柚子子
2024-09-22 21:07:26
118496文字
Public ベリーベリー
 
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微原作沿 爆豪長編(2)

サイトに掲載している長編の第二章です。

 一晩ぐっすり眠った結果、私はひとつの結論に行きついた。
 すなわち、夏以来、恋に踊らされすぎている。
 はじめての彼氏、はじめての恋。その存在感はすさまじく、私のちっぽけな頭はあっというまに、色恋のことでいっぱいにされてしまった。
 さらにはその彼氏が爆豪くんという、これまた大変難易度の高い相手なのだ。振り回されたりぶん回されたりしたすえに、私の頭もこころも、恋と爆豪くんのことで容量オーバーになっていた。
 爆豪くんのことで頭がいっぱいになっている。だから、こんなにも爆豪くんのことで一喜一憂してしまう。
 これが私の結論だった。そして結論を打ち出せば、どうすべきかも自ずと見えてくる。
 爆豪くんのことで頭がいっぱいならば、爆豪くん以外のことを考えればいい。そうすれば、あんなふうにちくちくもやもやした思いに、とらわれなくても済む。
 では、なにを考えればいいのか。
 学生の本分、もちろん勉強だ。
 これでも高校受験でそうとう頑張って、近隣では屈指の進学校に進学した。入学を果たしたからといって、色ボケしている場合ではない。
 爆豪くんが頑張っている今こそ、私もふたたび本分に舞い戻るとき。今こそ、勉強に、熱意を燃やすとき……
「勉強に精を出そう!」
 思い出そう、爆豪くんにガリ勉だと罵られた日々を。爆豪くんから根暗陰キャガリ勉だとそしられた日々を。
  爆豪くんからの最悪の激励の数々を思いだし、私はモチベーションを高めた。よぅし、なんだかやる気が満ちてきた。
 勉強に、邁進するぞ。
 ……と、そのはずだったのに。
 放課後、参考書を求めておもむいた書店で、私はいつのまにか小説の棚に吸い寄せられていた。一体どうして。
 勉強へのやる気は、たしかにあるはずなのだ。それなのに、やる気と行動がどうにも合致しない。これはどういうことだろう。
 文庫本の書架を前に、ひとりで首をひねる。と、「あ、こんにちは」と隣から声を掛けられた。横を向けば、そこにいたのは先日、駅の近くで声をかけてきた書店員だ。今日はアルバイト中のようで、制服のエプロンをかけている。
「ああ、あのときの。先日はどうも」
「今日は学校の帰りですか?」
「まあ、はい。そんなところです」
 そんなところも何も、制服を着ているのだから丸わかりだっただろうけれど、ついついごまかすような言い方をしてしまった。
 このあいだはああ言ったものの、やはりどんな本を読んでいるのか知られているというのは、少し恥ずかしいものがある。恥じるような選書はしていなくても、本の趣味嗜好というのは、私のなかではごくごくプライベートな情報に分類される。爆豪くん相手ですら、私は自分の好きな本の話をあまりしない。もちろん、爆豪くんがそれほど読書家ではない、というのも理由のうちではあるけれど。
 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、書店員のお兄さんはぽん、とひとつ手を打って、
「そういえば、自分は物形といいます」
 エプロンの胸元につけた名札を見せてきた。ものがたさん。あまり聞かない苗字だ。
苗字です」
苗字さん。いい名前ですね」
「そ、そうですか? どこにでもいる苗字だと思いますけど……
 あまり苗字を褒められたことがなかったので、微妙な返事をしてしまった。物形さんには、特に気にしたようすはない。こういうとき爆豪くんなら「はきはきしゃべれや!」と即座に怒鳴りちらしてくる。
 いけない、また爆豪くんのことを考えている。頭の中に現れた爆豪くんをどうにか振り払い、私は目の前の物形さんへと視線をうつした。
 物形さんは「ところで」と、にこにこ話しかけてくる。
苗字さん、もう文豪寺の新作小説は読みましたか?」
「えっ、何ですかそれ、知らないです」
「出てるんですよ。あっちに並べてありますよ」
 物形さんに言われ、新刊が平積みされているコーナーを見に行く。見るとたしかに、そこには大人気作家の文豪寺先生の新作が、どどんと何冊も積まれていた。
 以前、ここで文豪寺先生の小説を買ったことがあるけれど、きっとそのときにレジを打っていたのが物形さんだったのだろう。本の趣味が合うといっていたのは、もしかすると文豪寺先生の愛読者という意味だったのかもしれない。
「新作が出てるの、ぜんぜん知りませんでした」
「俺も本屋でバイトしてなかったら気付かなかったかもです。文豪寺ってあんまり宣伝打ちませんよね」
 話をしながら、平積みから一冊、手に取った。ハードカバーの本は、私のお小遣いには手痛い出費になるけれど、せっかくなので買っていくことにする。
「嬉しい、さっそく帰りの電車で読みます」
「いいですね。通学の時間って読書がはかどりますよね」
「そうなんですよね。今まで一緒に登下校してたひとがいたんですけど、二学期からいなくなっちゃって。それで通学の時間は読書の時間にあてることにしてるんです」
「結構通学時間長いんですか?」
「そうですね、結構、それなりに」
 世間話をしながら、会計をしてもらう。アルバイト中なのにこんなに雑談をしていていいのかとは思うものの、ちょうど店がすいている時間らしく、レジには私しか並んでいなかった。
 丁寧にブックカバーをかけてもらった本を、かばんのなかにしまい込む。
「教えてくださってありがとうございました。じゃあ、また」
「はい、また」
 そういえば、当初の目的だった参考書を買うのを、すっかり忘れていた。
 そのことに気が付いたのは、自宅の最寄り駅で電車をおりてからのことだった。

