自主練を済ませ、夕飯前になってから寮に戻ると、共有スペースのすみに段ボール箱が山と置かれていた。箱のサイズはさまざまだが、そのすべてに【確認済】の印が押されている。
「爆豪のもあったぜ」
箱の山に目を向けていると、通りすがりの瀬呂が声を掛けてきた。
「勝手に見んじゃねえ」
「いやいや、仕分けしてたら見えるだろ」
「チッ」
舌打ちをすると、瀬呂は「またお前はそういうリアクションする」と苦笑しながら去っていった。苦笑してんじゃねえ。俺をいなすな。
全寮制が導入されて三か月。それぞれ実家から送られてくる仕送りは、まずは教員のチェックを通してから、各クラスの寮に割り振られる。文化祭前後で実家と連絡をとるやつが多かったのか、今回はめずらしく仕送りが固まって届いていた。
すでに何人かが段ボールを持っていったあとなのか、山のかたちはいびつだ。共有スペースから甘いもんの匂いが漂ってくるから、さっそく仕送り物資の交換会が始まっているのかもしれない。
段ボールの山に近づき、俺宛のものを確認した。瀬呂から教わるまでもなく、ババアからの「送ったから」という連絡が数日前に届いている。
俺宛の箱はふたつ。ひとつは冬物の衣類の第一陣だと聞いている。入寮したのは真夏で、冬以降の衣類は折を見て取りに帰る予定だった。が、当面そんな予定は立ちそうになかったから、ババアに言って送ってもらったのだ。
ふたつめの箱は、いつもの食料品だろう。箱の大きさに反して、持ち上げてみるとそれほどの重さではなかった。日持ちのする保存食と菓子あたりが入っているのだろうとあたりをつける。
段ボール箱をかついで、自室に戻る。部屋で確認すると、だいたい予想したとおりの中身だった。インスタント食品と、菓子。甘いのと辛いの。それからババアに頼んでおいたこまごまとした身の回りの生活用品。
中身を検分していると、ふいに手が止まった。実家ではお目にかからないような菓子のパッケージを目にし、手に取ってみる。
甘いのは苗字の趣味だ。本人にも確認したから間違いなかった。いらなきゃ切島たちと分けてくれだとかなんとか、以前に根暗はそんなようなことを言っていた。分けやすいようにという配慮か、ご丁寧に毎度個別包装のものを選んで入れてくる。
が、今のところ共有スペースに、根暗が選んだ菓子を持って行ったことはない。部屋に来た切島に分けたことはあったかもしれないが、有象無象に食わせてやるつもりは毛頭なかった。
今回も当然のように、根暗が選んだであろう菓子が入っている。あいつ、まじでうちのババアと買い物に行っているんだろうか。我知らず、眉間にしわが寄る。
俺のあずかり知らないところで、ババアと根暗が親交を深めている。百パーセント不愉快な事実だが、だからといってババアと根暗がいがみ合っている方がいいのかと言われると、どうともコメントしづらくなる。
そもそもババア、昔は娘も欲しいみてえなこと、ちょいちょい言ってたしな……。
根暗のほうは、ババアなんかいらねえだろうが、立場的に強くは出にくいに違いない。
見るからに根暗ではあるものの、苗字はどこに出しても恥ずかしくない真面目な女子ではある。そういう意味でも、たぶんうちの母親受けはいい。いや、ババアがひるむような女子なんて、この世界にいるのか怪しいか。
届いたら一度連絡を入れろと、ババアからは口を酸っぱくして言われている。忘れないうちに連絡しておくことにした。
いつものようにメッセージを打ちかけ、ふとそこで手を止める。特に何か、というわけではない。ただなんとなく、たまには電話でもしておくか、という気分になった。
制服からダル着に着替え、自宅に電話をかける。この時間ならば多分ババアが在宅している。
何度かのコール音ののち、「はい、爆豪でございます」と聞きなれた声がした。
「俺」
「ああ、なんだ、勝己? あんたから電話なんて珍しい。どうした?」
「仕送り届いた」
「あ、そう。よかった。ていうか、そんなことでわざわざ電話してきたの?」
たまに電話をすりゃこれだ。ふだんはもっとまめに連絡してこいとうるさいくせに、たまに連絡するとどうでもよさそうにされる。まじでなんなんだ。
「そっちが連絡しろしろうっせんだろうが!」
「ちょっと! 電話口で大きい声出さないで!」
「てめえの声のがでけえんだよ!」
気まぐれを起こして損した気分だった。用件は済んだことだし、さっさと切ってやろう。そう思ったところで、
「あ、そうそう。文化祭の映像見せてもらったよ」
ババアの方から勝手に雑談を話し始める。さっきまでの怒鳴り声はどうしたと言いたくなる、けろっとした変わり身のはやさだが、さすがに実の母親のことなのでもはや慣れっこだ。
「文化祭……ああ、動画か」
先週の時点で文化祭は終了している。どのみち保護者の参加はとりやめているから、俺から親になにか連絡をしたりはしなかった。まあ、デクの母親あたりから話を聞いてはいるのだろうが。
「勝己まだドラム叩けたんだーと思ってびっくりしちゃった。音楽教室やめてからもやってたの?」
