柚子子
2024-09-22 21:07:26
118496文字
Public ベリーベリー
 
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微原作沿 爆豪長編(2)

サイトに掲載している長編の第二章です。

 翌週末、私と爆豪くんは高校ちかくのファミレスにやってきた。自宅の最寄り駅近辺ではないのは、私も爆豪くんも、午前中に学校で用事があったからだ。
 私は委員会の休日当番、爆豪くんは雄英の施設を用いての実技の特訓。それぞれ用事を済ませて、お昼ごろに待ち合わせた。昼食を済ませたあと、お互いに勉強の道具をテーブルに取り出し、勉強を始める。
 店内はほどよく混みあっている。試験期間前のためか学生の姿も多いが、騒がしい集団は見当たらない。このファミレスの圏内にある学校は名門・雄英高校とお嬢様学校の夢咲女子くらいなので、比較的学生の客層はいいのだろう。そのためか、試験勉強のために席を長時間占有するのも、なんとなく黙認されている。
 会話もなくひたすらもくもくと問題をといていく。広いテーブルと、ほどよい環境音。目の前には、同じく集中して勉強している爆豪くんがいる。浮ついた気分で一緒に試験勉強をする約束をしたけれど、いざ勉強をはじめてみると、これが驚くほど集中して勉強に取り組むことができた。
 そうして試験勉強をはじめて、二時間。途中でドリンクバーに飲み物をとりにいったり、お手洗いがてら体を動かすことはあっても、ぶっ続けでひたすら勉強に没頭していると、
「おい」
 唐突に爆豪くんが声をかけてきた。
 ノートから視線をあげないまま、
「飲み物? 大丈夫ありがとう」
 私は応じる。その瞬間、爆豪くんが吠えた。
「ちっげえんだよ!」
「え?」
 今度はさすがに顔をあげた。眼前には、ぶすっとした顔をしてこちらを睨みつけている爆豪くんがいる。
 一体どうしたのだろうか。小腹がすいて、なにか注文したいとか? そういえば店の前にメニュー紹介の幟が立っていた、季節限定の桃のプチパフェが美味しそうだったっけ。
 そんなことを思い出しながら、無言でメニューに手を伸ばそうとすると、その手をなぜかはたき落とされた。痛くはなかったけれど、ふつうにびっくりした。
「え、な、なに……桃のプチパフェは……
「頼みたきゃ頼めや!」
「爆豪くんが食べたいのではなく?」
「食わねえんだよ」
「はあ、そうですか……
 頼みたければも何も、メニューをとろうとした手をはたき落としたのは爆豪くんなのだけれど……。困惑しつつ、私は店員を呼びパフェを注文した。爆豪くんはフライドポテト。なんだ、ポテトが食べたかったのか。それならそうと、ふつうにそう言ってくれればよかったのに。
「てめえ、分かんねえところあるっつってたのはどうした」
 ふいに爆豪くんが言った。今度もやはり何のことか分からず、私は困惑して首をかしげた。
「え? 何の話?」
「勉強! 物理!」
「ああ、もしかして物理分かんないって言ってた話のこと? いや、大丈夫。あれはもう大丈夫になった。先生に確認しにいって、自分でも理解したから」
「は?」
 なんだ、そんなことか。意味が分かってすっきりする私と対照的に、爆豪くんは眉間のしわを深くする。
「じゃあおまえ、何のために一緒に勉強……
「え、だからデートみたいなものでしょ」
 もっとも、デートらしい会話はほとんどない。しかしそんなことは今更だ。私と爆豪くんにそんなに盛り上がる話題がないのはいつものこと。そう考えれば、今日のこれはデートもできて、試験勉強もできて、有意義な時間のすごしかたといえる。
 パフェとポテトが一緒に運ばれてくる。爆豪くんを見ると、ポテトに手を付けることもなく、わなわな打ち震えている。いったい何をそこまで怒って……と思ったところで、気が付いた。もしかして爆豪くん、私が質問しても大丈夫なように、物理の勉強をしてきてくれたのでは?
