菓子とか入れたら、爆豪くん食べてくれますかね。友達とかと分け分けして」
「いいね。食べるんじゃない? 共有スペースみたいなところあるって聞いたし」
「たしかに。言ってました」
 おもに爆豪くんについての雑談をしながら、てきぱきと買い物を進めていく。お会計は、当然のように光己さんがもってくれた。
「息子の彼女にお財布出させるほど甲斐性なしじゃないって」
 とのことで、私は恐縮しながらお礼を言った。危うく好きになっちゃうかと思った。母と息子で顔が似てるから、光己さんに優しくされると本当にドキドキしてしまう。
 段ボールにつめて発送するのは帰宅してから、とのことなので、私が参加させてもらえるのはここまでだ。差し入れの段ボールに手紙を同封するかと聞かれたけれど、それについては謹んでお断りした。たぶんだけれど、私が自分のお母さんと一緒に買い物をしたなんて、爆豪くんは知りたくないような気がする。
「ふう、さてと」
 と、買い物を済ませた光己さんが、私のほうに向き直った。
名前ちゃん、せっかくだし、どこかでお茶していかない?」
「いいんですか?」
 思わず聞き返してしまった。そのくらい、思いがけないお誘いだった。ここまでの雰囲気で、嫌われてはいないと思ったけれど、お茶に誘ってもらえとは思いもしなかったのだ。
名前ちゃんがよければね。それとも彼氏の母親とサシでお茶するの、きつい?」
「や、えー……いや、そんなことは……
「結構ぜんぶ顔に出るね!」
「ば、爆豪くんにも言われます……
 恥ずかしいかぎりだ。またしても赤面した。
 もちろん嫌なはずがない。私の表情からすべてを察したらしい光己さんには分かっているだろうけれど、答えを言いよどんでしまったのはけして嫌だからではなく、「たしかに息子の彼女とサシって光己さん的にもきついのか?」という戸惑いがあったからだ。
 光己さんがいいのであれば、私に否やがあるはずもない。
「いえ、私でよければ、おともさせていただきます」
「よし、じゃあ決まり。ここの上のカフェでいい? あそこのカフェ、今の季節のケーキがメロンなんだよね」
 うきうきと弾む足取りでカートを押す光己さんに、私も足早についていく。カートには爆豪くんのためにと選ばれた差し入れの品々が袋に詰められ乗っている。
 少しでも爆豪くんが元気になってくれればいい。そんなことを考えつつ、私は光己さんとともにメロンのケーキのためカフェへと向かった。