柚子子
2024-09-23 10:25:00
101523文字
Public ベリーベリー
 
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微原作沿 爆豪長編(3)

サイトに掲載している爆豪長編の第三章です

「ん」
 小さく聞こえた声に視線を上げれば、爆豪くんが一仕事終えたような顔をして、こちらを眺めていた。自分が贈ったアクセサリーの趣味の良さに、満足しているのだろう。
 耳にたしかな重みを感じながら、私はカフが見えるように、少し小首をかしげた。
「ど、どうでしょうか。えーと、……似合う?」
「ちったぁマシんなった」
「ちょっと、もう少し言い方あるでしょ」
「ねえだろ」
「ないか、そっか……
 軽口を叩いていたら、少しだけ気が楽になった。爆豪くんはこれ以上手を出してこなさそうなので、ようやく自分でも、右の耳にふれてみる。
 ふだんはアクセサリーのたぐいをほとんどしないからか、カフをつけてもらった右耳に、そこはかとなく違和感を感じる。けれどその違和感は、不快感や異物感とはまったく違うものだった。
 右耳の感覚も、いつかは私になじむのだろうか。さすがに学校につけていくわけにはいかないだろうけれど、着るものを選ばなさそうなシンプルな見た目だから、休日にはたくさん使用できそうだ。
 カフはまだほんのわずかに、ぬくもりを持っている。爆豪くんのあたたかさが、まだそこにかすかに残っていた。指先に感じたそのぬくもりは、やがて胸のうちまで伝播していく。
 どきどきがようやく引いていく。つかの間の余韻ののち、そこに残ったのは、喜びと呼ぶには穏やかな、やわらかな感覚だった。
 好きだなぁと思う。
 爆豪くんのことが、好きだと思う。
「ありがとう、爆豪くん。たくさん使うね」
「なくしたら殺す」
「じゃあ家に保管しておいた方がいい?」
「つけねえなら、やった意味ねえだろ」
「そうだよね。なくさないように気を付けつつ、たくさん使わせていただきます」
「そうしろ」
 めちゃくちゃ偉そうな口ぶりだけれど、たぶん照れているのだろうなと想像がついた。ついつい口元がゆるんでしまいそうになるのを、私は力をこめて必死にこらえる。今ここででれでれした顔をしたら、爆豪くんが余計に照れてしまいそうだ。
 携帯を取り出し、カメラを起動した。爆豪くんの部屋には鏡が見当たらないので、耳についているのを確認するためには、携帯のインカメを使うのが手っ取り早い。
 画面いっぱいに、自分の耳元を大写しにする。耳元で上品にきらめくカフに、うっとりとした息がもれた。
「爆豪くんがなにを選んでくれるのかなって、ずっと楽しみにしてたんだよね。でも、想像してた何より、いちばん嬉しいかも」
「俺が根暗の妄想の範疇におさまるわけねえわ」
「だからさぁ、言い方。なんでこう、そんな感じなのかな……
 せっかく素敵なプレゼントをしてくれたというのに、そのうきうきをぶち壊しにしかねない爆豪くんの発言に、今度は呆れの溜息がこぼれた。
 いや、別にこれしきのことでぶち壊しになりはしないけれど、それにしたって。そういうことばっかり言ってるから、インタビューで全カットの憂き目にあうんだ。
 そんなことを考えているさなか、ふと思いつくことがあった。インタビューといえば。
「そうだ。爆豪くん、写真撮っていい?」
「あ? 写真? なんで」
 爆豪くんが眉根を寄せる。
「いや、ね、このあいだ気付いたんだけど、爆豪くんと私がふたりとも写ってる写真って、中学のときのクラス写真しかないんだよね」
「そんだけありゃ十分だろ」
「本当にそう思ってる……? さすがに嘘だよね……?」
 付き合って半年経つのに、クラス写真のみ、しかも別に付き合ってもいない時期の写真しかないというのは、さすがにちょっとひどくないだろうか。
「会えないあいだとか、写真見返したりしないの?」
「誰がするか、クソきめえ発言すんな」
……私はするんだけど。クソきもくてすみませんね」
……
「クソきもいですか、そうですか。まあ、いいけどね」
 我ながら驚くくらい、ひねくれた不貞腐れた声が出た。すごい、私ってこんな声が出せるのか。
 これまでも芦戸さんからもらった文化祭の動画を、延々見返し続けている。会いたいとか自撮り送れとか要求しないだけ、これでもかなり我慢しているほうだと思っていた。
 爆豪くんはSNSをやらないし、メッセージアプリのアイコンも初期設定のまま。記録された爆豪くんの姿を視聴しようと思うと、体育祭か文化祭か、このあいだ流れたニュースくらいしか選択肢がない。見切れているインタビューは、そういう意味ではまったく役に立たない。
