柚子子
2024-09-23 10:25:00
101523文字
Public ベリーベリー
 
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微原作沿 爆豪長編(3)

サイトに掲載している爆豪長編の第三章です

 今日は物形さんのバイトの日じゃありませんように、シフト入っていませんように、どうか遭遇しませんように、とさんざん念じながら寄った書店の文芸コーナーで、私の願いもむなしく、ふつうにあっさり物形さんと遭遇した。
苗字さん、こんにちは」
「こ、こんにちは」
 しかもこちらが物形さんを発見するより先に見つかってしまい、回避行動をとることもできなかった。なすすべもなく、私はぺこんと頭を下げるしかない。
「今日は元気ですか? 元気じゃないですか?」
 笑顔の物形さんが言う。
「どういう会話なんですか、それ」
「このあいだは元気じゃなかったひとへの、気遣いの会話です」
「逆効果ですね……
 物形さんと会うのは爆豪くんにドタキャンを食らった日以来だった。物形さんには情けない姿を見せてしまったので、あれ以来どうにも書店から足が遠のいていたのだ。自宅の近所にだって書店はあるし、別にこの店にこだわる必要はない。
 とはいえ学校帰りに便利に使える大型書店を失うのは惜しい。物形さんにさえ会わなければ、という賭けで半月以上ぶりにこの書店に足を運んだのだけれど、結果はいうまでもなく敗北だった。私はこういう賭けにはとんと弱い。
苗字さん、この店のヘビーユーザーのわりに最近いらっしゃらないような気がしてたので、どうかなーと思ってたんですが。大丈夫そうならよかったです」
「おかげさまで……。というか、あれからもう結構経ってますから。全然ふつうに立ち直ってますよ。今はもう、ものすごく元気です。ご心配には及びません」
「それはよかったです」
 にこにこ微笑む物形さんの笑顔にさらされ、私は少しだけ脱力した。
 気まずさを感じていたのは、どうやら私だけだったようだ。そりゃそうか。別に醜態をさらしたのは物形さんではないのだし。
 店内は適度にこみあっている。よく見ると物形さんはいつものエプロンをつけておらず、シャツにジーンズというラフな恰好をしていた。バイト中じゃないのだろうか。
 私の疑問に気付いたのか、物形さんは「俺、今休憩中なんです」と教えてくれた。
「休憩中にふつうにフロアにいるんですか?」
「なんか買いたいなーと思って棚を見てました。苗字さんもお買い物ですか?」
 問われ、私はうなずいた。近所の書店で買い物をするのでもいいのだけれど、やはり大型書店のほうが品揃えがいい。ついでに蛍光ペンなんかの文房具も見たかった。
「このあいだまで中間試験だったんです。それでなかなか本も読めなかったんですけど、試験も終わったことだし、ついでに最近はお財布にも余裕があるので、なにか買おうかなと思って」
 物形さんに向けて、聞かれてもいないのに説明してしまった。やはり醜態をさらしたのがいけなかったのだろうか。なんだかやたらと気が引けてしまって、いらないことまで言ってしまった気がする。
 ともあれ、説明したことに嘘はなかった。少し前まではお財布の中身が心もとなく、アルバイトも視野に入れていたのだけれど、学校からアルバイトの許可は出なかった。敵の活性化と犯罪の増加による治安悪化がアルバイト不可の理由といわれれば、さすがに従わざるをえない。
 けれど治安の悪化で遊びに出かける頻度は減り、爆豪くんとも会えていないことで、幸か不幸か散財の機会も減った。結果的にはお財布の中身がカツカツの日々はいったん終了し、バイトをする必要もなくなった。
「試験勉強のあいだ、思う存分本が読める日々を、どれだけ楽しみにしていたことか……
 私が言うと、物形さんも深く首肯して共感を示してくれる。
「いいですねぇ。ちなみに試験はどうでしたか? 聞いても大丈夫ですか?」
「もちろん大丈夫です。ふふふ、ぜひ聞いてください」
「おお、不敵な笑みだ」
 気が付けば、最初の気まずさやぎこちなさはどこへやら、ふつうに楽しく話をすることができていた。物形さんは年上だからか、話すときにもうまく会話を転がしてくれる。私はあまり話がうまいわけではないので、ここまで気楽に話せる相手は珍しい。趣味が合うというのもあるのだろうか。
 私が気を遣わずに話せるのって、男の人だと爆豪くんくらいだったしなぁ。ふいに爆豪くんのことを思い出す。一度思い出してしまうと、今度は猛烈に爆豪くんと話をしたくなった。
 爆豪くんと最後に通話をしてから、一週間くらいは経っている。今日あたり、こちらからでも電話をかけてみようか。物形さんと話をしながら、そんなことを考えた。
 
