クリスマスも終わり、冬休みに入った。冬期講習を受講している私は、学校のちかくの塾に連日通っているため、休み前とほとんど変わらない生活リズムで過ごしている。
昼間は塾と自習室、ときどき学校の図書室を活用し、夜は自宅で勉強。去年受験生だったころとだいたい同じことの繰り返し。家族からも「高校入っても変わんないねえ」と言われている。
もしかして私の人生って一生こんな感じなんだろうか。ときどき、そう不安に思うこともある。
そういうとき、私は爆豪くんのことを考えることにしている。私と同じく、休みも平日も関係なく、勉強と訓練に励む爆豪くんを思うと、私も私のすべきことを信じて頑張ろうという気になれる。
そんな日々のなか、
「え、爆豪くん大晦日帰ってこられるの?」
お風呂上り、自分の部屋で足の爪を塗りなおしながら、私は驚いた声で聞き返した。例によって学習椅子の上に座っている。机の上にはハンズフリーにした携帯が、画面を上にして置いてあった。
電話の向こうの爆豪くんは、はん、と鼻を鳴らす。
「先公の監視つきだけどな」
「監視って、具体的には」
「実家までの道中張り付いてくる。あとは帰省中、近場待機。いつクソカス連合がちょっかい掛けてくるか分かんねえからな」
「あー、なるほど」
「余計な世話だわ」
そっけない、面白くなさそうな声の返事。けれど、心底嫌がっているという感じではなかった。たぶん、生徒のために年末まで休日返上することになる雄英の先生がたに対して、いろいろと思うところがあるのだろう。
「いざってときのために、プロヒーローが守ってくれるってことだよね。心強さすごいよ。破格の扱いじゃない?」
「結局のところ監視じゃねえか」
まあ、爆豪くんに言わせれば、護衛も監視のうちに入るのだろう。自分がする側でもされる側でも、爆豪くんのこのあたりの言語感覚は変わらないような気がする。
プロヒーローといっても、ヒーロー音痴の私が知っているのは、ビルボードチャートの上位に名前が挙がるようなプロヒーローだけだ。雄英の先生のことも、オールマイトと、それから爆豪くんの事件のときに会見をしていた、彼の担任のイレイザーヘッドくらいしか知らない。
爆豪くんの護衛には、いったい誰が来るのだろう。まさか引退したオールマイトが来るとは思えないけれど。
そんなことを考えていると、
「んなことより、おい。年末年始に帰省するとき、てめえもちょっとはツラ貸せや」
ほとんど恐喝の前段階みたいなセリフを、爆豪くんが口にした。この呼び出しに応じたら絶対にひどい目に遭わされる……。聞くものにそんな激しい危機感を与える、嫌なセリフだ。今の音声が外部に流出したら、爆豪くん今からでも仮免をはく奪されそう。
ここは慎重に返事をしなければ。なにせ爆豪くんは、すでに仮免許を交付されている身。今後はこういう言い回しも、意識的に減らしていかなければいけなくなるのだろう。
「うーん、穏やかではない物言い。もう少しでいいから、こっちが嬉しくなるような言い回しはできない?」
「どうせ暇だろ、暇人は黙って出てくりゃいいんだよ」
「二点。失格だよ」
「なんの採点だ! ふざけんなやり直せ!」
「やり直すとしたら爆豪くんだよ」
むしろ二点あげただけでも温情採点だ。ふつうだったら、ここで通話を切っていてもおかしくない。
がるるるるる、と電話の向こうで唸っている爆豪くんの声は聞こえないふりをして、私は通話をつないだままでカレンダーアプリを立ち上げた。
冬期講習は二十九日までなので、年末年始にはとくに予定はない。親戚へのあいさつ回りも二日から。爆豪くんが帰省するタイミングは、ちょうど私のスケジュールの空白期間と重なっていた。
