柚子子
2024-09-23 10:25:00
101523文字
Public ベリーベリー
 
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微原作沿 爆豪長編(3)

サイトに掲載している爆豪長編の第三章です

 やっぱりというべきか、なんというべきか。
 十二月三十一日の午後三時、正確には午後二時五十六分、私は爆豪くんの自宅の前にいた。
 あれから爆豪くんとはメッセージで何度かやりとりしたけれど、私の「大晦日の団らんはご家族だけでどうぞ」という常識的な意見は、ついぞ通りはしなかった。なにせ相手は爆豪くん。一度こうと決めてしまったら、余程のことがない限り、彼は意見を曲げたりしない。
 それでも根気強く爆豪くんを説得しようとしていた矢先に、光己さんから「大晦日うち来るんだよね!」というメッセージが届いた。
 いや、それは反則では?
 そんなわけで結局、私は白旗をあげて爆豪くんの要求を呑んだのだった。
 それにしても、この大晦日の訪問にかんする一連の流れを思い出すにつけ、私はなんともいえない気分になる。
 爆豪くんって本当に、嫌になるほど逃げ道をふさぐのがうまいというか、なんというか。手回しが的確なのが怖い。
 光己さん曰く、「普段はろくに連絡してこない」にもかかわらず、こういうときだけ手際がいいのが爆豪くんだ。いろんなところを力押しで突破するように見せかけて、その実、自分の思うとおりに物事を進めるための手間暇は惜しまない。つくづく、敵に回したくないタイプだと思う。
 とはいえ、爆豪くんのそういうクレバーなところに、私が結構まいってしまっているのも事実。今回のことも、完封された悔しさ以上に、その手際の鮮やかさに惚れ惚れしてしまったのだった。悔しいから、これは絶対に爆豪くんには言わないけれど。
 玄関前で、何度か軽く深呼吸。それからようやく意を決して、私はインターホンを押した。
 呼び出し音が鳴ってすぐ、玄関のドアが開く。出迎えてくれたのは私をここに呼びつけた張本人、爆豪くんだった。
 よかった、出てきてくれたのが爆豪くんで。ひとまず、ほっと安堵の息をもらす。爆豪くんか光己さんならば大丈夫なのだけれど、いきなり初対面のお父さんが出てきたらどうしようかと、ひそかに不安に思っていたのだった。
「寒ィからさっさと入れ」
「あ、はい。失礼いたします」
 玄関わきのお正月飾りを見つつ、自分の心に余裕があるのを確認する。爆豪くんのご自宅にあがるのも、これで三度目になるだろうか。まったく慣れはしないけれど、最初ほどのどきどきはなくなった。
「お邪魔しまーす……
 玄関にあがり、おそるおそる挨拶をする。
名前ちゃん! いらっしゃーい」
 声を掛けるとこれまたすぐに、光己さんがリビングから顔を出した。愛想のない爆豪くんとは対照的に、光己さんはにこにこの笑顔で私を迎えてくれる。今日も今日とて若々しくて溌剌としていらっしゃる。
「こんにちは、光己さん。年の瀬にお邪魔してしまってすみません」
「いいっていいって、どうせ勝己が無理に呼びつけたんだろうし」
「うるせえ! んなわけねえだろ!」
 軽やかな挨拶に、爆豪くんの怒号が割り込む。ここぞとばかりに、私はうなずいた。
「はい、無理に呼びつけられました」
「おい!」
「やっぱそうなんだ。あんた名前ちゃんに無茶言うのほどほどにしな」
「ババアが口はさんでんじゃねえ……!」
 わなわな震える爆豪くんを見られたので、ひとまず私の溜飲は下がった。今年の恨みは今年のうちに。納得してのこととはいえ、こうして呼びつけられたぶんの爆豪くんへの恨みは、これでひとまず浄化された。
 気分が少し良くなったところで、私は手に持ったままのお土産の存在を思い出した。道中買ってきた美味しいケーキ屋さんのケーキを、箱ごと持ち上げ光己さんに手渡す。
「これケーキなんですけど、良かったら」
