シノハラ
2025-11-05 00:17:44
76995文字
Public 無風
 

无风短編まとめ

全部全年齢です


髪を結う

 日が出てすぐの頃合いに、人の気配がして目が覚めた。

 音もなく戸を開けたのは己の思い人で、どうやら風息が目覚める前に湯浴みをしてきたらしい。
 風呂から帰ってきたばかりらしく、まだ眠気を取り払い切れていない表情で部屋着と外着の中間のようなシャツのボタンを留めている。
 髪から水分は抜かれているが、まだいつものように括られてはいなかった。

 ボタンを留め終わると一つ欠伸を噛み殺し、机に置いてあった長細い布を拾い上げて風息の眠っていたベッドへやって来る。
 おはよう、と呼びかける彼にぼんやりとした調子で頷いて応じた。

 風息が起きているのに彼が気づいていたことに別段驚きはない。
 じっと見ていたのだから、気づかれていて当然だ。
 横になったままの風息の横に腰を下ろし、紫色の前髪辺りを擽ってから、彼は自らの髪に指を通した。

 うなじの辺りに手を差し入れて髪をまとめるためにかき上げると、藍色の髪の筋の合間から日頃日に当たらない首筋が見え隠れした。
 手の内でまとめた髪を肩から前に回して、無限が慣れた手つきで纏めていく。
 ただの布が捻じれの一つも起こさず癖のない髪をまとめていくさまは何度も見ているというのに、全く見飽きる兆候がない。

 あとはまとまった髪を背後に戻し、バランスを調整すればいつもの彼の髪形になる。
 当然そうしようとする彼の髪を引っ張ると、無限の指がぴたりと止まった。
 そのまま彼が看過しているのをいいことに、風息は無限の撓んだ髪を引っ張って戒めから引きずり出す。

 どうかした、と訊ねられるが、ただそうしたかった以上の理由もない。
 次々髪を解いて行って、布が本来の役目を果たせない状態にしてから、風息は無限の髪を指に巻き付けた。

 風息、と諫める恋人の声が落ちてきて、無限の髪を弄ぶ指に彼の指が絡まってくる。
 そのぬくさが風呂上がりであることだけが理由でないことくらい、彼の困ったようでありながら僅かに平静とは違う色を宿した瞳を見れば分かってしまう。

 この髪のように彼を乱せるのはきっと自分くらいであろうと心が満たされるのを感じながら、これから与えられるだろう温度を思って風息は目尻を蕩かせた。