柚子子
2024-09-22 21:07:26
118496文字
Public ベリーベリー
 
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微原作沿 爆豪長編(2)

サイトに掲載している長編の第二章です。

 お昼時のピークを過ぎ、フードコートのなかにも空席が目立ち始めている。私たちも食事を終え、ようやく一段落だった。
 爆豪くんは買い物に不足がないか、しかつめらしい顔をして買い物袋の中身を確認している。この隙にと、私はかばんからポーチを取り出した。
「ちょっとお手洗い行ってくるね」
 そう断ってから席を立ち、私はそそくさと女子トイレに向かう。食事でとれてしまったリップや化粧を、今のうちにささっと直しておきたかった。
 私なりにめかしこんできたことに爆豪くんが気付いていないのは、たしかになかなか悲しいものがある。爆豪くんが私の顔面になど微塵も興味がなく、ろくに見てすらいないことはよく分かった。
 それでも、崩れかけの化粧をそのままにしておくわけにはいかない。爆豪くんが見ていなくても、道行く人は私の顔を見ているかもしれないのだ。有名人である爆豪くんの隣を、ぐずぐずの顔のまま歩くわけにはいかない。それこそ爆豪くんの名誉にかかわる。
 それに、と鏡にうつる自分を見て、考える。
 ショーウインドウに映る自分がいつもより多少はましな顔をしているのは、結構悪くない気分だった。

 手早く化粧を直してフードコートに戻ると、私の分もトレーを返しておいてくれた爆豪くんが、ぶすっとした顔で私を待っていた。戻ってきた私の顔をじっと見て、それからなぜか舌打ちを打つ。
 これはあれか。戻ってきやがって、こいつってことなのか。勝手に帰ったら絶対怒るくせに……
「お待たせいたしました」
「遅ェんだよ、どんだけ待たせんだ」
「待たせたのは謝るけども。あと食器返しておいてくれてありがとう」
「一生感謝しろ」
「了解です」
「もっと重々しく受け止めろ!」
「わかったわかった、ありがとうね爆豪くん」
 小さい子どもをあやすお母さんって、こんな感じなんだろうか。子どもをあやすのと爆豪くんをうまいこと転がしていくのって、どちらの方が大変なんだろう。
「私がいないあいだに何かあった? なんか、そこはかとなく不機嫌じゃない?」
「不機嫌じゃねえ!」
「もう、またすぐ怒鳴るし」
「怒鳴ってねンだよ!」
「いや怒鳴ってるよ、それが地声のボリュームだったらだいぶうるさいよ」
「あ゙ァ!?」
「それ。それそれ。それの話をしてるんだよ、私は」
 爆豪くんは頑として認めないけれど、絶対にさっきより不機嫌になっている。その不機嫌な爆豪くんは、苛立たしげに席を立った。私も腰をあげる。
 午前中に買った荷物をがさがさ言わせながら、爆豪くんが歩き出す。結構な量の荷物を持っているので、両手ともしっかりとふさがっている。
 これでは手をつなぐなんて、とうてい無理な話だ。ほとんど手ぶらのままの私は、またしてもがっかりした気分になる。
 別に、恋コスメのジンクスをあてにしていたわけではないけれど。
 別に、どうしても手をつなぎたいわけでもないけれど。
 でも、なんだろう、このさみしさは。
 百歩譲って爆豪くんにその気がないのはいいとしても、私がそうする隙すら与えてもらえないというのは、やっぱりちょっと、悲しいものがある。恋人という関係性の名前だけ与えられて、実態が何もないというのならば、わざわざ付き合う理由なんてないはずだ。
 そこまで考えて、否応なしに自覚した。私はたぶん、爆豪くんと恋人らしくなりたいのだ。世間ほどではなかったとしても、ほんの少しでも、それらしさがほしかった。
 そうじゃなければ今日一日、こんなにもがっかりばかりしていないはずだ。爆豪くんは爆豪くんなりに歩み寄ってもくれていて、それで満足できたはずなのだ。
 友人たちに煽られたからだろうか。そうかもしれない。それはたしかに否定できない。私は恋愛のことなんかぜんぜん分からないから、影響されやすい自覚もある。 
 とはいえ、私のなかのそういう気持ちの種があったからこそ、煽られもしたのだろう。
 私は爆豪くんのことが好き。五月にさんざん自分の気持ちを見直したから、それだけは自信を持って断言することができる。
 けれど、こんなふうに思うのなら、いっそただ好きなだけで、付き合わないほうが気楽だったのではないだろうか。好きだからって付き合わなきゃいけないわけじゃない。爆豪くんと私の関係はけして悪くなかった。私がうかつなことさえ言わなければ、今もあのまま、なんとなく友人関係を続けていたはずだ。
 恋人じゃなくてもよかった。
 だけど今はもう、恋人になってしまった。それならば、恋人らしいことを望む権利があるのでは?
