池田いくら
冴ゆるほど輝る冬銀河どこまでを落ちればわかりあえるだろうか
【選評コメント】
★読んだ時に浮かぶ景色が美しいです。冷え込めば冷え込むほど離れれば離れるほど研ぎ澄まされて星が輝く前半と後半の「どこまでを落ちればわかりあえるだろうか」というわかりあえない寂しさともしかしたらわかりあえるかもしれない希望の感情、その対比でさらに歌の深度が強くなっていると感じました。「冴・輝・冬銀河」漢字がぐっと詰まっている前半と「落」以外がひらがなの後半とで文字にしたときも対比が好きです。特に後半のひらがなの文字列は前半の漢字から零れて落ちていくようにも見え冬銀河(輝いている人たち、場所)からの遠さを思わせます。多数ではなく君と、輝く場所から離れ同じ暗闇で君とわかりあいたい、と深く迫っていくすてきな歌だと思いました。(なんとなく浮かんだ景色は漫画の見開き白黒ベタ塗りで表された夜空のイメージで漫画作品かな?と思っています)──山と森と街
★上の句のさえざえとした冷たさと、下の句の孤独が非常にうつくしく響き合っていると思います。また、冬銀河という物理的な「上」から、「落ち」るという上下運動を感じて、その効果にも惚れ惚れしました。落ちているのにまだわかりあえない、しかしこのまま落ちてゆけばいつかはわかりあえるかもしれない
……諦念ににた切実さ、切実な願いだからこそ時に抱いてしまう諦念、そのふたつが複雑に絡み合っていると感じます。とても格好いいです!──せいら
★すごく好きな歌です。特に好きなポイントが二つあって、一つが〈どこまでを落ちればわかりあえるだろうか〉という彼らの関係と感情、もう一つが〈冬銀河〉と〈落ちれば〉の取り合わせです。
「わかる」でも「わかってもらえる」でもなく〈わかりあえる〉ことを望むというのがとてもツボです。二重のエゴという感じがして
……〈落ちれば〉を「悪に堕ちる」といったニュアンスで取っているのですが、ともに苦境に立ち、本意ではない選択肢を取るようになって、そうして初めて〈わかりあえる〉タイミングが来るのだろうかと想像しているのかなと。翻せばそうまでしなければ〈わかりあえる〉イメージのない間柄で、それでも共に落ちていくんだなぁと、考えれば考えるほどときめく彼らでした(すごく勝手な妄想で願望なのですが、こういう彼らには、どこまで行ってもわかりあえないけれど「わかった気がする」一瞬が人生の中で一度だけあって欲しいなと思います)。
そしてもう一つ、〈冬銀河〉から〈落ちれば〉にイメージが飛ぶのが意外だけれど納得感があり、このイメージが本当に綺麗で大好きです。抜けるように高い天を仰ぐと〈落ちる〉=落下のイメージがあるんですよね
……そして冬の冴えた空気に痛いほど輝く〈冬銀河〉。落ちる先は地ではなく、温かくはないけれど強い光に囲まれている。うつくしく説得力のある景でありイメージであり、そして非常にツボを刺激される一首でした。ありがとうございます。──Dr.ギャップ
●星空の冷たさ、美しさが孤独感を高めています。背景が広大できらびやかであればあるほど、主体のちっぽけさと無力感が際立ち、どこまでも落ちてもわかり合えないという澄んだ諦念が前面に出てくるように感じました。──ゆの
●「冬銀河」に森閑とした気持ちになりました。景色がぱっと浮かびました。季語にフォーカスさせる言葉選びにも脱帽です。冬の銀河を流されていく二人の姿を想像すると同時に「瀬をはやみ
……」の歌を思い出しました。──おかのきくと
●銀河というのは星空のことなので、見上げるイメージがあったのですが、「落ちる」という表現から重力にもとらわれない宇宙の広大さを感じました。そんな広い世界で「落ち合えるか」「わかりあえるか」。これからの季節にもぴったりですし、人がわかりあうことの難しさを宇宙になぞらえている表現にうっとりします。──四月
【作者コメント】
山姥切長義/刀剣乱舞──池田いくら
聞き分けの悪い子たちを入れておく御伽話はもう終わらない
【選評コメント】
★寝物語には不向きな騒々しい展開ばかり続きそうで、面白い歌だと思った。思わずその中で、間近で御伽噺をこの目でみたいと好奇心が湧きそうになるが、同時にアクの強い「悪い子たち」は離れた場所から見ておく方がいいとも思う。──深山静
★フィクションである御伽話は作者や語り手、読み手がその後を綴っていかない限りは読み終えられてしまうものですが、この歌では御伽噺(その登場人物たち)がひとりでに歩き始めるんですね。童話や寓話は聞き分けの悪い子への教訓として作られる側面があると思いますが、逆に聞き分けの悪い子たちだからこそ御伽話は生かされ、終わらなくなる、という面白さを感じました。聞き分けの悪い子というのは御伽噺の読み手である子どもと、作中に描かれる悪い子の両方にかかっている気がします。──谷澤
●終わらない「御伽噺」は、辛い現実から目を背けるためのものでしょう。「悪い子」も、語り手自身も、「御伽噺」から醒めて、その現実に立ち向かわなくてはなりません。彼らの葛藤が水面で揺らぐのが見えるようです。──おかのきくと
●原作はツイステッドワンダーランド7章かなと私は思いました。西洋風の言葉選び、ロマンがあって好きです。聞き分けの悪い子たちが「入ってしまう/入り込んでしまう」御伽話はどんな話なのか、また「終わらない」で歌が締めくくられるのも怖くて素敵です。御伽話=フィクション=虚構に閉じ込め、現実世界からの締め出しをする大人の図、恐ろしくてとてもいいですね。──四月
●マザーグースの世界のような可愛らしさと不気味さが同居する歌です。御伽噺がまるでベビーサークルのように描かれていて面白いです。入れられた「悪い子」たちは出られないのですね。いい子になれば出られるのでしょうか。「もう終わらない」という結句の勢いが好きです。──ゆの
●不穏な場面ながら、この子たちは更生するのか、できないのか気になります。
不穏さ、緊迫感の表現が好きです。──海月雪夜
●この歌が〈もう終わらない〉で締められるのが大好きです!!
〈聞き分けの悪い子たち〉は〈御伽噺〉の邪魔になるからと隔離して、けれどそんな子たちが大人しくしているはずもなく、たとえハッピーエンドをあてがわれたとしたって好き勝手に物語を紡ぎ続けてしまうから〈御伽話はもう終わらない〉。〈もう〉のダメ押しも愛おしいです。
現在はまっているジャンル《ツイステッドワンダーランド》はもっぱら聞き分けの悪い子たちばっかり出てくる(そうした子たちにライトを当てることで物語が始まり続いている)ので、つい〈もう終わらない〉に「やっちゃえやっちゃえ!」と拳を振り上げてエールを送りたくなってしまうのでした。──Dr.ギャップ
【作者コメント】
マレウス・ドラコニア/Twisted Wonderland──池田いくら
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