本来はそこで、大掃除やら新年の準備をまとめて片づけてしまうつもりだったのだけれど……。さまざまな予定の調整を頭のなかでしながら、私は先ほどの爆豪くんのように、ううむと低く唸り声をあげた。
塗り終えたポリッシュのふたを閉じ、机の端に寄せる。換気のため、窓を開けて戻ってきてから、私は爆豪くんの言葉にこたえた。
「そうだねぇ、うーん、ちょっと考えさせてほしい感じかな」
「根暗のくせにほかに用でもあんのか」
「根暗でも用事はあるんだけど。いや根暗でもないけど」
「そういうのいらねンだよ」
「そういうの……。いや、なんていうか用事があるとかそういうわけではなくて。というか爆豪くんに会いに行くこと自体は、やぶさかではないんだけど……」
「けど、なんだよ」
むっとする爆豪くんの声に迫られ、私は溜息をひとつ吐き出した。開けた窓から冷気が入り込み、またたく間に部屋の温度が下がっていく。
「だって爆豪くん、帰省しても家から出られないよね?」
「だからてめえが来んだろうが」
「それもなぁ……。年末年始の家族団らんにお邪魔するのは、ちょっと」
「ジジイもババアも追い出しとけってことかよ」
「そうじゃないんだよね」
そんなわけがあるか、と言いたいのをぐっと堪えた。たぶん爆豪くんは、大真面目に言っている。大真面目に、両親を追い出せば私が心置きなく遊びにいけるのだと思っているのだ。
「いや、たしかにそういう気まずさも、まったくないわけではないけれども……」
「つーかどうせおまえ、ババアと連絡取り合ってなんかコソコソやってんじゃねーか。今更だろ」
「光己さんは何度か会ってるけど、爆豪くんのお父さんとは会ったことないし」
「いてもいなくても変わんねえわ。無視しとけ」
「またそういうこと言う……」
爆豪くんの話にも光己さんの話にもめったに登場しないあたりから、爆豪くんの家のなかでの父親という役割が、比較的存在感薄めなのだろうというのは分かる。けれどさすがに、無視はできない。
というか光己さんとか爆豪くんレベルの、もの凄い圧のひとが出てくる可能性もぜんぜんあるわけで。どうしよう。爆豪一家三人に囲まれたら、ちょっと落ち着いていられる気がしない。
「話しながら考えてたんだけど、今の感じだと会いに行くメリットより、年末年始にお邪魔するデメリットの方が大きいと思うんだよね」
「んだと! てめえもっぺん言ってみろや!」
爆豪くんが吠える。私はそれも聞こえなかったことにした。
「逆に聞きたいんだけど、爆豪くんは私に会えたら嬉しい?」
「んだそのキショい質問は死ね」
「キショ……、もういいです。聞いた私がばかでした」
「……」
「さようなら」
そのまま電話を切ろうとすると、爆豪くんから「おい」と待ったがかかった。
「はい、なんでしょうか?」
「……こ、」
「なに?」
「こちとら毎日おんなじやつらのツラばっか眺めて、いい加減飽き飽きしてんだ」
なるほど、これがツンデレというやつなのだろうか。やや時代遅れ感のある概念を引き合いに出し、私は考えた。とはいえ、うーん。私、別にツンデレが好きとかないしな……。まあ、四点くらいだろうか。脳内で、四の字が書かれた点数札をあげる。
「あのね爆豪くん、そんな言い方で私が納得すると思ってるなら、本当に認識を改めた方がいいよ」
「つーかさっきから黙って聞いてりゃ偉そうに言うじゃねえか」
「黙って聞いてた瞬間、あった……?」
「てめえこそ、俺に会いたいとか思わねえのかよ」
「え? 私? 私はそりゃあ、思うけど」
「……」
爆豪くんが黙った。まさかストレートに返されるとは思っていなかったのだろう。
「爆豪くんに会いたいなって、すごく思ってるけど。知らなかったの?」
