柚子子
2024-09-23 10:25:00
101523文字
Public ベリーベリー
 
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微原作沿 爆豪長編(3)

サイトに掲載している爆豪長編の第三章です

「おお……なんか、すごいね……
 仮免取得後の爆豪くんの映像が自宅のテレビから流れてきたとき、最初に口からこぼれたのはそんな言葉だった。
 十二月になり年末編成の番組がつづくなか、夜のニュースはどこの放送局も軒並み、爆豪くんたちが遭遇した事件を取りあげている。
 チンピラのような敵が暴れるニュースには事欠かない昨今、仮免取得したての学生が大活躍というのはなかなか珍しく、明るいニュースだ。そのニュースになんと、恋人がばばんと出ている。なんというか、どういう顔をしていいのか分からなくなるような事態であるのはたしかだった。とりあえず録画はした。
「なんか……どんどんすごくなってくね」
名前よくこんな子と付き合ってるね」
「いや本当にそう」
「将来有望だわぁ」
 リビングのソファーに腰かけテレビを見ていた母が、妙に嬉しそうに笑う。たまたま見ていたテレビに娘の彼氏が登場したというのに、驚くよりも喜んでいるのだから、わが母親ながら肝が太い。当の娘は激しく動揺し、彼氏のお母さんに事実確認の電話をしてしまったというのに。
名前、これ録画してるんだよね?」
「一応ね。最初の方は切れてるかもしれないけど」
「お正月に親戚で集まったら、みんなに見せないと」
「本当に絶対にやめて」
「なんで? 未来の息子かもしれないのに」
「うん、もう本当に、そういうこと言わないでね。もし爆豪くんに会ったとしても、絶対やめてね」
「たしかに、いきなりそんなこと言ったら重いか」
「うん、重いお母さんだと思われる」
 それは困る、と母が笑う。母のおっとりぶりに、私は溜息を吐いた。
 母は爆豪くんと面識がない。私が中学の同級生だった爆豪くんと付き合っていること、爆豪くんのお母さんにたびたびお世話になっていることは知っているようだけれど、今のところ母と爆豪くんの接点はゼロだ。
 爆豪くんほどではないけれど、うちの両親もそれなりに多忙なひとたちだ。加えて放任主義でもあるので、一人娘の私が彼氏とどういう交際をしていようが、あまり興味がないように見える。
「オフの写真とかないの?」
「オフって。まだ学生だよ」
「学生でも雄英のヒーロー科なら、セミプロみたいなもんでしょ」
 そういうものだろうか。ヒーロー界隈に詳しくない私には、今ひとつピンと来ない。けれどたしかに、物形さんも雄英ウォッチャーみたいなことをしていると言っていた。アイドルの候補生みたいな感じで、それなりに注目度は高いのかもしれない。
「写真あったら送っておいてよ」
「嫌だって……。ていうかそもそも、爆豪くんの写真とかないし」
「なんで? 付き合ってもう半年くらい経つでしょ。写真の一枚も撮ってないの?」
「なんかそういう感じにならなくて。記念写真撮るようなデートもしないし」
 私が撮影したものではなく、芦戸さんや麗日さんから送ってもらった画像や動画ならある。けれどそれを母に横流しするのは気が引けた。あれらは基本的に、私に見せることだけを想定して撮影されたものだ。ほかの人には見せたくない。
「文化祭のライブの動画ならあるけど。ほかの人の顔も映ってるから、私の携帯で見るだけならいいかなぁ」
「ライブって何やったの?」
「爆豪くんはドラム」
 言いながら、母に携帯を手渡した。何度も見返した映像の音楽を聞きながら、私はテレビに視線を戻した。
 そのうち爆豪くんを両親に紹介とかすることもあるんだろうか。当面、というか爆豪くんが雄英で全寮生活を送っているあいだは、そういう機会はないはずだ。だから紹介するとすれば、連合の脅威が去るか、爆豪くんが高校を卒業してからということになる。
 けれど、しかし、前者はともかく後者はあやしい。爆豪くんと私って、高校卒業するまで付き合っているんだろうか……
 爆豪くんがある日突然、私への興味関心を一切失う可能性も、全然ふつうにある。両親と爆豪くんが一度も顔を合わせず終わる、という未来は、そこそこ信憑性を持っている。
「頑張らないとな」
 思わずつぶやいた言葉は、爆豪くんと付き合い始めてからもう何度も口にした言葉だった。そろそろ期末試験も近い。今回も一桁順位を目標に、できればひとつでも順位を上げたいところだ。
