柚子子
2024-09-23 10:25:00
101523文字
Public ベリーベリー
 
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微原作沿 爆豪長編(3)

サイトに掲載している爆豪長編の第三章です

 補講を定時できっちり終え、根暗との待ち合せ場所である駅に向かったのは、日が暮れはじめたころのことだった。
 前回のドタキャンの負い目があるからか、雄英から駅までの距離を、俺は自覚していた以上に急いでいたらしい。いざ到着してみると、約束の時間までまだかなり余裕があった。苗字はまだ到着していない。
 足をとめ、根暗を探しがてら周囲をうかがった。道行くやつらのなかには、すでに冬物のコートを着ているやつもいる。十一月に入ってしばらく経つが、どこかから漂ってくる金木犀のにおいが、妙に甘ったるくて鼻についた。
 そのまま駅で根暗を待つかとも思ったが、そのときふと、切島たちとの会話を思い出した。根暗がうつつを抜かしているとかいう噂の、本屋の店員。ここから書店までは、それほど遠くない。待ち合せの時間までには、余裕で行って帰ってくることができる。
 イケメンがなんぼのもんか知らねえが、この際そのイケ顔を拝んでやろうじゃねえか……
 もちろん、今この時間にそいつがいるかどうかは不明だ。が、そんなことはどちらでもいい。いれば儲けもんという程度のはなし。
 思い立ったら即爆殺。俺は踵を返すと、駅からほど近いところにある大型書店へと足を向けた。

 書店には俺もときどき立ち寄るが、アルバイトの人間の顔なんざわざわざ見て覚えたりはしない。切島と上鳴から聞いた印象をもとにすれば、それなりに背が高くてそこそこのツラの大学生、ということになる。
 そんな野郎が根暗に興味を示すものか?
 はなはだ疑問ではあるものの、蓼食う虫も何とやらという言葉もある。高校に入ってちっとはましになった根暗であれば、そういうことがあってもおかしくはない。
 が、それにしたって、高一に声かける大学生って、そんなもん半分くらい変態だろうが。根暗が高一ってことを知っているんだろうか。知っているなら変態だし、知らねえなら見る目がない。
 苗字は化粧っけもないし、とりたてて大人びて見えるわけではない。化粧は……まあ、すればそれなりに見えるんだろうが、夏以来していないから関係ない。
 その件については、いずれどうにかフォローのひとつでも入れるべきだとは思っている。だが、今はその話は関係ない。
 日暮れがちかく冷えた夕暮れを、俺は早足で歩いていく。目的の書店に到着すると、自動ドア付近の雑誌のコーナーをざっと眺めてから、文庫本のコーナーへと向かった。
 それなりに繁盛しているが、レジに列ができるほどではない。店員は入店してきた俺に一言だけ声をかけ、あとは気にも留めない。
 苗字が立ち寄りそうなコーナーは限られている。八割文庫本、一割新刊、一割参考書。根暗と親しいバイトがいるとすれば、そのあたりに担当の売り場があるか、あるいはレジに立っているはずだ。
 一応用心して歩いていく。と、目的の売り場に到着して数歩もいかないうちに、俺はすばやく書架に身を隠した。すぐ前方に見覚えのある根暗ヅラと、見知らぬ男が並んで立っていたからだ。
 俺の隠れた書架からそれほど距離は離れていない。何やら話している内容も、耳をすませば聞き取れそうだった。
 そのへんから一冊、適当な文庫本を手に取る。あたかも立ち読みしているように本を開き、俺はふたりのやり取りに聞き耳を立てる。
 なんで俺がこんなことを、と思わないでもなかったが、今はとにかく状況把握が最優先だ。雄英入学からこっち、こんな立ち回りばかりさせられている気がして、理不尽に腹が立つ。
 話している内容はどうやら、クソどうでもいいような、小説がらみの雑談のようだった。
「そういえば苗字さん、隣の駅のラーメン屋に文豪寺のサインが飾られてるの知ってましたか?」
「えっ、そうなんですか。文豪寺先生ってこのへんにお住まいなのかな」
「いや、たまたま旅行したときのものって聞きましたよ。店主さんが教えてくれました」
「もしかして物形さん行ったんですか? ラーメン屋さんに?」
「行きましたよ、それはもちろん。サイン見られるって聞いてすぐに」
「すごい、フットワーク軽いですよね」
「いやいや、隣の駅ですからね。ふつうに近所ですよ」
 ちらりと視線をふたりに向ける。根暗はだいたいいつも通りの陰気さ。相手の男のほうはやけに身振り手振りが大きく、根暗から視線を外そうとしない。
 見るからに、馴れ馴れしい。つーかあのノッポ、どう見ても根暗に下心あるだろ。アルバイト時間中になに女口説いとんだ。本社にタレ込んだろうかこの色ボケノッポが!
