柚子子
2024-09-22 21:07:26
118496文字
Public ベリーベリー
 
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微原作沿 爆豪長編(2)

サイトに掲載している長編の第二章です。

 あ、まずいかも。
 そう思った瞬間、爆豪くんが地を這う低い声で言った。
「何やっとんだグズ」
「いや、本当にごめん」
「勝手にいなくなってんじゃねえ」
「おっしゃるとおりです」
「買い物ひとつできねえのか? あ?」
 すごい、嫌な詰め方してくるな……。暴言と怒鳴り声でガーっと捲し立ててくるならまだしも、こういうねちねちした物言いをされると、結構心が削られる。
「クソモブに話しかけられやがって、せめて無に徹して背景と同化しろや」
「背景と……いや、はい。まったくです」
「クソが」
 爆豪くんのイライラは止まらない。ナンパから助けてもらった身なので、一応お礼と謝罪はしておくけれど、なんというかこう、もっと言い方というものがあるんじゃないだろうか。聞いているあいだに、だんだんこちらまでイライラしてくる。
 そもそも、私があそこでひとりになっていたことについては、爆豪くんにもまったく非がないわけではないはずだ。私だけが一方的に責められるのはおかしい。
「何も考えずにふらふらしてっから、ああいう変なんに絡まれんだろうが」
 爆豪くんが腹立たしげに発する。さも私がすべて悪いとでもいうように。
 その乱暴な物言いに、さすがにかちんと来た。なんなんだ、その言いぐさは。私だって好き好んで、ナンパに絡まれたわけではないのに。
 爆豪くんとはぐれるまで考えていた思考が、ふたたびむくむくと首をもたげる。思考というか、感情。爆豪くんに対する腹立たしさ。
 私がふらふらしていると言うけれど、私からしてみれば爆豪くんの注意力だって不足している。注意力と、あとコミュニケーション能力。人間関係の構築に必要なスキルのもろもろ。
 デートでふたりで歩いているのにはぐれた場合、一方だけが悪いなんてことはないはずだ。たとえ私が九割悪かったとしても、一割は爆豪くんにも非がある。私ばかりが責められる謂われはない。
 むっとした顔を隠しきれていなかったのだろう。爆豪くんの眉間の皺がさらに深くなる。
 そういえば中学の頃は、爆豪くんから「ガンつけてる」と因縁をつけられていたっけ。多分今の私は、そのときと同じ顔をしているのだろう。
 謝るのも、お礼も、もう果たしている。ならばこれ以上へりくだる必要はない。
「たしかにはぐれたのは悪かったと思ってるよ。だから謝ったし、お礼も言ったよね。それで、そのうえで爆豪くんはそこまで言う必要あった?」
「あ?」
「私だって、考えなしにふらふらしてたわけじゃないよ。いや、はぐれた時点では考えなしだったかもしれないけど……でも、爆豪くんのこと見失ったところから動かずに待ってたし。電話に出なかったのも爆豪くんの方だよね」
……
「ていうか、そもそも先にどっか行ったの爆豪くんだよね」
 言った。言ったった。
 言い切ったったった。
 どきどきと鼓動を打つ心臓を肌の下に感じながら、私は爆豪くんを正面から見つめた。
 私と爆豪くんは恋人同士で、本来対等な立場だ。私は自分の非をみとめて謝罪したけれど、それならば爆豪くんだって、いさぎよく自分の非をみとめるのが筋というもの。私だけが無条件に謝罪しなければいけないなんて道理はない。
「てめえがちゃんと付いてこねえのが悪ィんだろうが」
「じゃあせめて、次にどこに行くかくらい口に出して教えておいてよ」
 爆豪くんの反論にも、すぐさま言い返した。
「これだけ広いんだよ。目的地も言われずにさっさと歩いていかれちゃったら、そりゃはぐれるに決まってるよ」
「俺がどこ行こうが俺の勝手だろ」
「だから、そういうのをやめてって言ってる。ふたりで来てるんだから勝手も何も無いでしょ。勝手がしたいならひとりで来たらいいんだよ」
 ぴくりと爆豪くんの肩が揺れる。いよいよ本格的に怒らせたかな、と思うものの、ここまできて止まれはしない。
「連絡したって気が付かなかったみたいだし、どうせ爆豪くん、私がいなくなったことすら気付いてなかったんでしょ」
「あ゙ァ? 根暗のくせにえらくでけェ口きくじゃねえか。カスに声かけられて気まででかくなってんのか? 浮かれてんじゃねーぞ」
「論点ずらすのやめてよ。だいたい、なにそれ、どういう理屈でそんな発想になるの? 浮かれてもいないし」
 子どもじみた口論をしつつも、それでも頭のなかにはまだ、冷静な部分が残っていた。
 爆豪くんが謝ることなんて、絶対にありえない。だから喧嘩になった時点で、泥沼を避けるためには、私が引いてあげるしかない。
 これ以上は駄目だというラインまで来たら、私が引いておこう。そういう見極めをできる程度の余裕は、ちゃんと残していた。
「浮かれてんだろ。化粧覚えて根暗脱却したつもりでいんのか? 勘違いしてんじゃねーぞブス」
 ──そう思っていたのだ。今、この瞬間までは。
…………
「んだてめえ、調子こいてイキったかと思や、今度はだんまりか? シカトとか調子乗った真似、」
……嫌だ」
「あ゙?」
「外見のことで悪口言う人、私、嫌だ……
……!」
 私との言い合いで爆豪くんが黙るのは、たぶん、これがはじめてのことだった。
 けれど、そんなことは私にとってはどうでもいいことだった。
「今のは、ちょっと、ない」
 ぎゅっと固く手を握る。少しだけ伸びていた爪が手のひらに食い込んだ。
 周りの人たちは、こんなところで言い合いをしている私と爆豪くんのことなんて、まったく気にも留めていない。視線を寄越す人すらいない。というよりむしろ、率先してこちらから目をそらしている。
 当然のことだけれど、今この場で私が言われた言葉は、誰にとってもどうでもいいことなのだ。爆豪くんにとってすら、きっといつもの、どうでもいい暴言のうちの一つに過ぎない。
 けれど、私にとっては違う。私にとっては違った。
「根暗とか陰キャラとかさ、そんなのはさ、別に、いくら言われたっていいよ。もう慣れたし、気にならないよ。だけどさ、外見のことは、なんていうかな……、まあ、普通に傷つくからね。いくら私でも」
 声が震えそうになって、慌てて私は口を引き結ぶ。口の中が乾いているのに、むりやりつばを飲み込んだ。目の奥がつんと熱くなる。
「ば、爆豪くんから見たら、そりゃあ私なんてクソださくて、可愛くもない彼女かもしんないけど、……ブスとかそういうのは、言われたくない」
……おい」
「ごめんけど、帰る。今日はちょっともう、爆豪くんと話したくない」
 それだけ言うと、爆豪くんの顔を見ることもなく、私は踵を返した。
 当然かもしれないけれど爆豪くんが追いかけてくることはなかった。