 敵を撃退し、市民の生活に大きく貢献している爆豪くんに比べれば、これでも小さな成果でしかないのかもしれない。それでも私は、私にできることをやっていくしかない。小さなことでも、ちっぽけなことでも。
 なんだか落ち込みそうな気持ちを見て見ぬふりして、ソファーから腰を上げる。ちょうど動画が終わったところだった。
「なんか知らないけど、溜息吐くとしあわせが逃げるよ」
 笑いを含みながら、私に携帯を戻す母の言葉にしたがって、空気を大きく吸い込みなおした。深呼吸を繰り返しながら、私はへろへろと自室に戻る。
 背後ではまだ、爆豪くんとそのクラスメイトをほめたたえるニュースが流れていた。

 自分の部屋に戻り、エアコンをつける。冷たくなった部屋の空気に、指先がかじかんだ。ポケットに入れていた携帯を取り出すと、ちょうど爆豪くんからのメッセージを受信していた。
 内容は一言、「仮免受かった」のみ。本人から聞くよりも前にニュースで知ってしまったけれど、こういう連絡を爆豪くんからしてくれるようになっただけでも、ずいぶん大きな成長というか、前進だった。以前の爆豪くんだったら、確実に何も言ってこなかった。それはもう、間違いない。
 メッセージを返すか悩んで、電話をかけることにした。指先がするすると携帯の画面をなぞる感覚で、部屋があたたまってきたのを感じる。
 ツーコールですぐに、爆豪くんが応答した。
「もしもし? 爆豪くん?」
「あ? なんの用だ」
「なんの用もなにも、仮免取得おめでとうの用だよ」
「んなことかよ」
 爆豪くんがぶっきらぼうに言う。
「最終試験、絶対に大丈夫だろうとは思ってたけど、それでもやっぱりよかったね」
「こっちゃ端から落ちる心配なんざしてねえんだよ」
「そうは言っても、爆豪くん本試験で落ちてるから……
「いつまでも過去の話してんじゃねえ!」
「まあそれもそうか。じゃあこのネタを擦るのは今日までということで」
「人の試験結果をネタ扱いしてんじゃねえ……!」
 わなわなしているのが目に浮かぶような声だけれど、このくらいの軽口は許してもらえるだろう。今日の爆豪くんは機嫌がいい。
 学習椅子に腰かけ、窓の外に視線を向ける。カーテンの向こうには、しんと冷え切った冬本番の夜が広がっている。朝から続いた降雪は、このあと深夜に向けてさらに強まる予報だ。
「ていうかニュース見てたけど、あの強盗の事件、たまたま通りかかって解決したんだよね?」
 ふと疑問に思ったことを尋ねると、爆豪くんはハン、と鼻を鳴らした。
「あんなもん、仮免取った力試しにもなりゃしねえ。雑魚が飛んで火にいる夏の虫」
「魚なのか虫なのかどっちなんだろう」
「カス」
「無機物になった……
 相変わらず口が悪い。学生とはいえ爆豪くんともうひとり、雄英でもトップレベルの生徒を相手にしてしまったのだ。強盗犯のほうの運が悪かったといわざるをえない。雑魚扱いはあまりにも不憫だ。
 私が強盗犯だったら、そのへんのヒーローが来るよりも爆豪くんが来るほうがよほど嫌だろうな。なぜか強盗犯側に感情移入したことを考えてしまう。
「まあでも、無事だったからよかったけど、本当に物騒な世の中だねぇ。ふつうに生活してるだけで、そんな強盗に出くわすとか」
「てめえもあんまちょろちょろしてんなよ」
「ちょろちょろはしないけど」
「冬休みも引きこもっとけ」
「そうしようかな。もともとそんなに予定もないし」
 話しながら、卓上に広げたパンフレットに目を向けた。塾通いの友人から、学校近くの塾の冬期講習に誘われている。行くかどうか、ちょうど悩んでいるところだった。
「爆豪くんはいつまで授業あるの?」
「二十七か八」
「じゃあ年末ぎりぎりまで学校あるんだ」
「休み入ってもどうせやること変わんねえ」
「大変だなぁ、ヒーロー科」
 苦笑しながら、私は溜息を押し殺した。
 分かってはいたけれど、クリスマスは会えそうにない。もとよりその覚悟はしていたから、ダメージは少ない。それでも、まったくがっかりしないわけではない。
 冬期講習、申し込みしようかな。どうせ爆豪くんは年末ぎりぎりまで忙しいし、授業がなくても暇を持て余すことはしないだろう。私もただ無為に冬休みを過ごすよりは、出掛ける理由があった方が生活にめりはりがつく。
「クリスマス」
 ふいに爆豪くんが、ぎりぎり携帯が拾えるかどうかというレベルの、地を這う低音で言った。
「え?」
「クリスマス、夜電話するから空けとけ」
 言われた言葉の意味を理解するのに、数秒を要した。
 クリスマス。夜。電話するから。空けとけ。
 文節ごとに砕いてようやく納得し、それから改めて驚いた。
 クリスマス、夜電話するから? 爆豪くんが?