「んなわけねーだろ。あんなもん、いっぺんやりゃ、どうとでもなるわ」
「はいはい、あんたはそうだったね。でも、本当にいい演奏だったよ。生で聴きたかったわ」
根暗と同じことを言いやがる。そういや根暗も、文化祭の映像をクラスのやつから送ってもらう話をしていた。ババアが見たとかいう映像は、根暗経由で届いたものだろう。俺は断じて送っていない。
「根暗が送ったんかよ」
「根暗? なにそれ」
「苗字」
「あんた名前ちゃんのことそんな呼び方してんの!? やめな、フラれるよ!」
聞いたことと違う返事がかえってきて、うんざりした気分になる。俺が苗字のやつをどう呼んでいようが、そんなもんは関係ないだろうが。このところじゃ苗字本人すら、根暗呼ばわりに文句を言ってこない。粛々と、根暗と呼ばれることを受け入れているというのに。
しかしこれがどうやら、ババアのやっかいなスイッチを押してしまったようだった。とたんにババアの文句が始まる。
「だいたい、息子がろくに連絡してこないから、息子の彼女がいろいろ伝手をたどって、文化祭の映像やらなんやら送ってくれるんだよ。あんた本当、名前ちゃんに感謝したほうがいいよ」
「わーっとるわ」
「本当に分かってんの? 学校のこともあるだろうけどさ、もうちょっと大事にしなよ。仕送りだって、いつもいろいろ考えて送るもの選んでくれてるんだから。少しでもあんたが元気でいられるようにって」
「…………」
ババアの文句に、俺は口をへの字に曲げた。
そんなこと、あいつは一言も言ったことがない。苗字が仕送りの食品を選んでいるのは知っているが、それについて苗字本人から詳しく話を聞いたことはなかった。どういうつもりで、とか、そういう話をあいつはしたがらない。
けれど、ふと疑問が胸をかすめる。
あいつは本当に、そういう話をしたがっていないのだろうか。単純に、俺が聞かないから言わないだけではないか。
苗字にはそういうところがある。自分のやったことはやったこととドヤればいいものを、まるで黙っていることが美徳であるかのように、何も言わずに口をつぐんでいる。水を向ければ話しはじめるが、自分から率先して話したがりはしない。
大体いつもそうだ。肝心なことほど、あいつは話さない。
唯一自分から本心を吐露したのは、付き合い始めて日が浅かったころに、俺が根暗の地雷を踏んだときと、それからクソカス連合に拉致られたあと、そのくらいだ。拉致られたあとだって、話をしにくるのに数日かかった。
「……元気にしてんのかよ」
気付けば、そんな言葉が口をついて出ていた。
ふてくされたガキみたいな声だった。相手がババアだからだろうか。自分で自分を怒鳴りつけたくなる。
ババアが返事をするのに、数秒かかった。やがて、
「そんなの自分で聞きなよ。なんでひとに聞くわけ?」
「ババアのがあいつに会ってんだろ」
そう答えると、電話の向こうからクソでかい溜息がひとつ聞こえてきた。
「自分で聞いて、自分で確かめな。大事なこと、他人任せにしない」
久しぶりに諭され、俺はまた口を曲げた。
「じゃあ、元気でやんな」
という言葉を最後に、実家につながった電話が切れる。数秒経ってからようやく、俺は携帯をベッドの上に放り投げた。
昼間、相澤先生から言われた話が、自分の中で尾を引いている。ババアに苗字のことを聞いてしまったのも、だからこそだったのだろう。
根暗との対話が足りていないなんて、これまでそんなことは、ほとんど考えたことがなかった。
俺のほうの言葉が足りていないことは、そりゃあ多々あるだろう自覚はある。言わなくても伝わるだろう、なんて慢心があるわけではなく、言わずに伝わらないのならば、まあそれはそれでいいというつもりでいた。根暗はアホほどにぶいので、察してもらえるなんて期待は端からしていない。
しかし反対に、根暗が言わないことについて、俺はどれだけ意識をしてきただろうか。中学時代から、あいつはとかく口が減らない女だから、言いたいことはそれなりにずけずけ言ってくる。肝心なことは言わないわりに、文句なら無限に出てくるので、何か言いたいことがありゃあいつの方から言ってくるだろうと、そんなふうに思っていたのではないか。
文句を言ってくることと、本心を打ち明けることは違う。
俺はあいつの話を、本当の意味でちゃんと聞いているのか。自分のことにかまけて、そういう作業をさぼってはいないか。
そんなことはない、とは言い切れなかった。言い切れるほど、最近の根暗と話していない。夏休み前までならいざ知らず、今の根暗のことを俺はどれだけ知っているだろうか。
じわじわと足元から寒気が上がってくる気がして、俺は盛大に舌打ちを打った。
この俺が、根暗のことで、頭を悩ませる? このクソ忙しいときに?
ふざけるな、あのアホ。次に会うときに全部吐かせ殺したる。
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