柚子子
2024-09-23 10:25:00
101523文字
Public ベリーベリー
 
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微原作沿 爆豪長編(3)

サイトに掲載している爆豪長編の第三章です

 冬休み明け試験でずっこけた理数科目も、学年末試験ではどうにかぎりぎり目標ラインまで持ち込むことができた。担任からはこの調子で二年生もがんばれと激励され、これにて高校一年の学業は無事修了。
 春期講習も申し込み、将来の夢は定まらないながらも、なんとかかんとか前には進んでいる。
 三年生が卒業し、修了式も終わり、春休みに入って数日経った三月下旬。
 爆豪くんとかねてより約束していた、ホワイトデーデートの日がやってきた。
 爆豪くんの「春休みに入ってからなら一日くらい空けられる」というのは、直前になって「午前半日なら」という話に変更になってしまった。けれど、それはそれとして、デートはできる。
 最後に会ったのがバレンタインだから、一か月以上ぶり。ちゃんと時間をとって話すのは、なんと大晦日ぶりということになる。
 こんなに近くの学校に通っているのに、まる三か月もデートができなかったとは。電話やメッセージのやりとりはあったけれど、ほとんど遠距離恋愛も同然の付き合いかただ。
 ホワイトデーというからには、バレンタインのお返しのデートということになる。私から爆豪くんへのオーダーは、学校で使う勉強用具を持って、雄英の最寄り駅で待ち合せ、というもの。
 朝の九時半に駅で待ち合せをして、私は爆豪くんに行き先を告げた。
 ホワイトデーのデートとして私が選んだ行き先はファミレス。
 そこでしたいことはずばり、勉強会、だった。