 ★

 夕飯のあと、自室へ引き上げようとしたところで、切島に呼び止められた。ちょいちょい、と共有スペースの壁際に呼ばれる。
「んだよ、俺ァ寝んだよ」
 昨日の今日で根暗と通話するつもりもなく、今日はさっさと寝床に入るつもりでいた。不機嫌に呼びかけに応じると、切島は「すぐ済むって」と答えたあと、ちらりと俺ごしに背後を確認した。振り向くと、すこし離れたところで上鳴たちがたまって何か騒いでいる。切島はそちらを気にしたようだった。
 人に聞かれちゃまずい話か。そう思うものの、切島がそういう話を持ち込んでくるタイプでないことは知っている。
 なんだ? インターン絡み……ってことはない。インターン不参加の俺に話せる、かつ聞かれたくない話など、そうそうないだろう。
「三秒で済ませろ」
「今日名前ちゃん見かけたぜ」
「あ?」
「向こうは俺に気付いてなかったと思うけど。人と話してたし」
 切島が声をひそめて言う。なんだ、根暗の話かよ。俺は肩の力を抜いた。
 根暗の話など、わざわざこうして密談めいて交わす話題でもない。俺がほかのやつらに根暗の話をしたがらないから、そういう意味での配慮ということか。
 そもそも根暗がどこで何をしていようが、大して興味をそそられない。おおかた陰キャらしく、本屋かどっかで見かけたんだろう。
「で、それがなんだよ。どうせダチといたって話だろ」
「や、それがさ、名前ちゃんが一緒にいたのがちょっと年上っぽい男でさ。多分店の店員だと思うんだけど、それにしては親しげっつーか……。まあとにかく、見かけたからには一応報告っつーか、そういうことがあったぜって話。知りてえかなと思って」
 そう言って切島は、俺の顔を見た。
 年上の男? なんだそりゃ。そら生きてりゃ、年上の男に話しかけられることもあるだろう。根暗の高校はまあまあ上々でそこそこって話だから、制服着て歩いてりゃ変なやつが群がってくる可能性も、まあ無きにしも非ずではあるが……、十中八九ないだろうと俺は確信する。
 だいたい、そういう浮ついたやつらが話しかけにくいような、陰のオーラを根暗は出している。あいつが陰キャでよかったであろう唯一の利点だ。ナンパ男だってどうせ話しかけるのなら、もっと引っかかりやすそうな女を釣ろうとするはず。
 もろもろ鑑み、俺は切島の情報を重大事ではないと判断した。
「どうせたいした話してねえだろ。加害性ゼロの根暗顔してっから、店員だの募金詐欺だのなんだの、そういうのにやたら引っかかりやがる」
「そういう感じでもなかったけどなー。ま、おまえがいいってんならいいか」
 切島はそう言って、上鳴たちのほうへと歩いていく。
……
 俺はエレベーターに乗り込み、ポケットから携帯を取り出した。
 根暗からの連絡はない。昨日のおかしな電話の切り方といい、話しているあいだの間の取り方、話し方といい、何かしらうじうじしているのは間違いない。が、こっちもこっちでそれなりに忙しく、苗字に掛かりきりになっているわけにもいかない。そもそも苗字はあれでクソ頑固なので、無策で突っ込んでもかえって口をつぐむだけだ。
 さて、どうやって口を割らせたものか。今日は無理でも、なるべく早く片をつけたいところだが。
 苗字を負かす算段をしながら、俺はあくびをかみ殺した。

