おかのきくと
外套を崖から棄する スプリング・グリーンの海きらりきらり
【選評コメント】
★冬から春への移り変わりや明るい日差し、晴れやかさを感じます。「きらりきらり」の六音での終わり方に、海や世界の広がりを感じます。──toico
★「崖から棄する」、不穏な気配です。それにもかかわらず海は「きらりきらり」、この不穏と美との不安定な取り合わせが好きです。まだ肌寒い春、冬の気配が残る頃の情景が浮かびました。穏やかでない事件の香り、人死にのある失恋でもあったのかしらん、とつい、裏にある物語を想像してしまいます。この歌は読む人によって全く別の物語を感じるだろうなと、そこも面白いと思いました。──南天
★棄てられた外套が崖下を広がりつつ落ちていく情景、その外套の向こうで輝く海。何とも美しい情景だと思いました。外套は主体にとって大切なものだったのでしょうが、海の煌めきによって物悲しさはなく何か希望のようなものも感じられるお歌だと思いました。──くぼたむすぶ
★初二句の「外套を崖から棄する」がドラマティックな場面を連れてきてどきどきしました。
続く「スプリング・グリーン」は、新芽の色であり、リスタート、新たな出発、成長を意味するそうで、古い外套を棄てる=今までの自分の殻を脱ぐ、過去を捨て去るようなイメージが湧きます。
そうして、主体が外套と共にそれらを明るいスプリング・グリーンの海に投げ捨てれば、新たなる門出を祝うように海が輝いている、そんな場面として読ませて頂きました。
「スプリング・グリーン」の語や「きらりきらり」のオノマトペで終わる結句も、重く暗いイメージを棄てる上の句からの対比としてあかるくきれいで、とても好きです。
「きらりきらり」いいですね
…!まぶしくあかるくかがやいて見える様子がうつくしく表現されているオノマトペで音も字面もきれいです。
一首を通して映画の一場面のようなドラマ性と、「外套」「崖」「グリーン」の重めで硬いgの音は主体の人物像を思わせ、間に挿入されるkの音(崖から・棄する・きらりきらり)が重い外套を脱ぎ捨て身軽になった主体の心情や未来を軽やかに感じさせて、その韻律の対比も歌に響き合っていて気持ちの良い歌だと思いました。
とても好きです。──ナツ
★崖に至るまでにつらめのドラマがあり、主体の情動を行動や視界で詠んだ歌なのかなと思います。下の句が好きです。──谷澤
●スプリンググリーンのさわやかな印象が残る歌ですね。崖から海に外套を投げ捨てるという動きの意外さから、外套を追った視界に一面の海が広がる解放感が気持ちいいです。「きらりきらり」は「ひらりひらり」に語感が通じて、外套が落ちていく映像も浮かびました。──ゆの
●単語のチョイスが文学的でうっとりしますね。この主体にとって外套とはどんな存在だったのか思いを馳せます。「海きらりきらり」のリズム感がとても好きです!波打つ水面を見ているよう。一字余るのもきらりきらりと光り続ける余韻を感じます。──四月
●後半の読み心地の爽やかさと、前半のかっちりとした格好良さの対比が鮮やかな歌だと思いました。そこが主題では絶対にないのですが、読むたびに海洋投棄シーンにどきどきしています。創作物を現実の倫理観のコードに則って読むと興醒めするため、それは言わないお約束、と暗黙の目配せがあることも多いと思うのですが、ポイ捨ては割と身近な禁忌なので雑念込みで読んでしまって
……。一首のうち後半で歌の雰囲気が一気に明るく変わり、そこがこの歌の素敵なところでもあるのですが、その光る海に今投げたコート沈んでるんだよな、とつい想像してしまいました。──池田いくら
●きらりきらり、が悲しさのように感じられて綺麗で苦しかったです。ぴ
…──てくてく
●情景がとても綺麗な歌ですね。
「きらりきらり」が直前の色と相まってとても美しいです。──海月雪夜
●結句7音に置かれた〈きらりきらり〉の「3音+(短い休符)+3音」のリズムから抑制された印象を受け、やや不穏に感じる一首でした。最初は〈スプリング・グリーン〉の春のイメージと捨てられた外套から「冬から春への解放」というイメージで読んでいたのですが
……
抑制の印象を持って〈外套を崖から棄する〉を振り返ると、自分を死んだものとして偽装するため