「いや、おい! なんっでファミレス! なんっで勉強! おいクソカス根暗本当にてめえは! 逆にネタでやっとんのか!?」
 入店し注文を済ませたところで、爆豪くんが吠えた。待ち合わせ時刻から注文するまで、およそ十分。逆によくここまで我慢したな……とふつうに感心してしまう。
 もしかしたら駅で行き先を告げた時点で、ブチ切れられてその場で解散を求められるかもとは思っていたのだ。その場合、懇切丁寧に頼み込んだうえで、ファミレスに付き合ってもらうつもりでいた。
 上着を脱いでソファーに置く。今年の春はずいぶんあたたかく、薄手のスプリングコートだけでもほとんど寒さを感じない。ドリンクバーに向かうべく腰を上げつつ、
「そんな大きい声出さなくても……
 私は爆豪くんの怒号に返事をした。
 爆豪くんにめちゃくちゃ怒られるだろうことは、端から想定済みだった。私が爆豪くんでも、間違いなく怒ったと思う。ホワイトデーに勉強会って。まあ、ないよな。私も少しはそう思う。
 それでも、考えに考え抜いたすえのファミレスなのだ。仕方ない。
「ネタじゃないよ。本心からやってる。私が爆豪くんに望むことを考えた結果、こうなった」
「なんでだ!」
「なんでと言われても、そうなんだから仕方ないでしょ。今日は私のしたいことに付き合ってくれるって話だったし」
「空気を読めや!!!!」
 ドリンクバーのコップに、どぼどぼとアイスティーをそそぐ。午前のファミレスはがらがらだった。店内にいる客は、卓上にパソコンを広げて仕事をしているとおぼしき社会人が数名と、私たちだけ。社会人たちは爆豪くんの怒号に眉をひそめていたけれど、何人かは諦めたのか、耳にイヤホンを挿している。賢明だ。
 アイスティーを手に、テーブルに戻る。爆豪くんは鮮やかな緑色の炭酸ジュース。文句は言いつつちゃんと注文して、ちゃんと飲み物も取りに行っている。一応、私に付き合おうという気はあるようだった。文句があったとしても今日の決定権はあくまで私、ということなのだろう。
 飲み物を飲んでふう、と一息。いらいらと私を見ている爆豪くんは、テーブルの下でさっきからしきりに、私の足をリズミカルに蹴り飛ばし続けている。
 こういうところ、中学時代から全然変わらないな。呆れまじりに思いつつ、私は爆豪くんに今日の趣旨を説明した。
「バレンタインからだから、だいたい一か月くらい? そのくらいかけて、爆豪くんとしたいこととか、行きたいところとか、いろいろ考えてみたんだけど」
「あ?」
「やっぱり、学生らしいデートがしたいなと思って」
 爆豪くんがむっと眉間にしわを寄せた。また何か言われるかと思い、一瞬身構える。けれど爆豪くんは口を開かず、視線だけで話の先をうながした。私はほっと息をつきつつ、話を続けた。
「本当は、遊園地とか水族館とかもいいなと思ったんだけど……、でも人が集まっていろいろ移動しなきゃいけないところよりは、座って落ち着いて話せるほうがいいかなとも思って」
 インターンに授業に補講に、爆豪くんのスケジュールが尋常じゃないほどの忙しさなのは、傍目にも明らかすぎるほど明らかだ。もちろんその忙しさが爆豪くんだけのものではなく、雄英生全体がそうだというのは分かっている。そのうえで、やはり爆豪くんのことが心配だった。
 通話している声から疲弊を感じ取ることはほとんどないし、爆豪くんが疲れを表に出すことはほとんどない。無尽蔵に近い体力を持っていることも知っている。
 けれど、そうはいっても爆豪くんだって人間なのだし、まだ若干十六歳の高校一年生。そんな厳しいスケジュールをこなしている爆豪くんに、わざわざ休みの日まで遠出をして疲れるようなことを求めたくはなかった。
 それに大晦日の日、数時間を一緒に過ごして思ったのだ。よくて月に一度しか会えない状態だからこそ、一緒にいられるときにはゆっくり過ごしたい。
 別にどこかへ行く必要なんてない。腰を落ち着けて爆豪くんと話ができるほうが、私にとってはずっと嬉しい。
「勉強もさ、ふだんはひとりでやってるじゃん。でも、高校生っぽいことしたいなって思ったときに、やっぱり爆豪くんと一緒に勉強したいなって思ったんだもん……
「もん、じゃねンだよ! ぶってんじゃねえ!!」
 一通り私の主張を聞いてなお、気合いの入った怒号だった。かわいこぶってみたけれど、どうやら逆効果だったらしい。無念。
 というか逆に爆豪くんは、私がどこに行きたがると思っていたのだろうか。べたべたなデートスポットを提案すると予想されていたのだろうか。
 そういうのも、もちろん楽しいとは思う。機会があれば、そういう場所にも行きたい。でも、別にそれは今じゃなくてもいい。爆豪くんの忙しさや世間の状態が、もう少し落ち着いてからでも遅くはないはずだ。
 とはいえ、このまま怒られつづけていては、せっかくのデートが台無しになってしまう。今日は私の意向が優先される日ではあるらしいけれど、爆豪くんの意見をまったく無視してまで、私のしたいようにしようとまでは、さすがに思っていなかった。
……そんなにいやだった?」
 おそるおそる、聞いてみる。視線を合わせると、爆豪くんが言葉に詰まった。
「そうだよね、爆豪くん忙しいのに、こんなしょうもないことに付き合わせてごめん」
……
「たしかに爆豪くんが、もっとデートらしいデートを想定してきてたなら、これはちょっと嫌だったのかも。ごめんね、私ごはん食べる以外のデートというのがどういうものなのか、デートを久しくしてないせいでちょっと忘れていて」
…………
「でも本当、爆豪くんと一緒なら、わざわざ、」
「チッ!!!!」
 私の話をさえぎって、爆豪くんがバカでかい舌打ちを轟かせた。爆豪くんは顔を伏せ、何かを堪えるようにぐるぐると唸っている。
 私は固唾をのんで、その様子を見守った。爆豪くんの怒りが爆発するか、それとも私の意見が通るのか。私の意見が通るかどうかというよりは、爆豪くんが現在私に対して、どの程度譲歩できるのかのほうが、むしろ気になる。
 ごくり、と私の喉がなる。
……爆豪くん?」
 果たして、爆豪くんが顔を上げた。
 かばんからペンケースとノートを取り出し、それをテーブルに叩きつけた。
「てめえ根暗! やんならさっさと始めんぞ!」
「いいの? ありがとう爆豪くん」
「いいも何もねンだよ! てめえの頭がイカれてんのは今に始まったことじゃねえわ!!」
 ふつうにめちゃくちゃ悪口だったけれど、ここは聞き流しておくことにした。もう一度爆豪くんにお礼を言って、私もかばんから勉強用具一式を取り出した。
 春休みにも宿題は出ているけれど、それは春休みの最初にうちに、そうそうに片付け終えている。今やっている勉強はおもに塾の春期講習の課題と、二年生の予習が中心だった。
 しばらく、勉強に集中した。
 話したいことはいろいろある。けれど、今は目の前に爆豪くんがいてくれて、同じ時間を共有しているというだけで満足できた。
 爆豪くんも、最初は文句たらたらだったものの、一度やると腹を決めてしまったあとは、ぶつくさ言うこともなく勉強に取り組んでいる。
 午前中のファミレスは、何か作業をしにきている人がほとんどだった。適度な物音と少しの話し声が、かえって心地よく集中力を高めさせる。
 一時間半ほど、ほとんど会話もなく勉強に没頭した。目の前に爆豪くんがいても、意外と集中してやれるものだ。多分、爆豪くんも集中しているからなのだろう。
 やがて集中力も切れ、勉強も一段落になった。爆豪くんはまだ、課題に集中している。私はここぞとばかりに、ノートから視線を上げて爆豪くんを盗み見た。
 少しだけ伸びた前髪。けがひとつないように見えるのは、危険な現場に出ていないわけではなく、けがした後のサポートが万全だからだろう。
 近くのテーブルから漂ってくる、パンケーキの甘いにおい。爆豪くんの着ているだぼっとしたパーカーと、ゆるんだ襟ぐりから少しだけ見えるインナー。シャーペンの先が参考書をとんとんと叩く音。
 ふいに、胸がぎゅっと傷んだ。
 夏休み前にはこういう時間が、ずっと続いていくのだと思っていた。ずっとずっと、当たり前にあるものだと思っていた。
 爆豪くんがノートから顔を上げ、こちらを見る。赤い瞳にまっすぐ見つめられ、なぜか妙に狼狽えた。爆豪くんからの視線には、もうすっかり慣れているはずなのに。
「さっきから視線がうるせえ」
「え、そんなに見てたかな」
「てめえが勉強やるって言い出したくせに、集中切らしてんじゃねえ」
 爆豪くんの言うとおりだった。ごまかすように、アイスティーのグラスに手を伸ばす。結露したしずくが指先を濡らした。
 爆豪くんもシャーペンを置き、ジュースのストローに口をつける。また視線をこちらに寄越したので、勉強は一時中断し、そこでいったん休憩をとることにした。卓上に出していた携帯を確認すると、昼食をとるのにちょうどいい時刻だった。