 ★

 すっかり失念していたのだけれど、爆豪くんはプライドが高いうえに、わりとしつこい。
 そして自分がこうと思ったこと、決めたことは、何があろうとけして曲げない。そういう人間だ。
 翌土曜日の夕方、私はどういうわけか高校近くのファミレスに呼び出されていた。
 せっかくの休日に用件も伝えないまま、しかも自宅から電車で四十分もかかるところに呼び出すという、まさに鬼の所業。このような理不尽な仕打ちを平然とおこなう人間は、私の知り合いのなかにはひとりしかいない。
「言いてえことがあんなら言えよ」
「いや呼び出したのは爆豪くんなんですが」
 開口一番、喧嘩腰で私を睨む爆豪くんに、私は正論で返した。
 私を呼び出したのは、当然ながら爆豪くんだ。どうやら先日の電話の件について、面と向かって話をしようということらしい。
 無理やり通話を打ち切った夜以降、一度も電話がかかってこなかったので、私は完全に油断していた。電光石火の追撃があれば、さすがにもう少し身構えていたかもしれない。
 けれどその後ぱったり音沙汰がなくなったことで、私はガードを解いていた。てっきり爆豪くんはもう、私の口を割らせることは諦めた、あるいはどうでもよくなったとばかり思っていたのだ。
 まさか、面直で対話を求めてこられるとは……
 私としては、あまり続けたくない話題だ。というより、話したくない話題というべきか。ちくちくした胸の違和感の正体を、私はいまだ掴めないでいる。今ここで話をしたところで、建設的な対話ができるとはとうてい思えない。
 正直なところ、どうにかしてごまかしたい。けれど爆豪くん相手に、うまくごまかせるとも思えない。
 爆豪くんは今日も授業だったので制服姿、私は家から来たので私服姿。はたから見れば、高校生カップルの仲良さげなデートに見えるのだろうか。
 実際のテーブルの上の空気は、どちらかといえば一触即発……私がひとつでも失言をすれば、たちどころに爆豪くんにつるし上げられそうな緊迫感に満ちている。
「な、なんだかいきなり、喧嘩腰だね……
「どうやってそのクソ口、こじ開けてやろうか考えてきたかんなァ……
「怖っ」
「てめえがうじうじしてっから、親切に聞いてやってんだろうが」
「親切な人の口ぶりじゃないんですけど」
 一応、いつもの感じで茶化してみる。けれど爆豪くんは笑うどころか、侮蔑の溜息すら吐いてくれなかった。ぶすっとした顔をして、変わらずこちらを睨みつけている。
 私はうぐぐとうなり、爆豪くんから視線をそらした。
 今の話しぶりからも、爆豪くんが腰をすえて話しにきたことがうかがえる。そもそも本当ならば、土曜日は会えない日のはずなのだ。にもかかわらず私を呼び出しているということは、よほど頑張って予定を調整するなり何なりしてきたということ。爆豪くんも覚悟がキマっている。
 通話ならば、ぶつりと切ってしまえば強制的に話を終えられる。けれど対面している以上、そう簡単にはいかない。
 嘘で糊塗したり、ごまかすのも難しい。爆豪くんは私のごまかしなど、簡単に見抜いてしまう。
 しばし沈黙して、策をねる。けれど結局、有効策は何ひとつ思いつけなかった。
 逃げ切ることはできない。私は爆豪くんへの敗北を認め、ただただ観念するしかなかった。