柚子子
2024-09-22 21:07:26
118496文字
Public ベリーベリー
 
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微原作沿 爆豪長編(2)

サイトに掲載している長編の第二章です。

 まだ明るい時間に店を出た。店の前で、私はふたりに向かって手を合わせる。
「ごめんね。買い忘れた本があるから、ちょっと本屋さん戻るね」
「そうなん? 一緒に行こうか?」
 小首をかしげて申し出てくれる麗日さんに、私は笑顔で首を横に振った。
「いいよいいよ、大丈夫。じゃあ、爆豪くんによろしく……は、しなくてもいいかもしれないけど……
「なんで!?」
「よろしくお願いされとくよー、また遊ぼ!」
 挨拶を済ませ、ふたりに背中を向ける。歩き出した背中の向こうで、
「あ、耳郎たちも今ちかくにいるって。ついでにいろいろ買い出しするらしい」
「じゃあ合流した方がええかな? 荷物持つの大変だよね」
「合流しよってもう送った!」
 麗日さんと芦戸さんが、そんな会話をかわすのが聞こえる。ヒーロー科って本当に仲がいいんだな、とその声を聞きながら考える。
 仲が良くて当然か。学生といえど、卒業後は即戦力となるように、高校三年間のうちから特訓に励んでいるのだ。苛烈で過酷な環境で切磋琢磨していれば、しぜんと連帯感だって芽生えるだろう。爆豪くんがいくら唯我独尊タイプでも、周りはみんなヒーロー志望、協調性を持っている子たちに囲まれている。
「あー、だめだ……
 なんだかくさくさして、どうしようもなく、たまらない気分になった。麗日さんも芦戸さんもいい子たちなのに、どうしてこんな気分になってしまうんだろう。
 私の知らない爆豪くんの姿を、たくさん知っているから? けれど、それを教えてほしいと思ったのも、ほかでもない自分自身だ。
 それとも、ヒーロー科に比べたら私の頑張っている勉強なんて、地味でちっぽけに感じてしまうから? 劣等感を刺激されている?
 そこまで考えて、私は深く溜息を吐き出した。
 それこそばからしい思考回路だ。ヒーローになりたいなんて少しも思ったことがない人間が、志を持ってヒーロー科に通う学生に劣等感って、どれだけおこがましいんだ。違う舞台に立つ人間相手に抱く劣等感など、無意味にもほどがある。
 落ち込みつつ、駅に向かって足を動かした。本屋に用事があるなんて真っ赤なうそ。本当は、これ以上麗日さんたちと一緒にいたら、胸のちくちくしたものを抑え込めなさそうな気がしただけだった。
「はあ……
 重たい足を引きずり、溜息をつく。
 と、そのとき。
「あ!」
「え?」
 唐突に声をかけられ、私は足をとめた。冷静に考えれば、私に掛けられた声なのかも定かではない。けれどこのときの私はぼんやりしていたし、思考があまり正常に働いていなかった。
 視線を上げ、前方を確認する。
 目の前には私よりも少し年上、たぶん大学生くらいのお兄さんが、視線をこちらに注いで立っていた。私と目が合うと、少ししてからはっとして、
「あ、すみません……
 そのままふいと視線をそらした。けれど、この場を立ち去ろうとはしない。
 夢咲女子の制服を着ていると声を掛けられやすい、という話は聞いたことがある。さいわいにして、私は学校の登下校中にそういうナンパ的なものに引っかかったことはないけれど、まさかこれがそうなんだろうか? というより、この人、どこかで会ったことがあるような……
「どこかでお会いしましたっけ」
 少し考えてみたけれど、思い出せそうになかった。思い切って直接たずねると、お兄さんは視線をそらしたままで「はい、ええと、はい」ともごもごと返事をした。