 いつ出て行ってやろうかと、わなわな震えながら考える。苗字は「爆豪くんがなんでここに」とかなんとか抜かすだろうが、たまたま通りかかったと言えば問題ない。別に苗字を尾けてきたわけでもない。俺が本屋にきたら、たまたま根暗がいた。それだけだ。
 と、
苗字さんも、今度よかったら、一緒にどうですか」
「何がですか?」
「ラーメン屋。サイン見がてら、一緒に食いに行きませんか」
 言ってるそばから、おい!! 俺は思わず文庫本を放り投げかけた。
 なに人の女を平然と誘っとんだてめえは! 言うほどスマートでもねえ誘い方しやがって、見てるこっちが胸糞悪くなってくんだわクソが!
 だいたい、根暗も根暗だ。「何がですか?」じゃねえだろうが。「知るか死ね」くらい言えや。いつもの減らず口はどうした。不調か? だったらこんなとこ来てねえで帰って寝てろ。外に出るな。
 やはり俺が出るしかない。持っていた文庫本を売り場に戻し、苗字たちのほうへ一歩踏み出そうとしたそのときだった。
「ごめんなさい」
 あくまで世間話と同じ声のトーンのまま、苗字がノッポの誘いに返した。
「物形さんにそういうつもりがないのは分かってるんですけど。でも一応、付き合ってるひとがいるので、ふたりでご飯とか、そういうのは行けません」
 はっきりと、余計な感情ののらない声で根暗はそう告げた。
 変に照れるでもなく、申し訳なさそうにするでもない。めったに聞くことがないほど淡々としていて、事務的な口調。俺は出しかけた足を、ふたたび元の位置に戻した。
……彼氏がいいって言ってもですか?」
 ノッポ──物形が食い下がる。
「言わないと思うし、もし万が一いいって言われても、行かないです」
 根暗が、やはり静かに応じた。
 少しのあいだ、気まずい沈黙が流れる。根暗は「そういうつもりがないのは分かっている」と言っていたが、はたから見れば物形にそういうつもりがあったのは明らかだ。今、ノッポは完全に苗字にふられたということになる。
 よくやった。根暗にしてはやるじゃねえか。そのまま完膚なきまでに拒否れ。そして間髪容れず、生涯女に話しかける気が起きねえくらい、徹底的に人格否定!
 いけ! やれ! ぶっ殺せ!!
 ……ともあれ実際、根暗のリアクションはかなり上首尾だった。ふったとかふられたとか、そういう面倒くさい解釈を発生させず、そもそも「恋愛とは関係ない話だとは思いますが」というていを貫いている。あえて無感情に返事をしたのだとしたら、まあまあの対応だ。俺が根暗に同じことをやられたら、めちゃくちゃムカつくだろうと思う。
 そして、そういう対応を根暗がとったというのが、俺にとっては多少意外でもあった。
 付き合うだの付き合わないだの、俺とそういう話をしていたときの苗字は、もっと感情が駄々洩れになっていた。俺はつねづね苗字は嘘がつけない、全部顔に出るやつだと思っていたが、本当にそうだったのだろうか。目の前で繰り広げられているやりとりを見ていると、だんだんと自分の苗字への認識がぐらついてくるのを感じる。
 物形がどんな顔をしているのか、俺の位置からは見えない。こいつ、この後どうする気なんだ。そう思ったところで、ノッポが口を開いた。
苗字さん、あの、よければ場所を変えませんか」
「え、いや、嫌ですけど……
 引き気味に即答する苗字。そうだ、それだ。おまえはそういう感じだろ。
「すみません、本当にすぐ済む話なので。絶対なにもしないので。ここまでの流れに免じて!」
「免じるようなこと、あったかなぁ……
 けれど結局、苗字は手元の時計を確認してから「じゃあ、まあ、少しだけ」とうなずいた。
 行くんかい! おまえ、まじで考えろや!