「別にいいけどね、また芦戸さんたちに隠し撮り送ってもらうし……緑谷くんにも迷惑を承知で、インターン中の爆豪くんの様子を聞くし……
「おい、てめえデクの野郎に連絡なんざしやがったら、まじで殺す」
「だって爆豪くんが写真の一枚も撮らせてくれないし。クソきもいとか言われるし」
…………
「いいけどね。別に」
 ものすごく拗ねた言い方をして、私は口を尖らせた。
 ……いや、やめよう。これ以上言ったところで、爆豪くんが一緒に写真を撮ってくれるとも思えない。これ以上拗ね続けると、最悪爆豪くんが逆ギレしかねない。実際、さっきから爆豪くんの口数が減っていることだし。
 このあたりで、矛をおさめておくことにした。
「や、まあ、いいんだけど。せめて爆豪くんひとりの写真だけでも」
 撮らせてもらえないでしょうか、と。そう言おうとした瞬間、爆豪くんが私の手から携帯を取り上げた。同時に、携帯を持っているのと反対の腕を私の肩に回し、ぐっと身体を引き寄せる。
「えっ」
 インカメになったままの私の携帯で、爆豪くんは素早く何枚か写真を撮った。体勢はぐらついているし、顔はたぶん油断しきってアホになっている。というか全体的に、ぼさっとしているのに。
 爆豪くんはその場でカメラロールを確認し、「アホづら」と一言感想を述べてから、私に携帯を突き返した。
「これで満足だろ。後生大事に眺めとけ」
「いや、え、いや、え」
「文句あんならこの場で消すが」
「ない、ない。文句ないよ」
 私は慌てて携帯を受け取り、その場で画像をおきにいりに登録した。あんなにばたついた撮影だったにもかかわらず、奇跡的にぶれている写真は一枚もない。さすが爆豪くん。いや、この場合さすがなのは、あの撮影でもぶれない携帯のカメラ機能のほうか。
「おい根暗、それ送っとけ」
 爆豪くんがむすっとした顔で、私に指示を飛ばす。
「送るって、誰に?」
「俺以外にいねえだろうが!」
「え、あ、はい。了解」
 はいはいはい、と言いながら、私は爆豪くんに写真を送った。何枚かあるうち、私があまりにもアホづらをさらしている写真だけは、ちゃんと省いておく。
 隣で爆豪くんが携帯をいじりだし、すぐさま既読がついた。爆豪くんも写真を保存したりするんだろうか。そうだったら、かなり嬉しいかもしれない。

 そろそろいい頃合いなので、爆豪くんの家からお暇することにした。爆豪くんに先導されて階下へ降りると、足音を聞きつけて光己さんが階段の下まで出てきてくれる。
 私が耳につけたままのイヤーカフを目ざとく見つけるなり、光己さんはたちまち笑みを深めた。
「あっ、名前ちゃん、それ勝己からもらったプレゼント?」
「そうです、めちゃくちゃ可愛いですよね」
「はーん、勝己もたまにはやるねぇ」
「なんなんだこのうぜえノリのババアは……!」
 にこにこの光己さんに対し、爆豪くんはものすごくげんなりした顔をした。苛立ちを隠そうともせず、スリッパをぱたぱた慣らしている。
 そんな息子のことは完全に無視して、光己さんはぽん、とひとつ手を打った。
「そうそう、名前ちゃん送っていくの、お父さんに頼んだから」
「は? なんでオヤジなんだよ」
「母さんもうお酒入ってるから。飲酒運転はまずい」
「大晦日だからってやりたい放題か!?」
 爆豪くんの怒声を、光己さんはまたしても笑って受け流した。
「いいじゃん、な。だいたい、あたしよりお父さんのが安全運転だし」
「それだけはまじだわ」
「そういうわけだから、勝さーん、名前ちゃん帰るって!」
 はいはい今行くよ、とリビングに続くドアの向こうから声が聞こえてくる。そのすぐ後、ドアが開いて出てきたのは、見るからに親切でおだやかな雰囲気を持った男性だった。
 このひとが、爆豪くんのお父さん……
 想像していたのとはまったく違った印象だ。こう言ってはなんだけれど、あまり、というかまったく、爆豪くんに雰囲気は似ていない。光己さんの遺伝子の強さを、ひしひしと感じる。
「親父は飲んでねえんだな」
「もちろん。最初から僕が送っていくことになるだろうなと思ってたから」
「いいように使われてんじゃねえか」
 舌打ちする爆豪くんに、お父さんはははは、と困ったように笑った。それから私に向き直り、やわらかな笑顔で言う。
苗字さん、送っていくよ」
「あっ、は、はい。ありがとうございます、お願いします」
「大丈夫だと思うけど、あんた、安全運転で送り届けてあげてね」