 なんで?
「どっ、どうした……?」
 喜ぶよりも驚きが先に立ってしまい、思わず携帯を握りなおしてしまった。爆豪くんが「あ゙ァ?」と不満げな声をあげる。いや、不満げにされても困る。先に驚かせてきたのは爆豪くんのほうだ。
「なんか、このあいだから爆豪くん、ちょっと……妙じゃない?」
「誰が妙だ!」
「爆豪くん、なんか変……。なにかよくないものでも食べたの?」
「てめえまじで次会ったらぶっ飛ばす」
 けれど実際、本当にどういう風の吹き回しなのだろうか。さすがにこうも爆豪くんの態度が軟化していれば、疑ってしまうのも当然だ。
 こちらは爆豪くんの多忙ぶりに適応して、もう恋人らしいことはあまり期待しない癖がついている。今更恋人っぽいことを言われても、温度差でびっくりするに決まっているではないか。
 それに、このあいだはじめて手をつないだことで、私のなかのそういう願望が、ある程度満足してしまったというのもある。私は今、爆豪くんに対して本当に凪の感情なのだ。
「あ、そうか。仮免補講が終わったから……
 ふと、ひらめく。なるほどそれで、ここまでほったらかしにしていた私に、少しくらい気をつかっているということか。
「気にしてくれてありがとう」
 ふん、と爆豪くんが返事ともいえない反応を返してきた。そういうことならば、ありがたく気遣いを受け取っておくことにする。さんざん振り回されている側として、正当に受け取るべき気遣いだ。
「そういえば、爆豪くんへのクリスマスプレゼント、もうちゃんと用意したんだよ」
「どうせクソくだらねえもんだろ」
 あざける調子の爆豪くんに、私はむっとくちびるを尖らせた。
「そういうこと言うと、もう渡さないから」
「は? ふざけんな俺のもんだろうが寄越せ」
「じゃあくだらないとか言わないでください」
 爆豪くんが舌打ちをする。くだらないもの扱いが爆豪くんの本心ではなく、いつもの軽口なのはもちろん分かる。そのうえで、きちんと反撃をしていかないとなめられる。ここのところは爆豪くんの多忙に気を遣っておとなしくしていたけれど、本来はこれが、中学時代から一貫した私から爆豪くんへの基本姿勢だ。
「プレゼント、私はいいとして、爆豪くんは寮だし買い物とかできないよね? 私が心配するのも変な話なんだけど、無理に買わなくて大丈夫だよ」
「てめえは古代文明の人間かよ。今時だいたいのもんはネットで買えんだろうが」
「それはそうなんだろうけど。でもそれ、寮に荷物届いちゃわない? 困らない?」
 爆豪くんが何をプレゼントとして用意しようとしているかは知らないけれど、かなりの確率で段ボール箱にはブランド名やショップ名が入るのではないだろうか。そうなると、一括で寮ごとに荷物をわけられる寮生活では、ひやかしの対象になりかねない。
 そんな私の懸念を、爆豪くんは鼻で笑って一蹴した。
「んなもん、送り先実家にすりゃいいだけの話だろ」
「光己さんに受け取ってもらうってこと?」
「雄英に送って先生で止めといてもらうのも、できねえわけじゃねえが」
「それはそれで気まずすぎるか」
 先生か家族か、どちらに恋人宛の荷物をあずかっていてもらう方がましかと言われたら、さすがに家族のほうがましだろう。光己さんに受け取っておいてもらえば、最悪仕送りのていを装って、ほかの荷物に紛れさせて爆豪くんのもとまで送ってもらうこともできる。
 いや、それだったらもう、私が光己さんから直接受け取ったほうが早いか。
 恋人からのクリスマスプレゼントを、恋人のお母さん経由でもらうって、場合によってはかなりアレな気もするけれど、背に腹は代えられないしな。そんなことを考えつつ、私は卓上の時計に視線をやった。二十一時。そろそろ通話を切る時間だ。
「じゃあ爆豪くん、そろそろ切るけど。寒い日が続くから、体調気を付けてね」
「ババアかよ」
「芦戸さんたちによろしくね。緑谷くんにも」
「よろしくするわけねえだろアホが」
 暴言を吐かれながら通話を終える。
 携帯を置いて椅子から立ち上がると、窓辺へと歩み寄った。真っ暗な空と、点々と灯る街のあかり。ベランダの手すりの上には雪がふわりと積もっている。
 クリスマスプレゼント、ちゃんと考えてくれてるんだ。
 先ほどの爆豪くんの言葉を思い出し、胸があたたかくなる。嬉しさで気持ちを引き締めると、私は机に戻り、中断していた勉強を再開した。