「いえ、どこかでというか、俺が一方的に知ってるだけで……あの、お姉さん、そこの書店をよくご利用されてますよね」
「えっ」
「あっすみませんストーカーとかではなくて!」
 うっかり引いた顔をしてしまった私に、お兄さんが慌てて付け加えた。わたわたと身振り手振りが大きく必死な感じが、慌てているときの緑谷くんを彷彿とさせる。
「俺、その書店でバイトしてて、レジ打ってるときにときどきお客さんの担当してて」
「あ、ああ、そういえば……
 言われてようやく思い出した。私が頻繁に利用している、今日も利用した学校ちかくの大型書店。彼はそこでバイトをしているお兄さんだった。
 店員の顔などまじまじ見ないし、そもそも書店のエプロンのイメージが強いから、こうして道端で会ってもまったく誰かわからなかった。しかしたしかに、言われてみれば何度かレジを担当してもらったことが、ある、ような……ない、ような……
「すみません、いや、覚えられてなくても仕方ないというか、それは当然だと思うんですけど! ただ、こっちが勝手に覚えてて! それで、あーこの人、本の趣味があうなとひそかに思ってて……
 お兄さんの声がだんだんしりすぼみになる。
「すみません、何の本買ったかとか見られてキショいですよね……。本当すみません、もう二度とレジ打ちません……
「それはお店が困るのでは……
 時給が発生している以上、レジは打った方がいいと思う。買い物客の立場としても、レジを打ってもらえないと困る。
 「キショくてすみません……」とうなだれるお兄さんに、私は視線をあわせた。
「あの、本当に、気にしないですよ。それよりも、ふつうにレジ打ってもらえない方が困るので……
「そ、そうですか……!」
「はい、それに周りの人がなに読んでるのかとか、そういうの気になる気持ちは、少しわかるので。大丈夫です」
「よかったです、ありがとうございます……!」
 少しだけ元気を取り戻したお兄さんに、ほっと胸をなでおろした。なにせここは私が通う高校の最寄り駅だ。いつ知り合いに目撃されるかもわからないような場所で、大学生とおぼしき男性をへこませていた、なんてあまりにも外聞が悪すぎる。すでに爆豪くんの彼女というだけで、ヤンキーの女という誤解に満ちた偏見にさらされているのに。
 ともあれ、話が終わったのなら長居は無用だ。そそくさと立ち去ろうとする私に、お兄さんが「あ」とまた短く発した。
「ええと、まだ何か」
「あっ、いえ、何もないです! 引き止めてしまってすみませんでした!」
 ぺこんと音が鳴りそうなくらい、いきおいよくお辞儀をするお兄さん。動きがいちいち大きくコミカルだ。年上の男性にこういうことを思うのはおかしいかもしれないけれど、なんとなく微笑ましくて可愛い感じの人、という印象を受ける。
「それじゃあ、あの、さようなら」
「はいっ、あの……、またのご来店をお待ちしています!」
 元気な声に見送られ、私も頭を下げてから、その場をあとにした。
 駅に向かって、私はちらちらと背後を気にしながら歩く。お兄さんの姿はもう見えない。私が来た方に歩いていったらしい。
 ものすごく愛社精神のあるアルバイト……、なのだろう。まったく労働時間外なのに、またのご来店をお待ちされてしまった。アルバイト経験がないので分からないけれど、あれは多分、ふつうのアルバイトの姿勢ではない。
 いや、本当にすごかったな……
 はからずも書店の店員のお兄さんのおかげで、先ほどまで私の心を埋め尽くしていたちくちくしたものは、すっかり鳴りを潜めていた。

