柚子子
2024-09-23 10:25:00
101523文字
Public ベリーベリー
 
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微原作沿 爆豪長編(3)

サイトに掲載している爆豪長編の第三章です

 翌日の昼休み、記入済みの外出届を持参して、俺は職員室に向かった。
 入室してみると、昼休みだというのに職員室はがらがらだった。食堂から帰ってきていないのか、それとも会議かなにかがあるのか。どうでもいいことだったので、すぐに考えるのをやめた。
 さいわい、相澤先生とオールマイトは在室していた。どちらに外出届を出すか考え、相澤先生を選ぶ。こういうとき、オールマイトはなんのかんのと突っ込んでくるからだ。
「先生、外出届。たのむ」
 ゼリー飲料をすする先生の横に立ち、外出届を突き出した。「お願いします、だろ」と言いながら先生がそれを受け取る。
 すでに何度か提出しているものだ。記入内容に不備はない。先生がチェックし終えるのを、その場で突っ立って待つ。やがて先生が「たしかに」と頷いた。
「日曜か。補講のあとだと門限ぎりぎりなの分かってるな」
「わーってる」
「ならいい。門限過ぎたらペナルティ、忘れるなよ。実家に連絡いくからな」
「だから、わーってるっつってんだ。毎回言わんでも忘れねえ」
「どうだかな。おまえ、というかおまえらは、言いつけを守らない無茶をやりすぎる言い出したら聞かないの常習犯だから」
 夏休みの話をしているのだろう。俺は顔をしかめた。
 これでも高校入学以降、俺が規則を破ったのは一回きりだ。その一回でデクと一纏めにされるのは業腹だが、やったことはやったことなので仕方がない。せめてもの意思表示に鼻を鳴らしてやると、先生は物言いたげに視線を上げ、それから溜息を吐いた。
「くれぐれも規則は守るように」
 そして用を済ませ、さっさと退室しようとする俺を呼び止め、言う。
……爆豪、おまえまだ他校の彼女と続いてんのか」
 完全に、不意をつかれた。
「は、あ……え、あ゛あ!? せっ、……なんでっ!」
「職員室で大声出すな。ほかの先生方に迷惑だ」
 しらけた顔で言う相澤先生は、椅子の背にもたれて俺を見た。安もんの椅子がぎいときしんで、先生の背中を受け止める。
 一体なんで、根暗の話がもれてんだ。そんな俺の胸中を読んだかのように、
「そういう話は、自然と教師の耳に入ってくるもんだ」
 先生はしれっと言ってのけた。
「というかおまえ、補講のあとに無理やり時間つくるような外出届の出しかたして、学校のちかくで会ってって、そんなことしてたら誰でもふつうに察するだろ」
「クッソ……
 淡々と言われ、ぐうの音も出なかった。そりゃあたしかに、わきが甘いと言われればその通りだ。俺が教師の立場でも、そんなクソざるいことをされれば余裕で察する。というかそもそも、隠しているうちに入らないだろと思うはずだ。
 実際、俺だって隠していたわけではない。わざわざ言うことでもないとは思っていたが、どっかから漏れたとしてもおかしくないとも思っていた。
 ただ、今ここで急に、よりにもよってこの担任からそんな話題を振られるなんて、誰が予想できるというのか。不意をつかれてびびっても仕方ないだろうというものだ。いや、断じてびびってはいないが。
「別に責めてるわけじゃない。節度を保って学業と訓練、それに報連相を怠らなければ、好きにしたらいいんじゃないか」
「言われんでも好きにしとるわ」
……そうだな」
 かすかに先生が笑った気がした。もっとも、相澤先生の場合は表情筋がたいがい死んでいやがるから、笑ったような気がする、という程度だ。
 その微笑ともいえない微笑に、なんだか居心地が悪くなった。
「つーか、なんでいきなりんな話すんだよ。こんな話、教師とするような話題じゃねえだろ」
「まあ、そうだな。俺も生徒の交際関係に口出したいわけじゃないんだが」
「じゃあなんだよ」
「大事にしろよ」
 思いもよらなかった言葉が飛び出し、俺は思わず噴き出した。
「はぁ!? 言ってることがめちゃくちゃすぎるんだが!? 生徒の交際関係に口出さねえっつーのはどうしたんだよ」
「プライベートに口出すつもりはないよ。ただまあ、交際関係というか、おまえみたいなタイプはヒーロー科以外……学外につながる人間関係をもっておいた方がいい、って話だ」
 めちゃくちゃに茶化したつもりが、存外まじめなトーンで返され、俺は笑いをひっこめる。相澤先生はやはり温度の低い目を俺に向けている。どうやら冗談や酔狂でこんな話をしているわけではなさそうだった。
 気が付けば、すぐ近くの席に座っていたはずのオールマイトはいなくなっている。いつもうるさいプレゼント・マイクもミッドナイトもいない。このへんで話を切り上げることもできたのだろうが、なんとなく、そういう気分ではなくなっていた。
 聞いてやってもいいか。そう思ったのが伝わったのだろう。先生も「ま、たまにはいいか」とぼやいた。
「爆豪、おまえはどう見ても、市井の皆さんのために骨身をおしんで、ってタイプじゃないよな」
「あ?」
「授業でやっただろ、ヒーローの基本三項」
「救助、避難、撃退」
「それ。よく覚えてたな」
 先生が、先生らしいことを言う。
「で、おまえは市民を救けるって意識より、敵を撃退するって意識の方が強く出やすいタイプ」
「俺ならどっちもできる」
「当然それが理想だし、そうなってほしいとは思うけどな。現実問題、どっちにより重きを置くかってのは、プロとして活動するうえで必ず考えることだろ」
 ふいに脳裏に、あの晩のオールマイトの言葉がよみがえる。勝って救ける、救けて勝つ。俺が目指すべきは、その言葉の先にある。
 が、それを今ここで口にするのは、あまりにもダサいのでやめた。先生の目から見れば、俺はまだそこには至っていないということだ。かわりに、別の疑問をぶつける。
