柚子子
2024-09-23 10:25:00
101523文字
Public ベリーベリー
 
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微原作沿 爆豪長編(3)

サイトに掲載している爆豪長編の第三章です

 結局、食事をしているあいだもずっと、爆豪くんは心ここにあらずといった感じだった。さすがに途中からはだいぶいつも通りにちかい状態まで戻ってきていたけれど、それでも絶好調というにはほど遠いコンディションだったのではないだろうか。
 なにせ今日は、暴言の数が史上最小レベルまで、少なくおさえられているのだ。爆豪くんの元気と活気のバロメーターは、だいたいは暴言のキレと頻度から推し量ることができる。それでいくと、今日の爆豪くんは絶不調ということになる。
 うーん、どうだろう。食欲はあったし、まったく元気がないという感じでもなさそうだったけれど……
 もしかして、仮免試験の補講を受けたことによって、性格がややマイルドになっているとか。性格がカスで試験に落ちているのだ。補講で性格が改善されていても、おかしくはない……。いや、おかしいか。補講ごときで爆豪くんの性格がよくなるのなら、光己さんも私も、誰も苦労はしない。
 悩みつつ、店を出た。あたたかい店内にいたからか、外気がとてつもなく冷たく感じた。もうじき冬になるのだということを、ふとした瞬間に実感する。
「今日はありがとうね、久しぶりに会えて嬉しかった」
 駅に向かって歩きながら、私は爆豪くんに言った。爆豪くんは一瞬、まじまじと私を見てから「ん」と短く返事をする。奇行だなぁと思いつつ、気付かないふりをした。
「爆豪くんの仮免補講って、たしか十二月までなんだっけ。それが終わったら、少し楽になるのかなぁ。あ、でもそしたら爆豪くんもインターンとか始まるのかな。切島くんがインターン行ってるんだよね? じゃあ仮免とれたら爆豪くんも、」
「なんか言いてえこととかねえのかよ」
 ふいに、爆豪くんが言った。
「え?」
 唐突に放たれた言葉の意味が分からず、ついつい私は聞き返した。けれど爆豪くんは、むっつりとした顔をして、ただじっとこちらを見つめるだけだ。夜の暗闇の中、爆豪くんの真っ赤な瞳が静かな炎をたたえている。
「言いたいことって……今まさに、話してるけど……
「そうじゃねえ」
 いつにない爆豪くんの様子に、私は戸惑った。いらだった物言いではない。むしろ落ち着いていて、穏やかですらある。
 こういう爆豪くんを、私は知っていた。今と同じような夜道。春の花の匂いが、濃くただよっていた頃のこと。
 けれど今の爆豪くんは、あのときのように、静かに怒っているわけではなさそうだった。あのときと同じく、なにか大きな感情を感じさせはするものの、そこに激しさや恐ろしさはない。
 怖くはない。だから私も、落ち着いていられた。
「どうかしたの? あ、そういえば爆豪くん、少し前に通話で話したときも、たしかそんなこと言ってたよね。私、よく分からないんだけど、何のこと言ってる……?」
「ほったらかしてただろうが、おまえのこと。ここんとこずっと」
「えっ、」
「文句のひとつでもありゃ、聞いてやるっつってんだ」
 口を曲げて、それでも視線はそらさずに、爆豪くんが言った。私はといえば、あまりにも思ってもみなかった言葉を掛けられたことで、しばし呆然としてしまった。
 夜道を歩いていた足が止まる。このまま歩き続けていたら、あっという間に駅についてしまう。爆豪くんをはやく帰してあげなければという気持ちはあったけれど、それでもなんだか、この話を中途半端なところで終わらせてはいけないような気がしていた。