 中学時代からまるで変わっちゃいない。あの女、ひ弱なくせに危機管理能力がゴミ以下だ。
 根暗と物形が店の外へと出ていく。その後ろを、俺は距離をあけて追いかけた。
 こそこそするのは性に合わない。乱入すれば話は早いのだろうと分かりつつ、それでも俺は、今はまだ乱入しようという気にはなれなかった。
 俺の知らないところで根暗が何を話すのか、俺に対するときと、俺以外の男に対するとき。根暗がどういう違いを見せるのか。俺はそれが知りたかった。
 一度店を出て、苗字たちは書店の裏手に回った。路地裏ではあるが、すぐそばに従業員用の出入り口がある。物形はバイトの時間中じゃないのか、と思ったが、よくよく見ると店員がそろって使っているエプロンを、物形はかけていなかった。休憩中か何かだろう。
 根暗はきょろきょろ辺りを見回している。さすがに薄暗い路地裏に連れてこられれば、あのアホでも警戒のひとつくらいはするのだろう。途中で「人の目のある場所で」と言い出さなかったあたりに、根暗の危機管理能力のお粗末さが見て取れる。いざとなれば俺が出ていくつもりではあるが、あのアホめ。
 物陰に隠れて、俺は根暗と物形の話をうかがった。
 先に話を切り出したのは、当然ながら物形のほうだった。
「なんとなく、店の中でする話でもないなと思って。ここ、人はそんなに通らないんですけど、何かあったらそこの出入口があいてて店の中に入れるようになってるんで、そんなに警戒しなくて大丈夫です」
 逃げる経路を提示するだけの、まともさは持ち合わせているらしい。むろん、そんなもんで「ならば安心」となるはずはないのだが、ひとまず根暗を害する気はなさそうだと俺は判断する。
苗字さんの彼氏って、『雄英のバクゴー』ですよね」
 やおら、物形が言った。
「え? なんで、」
「すみません、本当は知ってました。前にふたりで歩いてるところ見たから。あー、付き合ってるんだなって思ってた」
 離れた場所にいてもなお、物形の言葉に根暗がむっとしたのが分かった。
「知ってて、なんで誘ったんですか?」
「付け入る隙はあるかなと思ったんです。ごめんね、こんなこと言って」
 は? と。よほど声が出そうになったのを、すんでのところでどうにか堪えた。物形を罵るための語彙が、喉元までせりあがっている。だがここで俺が割り込むのは得策ではない。めちゃくちゃ頭にきているが、それでもだ。
 物形の話はまだ続いている。
苗字さんのことが気になってます。たぶん、好きです」
「多分って」
「いや、こんなこと今言うはずじゃなかったんですけど……。思ってたのと違う流れになってしまって、すみません、ちょっとテンパってます……
「言うはずじゃなかったなら、じゃあ、どうして言ったんですか。恋人がいるって、私言いましたよね。そんなこと言われても困るって、わかりませんか」
 明らかに憤慨した根暗の声。まあ、そうなるよな、と妙に納得した気分で、俺はそれを聞いていた。
 中学時代、俺に突っかかってきたころの根暗を思い出す。ここのところはめっきり鳴りを潜めていたが、そういえば根暗の根っこはこういう感じだった。
 そもそも根暗はああ見えて、自尊心というか、プライドがかなり高い。まあプライドが高くなけりゃ、あのガリ勉はやれないだろう。おとなしそうな見た目に騙されていると、痛い目を見ることになる。
 こんなふうに不本意な形で自分を安くみられるのは、あいつが一等嫌うところのはずだ。
「付け入る隙がありそうって、そんな感じに見えますか、私」
「すみません」
 物形が、心底申し訳なさそうに謝った。けれどすぐ、「でもさ」と切り返す。どうでもいいが、こいつ、いつのまにか苗字に対して敬語がはずれている。本気でクソほど馴れ馴れしい。
「でもさ、本当に申し訳ないけど、なんていうか……いけるんじゃないかって思ったんですよ。これは苗字さんが軽そうに見えるって意味じゃないです」
「じゃあ、なんなんですか。さっきから物形さんが言ってること、そういうふうにしか聞こえないですよ」
「本当に、そうじゃなくて。ただ、なんていうか苗字さん、ずっと……しんどそうだったから」
 その瞬間、路地裏の空気がたしかに変わったのが分かった。
 思いがけない言葉だったからだろうか。それとも、その言葉が多かれ少なかれ、真実をはらんでいたからだろうか。
 物形の言葉に、苗字は反論しなかった。言い返せや、と思うのに、俺もそこに突っ立っていることしかできない。
 突っ込まないのが得策だとか、そういう小手先の思考で動かないのではない。俺は今、かなり重大な局面に立っている。それが分かったから、不用意に動けなくなった。
 しんどそう? 物形の目から見て、こいつはしんどそうに見えてんのか? 俺よりも明らかに苗字との関係が浅い、たいして親しくもない人間の目に、苗字はそんなふうに映っているのか?
「駅で会ったときとかもそうだけど……苗字さんがしんどそうにしてたのって、彼氏が……バクゴーが原因ですよね。そういうのって、なんとなく分かるじゃないですか」
「そんなこと」
「分かりますよ、気になってる子のことなら。見てれば分かる」
 物形の言葉に、背筋がぞわりと嫌な冷たさを感じた。
 それじゃあなんだ、苗字のしんどさに気付いていない俺は、ちゃんと苗字のことを見ていないとでもいいたいのか。
 苗字は黙っている。そのことが俺の焦燥と疑心を駆り立てる。は? ふざけんな。黙んじゃねえ。言葉を発しない苗字とは裏腹に、俺の頭のなかは騒がしくなる。
 それとも何か? 苗字もそう思ってんのか?
 俺が、苗字のことなんか少しも見ちゃいないと、そんなふうに?
「俺のほうが苗字さんのこと、ちゃんと笑わせられるって、思った。……思っちゃったんだよ」
 ねえ、苗字さん、と。物形が腹をくくったような、固い声で問いかけた。
「そばにいられない彼氏って、なんの意味があるの?」