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シノハラ
2025-11-05 00:17:44
76995文字
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無風
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无风短編まとめ
全部全年齢です
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A.強引に連れて来られたので
※2021年10月10日『黒猫邁進3』開催のペーパーラリー企画『無風は何しに日本へ?』への参加作品
日本に行かなければならなくなった、と電話を終えて戻ってきた無限が言った。
風息から距離を取ってする話なんて大体相手は決まっていて、今回も館関連であるのは間違いない。
「お前が外交?」
「いや、私がするわけではないけれど」
似合わないとからかう前に無限が首を振った。
何をするわけでもない。
本当に挨拶くらいしかやることがない。
そう、珍しく不満げな様子で無限が漏らす。
外交の際に確かな力が傍にあることは一応意味があることなのは風息にだって分かる。
連れ立つ人物によって、その案件をどれだけ重視しているかも示せるはずだ。
とはいえ、無限の気質を思えば一所でお人形をし続けるのは辛いのだろう。
日程を消化しきるまで、無限はずっと借りてきた猫のような生活を強いられるのだ。
品行方正を気取るのはともかく、主体的に動けないのは苦痛に感じる質だろう。
「それにしても海外か。行ったことないな」
「じゃああなたも行く?」
ふうん、と相槌を打った後、まるで名案だとばかりに声を明るくされたので思わず目を丸めてしまった。
は、と肺から押し出した声を無限が気にする様子はない。
「パスポートを偽造しないと。写真
……
は館が撮影しているのがあるか」
「偽造ってお前。それにあの写真ってそういう用途で撮ってたのか?」
「そういう側面もある。身分証を作るときに必要だから。私のパスポートもそうだよ」
彼が言う通り館にいた頃に写真を取られた記憶があった。
不穏分子の人相を押さえるのはいかにも人間的な行為で、やろうと思えば見目を変えられる自分達に何の意味があるのかと疑問に思っていた。
けれど、どうも風息が穿った考え方をしてしまっていただけだったらしい。
「長期になるから色々準備が必要になる。明日は暇?」
行くなんて言っていないと拒否はしたものの、無限はいつも以上に有無を言わせぬ勢いで風息を連れ回してあれやこれやと準備させる。
結局一つも拒否できないままに、風息は異国の空港に降り立っていた。
荷物を受け取ってしまえば、周囲からは理解できない言葉ばかりが聞こえてくる。
ほとんど無限が中身を詰めたキャリーケースを引きながら、風息はいまだに残る耳の違和感を持て余していた。
耳抜きがどうこうと言って手順を教えてくれたが、結局風息には上手く対処できないままである。
帰りも同じ目に遭うと思うと気が重い。
「ホテルの名前と住所はこれ。チェックインはあなたの名前で大丈夫」
「俺の名前?」
メッセージアプリでホテルの名前と住所が送られて来ると同時に、無限がよく分からないことを言ってくる。
どうせ同じ部屋だろうに、どうして風息の名前を選んだのだろうか。
しばらく不思議そうに無限が風息の顔を見返して、それからああ、と思い至ったらしい声を上げた。
「私は別の所に泊まるから」
さすがに仕事に関係ないひとを部屋入れるわけにはいかないので、と無限が酷く真っ当な事を言ってくる。
当然と言えば当然なのだけれど、今まで何一つまともでなかったくせに突然正気に戻らないで欲しい。
「あそこのタクシー乗り場に並んで、順番が来たらこの文面とカードを見せればホテルまで行ける」
クレジットカードを見せてから、引っ張り出してきた財布に入れて風息に渡してくる。
念のため中を覗くと、自宅にいた時に見せられた硬貨と紙幣が入っていた。
特に紙幣はたっぷり入っていて、支払い手段で困る事はなさそうだ。
「ずっとホテルにいろって?」
「好きにして良いよ。ホテルにいてもいいし、観光しても構わない。でも、一週間後にはどう過ごしてたか教えてくれたら嬉しい」
「
……
分かった」
こうなってしまってはごねたところでどうしようもない。
少なくとも無限からかかってくる電話は無視してやろうと決めて、風息は渋々頷く。
それを見計らったように無限は声をかけられて、それじゃあなんて気軽に言い放って風息から背を向けてしまった。
人通りの多い場所でずっと突っ立っている訳にも行かず、風息は無限の指示に従ってタクシーに乗り込んだ。
運転手にスマートフォンの画面を見せると、中年を過ぎた頃の男はオーケーと告げて車を走らせ始めた。
扉はどうしたかと慌てて自分が入ってきた方を見ると、いつの間にか勝手に閉まっていたらしい。
タクシーが走り出して三十分程でホテルに着いた。
無限に言われた通りカードで清算すると、運転手がありがとうと口にした。
日本語でも、英語でもない。
きっと風息がスマートフォンの画面を見た時に、自国と似た文字を目にしたのだろう。
片言で抑揚もめちゃくちゃなまま、彼は風息に良い旅をと続けた。