 静かな夜だった。夜道には私たち以外の人影はない。敵の動きが活発になってからは、夜の人通りはめっきり減った。
 甘くかおる、金木犀のかおり。点滅する街灯の向こうから、大きな月が私たちを見下ろしていた。
 数度呼吸をして、心を落ち着かせる。それからゆっくりと、私は口を開いた。
「びっくりした。爆豪くんって、そういうこと気にするんだ」
「あ゛ァ?」
「そういうこと、全然気にしてないんだと思ってた」
 爆豪くんの眉が不機嫌に上がる。
「や、別に悪い意味ではなくね」
「悪い意味以外に聞こえねえだろ」
「本当に、本当に悪い意味じゃないんだって」
 もちろん、責めているわけでもなかった。ただ、本当に意外だったのだ。
 爆豪くんというのは、もっと大きなもの──そうたとえば、目の前に迫るたいへんな課題とか、もう少し先の将来のこととか、そのために必要なさまざまなことにしか、目を向けないのだと思っていた。
 爆豪くんの視野が狭いわけではない。むしろその逆で、彼はきっといろんなことを、なんでもそつなく、広くこなせてしまう。
 だからこそ、あえて見るべき範囲を狭めている──少なくとも今は、選択的にそうしているのだと思っていた。
 逆に、そういった「見るべき」と爆豪くんが定めた以外のすべてが、爆豪くんのなかでは低い優先順位に留めおかれている。ひとまずは気に留めずにおくもの、という位置だ。
 これまでの経緯から私は、爆豪くんに直接そうと言われたわけではないものの、そういうものだと了解していた。
 だから驚いた。
 まさかこうして、省みられるとは思いもしなかった。まして、文句を言われてしかるべきだと、爆豪くんが思っていたなんて。
 そっか、と。沈黙に色を落とすように、言葉が口から勝手にこぼれた。
 最初に感じたのは驚きで、その次に感心。そして最後に、面白さが遅れてやってきた。
 もしかして爆豪くん、今日はそれでおかしかったのだろうか。文句を言われる、覚悟をしていた?
「爆豪くん、私が文句言うと思ってたんだ?」
「言ってもおかしくはねえだろ」
「まあ、そうなのかな。そうかもしれないね」
 実際、言おうと思えば文句なんかいくらでも出てくる。思ってるだけで言わないことは山ほどある。
 けれどそれを言わないのは、言わないだけの理由があるから。あるいはわざわざ言うだけの理由がないから。
 たとえ爆豪くんに文句を受け付けるつもりがあったとしても、今ここで文句をぶちまけてしまおうとは、私は思わなかった。
 だからかわりに、文句ではなく別のことを。
「文句、ではないんだけど」
「おー」
 爆豪くんの眉がまた、ぴくりと動く。分かりやすく身構えている。その様子を見て、私は少しだけ笑った。
「手をね」
「手?」
「そう、手。手を、つないでほしいかもしれない」
 そう言って私はそっと、爆豪くんの左手を指さした。
 以前、りっちゃんと彼氏が手をつないでいるのを見たときから、いや、本当はそれよりも前からずっと、ずっとそう思っていた。
 私も爆豪くんと、手をつなぎたい。
 爆豪くんと、恋人っぽいことがしてみたい。
 私は爆豪くんを見つめる。爆豪くんは、私に指をさされたまま、ぽかんとこちらを見ている。
 ぽかんと、こちらを……
…………
…………
 え? 待って?
 爆豪くん、なんでそんな、きょとんとした顔してる?
 そんな顔するほどおかしなこと、私、言った?
 手つなぎたいって言われて、それはどういうたぐいのリアクション?
 爆豪くんは、彼にしてはめずらしく、虚を突かれた、というか、本当に意表を突かれたという顔をしている。その顔を見ていたら、なんか……だんだんと恥ずかしくなってきた。
 いや、手をつなぎたいって言って、そんな反応されることある? 喜ばれるとまでは思わなかったけど、なんかもう少しこう……あるのでは?