 爆豪くんのことにかんして、日に日に「察するちから」が飛躍的に高まりつつある私だ。なるほど、それでこんなに怒っているのか。自分の試験勉強にはいっさい必要ない物理の知識と解法を準備し詰め込んできてくれたのに、私がまったく、その親切心を汲み取っていないから。
 こういうところ、爆豪くんっていいやつなんだよなぁ……
 思ったまま、ありがとうと言いかけて、けれど私はその言葉をのみこんだ。爆豪くんのことだ。自分が準備してきたことに気付かれることすら、屈辱と感じるかもしれない。ならばここはいっそ、気付かなかったふりをした方がいい。
「ひとりで勉強する方が慣れてるけど、たまにはこうやってゆるい監視の目があるのも気分転換になっていいね。助かる」
「てめえはよォ……
「もしまた分かんないところ出てきたら聞いてもいい?」
「いいわきゃねーだろ!!」
 一生ひとりでガリガリやってろ! と罵られつつも、私は自分がおそらく正解の選択肢を選んだと確信したのだった。

 そんな感じで爆豪くんを怒らせたりもしたけれど、ともあれ、試験勉強自体はすこぶる順調に進んでいた。休憩がてらパフェをつついていると、ふとテーブルのわきによけられた爆豪くんのノートに目がとまる。
 中学時代に何度となく見た、爆豪くんの荒々しいのになぜか読みやすい文字。英語の勉強をしているようだが、ノートに書かれた英文や記号にはすべて丸がついているうえ、少し前に休憩したときと比べても、あまり進んでいるようには見えなかった。
「ごめんね、もしかして座学の試験勉強って、爆豪くんはそんなにやることなかったかな」
 今更気付き、申し訳ない気持ちになる。
「別に、やることねえわけじゃねえよ」
「それならいいんだけど……
 爆豪くんだって、さすがにノー勉で試験を受けるわけではないだろう。けれど真面目な性格の彼なら、普段からふつうに勉強はしているのだろうし、切島くんに教えているあいだにだって試験勉強はしているはずだ。
 私に付き合ってここにいるけれど、実際のところ爆豪くんにとっては、これはあまり意味のある時間ではないのかもしれない。
「これ食べ終わったら、さっきやってたページだけやっちゃっていい? そこ終わったら私ももう終わりにする」
「んなことしてて、試験はいいのかよ」
「うん。帰ってからも勉強するし、ある程度の目途はついてるから大丈夫のはず」
 爆豪くんと一緒に勉強をしたおかげか、今日も集中して勉強できた。今日のノルマとしていたぶんの試験勉強ならば、もう少しで終わりというところまで済んでいる。
 爆豪くんはまだ何か言いたげにしていたけれど、それ以上特に何も言わなかった。勉強にかんしては私が手を抜かないこと、ここで終わりと決めたらそのとおりにすることを、爆豪くんも知っているからだろう。
 親しく付き合っている期間はそれほど長くなくても、少しずつおたがいのことが見えるようになってきている。爆豪くんといると、そう感じることが結構よくある。
「そういえば、さっき駅に花火大会のポスター貼ってあったの見た?」
 あいたパフェの器をよけながら尋ねると、爆豪くんが視線をじろりとこちらに向けた。
「花火……ってどこの」
「港のじゃないかな」
 折寺中の学区、つまり私と爆豪くんの住んでいる地域から何駅か先にいくと、それなりに大きな港湾がある。そこでは毎年八月になると、かなり大きな花火大会が開催されるのだ。
「たしか八月の後半だったよね、爆豪くん行ったことある?」
「中学のときいっぺんな」
「そうなんだ。私は行ったことないんだよね。花火なら家のベランダからでも、ぎりぎり見えちゃうし。ああいう大きなお祭りに一緒に行こうっていう友達いなかったし」
「つくづく根暗だな」
「う、言われると思った……
 そもそも港の花火大会はあまり治安がよくないので、高校生になるまでは子どもだけでは行ってはいけないと親から言われている。中学の同級生でも子どもだけで遊びに行く子たちはいたけれど、私のまわりはたいてい真面目な子で、近所の小さな祭りでも十分だったのだ。
 高校生になったので、今年からは友達と港の花火大会にいくことができる。もちろん爆豪くんとふたりでも。まだ親への確認はしていないけれど、きっとダメとは言われないはずだ。
「雄英も八月いっぱいは夏休みだよね?」
 そう尋ねると、
「暇だったらな」
「まだ誘ってないのに断られてる……
 嫌なら嫌だとはっきり言われるはずなので、これは爆豪くん基準では快諾にちかい返事なのだろう。
 八月後半なら、まだ二か月以上先の話だ。爆豪くんと付き合い始めて、まだ二か月は経っていない。はたして二か月後に私と爆豪くんがまだ付き合っているのか、正直あまり自信はないけれど……、まあ、どうにかなるだろう。別れていたら花火大会にはいかないだけだ。