 駅に向け、ひとりもくもくと歩いていく。早歩きはいつのまにか小走りになって、気付けば全速力で走っていた。
 胸が苦しい。それなのに、走ることをやめられなかった。走るのをやめたら、泣いてしまいそうだった。
 私が特別可愛いわけじゃないことなんて、自分が一番よく知っている。私なんてどこにでもいる平凡な人間だ。スタイルだって普通だし、容姿にとりたてて特徴もない。勉強だって、中学まではまずまずだったけれど、高校入学以降はかなり頑張らないとぱっとしないレベル。
 個性がすごいわけでも、家がお金持ちなわけでもない。
 本当にただの、ぱっとしない女子高生。
 何でもできて格好いい爆豪くんとは違う。
 走りながら、なぜか幼いころのことを思い出していた。
 個性のことでいじめられるのは、子どもの私にとってはたしかにつらいことだった。けれど、だからといって戦えないわけではなかった。
 たいして好かれたくもない相手にどう思われようが、そんなことはどうでもいい。私の個性がないことで、そいつらに迷惑をかけたわけでもない。いじめられたところで、傷ついてやる理由なんてなかった。
 だけど今回は、あのときとは違うのだ。相手にしているのはいじめっこではなく、爆豪くん。私の恋人で、私を好きになってくれた、のかもしれない、ひと。
 爆豪くんが私の顔を好きで付き合っている、なんて図々しいことを考えたことは一度もない。最初からそんな期待はしていない。
 それでも、あんなひどい言葉を言われて平気でいられるほど、私は図太くも強くもなかった。
 好きな人にブスと言われて平気で笑っていられるほど、私は何も感じない人間ではない。
 駅に到着する。肩で息をしながら、まっすぐトイレに向かった。こんな状態では電車になど乗れるはずもない。
 トイレの洗面台の前に立ち、溜息をついた。私以外には誰もいない。汗でよれてしまった化粧を直そうとポーチに手を伸ばして、買ったばかりのリップに指先がふれる。
 いいことがあるかもしれない。ジンクスが、ご利益が、私にもあるかもしれない。
 そんなふうに浮かれていた自分がバカみたいだ。