……? という想像が広がりました。一つの解放ではあるけれど、手放しで喜ばしいものとは呼べないような。そう考えると、海が〈きらりきらり〉で外套を飲み込んでしまうのも、”私”の気持ちや事情には関せずという自然の無慈悲さの一種のようにも見えます。でも同時に〈スプリング・グリーン〉も〈きらりきらり〉も綺麗な光景のイメージであることには変わりなく、そのバランスに惹かれました。──Dr.ギャップ
【作者コメント】
(「魔法使いの約束」より、ファウスト・ラウィーニア)
師・フィガロとの和解を経、新しい生活に希望を持つファウストです。外套は、彼が長年抱いてきた恨みの象徴。「グリーン」は、師の瞳の色。新しい生活=春のイメージで、スプリング・グリーンを採用しました。
自由になる、という意味で、最後の七音をあえて字足らずにしました。
上の句の「がいとう」「がけ」の濁点が「棄する」を境にして取れる、という意味で、「スプリンク・クリーン」にするかどうか、二日悩み、知恵熱を出しました。
情景が浮かぶ歌を目指しました。みなさんの中に、何かの景色が浮かんでいたら、とても嬉しいです。──おかのきくと
じんせいの渡り方とか分かんない道路のほうは教わったけど
【選評コメント】
●分かんなくてもいいよね、そうだよね、と嬉しくなりました。道路の方も教わったこと反故にすることすらあるもの。──てくてく
●「じんせい」の予測変換には人生、人世、仁政などいくつか候補が出てきます。道路の渡り方を教わったという主体は人ではないのかもしれず、それなら「人の世」の渡り方がまだわからない、ということかもしれないと想像しました。「じんせいの渡り方」も教えてもらえると思っていそうな、少し幼い口調がかわいらしいです。──ゆの
●「じんせい」がひらがな表記であることから主体の精神的な幼さや不安が強調されているようです。また、"人の生"はわからない、とも読み取れるかと思いました。「道路を渡る」
…は世渡りのようなものでしょうか。どこか幼い喋り方、人ではない、などの要素を持っているキャラクターとして、ヒプノシスマイクの飴村乱数やツイステッドワンダーランドのフロイド・リーチを思い浮かべました。──四月
●「じんせい」を平仮名に開いているのは幼さの表現かと思うのですが、人生に思うところが出てくるのはある程度自我があるはずなので主体は思春期くらいの年齢を想像しました。どう生きるかははっきりした答えのある問題ではないし、人によって最善の方法が違ってくるものですが、誰かの背中を見て美学を確立することもあるかと思うので、主体にとってのモデルケースや反面教師にしたい人はいない環境なのかなと思ってしまい、少し寂しいです。──池田いくら
●すごく味を感じる一首でとても好きです。短歌も好きだし原作も気になる
……全然予想ができない
……
〈じんせい〉と言いつつあくまでひらがな表記で深刻な雰囲気はなさそうなこと、〈道路のほうは〉が〈じんせいの渡り方〉の対比になっているようで微妙にすれ違っていそうな印象のあること(道路の「右見て左見て」といったルールの明確な〈渡り方〉と、人生のあれこれをこなす〈渡り方〉は別物では?という)、〈分かんない〉や〈けど〉といった放り投げ方、一つ一つがツボでした。歌に描かれている景とは別になんとなくのイメージとして、車道と歩道を区切る縁石の上を平均台渡りしながらこの歌が口ずさまれているシーンを想像しました。
教わったという〈道路のほう〉すらそんなに大事にしていなさそうな、交通ルールも人生も「なんとなくでなんとかなる」「なんとかならなくてもだいじょうぶ」「ほら今だいじょうぶじゃん」という雰囲気を一首全体から感じて、その味がとても好きです。言語化が全然追いついていなくて恐縮ですが、好きですという部分をどうにか受け取っていただけましたら
……!──Dr.ギャップ
【作者コメント】
(『帰り道』「おそ松さん」三期第五話より)
友人の結婚式の帰り道。それぞれの将来を憂いながら、帰路につく六つ子のお話です。
二十分三十八秒秒ごろの、ゾーン30(三十代)へ渡っていくシーンを詠みました。
「じんせい」の同音異義語の多さに驚きました。人生、人性、靱性
……。
どうぞ、お好きな「じんせい」をお選びください。──おかのきくと
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