「モブどものためにせかせか働いてやんのがトップヒーローの務め、って言わんくていいのかよ」
「言い方……。まあ、それはそうなんだが……、『勝つ』と『救ける』の比率の問題、とでもいうのかな。もちろんおまえに『救ける』ができてないって話じゃない。そうじゃなくて」
「いい、分かる」
「話が早くて助かるよ」
 先生はそこで、机の上に置いていたゼリー飲料を手に取り、じゅっと一口すすった。
「とはいえ撃退寄りのヒーローが、救助をしなくていいってわけじゃない。ヒーローである以上、基本三項は一定以上の水準でこなせるのが必須条件だ」
「んなもん当然の前提条件だろ」
 俺が言うと、先生は浅く頷いた。
「そこで、さっきの話に戻るんだが……。それじゃあ救助にどちらかといえば不向きなヒーローは、どうその不向きを補っていけばいいか、って話になるわけで」
「気合い」
「それでできるならいいよ。ただ、ひとつの手段として、『市民』を救うと思うより、家族だとか友人だとか、そういう顔のある個人を念頭に置く、というのもアリだ。身近な人間を思い浮かべることで仕事の練度が上がるってタイプは、実際いる。ヒーローも人間である以上、どうしたって得手不得手……むらがある。良い悪いじゃないな、こういうのは」
 早い話が、腹の中で何を思っていようが、やることをちゃんとやればいい、という話だ。モブどもの被害を最小限におさえられさえすれば、心の底から目の前の人間に親身になっている必要はない。極論ではあるのだろうが。
「じゃあ、人間関係持っとけっつーのは?」
「おまえ聞いたことないか? 『雄英卒ヒーローは世間知らず』っていう」
 唐突に放たれた言葉。俺は一瞬思考して、それからその言葉を、鼻で笑い飛ばした。
「アホくせ。んなもん、雄英どうこうじゃなく個人の問題だろ」
「そう思うか?」
 笑う俺に先生は、真面目な顔をして言った。
「それなら聞くが、爆豪、おまえここ数か月で、ヒーローおよびヒーロー科の人間以外と何回話した? あるいは雄英生だからって、買い物に出た先、めし食いに行った先でいい思いをしたことはなかったか?」
 問いかけられ、俺は黙り込んだ。その条件に当てはまる根暗以外の人間に、まったく思い当たらなかったからだ。家族はノーカンにするなら、本当に誰一人思いつかない。
 出かけた先で「雄英生」として囃し立てられることはときどきあるが、そういうものも俺は基本的に黙殺する。雄英の敷地内でヒーロー科以外の生徒とすれ違っても、わざわざ会話することなんかない。
 黙ったままの俺を一瞥し、先生はそのまま話を続けた。
「在学中から濃い密度のヒーロー教育を受け、卒業後は有名ヒーローのサイドキックに。……雄英ヒーロー科を出れば、良くも悪くも絵に描いたようなプロのルートに乗るやつが多い」
……わーっとるわ、んなこと」
「だが、もっとも望ましいとされるレールに乗れば、その道のりが最短最速であるぶん、視野、見分は確実に狭まる。トップヒーローへの一本道と、寄り道を多く経験しながらの道のりでは、最終的にたどり着く地点が同じでも、道中の経験値が違うってことはある」
 先生の言わんとすることが俺にも分かってきた。言葉の意味が、俺の中にしみてくる。
「遊びが少ないのは一見合理的に見えて、実際にはそうじゃないこともあるぞ」
「だったら最高峰のヒーロー科って謳い文句はなんなんだよ」
「それだって間違いではない。だが、うちを選ばなかった人間が不正解、ってわけじゃないだろ。俺が言っているのは、その裏返しみたいなもんだ」
 ヒーローになる道は一本道ではない。雄英以外にもヒーロー科があるように、ヒーロー科が高校だけでなく専門学校にもあるように。
 ストレートで十八歳からヒーローになる人間もいれば、一度社会人を経験してからのヒーロー、セカンドキャリアとしてヒーローを志す人間だって、当然いる。ヒーローになるまでの経歴はさまざまであり、またヒーローになってからの活動も千差万別だ。
「業界をよく知っておくのは悪いことじゃないが、そのぶん業界の外の常識を知らないままでも、それなりになっていくことができてしまう。そういう意味で『雄英卒ヒーローは世間知らず』っていう……まあ、雄英卒以外のヒーローがよく言う揶揄みたいなもんだ」
 だからこそ、と先生は続けた。背もたれにあずけていた背は、いつのまにか前傾姿勢になってまるまっていた。先生は俺と正面になるように、向き合っている。
「だからこそ、ヒーローとかかわりのない『ふつうの市民』の感覚を持っている身近な人間は、できるかぎり大事にした方がいい。雄英入学前にできた知り合いは特にな。いざってとき、『ふつうの市民』の世界がちゃんと自分のなかに感覚として残っていて、つねに接続されているってのは、心強いもんだぞ」
「だから他校に女つくってんのも黙認ってか」
「そもそもうちの高校は男女交際を禁止していない。自主自立、やることさえやっていれば、あとのことは本人の裁量にまかせる。ただ、ひとつ忠告するなら、中途半端なことはしないように」
「なんだよ、中途半端って」
「やることはやる、ってことだ。担任の俺から見ればおまえはまあ、ちゃんとやってると思う。少なくとも課題はきちんとこなしてるだろ、今のところはな」
「含みのある言い方すんなよ……
「だったらそれと同じように、彼女に対しても果たすべき責任はきちんと果たせってことだ。話し合うべきことはきちんと話し合う。聞くべきところは聞く。誠実であれ、と言い換えてもいいが」
 そこまで話してようやく、相澤先生は俺を解放した。
「話は以上。外出届は受け取った、門限守れよ」
「っす」
 外出届を出しに来ただけのはずが、ずいぶん長いこと職員室に居座ってしまった。そろそろほかの教師も職員室に帰ってくるころだろうか。俺はさっさと職員室を後にした。

