碧月
2026-01-28 20:55:17
14637文字
Public 満月の裏側
 

満月の裏側(1)




「はあ……、全く世話の焼ける先輩ですね」
暗がりの中でジャミルのため息が響いた。
「俺は行かなくていいって言ったんだが」
隣には呆れたような、レオナの声。時刻は夜。空に登る満月が、二人を明るく照らしていた。
「スマホなんて貴重品、植物園に忘れるアンタが悪いんです」
ジャミルの悪態は続く。今、隣に立っているレオナ。夜になってジャミルと二人きりになったタイミングで、スマホを植物園に忘れたなんて言うものだから、つい、焦って、二人で取りに来てしまったのだ。幸い、レオナの思うところにスマホはきちんと置いてあり、壊れたり誰かに触られた形跡もなかったのだが。

「夜も遅いんですから、さっさと寮に戻りましょう」
ジャミルが、角を曲がる。その先は、ミステリーショップだ。古今東西、全てのものが揃うショップ。ニューイヤーの頃には東方の珍しい品物も並んでいる。

……ん?」
ミステリーショップを通り過ぎた頃に、レオナは顔を顰めた。霧だ。前も見えないほどの、濃い霧が、広がっている。
「おかしいですね。霧が、こんなに濃いなんて」
ジャミルは呟いた。
「ここを過ぎたら、メインストリートだ。そうすれば、鏡舎まで一本道、だろ」
レオナがジャミルの肩に手をかけた。霧の濃い道を、二人で進んでいく。

霧が、開けた。

……なっ……!」
ジャミルは、その光景を見て固まった。そこに広がるのは、いつものメインストリートではない。あの、特徴的なグレートセブンの像は、どこにも見当たらない。そこにあるのは。
……どこだ、ここ」
湿った土と砂利の感触。その奥にあるのは明らかに廃屋であろう、古い家。賢者の島でよく見る建築様式ではない。木造建築の低い家。瓦と呼ばれる黒塗りの煉瓦のようなもので覆われた屋根。これは。
……確か、東方に代々伝わる家屋の建築様式、だったか。何故こんなところに」
レオナは呟いた。

ナイトレイブンカレッジは、魔法学校だ。こういったことは度々起こりうる。以前も、カリムが図書館に閉じ込められ、大変な思いをしたことがある。だから、こういった事態に対して、不思議だ、という感覚はあまりないのだが。当然のように来たはずの道は見つからない。ジャミルはちらり、とスマートフォンを確認した。
「レオナ先輩、スマホが」
……俺のもだ」
二人の確認したスマートフォンは、右上に圏外の文字。ついで、マジカルペンを使って簡単な魔法を使ってみる。使うことが、できなかった。隣のレオナも舌打ちをしている。同じ結果に終わったのだろう。

「困ったな」
魔法も使えない、スマホは圏外、となると、できることは少ない。付近には、古びた家屋が一つ。雨風は凌げるだろうが、入るのも躊躇するほどの古さである。二人がその場で立ち尽くしていると、ジャミルの足元に何かが触れた。

……っ、うわっ!」
小さく悲鳴をあげたジャミル。感覚からして、虫の類ではないことが分かる。視線を下に下げると、一匹の黒猫が、ジャミルの足にまとわりついていた。
「猫か、びっくりさせやがって」
レオナもまた、ジャミルの反応に驚いたのだろう。猫に視線をやり、ほっとした反応をしている。ジャミルによって抱き上げられた猫は、とん、とジャミルの肩に駆け上がると、ジャミルの背中を伝って駆け降りた。
「うわっ!!」
思わず、ジャミルは大声を出してしまう。駆け降りた猫は、二人の足の間を器用に駆け抜け、屋敷の方へと駆け抜けていく。猫の足の方からチリチリと音がする。
「あいつ、お前の髪飾りを持っていったぞ!」
レオナに言われて、ジャミルは自分の髪を確認する。確かに、一つ足りない。
「待て!」
ジャミルは、猫を追いかけて屋敷の中に入っていった。レオナも、小さなため息をついて、それについていったのだった。

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