 ★

「てめえクラスのやつらと連絡先交換したってまじか」
 爆豪くんから定時連絡のごとく電話があったのは、芦戸さんたちと仲良くなったその日の晩、二十時を回った頃だった。
 ちょうど明日の予習が終わったところだ。机の上に置いてあった携帯を手に、布団のなかに入る。歯磨きをしていないからまだ眠ることはできないけれど、なんとなく気分が晴れず、ごろごろしていたかった。
 あのあと地下鉄に乗ってから、私は今日の芦戸さん麗日さんとの会話を思い返していた。突如としてわいた胸のちくちくが、一体どういう理由でわきあがったものなのか、その理由を突き止めたかったのだ。
 結果として、どう考えてもあのふたりに非はない、ということだけがはっきりした。
 麗日さんも芦戸さんも、私の気分を害するようなことは何ひとつしていない。最初から最後まで感じがよかったし、徹頭徹尾、非の打ちどころのないいい子たちだった。それは間違いない。
 つまるところ、問題があるとすればそれは、私のひねくれた心持ちのほう。そしてその事実は私にとって、まったく愉快なものではなかった。
 だからできることなら今晩は、爆豪くんと話をしたくはなかったのに、こういう晩に限ってちゃんと電話がかかってくるのだ。ひねくれた気分のまま爆豪くんと話をすると、たいていろくなことにならないのに。
「うん、芦戸さんと麗日さんね」
 私がそう答えると、電話の向こうの爆豪くんがむっとしたのが分かった。
「どういうつもりだ?」
 その一言に、私は首を傾げる。
「どう、とは」
「なんっで連絡先交換なんかしとんだ。いらねえだろうが」
 ああ、なるほど。爆豪くんのあずかり知らないところで、彼の属するコミュニティに私が接触するのが嫌、という話だろうか。
「いらない、とは思わないよ、私は。また林間合宿のときみたいなことがあったとして、何も分からないのはこわい。非常時に知ってる連絡先は、多いに越したことないよ」
 私の言葉に、爆豪くんは沈黙した。
 あの拉致事件のとき、私がどれだけ怖い思いをしたかは、爆豪くんにもちゃんと伝えてある。そうやってきちんと言葉にした気持ちについては、爆豪くんは案外、むげにはしない。
……あんなこと、もうねえよ」
「それは分かんないでしょ。ヒーロー科なんだし、危ないことが絶対ないなんて、それこそ絶対ないよ」
「てめえ俺の実力を疑ってやがんのか」
「そんなこと言ったって、爆豪くん仮免落ちたし……
「それは今関係ねえだろうが!」
 爆豪くんが吠えた。仮免試験で落第したことによって、逆に危険から一歩遠ざかったともいえるけれど、そこまで言ったらさすがに怒られそうで、やめておく。
 かわりに、別の理由を挙げた。
「いい子たちだったから、仲良くなれたら嬉しいなと思ったんだよ。爆豪くんとは関係なく」
 これも真実だ。けれど私の返事が気に食わなかったのか、電話の向こうからは舌打ちがひとつ聞こえた。
 やや狭量なところのある爆豪くんだけれど、私の人間関係についてとやかく言ってくることはない。中学時代の私の友人たちから総スカンをくらっていると分かっていて、なお平然と私と付き合っているくらいだ。
 だから、私が芦戸さんや麗日さんと仲良くしようが、爆豪くんがどうこう言ってくることはないだろう。てっきり、そう思っていた。
 珍しいこともあるものだ。雄英というコミュニティに私が踏み込みのが、そんなに嫌なのだろうか。
 けれど爆豪くんは、私が芦戸さんや麗日さんと親しくなったこと自体に、どうこう言いたいわけではないようだった。
 ややあって、爆豪くんは、
……何かあったんか」
 低い声でそう尋ねた。
 怒っている声とはまた違う、訝しむような不審がるような、そんな声音。私は思わず、息をのむ。爆豪くんは、ときどき怖いくらいに鋭い。
「なんも、ないけど」
 慎重に、私は答えた。
 この短時間の会話のなかで、爆豪くんは私がなにか抱えているだろうと、即座に見抜いている。それは多分、持ち前のカンの鋭さによるものだ。恋人のことだから、などという甘やかなものではない、もっと研ぎ澄まされたカン。
 けれど私の心のうちでちくちくしている何かは、爆豪くんに話すほどのものでもない。たとえ話すとしても、それは今ではない、まだ先の話。
 曖昧模糊としていて、実態を掴めない靄のようなものだ。ちくちくした感情は、爆豪くんに対し正確に、きちんと説明できるような状態にはなっていない。自分でもよくわからないものを爆豪くんに話したところで、どうなるというものでもない。
「なんもない、というか、うーん、うまく言えないんだけど……
「は? まわりくどいんだわ。クソうぜえ」
「そうだよね、自分でもそう思う」
 だからこそ、今はこの話を取り上げられたくはない。私の、自分でも手に負えないもので、頑張っている爆豪くんの手を煩わせたくはなかった。
 だって、そうだろう。
 爆豪くんのヒーロー科の友人たちなら、きっとそんなことはしない。そんな、爆豪くんの足を引っ張るようなことは──
 頭をよぎった思考に、自分でも驚いた。
 今一瞬、びっくりするくらい卑屈になっていた。慌てて思考を振り払い、気持ちを切り替える。
「とにかく、うまく話せそうにないし、今はこの話はしたくないかな」
「あ?」
「そんなことより楽しい話しよう。そうだ、今度のデートどうする? また講習の後って考えると、ご飯食べるだけになるよね。食べたいもの考えておくね」
……おい」
「あっ、ごめん充電切れそうかも。今日はもう眠いし寝ようかな?」
「おい、」
「爆豪くんも早く寝なね。じゃ、また」
 爆豪くんから追求される前にと、挨拶もそこそこに急いで通話を切った。爆豪くんはプライドが高いから、私から先に電話を切ると不機嫌になる。また電話がかかってきたら困るなあと思ったけれど、さいわいその晩、爆豪くんからふたたび連絡がくることはなかった。