咄嗟に自分に馴染んだ言葉でありがとうと返し、風息はタクシーを下りる。
荷物を受け取って別れてから、運転手の言葉を反芻した。
良い旅を、と彼は言った。
そうだ、きっかけはともかく自分はこの国に旅行に来たのだ。
言葉も風習も分からない国だが、事前に翻訳アプリや旅行用のアプリをスマートフォンにインストールさせられているのでやってやれないことはないだろう。
さて、この一週間をどう過ごしてやろうか。
作戦を練る覚悟を固めて、風息はひとまずホテルに足を踏み入れた。
* * * *
頑として電話に出ようとしなかった風息だが、一週間ぶりに顔を合わせた彼は想像よりもずっとけろっとしていた。
だって、電話に出たら先に話す事になるだろ、と言われてしまうと確かにそうかもしれない。
一週間かけて彼は博物館や美術館巡りをしたらしい。
ホテルのロビーで相談して、言葉が分からないなら目で見る体験が良いだろうと勧められたようだ。
「博物館が好きだったな。自分が生まれるよりずっと前からあるものに囲まれるのが思ったより心地よかった。国立科学博物館だったかな、そこが良くて」
意外な言葉が上がったので、無限は意外に思いながら相槌を打った。
風息と科学というのは少々どころか、大分相性が悪いものだと思っていたからだ。
「地球館って奴があるんだよ。そっちには恐竜の化石とかがある」
科学の説明となると文章が必須なのではないかと思ったが、そうでもないものもたくさんあったらしい。
鉱石や隕石なども展示されていたのだ、と風息は言う。
「たとえばさ、昔恐竜がいたとか、地球には一つの大陸しかなかったとかそういう事が」
一通り話し終えてから、風息が備え付けのティーバッグで出した茶に口をつける。
不自然にできた沈黙は彼の躊躇いを示しているように思えて、背を押してやるつもりで相槌を打った。
「
……
多分、人間がいないと分からなかったんだよな。妖精にも昔の事に興味があるやつもいるんだろうけど、人間みたいに調べてみんなに共有するなんてことはしない。自然のことなのに、場合によっては妖精よりも人間の方が良く知ってるって事も少なくなさそうだ」
もちろん、妖精の方が分かる分野もたくさんあるんだろうけど、と口にしてから風息は窓の外の星が見えない空に視線を投げかける。
「星だってそうだ。昔、宇宙に飛び出した仙がいるって聞いたことがあるけど、そいつが見聞きしたものはそいつだけの財宝であって、誰かに伝わるものでもない。海王星の色だって、きっと人間がいなきゃ知らないままだった」
見たことあるか。
凄く綺麗な青色なんだ、なんて言われたが、知識して知っているだけでどんな色味をしているかまでしっかりと意識したことがなかった。
覚えていないと申告すれば、机に置いてあったスマートフォンを操作して画像を見せられる。
その星はその色から名づけられたのは明白だと一目で分かるほど、深い海の色をしていた。
「昔は良く村に行ったんだ。そしたらいつも知らない事をたくさん知れて、いつも行くのが楽しみだった。その時のことを思い出した」
「楽しかった?」
海王星の件は一例で、風息は言葉が分からないなりに様々な展示から新しい情報を取り入れて来たのだろう。
それを楽しめたのであれば、無限にとっても喜ばしい事である。
「ああ。たのし
……
いや
……
まあ
……
うん
……
」
弾んだ調子で答えようとして、突然風息が歯切れを悪くした。
ひょっとしたら、無限に無理やり日本に連れて来られた事を思い出したのかもしれない。
結果オーライではあったようだが八つ当たりめいてしまったのは否めなかった。
「無理やり連れてきたのはすまなかった。今度はちゃんと調べて旅行しよう」
「もう帰るのか?」
まだどこか行きたい場所があるのか、風息はぱちりと目を瞬かせてから無限に問いかけて来る。
興味を持った物を取り上げられそうになった子供の警戒感に似た響きに似たそれを耳にして、最近は聞けなくなった小黒の声を思い出した。
「いや、まだいるよ。仕切り直しと言えば良いか。明日はどこに行くか決めてる?」
「決めてない。いつも朝にロビーで相談してたから」
「じゃあ、私も国立科学博物館に行きたい。連れて行ってくれないか」
風息の慣例通り、ロビーの係に教えてもらった二人が知らない場所に行くのも楽しそうではあったが、無限は風息が殊更興味を持った施設を巡ってみたかった。
またぱちくりと瞼を上下させた風息が、今度は首を傾げて無限を見返してくる。
「何か説明ができるわけでもないぞ?」
「うん、それでいい」
「ならいいけど」
本人が良いと言うなら構わないとは思ったようだが、釈然としないところがあるらしく不思議そうにしている風息に無限は目を細める。
より深く知るのであれば通訳のできるガイドでも連れて行った方がいいのは確かだ。
けれど、無限の目的はそこにはない。
ただ、風息がかつての日々に思いを巡らせながら歩いた場所を無限も歩いて見たいと思ったのだ。
風息が過去を巡ったように、無限も同じようにかつて自身が歩んできた道のりを今一度振り返りたかった。
そうしてそこで、自分と風息が見てきた日々の話をこっそりできると良いと思う。
多少不思議な話をしたところで、二人の話に耳をそばだてる者もここにはそういないだろうから。
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