そうでなければ……、会いたいと思うような相手でなければ、そもそもこの間だって、手をつないでほしいなんて言い出さなかった。これでも爆豪くんへの好意は、結構包み隠さずに表現していると思うのだけれど、これしきで照れられてしまうとは。私もまだまだ甘いのかもしれない。
「……根暗、今の言葉、忘れんじゃねえぞ」
電話の向こうで爆豪くんが、まるで悪役みたいなセリフを吐いた。思わず噴き出す。と、そこで、
「おいおいかっちゃん! 彼女と仲良くお話かー!? 俺らにも女子とお話をさせろ!」
爆豪くんではない楽しげな声が、電話の向こうからいきなり聞こえてきた。驚いて、思わず姿勢をただす。
なにぶん電話の背景の声なので判然とはしないけれど、おそらくは上鳴くんの声だろう。というか爆豪くん、自分の部屋で通話していたんじゃなかったのか。なんて無防備な。
「うっせえ割りこんで来んじゃねえ!」
爆豪くんが、私ではなく上鳴くんに向けてがなる。
「共有スペースで彼女と電話なんかしてるのが悪ィんだろー」
「てめえらが風呂でいねえと思ったからだろうが!」
チッと電話越しでもはっきり分かるくらいの舌打ちをしてから、爆豪くんは上鳴くんとの遣り取りから私との会話へと戻ってきた。
「バカどもがうるせえからもう切る」
「え!? ちょっと、」
まだ何も決まっていないどころか、私は大晦日に爆豪くんのご実家にお邪魔することについて、承諾すらしていない。
けれど、私の言い分が爆豪くんに届くこともなく、無情にも通話は一方的にぶち切られた。
通話が切れ、メッセージのやりとりの履歴に戻った画面を、私はしばし無言で眺める。なんだろう、このスッキリしない感じは。なんだかひどく凶暴な気分だ。
「……相変わらず、仲がよろしくていらっしゃる」
口をとがらせながら立ち上がり、私は窓を閉めた。すっかり冷え切ってしまった部屋で、私は部屋のすみに置いてある、爆豪くんへのクリスマスプレゼントの包装をにらむ。
ヒーロー科のひとたちに嫉妬しても仕方がないことは、もうじゅうぶんすぎるほどに分かっている。芦戸さんや麗日さんには日々お世話になっているし、緑谷くんは友達だ。切島くんにも、秘密を守ってもらっているという意味で、お世話になっている。
妬いてもしかたがないし、むしろうまく付き合っていくべき。それはよく分かっているうえで、私はくさくさした気分になってベッドに倒れこんだ。
「自分だけ楽しそうにしちゃってさ、ばか」
話したいことはまだあったのに。
溜息を吐きながら、私はベッドサイドに置いていた、通学用のかばんに手を伸ばした。かばんの中から、提出用プリントをいれているクリアファイルを手に取り、中身を取り出す。
進路調査票。二年生進級に向けての、一年生時点での最終的な調査票だった。
来年度のクラス分け自体は秋頃から希望を聞かれているので、ほとんど確定しているはずだ。順当にいけば、私は文系の特進クラスに振り分けられる。
今度の調査票は、そういうものではなくてもっと長期的な、言ってみれば「将来の夢」を聞かれているものだった。漠然としていたり、曖昧でもいい。なんとなく興味のある分野や職業を書いて提出するよう言われている。
「将来の夢……」
口からこぼれた言葉は薄っぺら。言葉をただなぞっているだけなのが丸わかりな発音だった。
トップヒーローになるという明確な目標を持ち、すでにそのための道を歩み始めている爆豪くんと違い、私には確たる目標はない。だからこそ爆豪くんに、少しだけ話を聞いてみようと思ったのに。
「……まあ、いいか。そのうち聞けば」
ふたたび溜息を吐き、私は腕を伸ばして進路調査票を机の上に置いた。ついでに机の上の英単語長をつかまえて、私は今日の勉強を再開した。
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