 ★

 部屋のドアをいきなり激しくノックする音が聞こえたかと思ったら、返事も待たずにアホ面が飛び込んできた。
「てめえ勝手に入室してくんじゃねえ!」
 切島に勉強を教えていた手を止めて怒鳴るも、上鳴は聞いちゃいない。それどころかすでに室内にいた切島にも目もくれず、
「お、おおお、おおい爆豪! おい爆豪! おいおいおい爆豪!」
 バグったように繰り返しながら、上鳴はいきおいよく俺のほうへと近寄ってきた。寄んじゃねえ。去れ。
「うるっせえアホ聞こえてんだわしゃべんな」
「いいやしゃべる、俺はしゃべるぜ!」
「テンションがうぜえ」
 切島が腰を上げ、上鳴が開けっ放しにしたドアを閉める。アホが自分で閉めろや、むしろそのまま出て行って外から閉めろ、そして二度とこの部屋の敷居をまたぐんじゃねえと思うものの、何がそんなに面白いのか、上鳴のテンションは天井ぶち破ったところまで上がり切っている。よほどの重大事があったらしい。
 よく見ると上鳴は制服を着用したままだった。文化祭までの日数はきついが、今日はそれぞれ個人練習、というたてまえで、文化祭準備にかまけて疎かになっていたもろもろを片づける日、ということになっている。上鳴は買い物にでも出ていたのだろう。そして戻ってきたその足で、この部屋に来た、というところか。
「手洗いもしてねえまま、人の部屋にあがりこんでんじゃねえ」
「失礼だな、洗ったわ! おててぴかぴかだわ!」
 一応手洗いは済ませてきているらしい。
 勢いこんで言った上鳴は、今のやりとりで少しだけ正気を取り戻したようだった。はっとした顔をして、それから体勢を立て直し、改めて俺に詰め寄ってきた。 
「つーか、そんなこと言ってる場合か! かっちゃんおまえ、名前ちゃんがなんか知らん男といい雰囲気になってたぞ! おい!」
「ハァ? 何の話だ、つーか馴れ馴れしく呼んでんじゃねえアホが」
「ちなみにその『馴れ馴れしく』ってのは、かっちゃん呼びか名前ちゃん呼びか、どっちの話だ」
 切島が口をはさむ。
「どっちもに決まってんだろ」
 俺が答える。そんなことは言うまでもない。
「切島はよくて俺はだめなのなんなんだよ!」
「てめえはなんかむかつく」
「百パーセントの差別じゃん! いい加減俺も反撃するからな!」
「あ? やってみろや相手してやっからよォ……
「目が据わってんの! ダチに向ける目つきじゃねーの!」
 相変わらず上鳴は騒がしい。黙らせるためにも、まじでいっぺん殴ったろうか。そもそもそんなに騒がないと話ひとつできないっつーのは、どういうことなんだ。
 そこまで考えたところで、ようやく俺は先ほどの上鳴の話の内容について、ちゃんと取り合った。根暗が知らん男と? なんの話だ。
……おいアホ面、さっきなんつった? 知らん男ってなんだ」
 低く問いかけると、腰が引けていた上鳴は一転、ぱっと顔を上げた。
「そうそうそれそれ! 俺さっきノートとかいろいろ買いに、そこの本屋に行ってたわけよ。で、そこで名前ちゃんのこと見たんだよな。前に会ったのけっこう前だったけどさ、なんとなく雰囲気で分かるじゃん? 制服着てたし」
 いまひとつ要領を得ない上鳴の話に、いらいらしながら耳を傾ける。
「んで、せっかくだし挨拶しよっかなーと思ったわけ。俺もやっぱ爆豪のダチとして? ダチの彼女にいつもお世話になってます的な話をしたほうがいんじゃね? と思ってさぁ、あわよくば夢咲女子の可愛い子を紹介してもらえたらとかも思っちゃって」