 ★

 苗字が歩いていくのを追いかけようか一瞬悩んで、けれど結局、追いかけないことに決めた。たとえ追いかけて話をしたところで、たぶん苗字は冷静さを欠いている。まともに話なんかできる状態ではないだろう。
 追い込んだ俺がいうのもなんだが、こじらせているときの苗字は放っておいた方がいい。それは付き合うだのなんだのの話をしたときに、すでに実証されている。
 いや、冷静さを欠いているって点では、俺も似たようなものか。近くにあったベンチに腰掛け、荷物を置き、俺はがしがしと頭をかいた。
 周囲を見回せば、休日のモールらしいのどかな騒がしさに満ち満ちている。警備員なんて数えるほどしかおらず、どこもかしこも平和ボケそのものだ。
 少し前にここで雄英生が敵に絡まれたなんて、おそらく今この場にいる買い物客のほとんどは知りもしない。通報によって警察が駆け付けたとはいえ、世間の混乱を防ぐため、あの事件の詳細は伏せられた。だから一般人がろくに事情も知らず、平然としているのは当然だ。
 もちろん、苗字だって例外ではない。あいつは何も知らずのこのこやってきて、よく分かんねえまま俺と言い合いになって、そんでもって……
 苗字の帰り際の顔を思い出し、思わず舌を打つ。あいつへの苛立ちではない。これは自分自身への苛立ちだ。
 デクが会敵したのが偶然なのか、それとも意図されたものなのか、はっきりしたことは分かっていない。現状俺たちにできるのは、せいぜい気をつけ備えつつ、普段どおりの日常をすごすことだけだ。
 とはいえ、いつまたクソ敵が現れるか分かったもんじゃない。雄英生狙い撃ちというのであれば、俺の前に現れてもおかしくはない。そんな考えが頭にあったから、今日はのっけから嫌な緊張感がずっとあった。
 根暗がそれに気付いていたかは分からない。が、さぞかしやりにくかっただろうと、そのくらいの想像はできる。せっかく色気づいた格好までしてきていたのに、最終的には何もかも台無しになった。台無しにしたのは、まあ、俺か。
 こんなふうに変にぴりつくくらいなら、買い物なんざ別の場所へ行けばよかった。そうすれば少しは、ましな過ごし方ができたかもしれない。
 それでも木椰まで出てきたのは、家の近所で済ませるなんて、あまりにもガキの付き合いからの進展がないと思ったからだ。根暗を落として、二か月と少し。ちょっとはそれらしいことをすべきかという気持ちがあった。
「あー、クッソ……
 むかつきが腹の底にたまって、ひどく気分が悪かった。
 こんなはずじゃなかった。警戒して、から回って、挙句、クソみたいなナンパ野郎にまでぴりついて。
 どう収拾をつけるべきか。謝りゃ済む話かもしれないが、それにしたってどう手を付けるべきか。そもそも俺が謝るのか、という話でもある。
 しばらくその場で、ひとりで頭を悩ませる。しかし挽回の策は、そう簡単に思いつきそうにはなかった。