「あら、悪いね! 前も言ったけど、そんな気なんか遣わなくてもいいのに」
「つーかいつまでも玄関でちんたらしてんじゃねえ。くだらねえ話してねえでさっさと上がれ根暗、ババアは向こう戻れ」
「またあんたは彼女に向かってそういうことを」
「誰が彼女だ!」
「いや、私が爆豪くんの彼女なのは合ってるでしょ」
 爆豪くん、どさくさに紛れてとんでもないことを言う。彼女じゃなかったら、なんで私が今ここにいるのか分からなくなってしまう。
 用意されたスリッパに足をつっこみ、爆豪くんの後ろをついていく。リビングに通されるのかと思ったけれど、今日もそのまま爆豪くんの部屋に向かうつもりのようだ。
名前ちゃん、夕飯も食べていく?」
 階段に足をかけたところで、光己さんに聞かれる。
「いえ、そこまでご迷惑はおかけできないので」
「そんなこと気にしなくていいのに。美味しいお肉買ってあるよ。今夜はすき焼き! 遅くなるようだったら、うちから車出して送っていくし」
「いえ、本当に。うちでごはんの用意があるので」
 さすがにそこまでお世話になるつもりはなかった。母からも、早めに帰ってくるようにと言われている。ふつうの日ならばともかく、今日は大晦日。それに爆豪くんは、夏以来のたった一日の帰省だ。家族で積もる話もあるだろう。
「あー、それなら仕方ないねぇ……。あ、それから、今勝己の父親外に出てるんだけど、あとでちゃんと紹介させてね」
「はい。それはもう。ぜひ」
「つーか、なんでババアのテンションが上がってんだ……
「え? 嬉しいから」
「嬉しがってんじゃねえ! いびり殺せや!」
「その要求はおかしくない?」
 どこの世界に、実母が彼女をいびるのを推奨する彼氏がいるんだよ。私と光己さんにあまり親しくしてほしくないにしても、もう少し言い方というかやり方というか、とにかくもっとあるだろうに。
 そんなやりとりを経て、今度こそ私は爆豪くんと一緒に、階段をあがっていった。

 夏ぶりに入った爆豪くんの部屋は、つい先ほどまで換気をしていたのか、すんと冷えた空気で満ちていた。エアコンをつけたばかりなのだろう。爆豪くんがちらりと室温を確認する。
 部屋の隅に、ボストンバッグがひとつぽつんと置かれていた。考えてみれば、爆豪くんだって今日帰ってきたばかりなのだ。ベッドにはぴんと張ったリネンがかけられている。
「爆豪くんの部屋久しぶりだ。やっぱりあんまり物ないね」
 きょろきょろしながらカーペットの上に腰をおろす。
「要るもんだいたい全部寮。つーかきょろきょろすんな」
 爆豪くんがそっけなく言った。私もとくべつ私物が多いタイプではないけれど、爆豪くんの部屋はそんな私の部屋と比べても、かなりすっきりと片付いている。男の子の部屋というと雑多な印象があるけれど、爆豪くんの部屋が雑然としていたことは、これまでの三度の訪問のうち一度もない。
 壁に貼られたオールマイトのポスターだけが、爆豪くんのシンプルでセンスのいい部屋の中で、唯一異質だった。けれどそのポスターこそが、爆豪くんらしさをもっとも端的にあらわしているようにも思える。
「寮の部屋も同じような雰囲気?」
「そんな変わんねえ」
「ふうん……。家具とか小物とか、いろいろこだわったりしないの?」
「寝られりゃいいだろ。寝られりゃ」
 鼻を鳴らして爆豪くんが答えた。芦戸さんと麗日さんから、寮の自室はある程度自由な模様替えが許されることは聞いている。爆豪くんはそうこだわるタイプではないらしい。機能性重視ということだろう。
 着ているものはシンプルだけど似合うものばかりだし、部屋のインテリアも無駄がなく、けれど快適さを損なっていない。爆豪くんって、そういうひとだよな、となんとなく腑に落ちたような気分になる。
 公に知られるためのヒーロー名を考えさせたら小学生なのに、より個人的で内面的な部分になっていくほど、実際は静かで無駄がない。少なくともその印象は、私の知る爆豪くんのイメージと合致するものだ。