 携帯をとりだし、スケジュールアプリに予定を打ち込む。作業を終えて顔をあげると、こちらを見ている爆豪くんと目があった。
 ソファーにもたれ、爆豪くんは一瞬視線を窓の外へと向ける。そして、
……つーかいいのかよ」
 外に視線をやったまま、そう呟いた。
「え、何が?」
「花火大会。たぶん地元のやつらにも会うぞ」
 その言葉で、はっとした。今でこそこうしてふつうに顔を合わせているけれど、本来爆豪くんと私は、まったく違う文化圏、まったく違う交友関係を形成している人間だ。
 爆豪くんの友人──中学時代までの友人から見れば、私ごとき陰キャなど、爆豪くんと一緒にいるべき人間ではないはずだ。
 そうか、私といるところを見られたら、爆豪くんがナメられる可能性があるのか。
 言われるまで、そんなことにはまったく思い至らなかった。しかし、それならば無理に花火大会に誘うつもりもない。私だって、爆豪くんのヤンキーコミュニティ内での評判を下げたいわけではない。
「そうだよね、爆豪くん私といるの見られたら嫌だよね? じゃあ、花火大会はやめとこっか」
 善かれと思っての提案だった。けれど爆豪くんは、意外な返答で応じてきた。
「違ェわ。てめえがいいのかって話してんだろうが」
「え、私?」
 思わず聞き返してしまった。爆豪くん、私の心配をしているのか。驚いた。
 ぶすっとふてくされた顔の爆豪くんを、私はまじまじと見つめる。
「俺といるとこ見られたら、多分てめえのツレ全員、ビビッて話しかけてこねえぞ」
「爆豪くん、中学のときの私の友達のあいだでめちゃくちゃ評判悪かったの知ってたんだ」
「いやでも分かるだろ。陰キャが群れてこそこそしてりゃ」
「こそこそしてたかなぁ……
「てめえだって卒業式の日、俺に直接言ってきただろうが、ウザってえムカつくってよ」
「ああ、ね。いや、そこまでは言ってないけど、まあね、ね」
「んだそのむかつくリアクションは」
「それがこうやって付き合ってるんだから、分かんないもんだよね」
 冗談めかしてあっはははと笑ってみるけれど、爆豪くんはむっつりした表情を崩そうとしなかった。その顔を眺めて、私はしばし物思いにふける。
 私と爆豪くんのあいだの関係性の変化については、おたがい乗り越えて現在にいたっているので今更いいっこなし、というのが暗黙の了解になっている。私が爆豪くんを嫌っていたように、爆豪くんだって私のことを嫌いだった。だからそこはおあいこ、お互い様だ。
 けれど私の中学時代の友人たちは、いまだに爆豪くんのことを嫌悪し、耐え難いヤンキーだと認識しているはずだ。私と違って爆豪くんとの接点を持たないままだった彼女たちは、爆豪くんへの認識を変える機会も持たなかった。
 爆豪くんと一緒にいれば、あまつさえ付き合っているとしれれば、きっと私も白い目で見られることになるだろう。爆豪くんの懸念は分かるし、実際それは当たっていると思う。
「心配してくれるのはありがたいんだけどね、私はまあ、別にいいかな」
 私がいうと、爆豪くんが胡乱げな目をこちらに向けた。思わず苦笑する。
「というかね、友達に知られたくないと思うような相手なら、最初から付き合ったりしないよ。それでなんかこう……避けられたりしたら、それはそれでしょうがないっていうか……
「てめえ友達なくすぞ」
「爆豪くんにだけは言われたくないなぁ」
「どういう意味だゴルァ!」
「それに、最初の話に戻るけど、爆豪くんこそいいの? 『根暗』と歩いてて、なんか笑われたりしない?」
 ヤンキーは面子を大事にする。プライドの高い爆豪くんなら尚更だろう。
 自分でいうのもなんだけれど、私は一緒に歩いていて自慢できるような彼女ではない。
 けれど爆豪くんは、私の言葉を一笑に付した。文字通り、鼻で笑った。
「笑われたところで、それはてめえが根暗ゆえに笑われてるのであって、俺が根暗を従えてることへの笑いではねえんだわ」
「従えるとかいうのやめなよ、現代社会であんまり使わない語彙だよ」
 従えられたおぼえもないし。私は私で、自分で決めて爆豪くんと一緒にいるのだけれど、爆豪くんはそのあたりちゃんと分かっているのだろうか。
 とはいえ、お互いにかかえていた懸念は、どうやら杞憂だったらしい。
「まあ、そっか。爆豪くんがいいなら、じゃあ行こうか、花火大会」
「ん」
 爆豪くんが目をそらす。鼻をならしているんだか、相槌をうっているんだかよく分からない返答だけれど、多分ちょっとくらい照れているんだろう。その程度の推察はできた。