 というか、普通にしくじっているんじゃないか、これ。もしかして、あれか。手とか。つなぎたきゃ勝手につないどけやって話だったのか。
 爆豪くんの沈黙を糧にしているかのごとく、自分のなかで思考がふくらむ。その思考と比例するように、羞恥心もまた一緒にみるみるふくらんでいく。
 そもそも爆豪くんがここまでかたくなに、いやかたくなかどうかは知らないけれど、頑として私の手を握らなかったのって、爆豪くんは手なんかつなぎたくないという意思表示だったのかもしれなくて。
 そもそも手のひら由来の個性を持つ爆豪くんにとっては、片手とはいえ手がふさがるようなことをしたくないのかもしれなくて。そういうことに気を配るのが、恋人である私の使命だったはず、なのであって。
「あ、や、でも爆豪くんの個性考えたら、もしかしなくても手つないだりとか嫌だった? よね? ていうかごめん、嫌なら別にいいんだけど」
 やばい、やばい。本当に恥ずかしい。けれどもはや、恥じらっている場合ではなかった。どうにかして、この醜態を挽回しなくては……
「違う、今のは違う、いや、違いはしないんだけど」
「は?」
 爆豪くんの低い「は?」。やっぱりそうなんだ、引いてるんだ、と頭をぶん殴られたような衝撃を覚える。が、ショックを受けている場合でもない。なんかもう、いたたまれなくて死にたいかもしれないけれども……
「や、本当にごめん。やっぱ今のなしでいいや。文句も言いたいことも、私からは特に何もないというか、」
「ごちゃごちゃうるせえ」
 私の必死の言い訳を、爆豪くんが乱暴な言葉でさえぎった。と、落ち込みかけたのも束の間、爆豪くんが私の手をさっと握る。
「う、ぇ? えぇ?」
 口から間抜けな声がこぼれる。爆豪くんが私の手を握っている。そのことを理解するのに、少しの時間を要した。
 爆豪くんが、私の手を握っている。
 本当に、冗談ではなくて。
「ば、ばくごうくん」
 何か言おうと思ったのに、何も言葉が浮かんでこなかった。さっきべらべらと狼狽えて話しまくったせいで、私のなかの言葉が尽きてしまったようだ。まったく気の利いた言葉なんて、何も思いつけなかった。
 ばくごうくん、と。それしか言葉を知らないみたいに、私は彼の名前しか呼べなくなる。
「んだよ、なんべんも呼ばんでも聞こえとるわ」
「そ、そっか……
「つまんねえ受け答えやめろ」
「すみません……
 語彙の消失を叱られ、私はもう口を閉じることにした。どうせ口なんか開いたところで、まともな言葉が出てくるとは思えない。
 話すのをやめ、かわりにつないだ手に意識を集中した。
 熱くて、かたくて、それなのにがさがさはしていない、不思議な手。強引に私の手を握りこんだ手は、手加減するようにやさしく、私の手をつかまえていた。
「つーか、手くらい、嫌なわきゃねーだろ」
……そうなんだ」
「当たり前」
「そっか、そうなんだ」
 なんだかもう、そっかそっかと繰り返すことしかできなかった。ほかに言葉を発する必要もなかった。
 手を握られたまま、そっと指先を爆豪くんの手の甲に這わせる。なめらかなだけではない肌には、感触でわかるくらいの小さな傷跡が無数に残っていて、ああ、これが爆豪くんの手なのだと、私に実感させる。
 爆豪くんの手にふれたことは何度かあって、けれど今、はじめて本当にふれることを許されたような気がした。
 しっかりと手を握られたまま、ふたたび駅に向け歩き出す。ぎこちなく揺れる腕の動きを、たえず意識しつづける。
 あんなふうに爆破を繰り返しているのだから、もっと固い手のひらなのだとばかり思っていた。いや、実際固くはあるのだろう。けれどこうして手をつないでしばらく経つと、その肌のあたたかさと柔らかさばかりが、私の肌に伝わってくる。
 爆豪くんに対して好きだなと思うことは、日常生活のなかでも結構頻繁にある。けれど、こんなふうに、いとおしいなと思ったのは、今がはじめてのことだった。
「つーかおまえ、こんだけでいいんか」
 爆豪くんに問われ、私は彼の顔を見上げた。いつもよりほんの少し近いところに、爆豪くんの顔がある。
「こんだけって」
「もっとほかに、ねえのかよ」
……うん、今はいいかな。これだけで」
「そうかよ」
 呆れ笑いが語尾ににじんで、爆豪くんにしては優しい物言いだった。
 手を強く握り返すのは、なんだかもったいないような気がして、私は駅までずっと、ゆるく爆豪くんの手を握りつづけた。