碧月
2026-01-28 20:55:17
14637文字
Public 満月の裏側
 

満月の裏側(1)




押し入れを開けると、湿気を帯びた、かびた匂いがした。押し入れの収納は木の板で上下二段に分かれており、上の段には、唐草模様のカバーに包まれた布団が重ねられていた。いくつか重ねられたずっしりと重みのありそうなそれ。
「寝具、でしょうか?」
「ああ、確か……
レオナは、東方の文化について思い出す。
「フトン、ってやつだ。この家の住人は、これを床に敷いて寝ていたようだな」
「床に直接、ですか。起きた時に体が痛くなりそうですね」
ジャミルは、呟きながら、布団に軽く触れる。湿気を含んだ綿のごわごわとした感触。不快な感覚にジャミルは顔を顰めた。
……布団の柄といい、布の質といい、この家の生活水準を考えると、随分と上等なものだと思います。布の劣化も少ない。これは、家人が使っているというよりは、来客用だったのかもしれませんね」
……来客なぁ」
この部屋は、玄関から入ってすぐのところにある。ここが、二人のいう感覚でいう応接室のようなものだと言われれば、間取り的にも納得がいく。
「この下の小さいフトンは?このサイズでは横になれないですよね」
下の段には、白いカバーで包まれた小さな四角いものがたくさん入っている。
「ザブトン、だろう。座っている時に敷いて、その上に座るそうだ」
「?!この小さい区画に座る?どうやって?」
その座布団は予想以上に小さい。体育座りでは、その小さな区画に収まりきらないだろう。
「どうやら伝統的な座り方があったらしいな。おっと、奥に何かあるみたいだ」
レオナがスマホのライトで押し入れの奥を照らす。座布団の隣に何かが置かれている。押し入れの反対側の扉を開けて確認すると、重そうな木製の踏み台が置かれていた。ジャミルの膝くらいの高さの、二段ほどある木製の踏み台だ。
「これで、高いところにあるものを取ったんでしょうね。あれとか」
ジャミルが上を指差す。ジャミルの指差したあたりには、小さな扉があった。所謂、天袋と呼ばれるものだ。
……あそこか?」
レオナが嫌そうな声を出す。高くてパッと見ても何が入るか確認できない場所。逆に言えば、何が入っているか予想がつかない場所だ。獣人の本能で分かる。なんとなく、開けたくない。
「手がかりがあるかもしれないんですよ」
「お前が上れよ」
形ばかり、無駄に重い踏み台を天袋の前に置いて、二人は話をする。踏み台は、随分と使い込まれている様子だ。
「レオナ先輩の方が、よく見えるかもしれませんよ。ほら、無駄に身長高いんですから」
先ほど、鴨居に頭部をぶつけたことを揶揄っているのだろう。レオナがジロリとジャミルを睨んだ。
「分かりましたよ。……俺が調べます」
ジャミルが、ため息をついて、踏み台の上に乗った。ぎし、と木が撓む音がする。滅多に開けられない天袋が、ずず、と音を立てながら開いていく。
……なんだ」
拍子抜けしたように、ジャミルは言葉をこぼした。ほとんど何もない。扉を開けた手前にある小さな箱を除けば。その箱を持って、ジャミルは踏み台を降りた。箱をレオナに見せる。
「なんだ?」
レオナも、また、その箱をまじまじと見つめた。紙製の箱。上に乗っていた埃を軽く払って上に開ける。そこにあったのは、簪(かんざし)だった。一本の棒に、ペラペラの大きな桃色の花のモチーフがついている。その軸は、短く、鼈甲風の素材でできていて、透け感のある素材でできている。
「なんですか、これ」
「ヘアアクセサリーみてぇだな。結んだ髪に挿すんだろう、こうやって」
「ちょっと!勝手にいじらないでくださいよ」
レオナが、ジャミルの髪に簪を挿そうと髪を弄った。だが、その手を途中で止める。
「どうかしました?」
「いや、なんでもねぇよ」
レオナは呟いて手を下ろした。ジャミルもまた、その簪を手に取って違和感に気がついた。
……ああ、そういうことですか」
二人は、簪を箱にしまう。レオナがその箱を掴んだ。
「しまうのが面倒だし持っていこうぜ」
「は?冗談じゃない!持ち出すつもりですか?」
「まさか。戻る時には丁重にお返しするぜ。ただ、少し戻すのが面倒になっただけだ」
その言葉にジャミルがため息をついた。
「ちゃんと帰りには、戻してくださいよ」
「はいはい」
斯くして、その簪は、レオナの服のポケットに箱ごと仕舞われたのであった。

押し入れの探索を終える