「無駄話しにきたなら今すぐ帰れ」
「いやいや、大事なのこっからだから! で、挨拶しようと思って近づいたはいいんだけど、名前ちゃん、店員かな? なんかインテリっぽい男と楽しそうに話しててさ、はたから見てるとめっちゃいい感じなんだよ。で、俺うわー、やばいもん見たかも? と思って、今こうやって爆豪に報告してるわけ。あれ、相手は爆豪知ってるやつ?」
 上鳴の質問を俺は黙殺した。それが回答になっているのを分かりながらも、黙るしかなかった。
 根暗の生活には、俺以外の男はほとんど存在しない。俺の妄想でもなんでもなく、これは実際に根暗本人の発言だった。言質をとっている。
 にもかかわらず、あいつが親しげに話す男が俺以外にいる? そんなばかな。親戚かなんかか? 根暗にきょうだいはいないはずだが、いとことかはとことか、あるいは近所に住んでるモブだとか、可能性としてありえなくはない。
「爆豪、文化祭の準備と補講で忙しいだろうし、最近あんま出掛けてんのも見ねえしさぁ、名前ちゃんとちゃんといろいろ、なんつーか……育めてんの? 大丈夫そ?」
 アホがアホなりに言葉を選んでいる。だがアホはアホなだけあって、回りくどくて分かりにくいだけの表現になっていた。
「要するに、あいつが浮気してんじゃねーかって疑ってるわけだ。てめえは」
「やっ、さすがにそこまで言わねえけども」
「ハッ、んな度胸は根暗にゃねえ」
「どういう信頼だよ?」
 上鳴が呆れたように言った。信頼か。別に根暗を信頼しているつもりはなく、単に事実を述べただけだが、第三者から見ればそう見えなくもないのかもしれない。
 そもそも苗字は彼氏がほしいだのなんだの、そういうことを言うタイプではない。俺と付き合っているのも、半分くらいは流れに任せてというか、追い込まれた結果そういうことになった、という感じなのだろう。
 好かれている自覚はある。好きでもない人間と付き合ったりしないのは、俺も根暗もお互い様だ。が、根暗から俺への好意が揺るぎないものだとか、そんなことは微塵も思わない。少し前にあいつが謎に病んでたあたりで、こいつ思ってたよりは俺のこと好きなのか、とは思ったが、それだってちょっとばかり印象が上書きされたという程度に過ぎない。
 そんな根暗だから、わざわざリスクを抱えてまで浮気などするはずがない。色恋に価値を見出さず、堅実でクソつまんねえ陰キャの王道をゆくのが根暗なのだ。逆に浮気なんかしていたら感心する。感心したあと、当然ぶっ殺す。
 と、これまでほとんど黙りこくっていた切島が、
「なあそれ、上鳴が言ってんのって、黒髪で背高めでなんとなくイケメンっぽい、大学生くらいの男の話だよな」
 唐突に話に割って入ってくる。いたく真剣な顔の切島に、俺だけでなく上鳴まで驚いた顔をした。
「切島知ってんのかよ!? イケメン……まあ、たしかに? イケメンっちゃイケメンか? 背は高かった!」
「切島、てめえもなんかあんのかよ」
 上鳴の証言だけならともかく、切島まで何かありげな雰囲気を見せている。俺が水を向けると、切島は腕を組んで顔をしかめた。懊悩を隠しきれない表情で、分かりやすく唸っている。
 面倒くせえ。爆破して口割らせるか。
 手のひらに意識を向けたところで、切島がおもむろに口を開いた。
「あー、まあ……、だな。ここで黙ってんのは、漢じゃねえよなぁ……悪い、名前ちゃん」
 この場にいない苗字に謝ってから、切島は話を始めた。