「うん。分かってるよ」
「てめえ、余計なこと言うなよ」
「それはどっちに対して言ってる?」
「両方に決まってんだろ」
 そう言いつつも、爆豪くんはお父さんが私を送っていくことについては、特に文句はないようだった。爆豪くんの口の悪さもお父さんに対しては、多少マイルドになっているような気がする。この短時間のやりとりで、なんとなく爆豪くんの家の空気が分かったような気がした。
 光己さんに挨拶をし、爆豪くんにも暮れの挨拶をしてから、私は爆豪くんのお父さんの運転する車に乗り込んだ。
 よその家の車に乗るのは久しぶりだった。車内はきれいに掃除されている。自分の親の車とは違う芳香剤のにおいがして、なんだかそわそわしてしまう。
 車はゆるやかに発進した。爆豪くんたちが言っていたとおり、お父さんの運転は安全そのものだった。
 カーラジオからは古い洋楽が流れている。運転し始めてすぐ、爆豪くんのお父さんが遠慮がちに私に尋ねた。
苗字さんは、勝己の中学の同級生なんだよね」
「はい、中三のクラスが一緒で」
「それで今は夢咲女子かぁ。頭いいんだなぁ」
「そ、そんなことは……いえ、あの、ありがとうございます……
 私が通っている学校を知っているのは、きっと光己さんから聞いたのだろう。爆豪くんが、率先して私の話をしているところは、あまり想像がつかない。
「勝己と付き合うのは大変じゃない?」
「う、いや、そんな」
「わかるよ。母さんに似て激しいんだ、昔から」
 微妙に返事に悩むコメントだった。こういうとき、どう答えるのが正解なのだろうか。私は悩みつつ、慎重に言葉を選んだ。
「激しいというか……難しいなと思うことはあります」
「難しい?」
 はい、と私は答える。
「爆豪くんは、強いので。ついていくのが難しいというか、振り落とされないように頑張るだけでも大変というか。あの、悪い意味ではなくて。刺激を受けている、というか」
「そうかぁ、苗字さんにそう言ってもらえると、父親としてはありがたいな」
 さいわい、言葉をそのまま受け取ってもらえたようだった。ほっと胸をなでおろす。今言ったことは嘘ではないけれど、受け取り方によっては、爆豪くんの唯我独尊ぶりを非難しているようにも聞こえかねない。
 苗字さん、と。やさしく呼ばれ、私は爆豪くんのお父さんのほうを向いた。まっすぐ前を見てハンドルを握るお父さんは、それでも分かりやすく目元をほころばせ、やさしい父親の表情を浮かべていた。
「勝己と仲良くしてくれてありがとう。ふたりのことは、ふたり次第だけど……これからも、よければ仲良くしてくれたら嬉しいです」
……はい」
 話をしているうちにあっという間に、車は我が家のマンションの前についた。車をおりる直前、シートベルトを外してから、私は改めて爆豪くんのお父さんに向けて頭を下げた。
「今日はありがとうございました。年末の忙しいときに押しかけてしまってすみません」
「いや、それは全然。勝己が外出できないからわざわざ来てくれたんだろ? 勝己も喜んでたと思うよ。もちろん僕らも」
「だといいんですけど」
 喜んでいたかはともかく、嫌がってはいないだろうから、まあいいか。そんなことを思いつつ車のドアに手をかけたところで、
「あ、ちょっと待って」
 思いがけず呼び止められた。
「もしよければ、苗字さんの親御さんにご挨拶をさせてもらってもいいかな」
「えっ、そんな」
「母さんからも頼まれてるんだ。ごはん前で忙しい時間だろうから、ご無理でなければで大丈夫なんだけど」
 そう言われては、私は頷くしかない。爆豪くんのお父さんには車で待っていてもらい、私は大急ぎでマンションの自宅に戻った。
 玄関を開けてすぐ、靴も脱がずに家の中に声を張り上げる。
「お母さぁん! 爆豪くんのお父さんが、お母さんにご挨拶したいって言って、待ってくれてるんだけど!」
 そう言うなり、リビングの方からどたばたと物音が聞こえてきた。そのあとすぐ、母が慌ただしく玄関まで歩いてくる。部屋着にちかい服ではあったけれど、一応はすぐに外に出られる格好をしていたようで、少しだけ安心した。
「え!? お母さんこんな恰好なんだけど!?」
「いいんじゃない? 外もう暗いし。どうせそんな見えないよ」
「そういうの、もっと早く言ってよ」
「大丈夫だって……。ていうかほら、下で待ってくれてるから」
 こういうのってさぁ、とぶつぶつ文句を言っている母の背を押し、家の鍵を閉める。どうにか母をエレベーターに押し込みながら、最後まで爆豪くんに振り回された一年だったな、としみじみ考えた。