 ★

「相澤くん、ああいう生徒指導をするタイプなんだ」
 給湯室に姿を隠していたオールマイトさんが、にこにこしながら戻ってきた。爆豪と入れ違いに戻ってきた副担任に、俺は溜息を吐く。
「聞いてたんなら代わってくれたらいいじゃないですか。俺はああいうのは向いてないんです」
「そうかな。いい指導だったと思うよ」
 はたしてそうだっただろうか。余計なことを言ってしまった気がして、自分ではそれなりに後悔しているところだ。要点だけ話すつもりが、ずいぶん長くなった。職員室にほかの教員が少なく、人目が気にならなかったのもある。
 とはいえ間違ったことは言っていないし、こういうことは機会がなければ言うものでもない。必要以上の後悔は不合理のきわみ。俺は気持ちを切り替えた。
 湯呑を手に、オールマイトさんが席につく。お茶をすすりつつ、「それにしても、爆豪少年の恋人か」と、しみじみ呟く。
「こういったらなんだけど、少し興味があるな」
「そうですか? 俺はまったく興味ないです」
「あの激しさについていける女子がいるんだぜ。なかなか凄いと思わないかい」
「まあたしかに……
 爆豪の彼女については、簡単な調査が入っているので情報だけは頭に入っていた。近隣の女子高に通う高校一年。別に彼女にかぎった話ではなく、全寮制の導入のさい、生徒たちの近親者については、最低限の素性調査が実施されている。むろん、すべて極秘裏にだ。
「爆豪と緑谷の中学の同級生らしいですよ。中学時代の爆豪って、かなりガキっぽかっただろうに」
 よくもまあ、付き合おうという気になったものだと思う。爆豪は悪いやつではない、むしろヒーローのたまごとしては優秀そのものなのだろうが、いかんせんあの粗暴さでは、女子にもてるとは思えない。
「爆豪少年のことだから、大事にはしてるんだろうけどね」
「そうですね。あいつはそういうやつです」
 そんな話をしていると、職員室の入口のほうからざわざわと話し声が聞こえてくる。昼休みの終わりが近い。睡眠を取りそびれたな、と考えながら、俺は爆豪から受け取った外出届をバインダーに挟みこんだ。