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シノハラ
2025-11-05 00:17:44
76995文字
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無風
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无风短編まとめ
全部全年齢です
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寂しいひと
龍游が風息のよく知る故郷であった頃、ふらりとやってきた彼はしばらくそこに滞在し、旅人らしく不意に去って行った。
今思うと、館の勢力外にある妖精の情勢の調査に来ていたのだろう。
無限にべったり懐いた風息にも時折他の妖精達との関係や、人間との関わり方をあれこれと訊ねていたから風息の言葉もいくらか報告に混ぜ込まれたのかもしれない。
当時の自分はそれを無限からの自身への関心と取り違え、随分と舞い上がった記憶がある。
当時の無限にとって風息は龍游を知る取っ掛かりに非常に都合の良い子供だった。
ただそれだけに過ぎなかったというのに、あの頃の自分にはそんな簡単な事も分からなかった。
だから無限が龍游を離れて再び顔を見せられるかも分からないと言ったとき、盛大に癇癪を起こして随分と彼を困らせたのを覚えている。
もちろん、そもそもいなくなる予定の者が不用意に子供を懐かせるなという話もあるのだが。
それはさておき、心底無限を困らせたのはあれが最初で、ひょっとしたら最後の事だったかもしれない。
珍しい夢から土産として一抹の寂しさを渡されながら目覚めて、まだ暗い室内で伸びをする。
すると握り拳がぐにゃりとした塊を打ってしまい、風息は思わず息をつめた。
「
……
痛いよ」
「悪い、忘れてた」
だろうと思った、と寝起き特有の芯のないぼやきと共に無限は狭いベッドで風息を抱え直した。
くっついて眠る状況に支障がない関係とはいえ、男二人がシングルベッドで収まろうとするには大分無理がある。
それでも寝床を買い換えないのは、そう頻繁に無限が風息の住処を訪ねているわけでもないからだ。
持ったところで無駄だから、無限は生活拠点を構えていない。
彼の主張通り館の任務の関係もあって、一所に彼が一ヶ月以上いるところを見たことがなかった。
任務が明けて一週間ほどの休みを得たところで、誰かに会いに行ったり誰かが会いに来たりするうちにその休みも殆ど食い潰されてしまう。
そんなだから、無限が自宅でゆっくりする時間があるとして、年に二、三日あるかどうかくらいの珍しさだ。
立場上、彼が金に困ることはないが、だからと言って使わない部屋に金を吸われ続けるのも抵抗があるらしい。
そういう日々を送る彼が恋人の家を訪ねる回数は当然ながら多くはない。
無限も顔を見せる努力をしているのが分かっている手前、これみよがしにベッドを広くするつもりにはなれなかった。
それでは、まるで風息が彼の態度に文句をつけているようではないか。
もちろん、全く寂しくないといえば嘘になる。
今風息を抱き寄せて世界から自分達を隔てる腕が、擦りよればかすかに鼓動を伝えてくる心臓が、いつもそばにあるといいのに。
そう、ひとりきりでいる夜に思わずにはいられない事もあった。
そんな日に限って無限は電話にも出れないことが多くて、寂しい気持ちを抱えて眠るはめになる。
けれど、話が出来ても、彼に抱き締めてもらえても、胸をちくちくと刺す感触が収まらない時もある。
どうやら今日はその日に当たるらしく、無限の体温が分け与えられるのを感じながらも心細さのある寂しさが同時に込み上げた。
きっと、先程まで見た夢がよくなかったのだろう。
いつもは無限がまたすぐにこの家を離れてしまうことを一等寂しく感じていた。
ただ今日は、彼がずっと根無し草であることがどうにも寂しく感じられて仕方がない。
生まれの家族と自らで選んだ家族を失ってから、一人で隠遁していた頃を除き、彼が居を定めたことはなかったらしい。
街中で無限を見る時、彼がここにいるべきではない人のように思える瞬間がある。
どこにいても彼はその場に馴染み、人々と深く交わることができずにいる。
その寂しさを彼はとうの昔に自覚していて、数少ない例外を見つけては手放す日が来ることを覚悟しながら、やはりその瞬間を恐れてもいる。
恋人のための甘言のようにも思えるが、かつての風息も彼にとってそうだったらしい。
任務を終えたあの日、紫色の目に涙を溜めた風息をどれだけ連れ去ってしまえれば良かったかと後悔したと彼は言う。
けれど、風息はかの黒猫とは違い生まれ故郷も家族に等しい同族もあって、丸く満ち足りた存在だった。
そんな子供を連れて行けるはずがないという、無限の気持ちもよく分かる。
結果として無限は龍游に留まらなかったし、風息を連れて行く提案すら口にしなかった。
どこかで旅を終えることを望んでいる節もあるのに、必ず見つけた理由を言い訳にして無限はどこかに行ってしまう。
まるでそうあることが、自らの存在意義なのだと言わんばかりに。
その彼に付いて行ける者には相応の身軽さが要求される。
少なくとも風息は今も昔もその資格を有してはいない。
風息がこの街で二度と帰れない場所への郷愁を抱えるように、無限もまた何かを求める寂しい人なのだ。
その人の寂しさを埋め、帰る場所になってやりたいと思う。
けれど、風息は龍游を去ったあの日から、何も変わることができていない。
愛しいと思った人の寂しさ一つ埋められない、不甲斐ない男のままなのだ。
寂しい者が二人いて寄り添っているだけではただ寂しいひとが二人いるだけで、どうにも気持ちは薄れてくれない。
それどころか、傍にいればいるほど共振するように却って寂しい気持ちがつのっていく一方だ。
そう感じるのは風息ばかりでなく、もしかしたら無限もなのかもしれない。
その証左のように、何かを求める彼の腕の力が僅かに強まる。
この街の片隅で他でもない自分を彼が選んでいる事実に、勝手に凍えそうになる心が僅かに緩んだ。
ひょっとしたら、これから先ずっとこの苦痛は解消されず、風息は苦しいばかりなのかもしれない。
それでもどうしてもこの人を手放す気持ちにはなれなくて、風息は無限の背に手を回した。
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