 そもそも少し前までは、爆豪くんにそういう恋人らしさなんて、ちっとも望んでいなかった。こんなふうにいろんな要求を持ってしまうのは、付き合ってしまったからなのだろうか。
 一緒に試験勉強をしたり、花火大会の約束をしたり。そういう少しだけ「恋人っぽい」を味わってしまったから、それで欲深くなっているのだろうか。
 いや待て、そうだとすれば、そもそもそういうものをちらつかせた爆豪くんだって悪くないか? 私が味をしめてしまったのも、元はといえば爆豪くんのせいなのでは?
 爆豪くんのせい、はさすがに言い過ぎか。言い過ぎかもしれない。けど、爆豪くんだって無罪じゃないはず。
 なんか、ムカついてきたな……
 爆豪くんって、釣った魚に餌をやらないタイプなのか? じゃあ最初から釣るなよ。こっちは爆豪くんが付き合いたいっぽい感じ出してたから、付き合ったんですけど?
 さみしくて切ない気持ちだったはずが、いつのまにか爆豪くんへの怒りにすり替わっていた。だいたいなんで私が、爆豪くんのことでこんなに悩まなくちゃいけないんだろう。絶対に爆豪くんは私とのことで、こんなに頭を悩ませていないに違いない。
 そのとき、前から歩いてきたひとの肩と、私の肩がぶつかった。
「うわっ、……すみません」
 ぼんやりと考えごとをしていたせいで、前方不注意になっていたらしい。お互いに軽く謝ったところで、はたと私は気が付いた。
 さっきまで私のすぐ前を歩いていたはずの爆豪くんが、周囲のどこにも見当たらない。
「え、爆豪くん……?」
 慌ててあたりをぐるりと見回す。昼を過ぎ、モール内はいよいよ混雑具合を増している。周囲に人はたくさんいるのに、肝心の爆豪くんの姿はどこにもない。
「うそ、はぐれた……
 呆然として、つぶやく。この広いモール内で、まさかはぐれてしまうとは。どこに向かっているのかも聞いていなかったから、爆豪くんの目的地がどこで、どこをどう歩いてきたのかすら、私にはよく分かっていない。
 一生の不覚だ。再会できたあかつきには、どえらい剣幕で罵られまくるに違いない。
 ひとまず連絡をとろう。かばんから携帯を取り出し、爆豪くんに電話をかけてみる。しかしこんなときに限って、爆豪くんにはつながらない。いや、こんなときでなくても爆豪くんに電話がつながったこと、というか電話をかけたこと自体一度もないのだけれど、それはともかく。
 ほとんど後ろを見ずに歩いていた爆豪くんだ。もしかしたら彼はまだ、私とはぐれたことに気付いていない可能性もある。
 さて、どうしたものか。
 ひとまずすぐ近くの柱に背中を預け、ふうと大きく一呼吸吐いた。
 連絡がつかない以上、むやみと動き回るのは得策ではない。爆豪くんと一緒にいた場所から今いる場所まではほとんど一本道だったから、きっと爆豪くんもここを通ってはいるだろう。そうなると、動かず騒がず連絡がつくのをただ静かに待つか、あるいは爆豪くんが引き返してきてくれるのを信じるしかない。
 なんだか、踏んだり蹴ったりだ。
 恋コスメのジンクスどころか、今日はむしろ次々と問題が呼び込まれてくるような気すらする。もしかして、呪いのリップを買ってしまったのだろうか。呪いのリップって何? もしくは恋コスメのご利益が爆豪くんの強すぎる精神力とぶつかり合い、なんだかよくわからないけれど悪い気、的なものに変化し私を襲っているとか……
 いまだ連絡の来ない携帯とにらめっこしながら、頭はどうでもいいことばかり次々思考する。暇なのだ。
 そんな状況だったから、私は自分の前に人が立っていることにも、さらにはその人が私に話しかけていることにも、しばらくの間、まったく気がついていなかった。
「ね、ね。きみ、ひとり? 友達とか彼氏とか一緒?」
……
「あれ、おーい。おーい、無視かな?」
……? え? あ、私ですか?」
 やっと気が付いた私に、目の前の人はあきれ顔で笑った。見知らぬお兄さんだ。どこかで会ったことがあるだろうかと頭をひねる私に、お兄さんは「はじめまして」と挨拶の言葉を口にした。よかった、私が忘れているだけではなく、本当に初対面らしい。
 軽くて人好きしそうな、よく言えば気さく、悪くいえばチャラチャラした雰囲気のお兄さんだ。少しだけ、爆豪くんの友達の上鳴くんに似ている気がする。ただし目の前のお兄さんの笑顔からは、上鳴くんよりももっとずっと、いろいろ手慣れていそうな熟練感がただよっている。