 まあでも、インテリアセンスまで小学生のロマンあふれる感じでこられると、将来万が一にも一緒に暮らすとなったとき、若干困るので助かったかもしれない。
 そんなことを思ったあと、自分の思考に自分で照れた。その照れを誤魔化すように、ごほんと大きく咳払いをする。爆豪くんが怪訝そうな顔で私を見た。
「えーと、あれだね」
「どれだ」
「だからさ、爆豪くんは今日一泊したらもう学校戻るんでしょ? その、あれだね、お正月から慌ただしいね、と思って」
 口から出まかせで言うと、爆豪くんは一瞬きょとんとした顔をした。何かおかしなことを言っただろうか、と首をかしげると、
「学校じゃねえ。泊まりがけでインターン」
 爆豪くんがしれっと言う。
「インターンって、前に切島くんが行ってたやつ?」
「それ」
「聞いてない」
「言ってねえ」
 ふうん、そっか、とつぶやいて、それ以上特に言うことはなかった。爆豪くんからのあらゆる連絡が未達なのは、今に始まったことではない。こちらとしても、いつものあれねという感じだ。
「そっか、爆豪くんも仮免とったもんね。それで行けるようになったんだ。遅ればせながら」
「遅れてんじゃねえ、ハンデをくれてやったんだわ」
「無理があるんじゃない? それはさすがに」
 ちょうどその時、光己さんがケーキとコーヒーを部屋に届けてくれた。爆豪くんがすかさず追い払ってしまい、光己さんは「じゃあ、あとでね」と笑って部屋を出ていく。さすがに大晦日だけあって、光己さんも忙しいように見える。
 ケーキを食べながら、私はさっきの話の続きを始めた。
「インターンって、プロヒーローのところに行くんだっけ。なんか前にそんなようなこと言ってたよね」
「実地研修みてえなもん」
「なるほど」
 実地研修ならば、たしか一学期にも職場体験に行っていたはずだ。ちょうど付き合う直前あたりに、爆豪くんがそんな感じの理由で不在にしていたような気がする。
 もっとも、あの頃は今ほど爆豪くんの動向に興味がなかったのと、今よりももっとヒーロー界隈に興味がなかった。だから爆豪くんがどのヒーローのもとへ職場体験にいっていたのかも、私は覚えていない。
「それで爆豪くんは、どのヒーローのところでお世話になるの? 前に職場体験かなんかでお世話になったところ?」
 私が尋ねると、爆豪くんは一瞬ためらうように言葉を飲み込んだ。どうしてだろう。もしかして、ものすごく不本意な配属先になってしまったとか。あるいは職業体験でお世話になったヒーローには断られた、とか……
 あ、ありうる、爆豪くんってお世話になる先で、礼儀正しく気に入られるようなタイプじゃないしな……
 何にせよ、微妙な質問をしてしまったかもしれない。私がひとりひやひやしていると、やがて爆豪くんは、ぼそりとぼやくように言った。
……エンデヴァー」
「エンデヴァー? って、あのナンバーワンヒーローの?」
 予想外に大物の、私ですら知っているレベルのヒーローの名前が登場し、思わず聞き返してしまった。
 エンデヴァーといえば、先日九州でおこった事件を解決に導いたことにより、今もっとも時の人として扱われているヒーローではないか。オールマイトとはタイプが違うけれど、今の日本の平和と治安維持は、ほとんどこの人の双肩にかかっているといっても過言ではない、とかなんとか。もちろん全部、ニュースと友人からの受け売りだ。
 多忙のはずの現ナンバーワンヒーローが、雄英とはいえまだ高校一年生の学生を、インターンで受け入れるのか。検挙率でもナンバーワンを誇るというからには、ものすごく忙しく働いているだろうに、そんな余裕があるとは。
 そもそもエンデヴァーには、後進育成に熱心なイメージがまったくない。ナンバーワンになったからには、ということだろうか。考えれば考えるほど、なんだか疑問ばかりが募っていく。