「私ですかーってさ、きみ以外ひとりで立ってる女の子いないからね」
 十中八九、きみです。にこにこ笑ってそう言われ、ついつい口元がひきつったのが分かった。
 物腰こそやわらかいものの、言っていることはそこいらのナンパとまるきり同じだ。口が悪い爆豪くんと話すことに慣れているためか、話を聞くときには相手の話し方や雰囲気よりも、話している内容に気を付けるくせがついている。それでいくと、このお兄さんは雰囲気がやさしいナンパ。それ以上でも以下でもない。
 とはいえ、ナンパだと分かったところで、対処法など私が知っているはずもない。ついこの間まで地味で目立たない中学生だった私は、こんなふうに街中で声を掛けられたことなど一度もなかった。
 高校生になると、こういうこともあるんだろうか。あ、もしかして今日は化粧をしているからか。いつもより多少は、年齢が上に見えるのかもしれない。
 爆豪くんには気付いてもらえないのに、こういうどうでもいいナンパには引っかかるのか……。しばらくはめかしこんで出掛けるのはやめておこう。
「それで、さっきの質問だけど。こんなところでひとりで何してるの? 誰かと待ち合わせ? にしては、ちょっと分かりにくい場所だけど」
「いえ、そういうわけでは」
「あ、もしかして一緒に来てた子とはぐれたのかな」
「ええと、はあ」
「ここは広いし、人も多いしね、うーん」
 お兄さんは、わざとらしく腕を組んで渋い顔をした。かと思えば、にぱっとまばゆい笑顔を私に向けてくる。
「けど、そういうことなら友達探すの手伝おうか? ひとりで迷うより、ふたりで迷った方がましじゃない?」
「いや、結構です……
 というか迷う前提なのか。迷うことが確定している時点で、まったく役に立たないと言っているも同然なのでは。爆豪くんと合流したいだけなのに、見知らぬ足手まといをおともにするつもりはない。
「いえ、本当に結構ですので、」
 と、そのとき。
「何やっとんだ」
 どうぞ放っておいてくださいと、のどもとまで出かかった言葉は、割って入った声によってごくりと飲み込むことになった。
「あっ、爆豪くん」
 私の正面に立つお兄さんの背後には、いつのまにか爆豪くんが仁王立ちしている。
 爆豪くんの両手には大きな買い物袋。その買い物袋ののどかさがなければ、今頃は立ち上る怒りのオーラだけで何人か失神させていたに違いない。それほどまでに、爆豪くんは不機嫌さを隠そうともしていなかった。
 呼びかけた私を無視して、爆豪くんはお兄さんをぎろりと睨みつける。およそヒーロー科在籍の学生とは思えない凶悪な面構えは、私ですら背筋がびしりと凍るような威圧感を放っている。
 値踏みしている──いや、違う、どちらかといえば警戒しているのか。ぴりぴりしてい爆豪くんはよく見るけれど、こういう露骨に警戒モードを前面に出した爆豪くんは珍しい。
「ば、爆豪くん……? どうぞ、穏便に……
 カタギの人間相手にあんまり威嚇しすぎると、雄英にクレームが入りかねない。ただでさえ爆豪くんは、手の付けられない問題児扱いされているはず。学外で問題をおこすのは本当にまずいのではないのだろうか。
「ん? こちらがお連れさん?」
 お兄さんがのんきそうに私にたずねてくる。
「俺がツレなんじゃねえ、こいつが俺のツレだ」
「どっちでも同じじゃない?」
 思わずつっこんでしまった。と、お兄さんが突如、はっと声を上げた。
「よく見たらきみ、雄英祭で一位だった一年生だ!? まじか、雄英生の彼女だったかぁ」
 さすがに勝ち目ないね! と文句とも賞賛ともとれるセリフを吐いて、お兄さんはあっというまにこの場を退散した。すごい、登場も突然ならば退場も突然だった。さっぱりしている。
 爆豪くんも深追いする気はないらしい。お兄さんがさっさと立ち去ったのを見送ると、ひとつ舌打ちを打って終わりにした。そして今度は、私に視線を向ける。
「ありがとう、爆豪くん。ごめんね、助かった」
 遅ればせながら、私は爆豪くんにお礼を言った。ああいう絡まれ方をしたことがなかったから、どうかわしたり追い払ったりすべきか分からなかったのだ。爆豪くんがいいタイミングで現れてくれて助かった。
 けれどそんな呑気なことを考えていたのも束の間のことだった。私のお礼を受けた爆豪くんは、不機嫌の極みのような険しい表情で私を睨んでいた。